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2011年6月20日 (月)

禁じられた2人5

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 ええええー、「禁2」でまだまだ語るの-?
 すいません。そうなんです。
 この曲を聞いて、いろんなことを考えてしまったので。


 この曲は女性同性愛、俗にいう「百合」の世界が歌われている。「百合」ゆえの悲恋(と恐らくは心中)。


 秋元康があえて「百合」の歌を書いた理由は詳かにしないが、少なくとも客はそれを好意を持って受け入れた。残念ながらAX2011では圏外となってしまったが、「青春ガールズ」公演がNMBによってリバイバル上演されたAX2012での返り咲きも期待できる(見てみたい)。


 「禁じられた2人2」で書きかけたのだが、人々がこの曲を見たがる背景には、同性愛に対する好奇心があるのは間違いない。

ぶっちゃけて言うと、「ノンケもホモは好き」。ヘテロセクシュアルの人もホモセクシュアル(女性同性愛も含む)が気になって仕方ないのだ(それは時に当事者にとって迷惑なことでもあろう。ホモフィリアとホモフォビアはコインの裏表のようでもある)。

 ホモフィリアとは、ここでは「自分の性的指向は異性愛であるが、同性愛に対する肯定的な関心が強い人」くらいの意味である。
 まあ典型的には801板の住人の皆様ですよね。


 男性同性愛を偏愛する女子(腐女子←つーか一発で変換してるんじゃねえよATOK)と「禁2」に萌えるヲタというのは、よく似た構造と考えていいだろう(否定する当事者はお互いに圧倒的に多いと思われるが)。


 ところでAKBが女性同性愛に親和性の高い環境の集団である、と以前書いたが、少なくとも実際に「女性同性愛」を公言しているメンバーはいない(まあいてもするわけないけど)。
 そういう「非百合」メンバーが入れ替わり立ち替わり「百合」を演じ、ホモフィリックな聴衆がそれに喝采を送っている状況について、ホントの「百合」の人はどう感じているのだろうか。
 

 「百合」ではないが、「百合」っぽい言動をすることによって「百合好き(ホモフィリア)」層の支持を得ようとすることを「百合営業」というらしい。まあソースがソースだけに、記事の信憑性が不確かなのは確かなのだが、そういう言葉あるのは事実だし、言葉のニュアンスはわかる。
 発信者も消費者もヘテロセクシャルである「百合」。


 そこには流通しやすいような加工(誇張された戯画化や悲劇化)が行われている。
 「ノンケもホモは好き」なのだが、それは「ノンケ向けに味付けされたホモ」である必要がある。あまり濃い味だと、一般向けに売れる商品にならない。


 たとえば、女性同性愛をカミングアウトしたアイドル同士が「禁2」を歌ったら、それを見たヘテロの客は心置きなく「ヒューヒュー」って言えるかということ。
 たぶん言いづらいよねえ。ちょっとシリアスになりすぎちゃうもんねえ。聞いてる方は「これってフィクションでしょ」という前提があるから気楽に楽しむことが出来る。


 そういう薄まった「百合」、ステレオタイプな修飾がされた「百合」を、ホントの「百合」の人はどう思うのだろうか。


 嫌悪感とかを抱くことはないのだろうか。


 で、「禁2」にも「百合営業」の匂いが少しするのは事実である。好きな曲だけに、気になるところ。
 

 もっとも秋元康の場合、「え、営業ですがそれが何か」とあっさり言いそうだよね。


 何しろAKBは「恋愛禁止」が建前なのに、歌ってるのは恋の歌ばっかり。これだって「営業」には違いないよね。一方で恋愛の当事者は「オトコ・オンナ・ゲイ」がデフォルトなんだって秋元は初手っから言い切っているのだから、「恋愛してない(建前の)メンバーによる恋愛の歌」と同じように「百合ではないメンバーの百合の歌」があるのは、当然っちゃ当然。

 
 フツーではない、と思い込まれていたことが、フツーになるということ(ノーマライズ)とはこういうことなのかもしれないなあ、と思ったりもして。
 だとしたら、もう少しAKBの「百合」の歌を聴いてみたい気がする。

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コメント

ほんとに百合の人ですけど「百合」はあんまり好きじゃないです。
あのきゃっきゃうふふしてる感じがつまらない、というか可愛いばっかで中身の無いものに見えます。もっとグロい感情のやりとり書いたらいいじゃん、それがおもしろいんだからさあ、みたいな。ブスが主人公でブスしか出てこない百合漫画とか最高におもしろいと思うんですけどねー
日本にはビアンが掛け値なしにおもしろい!と言える作品ってジャンル問わずあんまり無いんじゃないですかね。たまに「おお、これは!」って思うものを書く人がいても本業は百合書きじゃなかったりします。それは単に作家と読者(あるいは視聴者)で好みが合ってるだけかもしれませんが

日本におけるレズビアン差別はその実態の不可視性にある、とクィア論の学者さんが言ってましたが、逆に百合好きなノンケにビアンのリアルな日常とか紹介したら「もっと何か無いの、何かさあ」って言われそう
私自身の意見しか書けなくて申し訳ないですが、レズビアン文化全体から見て百合が可愛くて萌えるのは対外的なサービスであり社交術だと思います。でもレズビアンがその存在を明らかにしながら社会の中で生きていく為には、一つのジャンルとして、あるいは個人

>百合が可愛くて萌えるのは対外的なサービスであり社交術だと思います。

コメントありがとうございます。
やはりそうなんでしょうね。どんなフィールドであれ、日常というのは散文的なものなんでしょう。
部外者が勝手に持つ幻想とは異なったもの。
かつてキーウエストに行った時、フツーのオバチャン同士がいちゃいちゃ手を繋いで歩いているのをよく見かけました。べっぴんさんでもキュートでもない、化粧濃いめのでっかい白人のオバチャンカップル。最初は目を引きましたが、まあよく考えたらフツーのオッサンオバチャンのカップルと同じことなんだわな、と納得した次第。

実際に百合の者ですが、普通にこういう曲はうれしいです!なぜなら世の中にそういう曲がかなり少なく、自分の感情に合う曲を聴いてそれに浸りたいと思っているからです。とくに恋をしているときはこんなに好きなのに・・・私が女だからだめなの?と思ったりするのでその気持ちを歌にしてくれるのはうれしいです!これで私にも本当に共感できる曲が!!

>みおさん

「百合」の曲はホント少ないですね。
「禁じられた2人6」でも書きましたけど、「薔薇」の曲はそこそこあるんですけれど。

繰り返しになりますが「AKB的恋愛観」の基本は「この世は男・女・同性愛」。
できればもっといろいろな「愛の形」を歌ってほしいですね。

こういう曲が増えて、「フツウの恋愛の一類型」みたいな受けいられ方がされるようになると、世の中の風通しが少しよくなる気がします。

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