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2011年7月

2011年7月29日 (金)

パパは嫌い

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 Amazonから大きな(以下略)


 シングル発売→3枚(以上)購入というのが既定の流れになっちゃっているのね、最近は。
 そうしないとカップリングの曲が揃わないってのはどういうこっちゃ。しかも劇場盤は買えないし。
 もう全部中古でよしとしようか。別にイベント参加券も写真もトレカも要らないんだから。


 そうしよそうしよ。ワロタの次からそうしよ。あ、フラゲもだ。


 で、この曲。「パレオはエメラルド」Type-Bのカップリング曲。ものすごい直球のタイトル。

パパは嫌い

 人の子の親として、聞いていると何だかいたたまれなくなってくる。
 これってさあ、アイドルが歌う歌じゃないよね、少なくともAKBプロジェクト以外のアイドルが。


 親に黙ってピアスホールを開けた娘をパパが叱った。これは正しい。 


 カラダを傷つける行為について子を叱るのは、親の責務である。
 孝経にいわく「身体髪膚之れを父母に受く敢えて毀傷せざるは孝の始めなり」。この場合の「孝」とは、「親孝行」などという個人的・限定的なものではなく、人を人たらしめる徳の根源である。
 娘が「ピアス開けたことさえ何も知らない」または「知らないふりをする」のは、親ではなく他人なのだ。


 話を聞いてくれずに叱るパパを娘が拒絶した。もっと自由にさせて欲しい、自分の人生を自分で決めさせて欲しい。これもまた、正しい。


 本質的に人間一人一人は自由である。これもまた「自分の好きに振る舞える」などという生やさしい自由ではなく、「誰も自分に成り代わってくれない自由」「のたれ死にする自由」「そこから逃走したくなる自由」である。


 その自由を背負うだけの力を、恐らくこの少女はまだ有してはいないが、それでも「自由が欲しい」と訴えることは、人として正しい。


 これは正しさ同士の諍いなのだ。


 パパの正しさと娘の正しさが争う時、二人とも傷つき、血を流す。
 友達のパパは、

娘に怯えたように/いいよいいよと何でも/飴をくれるらしい

 とは言うものの、友達のパパが怯えているのはその娘ではない。正しさ同士の闘争で血を流すことを恐れているのだ。


 そして娘も、飴を貰える友達がうらやましいけれど、そのパパがいいとは思ってはいない。正しいのはうちのパパの方なのだ。でも、私も正しい。はず。だってみんなそうゆってるじゃない。
 

 秋元先生のお宅って、確か娘さんでしたよね? 
 結婚して長らくお子さんが生まれず、ずいぶんたってからの出産だったはず。ステレオタイプかもしれないが、パパの溺愛パターンかな。
 もっともまだちっちゃいから、この歌のような状況にはなってないはずなのだが、歌の中で娘にあらかじめ

押し付ける愛情なんていらない

 と言わせるなんて、秋元先生、ずいぶんと覚悟をしたものである。


 然り、愛情とは押し付けるものである。
 パパは献身的に自己犠牲的に絶望的に愛情を押しつけてくる。
 それはある時は「軽蔑していた愛情」と呼ばれるかも知れない。でもそれが親の愛の正しい姿である。
 

 親のその愛情と、時に子は戦い、乗り越えていかねばならないこともある。親の愛情の「正しさ」が常に子にとって「有用」であるとは限らない。親の愛が子をスポイルすることだって少なくない。

 そして、この正しさ同士の諍いで、最終的に勝利するのはいつも「子」。
 子のために敗れるのが、親の勤め。

私を大人と/認めてくれたら/言うこと何でも聞くよ
どこかで誰かに/声掛けられたら
パパへの当てつけに/帰らないよ/帰らないよ/心配させるまで

 着信で振動するケイタイを見て娘は泣いている。


 パパも泣いている。


 切ねー。


PS.
 歌の内容は切なかったが、PVでバランスが取れていて安心。爆笑。
 

 SKEの「紅組」のみなさんが、最初は白い衣装で登場。背景も真っ白。主役は松井R。まあ、白い衣装でさらさらロン毛で、清楚。松井Rにぴったり。


 ところが歌が始まると、今度の場面では真っ赤な衣装で背景も真っ赤。そして何よりも、みんな髪型アフロ。
 んーアフロというより、頭がどっかーんって爆発して、すこし煙が出てる感じ。なんですかこれ。
 集まった紅組のみなさん、爆発頭のウィッグを見て、誰か、「それちょっと変ですよ」って言わなかったのかな。
 「えーあたしこんなイロモノやだー、こーゆーの鰹だけにしてよー」って言えばよかったのに。

 
 曲が進むにつれ、白い世界と赤い世界が交互に現れるわけだけど、しばらくすると白い世界の松井Rが意を決して何かやらかそうとする。
 引き止める周り。


 「止めないで。あたし総選挙じゃやっとJの上に行ったけど、今のとこ持ち歌ローカルで『枯葉』だけしかないの。この辺で五尺玉ドカンとあげるでよ」と言い放ってジャンプ。


 するとあら不思議。白い衣装が真っ赤に染まっていく。
 それを見ていた残りのメンバー、「えーがねえーがね」と次々にジャンプ。
 みんな赤く染まっていく。


 で、写ってはいないけど、この後衣装が赤くなる副作用で頭がどかーんと爆発したんだな。
 で、みんな爆発ヘアになりました、とさ。


 最後に全員で口から粉を吹いたら完璧だったのに。

2011年7月28日 (木)

ラジオガールのギフト

よにこも! 第17回


 よにこも! は、コーナーも順調で、すっかり安定したみたい。破綻もなければサプライズもない、落ち着いて楽しく聞ける番組。


 そう思って聞いていた。


 第17回、放送日の7月26日は秋元(オ)の誕生日。
 佐藤(亜)が、まだAKBのメンバーではなくヲタだった頃に見た、秋元(オ)の思い出を語って一曲。

今回はね、亜美菜が選ぶ、才加ちゃんと言えば、という曲をね、かけたいと思うんですけども

 なんだろ、ひまわり前だからK2かK3かな?


 と思ってたら流れた、こののイントロ。


 運転中だったんだけど、あまりの不意打ちに涙腺がちょっとゆるんだぞ。


 イントロにつづいて最初に聞こえてくる澄んだその声が「才加ちゃん」のそれじゃないのは、佐藤(亜)、君が一番よく知っているはずだろ? 


 あの声は、君が研究生としてはじめてシアターのステージに立ったときに、押しも押されもしない、AKBのエースだった彼女の声だ。そう、君が小さな声で「尊敬している」とつぶやく、彼女。


 AKBの記録にはくっきりとその人の名が刻まれている。AKBは「不都合な人物」の名前を抹殺したローマ帝国やソ連とは違うのだ。
 でもその人の名や姿は、人々の目につかないように、注意深く避けられている。それくらいのソフトな規制を、アイドルグループであるAKBはかけざるを得ない。それは仕方のないことなのだろう。


 だからこの曲がANNでかかることは恐らく決してない。
 それどころか、なにしろ一度はカイシャ同士が法的に対立した経緯もあったくらいだから、いまやメディア界で強大なパワーを有することになったAKBをはばかって、どこの局もその人が歌うこの曲を電波に乗せようとはしないだろう(もちろんAKB側がそれを要求しているわけではない。そうではないが、局側がAKBの胸中を忖度して自主的にそのように振る舞う。ホントに大きな力を持っているところは「要求」などはしない。大人のビジネスとはそういうもの)。
 

 でも、佐藤(亜)、君のラジオは違うんだね。
 君の番組は、君が愛する曲を流す。それでいいんだ。
 

 才加ちゃんを生ではじめた見たときの曲。


 どんなに道が違ってしまっても、大事な人とはぐれてしまっても、
 いつかまた出会える。見上げる空は、同じ空。
 そんな希望を歌う曲。


 明日は明日の君が生まれる

 ラジオガール、素晴らしい曲をありがとう。

2011年7月26日 (火)

シンデレラは騙されない3

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 やっと曲のオハナシ。


 真ん中に6人。深紅のドレス。
1-2-3のピラミッドフォーメイション、トップには小野。その後ろに大島(優)、河西、秋元、小林、宮澤。
 残りの10名は5名ずつ両脇。衣装は真ん中の6人よりも暗い臙脂色。この10名はマイクを持ってすらいない、バックダンサー状態。もうこれはセンターの6人によるユニット曲と言ってもいいくらい。
 BPM300近いパルマが力強い。


 B1ステージも同じ構成。6人がセンターでピラミッド状。フラメンコギターのイントロに合わせて後ろから振り返る。
 そして最後に振り返るトップにしてセンターは、柏木でも渡辺でもなく平嶋!
 その表情は晴れやかに輝いてる。なっちゃんBに来てよかったよねえ。


 つい先日、増山加弥乃さんが「芸能活動をお休みすることになりました」ってアナウンスがあったのだが、もし彼女が当初の構想通りCinDyや平嶋、渡邊と一緒に設立時のTeam Bに来てたらどうだったろうか、などと考えてしまった。


 「シンデレラシックス」平嶋の他は井上、CinDy、柏木、渡邊、渡辺。
 平嶋センターで「オレ!」と叫んだ後、歌い出しは井上と柏木なんだけどね。なっちゃん歌詞間違えるとヤバいからこれでいいんだって。


 曲調はフラメンコで、タイトルはシンデレラなんだけど、内容はすごく現実的な女の子の欲望と葛藤。
 舞台は盛り場、時間は0時。帰ろうにももう終電は行っちゃった。ここからドラマと駆け引きが始まる。

終電に乗り遅れたら/シナリオはロマンス

 「終電、行っちゃったねえ」
 さあどうするどうするどうする。とりあえず、キスまではOK?
 このまま勢いで行っちゃうの?


 ところがこの女の子、ここからが冷静。

シンデレラは騙されない/見かけより/長く生きてる
男たちは/その場だけの/仮の王子様

 男の本質を見透かしています。
 「君が好きだ」「大切にしたい」「ずっとそばにいて」
 いろいろ言いますけどね、ぶっちゃければ「イッパツやりたい」ですよ。
 それは実は女の子の欲望でもあるんですね。もうちょっとキレイな言い方だけど。だからいったん攻撃をしのいで、男があきらめかけたところで搦め手から逆攻撃をかけたりする。

あまりに紳士的に/やさしくしてくれるから
試すように/揺れるふり 上目遣い

 お前の攻撃力はその程度なのか! さあ見せてみろ、お前のホンキを! ってな感じですか。

シンデレラは赤い舌出す/微笑みの下に隠して
どんな風に/誘うつもり?/学びたいレッスン

 なかなか向学心に富んだ女の子のようで。何であれ、新しいことを学ぶことは大切なことです。


 ここで登場したシンデレラは、未経験だけど、決して純情ではなくて、好奇心は強いけど、決して安売りはしない。


 複雑? いやいやいや。リアルの女の子はもっと込み入ったことを息をするようにたやすくできるんだよね。
 これじゃあシアターに集うヲタ諸君の支持を集めてシングル化ってわけにゃいかなかったかな。 


 K2の「シンデレラ」、歌い終わりも小野がセンターで締めるんだけど、何故かB1の締めのセンターは渡辺。平嶋はCinDyと二人で渡辺を支えるポジションに下がってました。


 というわけでこれにてめでたくK2(B1も)お開き。

2011年7月25日 (月)

シンデレラは騙されない2

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 「転石」が終わった後、わざわざ着替えてこの曲。タイトルロールは「シンデレラ」なのにフラメンコ調。


 DVDで見て最初に感じたのは「これってシングルカット用?」という感想でした。
 ふつうだったら「転石」で盛り上がってアンコールお終いでいいじゃんね?


 それをわざわざ着替えて、曲調もフラメンコ風ですごく特徴があって、いわゆる「フック」のある売れ線でしょ。歌ってるのは6人の「選抜」。いわば「シンデレラシックス」。


 ちょうどA2のアンコールが「AKB48」で終わらずに、選抜の7人わざわざが制服に着替えて「スカート、ひらり」を歌うのに似てる。「これでアンコール曲はお終いです。最後に発売中のシングル曲『スカひら』聞いて下さい」みたいな構造。


 K2「青春ガールズ」の開幕が2006年7月8日。その約1ヶ月前の6月7日、2枚目のシングル、「スカひら」がAKSレーベルから発売された。「スカひら」はAKB名義ではあるものの、実質「Aチーム」のシングルであった。


 もともとの構想であった1軍2軍体制ではなく、競い合う同等のチームとしてオリジナルのセットリストも与えられたTeam Kが、独自のシングル曲を期待するのは、当時の状況としては当然のことだったんじゃないかな。
 「AKB3枚目のシングルはTeam Kのオリジナルを!」という機運があったんじゃないかしら。
 特にTeam Kの熱烈なるファン、いわゆる「Kリーガー」にはその期待が強かったのでは。


 実際、2ちゃんねるの地下アイドル板に「AKBチームKの初シングル曲を予想するスレ」が立った。

1 : ファンクラブ会員番号774 : 2006/08/06(日) 03:42:00
 やっぱりシンデレラかな

 作曲は井上ヨシマサ。同じK2の「Virgin love」ではじめてAKBの楽曲を手がけた。
 

 井上は、A1、A2には間に合わなかったものの、K2以降、秋元康のの「アツ過ぎる要求(別冊カドカワ総力特集秋元康)」に応えて数多くの楽曲を公演に提供するようになる。


 このように考えると、秋元は井上の曲をシングルに採用する可能性を考えて、K2の最後に投入したのじゃないだろうか。瀬踏みですよね。ヲタの反応を見ながらの選択肢として。


 同じような立場の曲が、まだ取り上げてはいないけれどA3「誰かのために」公演にもあった。
 A3アンコールの最後の最後、いかにもアンコール用の「メドレー」が終わった後に、やはり衣装を着替えて歌う「涙売りの少女」。
 作曲はもちろん井上。この曲のフックは「少女売春」というテーマと、ラップ。イカネバップ。


 こちらも将来のシングルカットの含みを込めた編制だったように思える。
 

 でもまあ、みんな知ってる通り、結局のところ「シンデレラ」はシングルカットされることはなかった。同時に「Kオリジナルのシングル曲」というKリーガーの願望も泡と消えた。


 AKB3枚めのシングルは、ご存じ「会いたかった」となった。作曲は井上ではなく、BOUNCE BACK名義の河出智希。A2の公演タイトルであり、カップリングもやはりA2の「だけど…」。


 その代わりと言うべきか、このシングルではじめてTeam Kのメンバーも選抜された。Aが11人に対してKは9人。数は少ないが、当時のAが20人体制だったのを考えると選抜された割合はKの方がわずかに大きいんだよね(55% vs 56%)。
 

 PVの主人公は前田だったけれど、副主人公級の扱いで高橋とならんで大島(優)が重要な役を演じていた。「Kリーガーさんこれでカンベンして」ってことかな。


 以下余談ながら。
 「会いたかった」のPVは全員によるダンスシーン+ひとりづつ歌うシーン+カットインするドラマシーンで構成されているのだが、このドラマシーンは、主人公の前田が一人で映っているのは別として、その他のシーンでは必ずTeam AのメンバーとTeam Kのメンバーが一緒に登場するようになっている。
 冒頭前田をガンバレ、と励ますのは中西、峯岸+小野(AAK)。
 サイドストーリーの副主人公は高橋+大島(優)(AK)。
 高橋大島(優)が鞄を投げ出したあたりでごろごろしているのは、板野、小嶋+松原(AAK)。
 カフェ・ハーフムーンでだべってるのは、篠田+小林、野呂(AKK)。
 海辺を自転車で帰るのは、戸島+梅田、秋元(オ)(AKK)。
 旧安房水産高校現館山総合高校水産校舎校門でしゃべってるのは、大島+宮澤(AK)。
 那古船形駅跨線橋で写真を撮っているのは大江、成田+河西(AAK)。


 ね。AまたはKのメンバーだけで固まっているというシーンは一つもないでしょ。


 これはどういうことを意味しているかというと、このPVには裏のテーマとして「AとKの融和」というものがあったんじゃないかなあ、と思ったりもする。メンバー同士の融和と同時に両チームの熱烈なファンたちの融和。


 うわ、また「会いたかった」で長話をしてしまった。


 まあ、とにかくだ、話を戻すと、この「シンデレラ」は幻のTeam Kオリジナルシングル曲ではなかったか、と。


 またしてもその代わり、と言うべきか、同じK2の井上tune「Virgin love」は「会いたかった」の次のシングル曲、「制服が邪魔をする」(井上ヨシマサによるA3「誰かのために」公演の曲)のカップリング曲となった。カップリング曲とは言え、公演に用いられたTeam Kオリジナルの曲がシングルに選ばれたのはこれが最初で、おそらく当分は最後である(秋元康が少女たちに「さあ秋葉原へ帰ろう」と告げる日が来たら、最後ではなくなるのかもしれない)。


 その後「シンデレラ」と似た境遇の「涙売りの少女」は、「制服」の次のシングル曲、「軽蔑していた愛情」のカップリング曲となる。「自殺」と「売春」の組み合わせ。今のAKBからは考えられないよねえ。いや、「考えられない」ことは即ち「やっちゃうかもしれない」ことなのでうかつなことは言えないが。

2011年7月23日 (土)

シンデレラは騙されない

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 K2もいよいよこの曲でお終い。
 なんだかさびしい気がします。


 今だから言うと、最初のうちK2ってあんまりぐっと来なかったんです。
 その前にA2「会いたかった」公演のことを書いていて、その流れでB2も見てたのね。B2も同じセットリストだから。それですごくTeam Bに惹かれるものがあったんですよ。


 A2とB2を比べたら、完成度は絶対A2なわけ。どのメンバーもよく見知った顔(板野はだいぶ違ってるけど)で安心して見られる。


 でも同じセットリストのB2を見てると、Team Bの一生懸命さというか、まあ主に平嶋とか平嶋とか平嶋とかCinDyなんだけどさ、そういうのがすごく心に迫るわけ。ちょうどこのころ、「平嶋夏海の物語」とか読んで、すっかりなっちゃんが好きになっちゃってたし。

 ところでAKB49ってマンガの英訳が何故か流通しているんだけど、そこの一場面のセリフ、

You can be clumsy as long as you desperately try to express
your feelings to the audience.

ってとこが日本語よかむしろカッコいい。


 元のセリフは「不器用でもその言葉を必死に伝えようとする」っていうんだけど、英訳の"desperately try"って方が「絶望的な状況をなんとかしようとめちゃくちゃ右往左往してる」って感じ。


 で、平嶋見てるとまさに "desperately try" という感じがひしひしとするわけ。


 話はそれるけど、このマンガのAkimoto-senseiはちょっとカッコよすぎ。この後のセリフ、

In AKB you don't work smart…you work hard.

 ってのも映画の一齣みたいで、元の「要領のよさなどAKBには必要ない」というちょっと説明的なセリフよかイカす。


 まあそんなこんなわけで、ちょっとTeam Bに巡り会っちゃったせいで、K2よかB1を先に見て、B1に肩入れしてました。


 だからK2のこと書いているんだけれど、度々ココロはB1に飛んじゃってた。
 「青春ガールズ」なんか、あのアカペラでまず浮かぶのは、今でも渡辺の顔だもん。


 でもひとつひとつの曲をじっくり見聞きして、比べて、ああ、Kもいいなあって思えるようになったのは、やっぱ「Blue rose」「禁2」のころからかなあ。「雨の動物園」でやっとKと向き合えましたって感じでした。で怒濤の4連コンボと「転がる石」で納得。


 で、そのK2ともこの曲でお別れ。
 最初は何となく馬が合わない感じだったけど、そのうちに仲良くなった友達とサヨナラするみたいな気分でもあります。


 この曲については今回は何も語らずに終わってしまうけれど、井上ヨシマササウンド第2段。疑うらくはマボロシのシングル曲。

2011年7月22日 (金)

転がる石になれ4

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 「転がる石になれ」は、Team Kのアンセムであり、アイデンティティのための歌であり、ディランへの薄~いトリビュートだった。


 でもこの歌、Team Kだけじゃなく、AもBも、あろうことかTeam Nも歌ってるのね。
 Aは2006年の日本青年館第2公演で、BとNはセットリストごとリプレイしている。


 で、この曲のハイライトがチーム名の「名乗り」。この時のフリが各チームで異なっている。


 オリジナルはもちろん「We're the Team K」。右手の親指、人差し指、小指を伸ばし、手の甲を前に向ける。有名な「Kサイン」ですね。これを下から持ち上げる感じのフリ。
 なんでこれが「K」を意味するのか、前方から見ると小文字の「k」に見えなくもないですが。
 手話の「K」とは違います。


 Team Bでは、「We're the Team B」と歌うとき、右手の親指、人差し指、中指を伸ばし、残り2本を曲げて手の甲を前に向けます。で、Team Kが下から持ち上げるのと違って最初から顔の高さ。
 こんな感じ
 そこから前方にじわーっと伸ばしていくフリ。


 Team Aが「転がる」を歌ったのはたぶん1回だけなんじゃないかなあ。日本青年館第2公演。
 この時Aのメンバーは、「We're the Team A」と歌いながら、右手を握って前に突きだし、そこから上へ高らかにかかげていました。こんな風に。
 まあ1回こっきりのステージのフリだから、そんなに難しいフリは考えなかったのかもね。


 ただ後年「Pioneer」の中で「We're the Team A」を連呼するようになるのだが、この時ののフリは奇しくも右手の「ぐー」を何度も突き上げるカタチで、「転がる石」の時と同じでした。


 余談だが、この「Pioneer」では「We're the Team A」と歌いながら4回コブシを突き上げる場面がある。この時すごく力が入ってて、素早くしっかり伸ばしかつしっかり曲げてるメンバーと、伸ばすのも曲げるのも明かに中途半端なメンバーがいるのね。


 右腕の曲げ伸ばしがあまりに力強いので、残りの体全体が振り回されそうになっているのは…


 そう、やっぱ高橋、たかみなでした。
 そう、やっぱたかみなだよな。

2011年7月19日 (火)

転がる石になれ3

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 「転がる石になれ」から、ボブ・ディランの「Like a rolling stone」を思い出すのは少数派だろうか?
 少なくともAKBに関心を寄せる層に限定したら、圧倒的少数派なんだろうなあ。


 この歌が世に出たのは、1965年。ベビーブーマーの第1期生が成人を迎える頃だ。
 この時、秋元康は生まれてはいたけれど、いくら彼が早熟の天才だったって、ディランのこの歌を熱狂的に歓迎した聴衆の一人だった、ということはないだろう。秋元より年下の僕も同様。
 この曲とは、発表から10年以上経った後、「ボブ・ディランというすごいフォークシンガーのすごい曲なんだ」という知識または教養とともに、出会うことになる。


 正直、ディランは苦手だった。


 というか、正確に言うとディランが好きなヤツが苦手だった。うん。すごいシンガーだってのはわかるし、メッセージもすごいんだろう。

どんな気分だい?/どんな気分だい?
ひとりっきりでいるってのは?/うちに帰る方角もわからないってのは?
誰にも知られていないってのは?/転がる石みたいに

 でも、何をしても、何を言っても見透かされているようなそんな気がして、居心地の悪さがつきまとった。


 「Like a rolling stone」を素直に聞けるようになって、お、すげえじゃんと感じられるようになるにはもっと長い年限が必要だった(桑田さんとみうらじゅん尊師のお陰だ)。
 

 秋元康はディランについてどう感じていたのだろう?


 「転がる石になれ」の中には、ディランの名曲のひとつ「Blowing in the wind(風に吹かれて)」を連想させる部分がある。

太陽に焼かれ/雨に晒された
いつかの夢が風に吹かれている

 ふつうだったらタイトルが「転がる石」で途中の歌詞で「風に吹かれて」と来たら、こりゃもうディラントリビュートで決まりじゃん、って話なんだが、この曲でのディラン関係はそこまで。


 あえてディラン臭さを読み取るとすれば

まわりの声に合わせるな/意地を張って生きるんだ

 とか、

尖った石になれ/譲れぬ何かを持ち続けろよ

 くらいだが、どちらもまあ一般論的ガンコ親父像だもんね。というか、ちょっと「やっつけ感」が無いと言っちゃ嘘になる印象。


 秋元先生、ディランにそんな思い入れはないのね。ちょっとディランっぽさが欲しかっただけなのね。
 と、この曲だけ聞いてるとそう思うわね。


 ところで、ディランは苦手でも、「風に吹かれて」は好きだった。
 

 歌詞もわかりやすかったし、何よりも最初はディランの曲としてではなく、ピーター、ポール&マリーの「フォークソング」として出会ったのが大きかったのかも知れない。後に「本家」ディランが歌うのを聞いて、変な歌い方だなあ、と思った。まあ「フレンド」と「ウインド」を、無理矢理韻を踏むように歌うことが出来るんだって妙な感心はしたが。


 この歌は、繰り返し繰り返し聴衆に問い続ける。
 さまざまなものが、ある(べき)姿に辿り着くまでに「いったいどれくらいの」さまざまなものが必要なのかと。それらは、辿る道のりだったり、越えるべき海だったり、砲撃回数だったりなわけだ。

Yes, how many times can a man turn his head
Pretending he just doesn't see ?

 いったいどれくらいの回数人は目を背けることができるんだろう? 見て見ないふりをするために。


 もちろん、答えは風の中に吹かれてるんだけどさ、秋元康は後になって別のところでちょろっと答えようとしていたんだね。

僕たちは目撃者/決して 目を逸らしはしない
今 起きた出来事を/誰かにちゃんと伝えよう

 ずいぶん長いパスだったな、おい。


 そういや「Blowing in the wind」を流行らせたPP&Mには、「If I had a hammer(天使のハンマー)」ってもあった。

もしもハンマーがあったら/朝から晩まで国中でハンマーを振るおう
ハンマーで危険を知らせよう/ハンマーで警告を鳴らそう
ハンマーで国中の兄弟姉妹の愛を呼び起こそう

 ってな歌。


 ひょっとして長これも長い長いパスだったの?
 かもね。

2011年7月16日 (土)

転がる石になれ2

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 Tagに迷ってしまった。


 結局、「Anthem」と「Be ambitious」というTagを新設した。
 前者はそんなに多くはないだろうが、やはり特別な曲には特別なTagが必要だろうと思い至った。
 後者について、すでに「Ambition」というTagが存在していたのだが、これは「輝きたい」という願望は表現できても、「輝くべし」という秋元康からの激励・命令・詔勅を言い表すにはちょっと適さないことがわかってきた。
 それにメンバー諸君の可憐な姿を見ていると、Ambition should be made a sterner stuff だよなあ、と思っちゃうわけだ。
 それでクラーク先生風に「(Girls,) Be ambitious!」。


 やっぱりTagに迷っていた、「君が星になるまで」もこれでしょ。


 さて、この曲。前回は何でこの曲が必要だったかをちょっと考えた。
 おさらいすると、この曲は「Team KがTeam Kであること」すなわちTeam Kのアイデンティティを高らかに歌ったものだった。


 アイデンティティについて語ったり歌ったりするのは、たいていアイデンティティの危機にある人や集団なんだよね。当時のTeam Kもそうであったのだろう。そして今、現Team Aもその心配がある。


 ここで話はそれるけど、「シアターの女神」公演ってあるじゃん。あれって本来は現Team Bのセットリストなんだけど、ちょくちょく研究生とかTeam 4のメンバーだけでやってるでしょ。


 全く現Team Bのメンバーがいないにも関わらず、「チームB推し」ってどうなん?


 もちろん「あなたは 今日で…」の続きは、その時ステージにいるメンバーの名前なんだけど、その人たちは「ほらチームB」じゃないじゃん。歌ってて、彼女たちどうなんだろう。


 そもそも「チームB推し」って歌は、シャッフル後に起こった、現Teamのアイデンティティの混乱を収拾させるための曲でしょ。そのためにメンバーの名前をひとつひとつ読み上げ、彼女たちが「チームB」であることを繰り返し強調する。


 つまりお客に「あなたは 今日で」と歌いかけるとともに、自分自身に対しても「あたしは 今日でチームB」って納得させるための歌なのだ。


 それを現Team Bが誰もいないところで研究生に歌わせちゃ可哀相(もっとも「名前が長くてすみません」には笑わせて貰っているのだが)。


 まあ百歩譲って研究生は仕方ないとしても、小なりと言えどもれっきとした(そうなんですよね? 秋元先生)正規のTeamである4のメンバーが、「チームB」と歌わなければならないのでは、何のための昇格なんだったんだかって話ですよね(ですよねー)。


 話を元に戻して、「転がる石」。


 アンセムとしての意義は別として。
 ちょっと歳の行った人はこれを思い出すはず。

How does it feel/How does it feel
To be on your own/With no direction home
Like a complete unknown/Like a rolling stone?

 ホントは拓郎が好きなくせに女の子の前でかっこ付けて、ピンクフロイドが好きだって言っちゃったりした秋元少年。
 でもディランを知らなかったワケはない。

太陽に焼かれ/雨に晒された
いつかの夢が風に吹かれている

 風に吹かれたり、転がり続ける石について、もうちょっと言うことがありそう。

2011年7月14日 (木)

転がる石になれ

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 K2公演も大詰め。アンコール2曲目は、Team Kのアンセムとして今も歌い継がれるこの歌。


 当時のことを肌で知らない僕がこんなことを書くのはなんなんだけどさ、Team Kの船出は、決して全てがハッピーだったわけではなくて、いつも前を行くTeam Aの影と戦ってなきゃならなかったみたい。


 いわく「2軍」。
 いわく「劣化コピー」。

はじめにTeam Aありき。
 Team Aは秋元康と共にありき。
Team Aは秋元であった。

 これらを跳ね返そうと団結し、必死にパフォーマンスを上げていった歴史がTeam Kの「創世記」だったわけだ。


 K1はA1との比較で語られ続けた。この間Team Aは、オリジナルのセットリストA2を舞台にかけた。そしてこの公演中、Team Aのメンバーに故障があると、Kのメンバーが代役に呼ばれた。


 いろんなステージに立つ機会が増えるってことで、考えようによっては、喜ぶべきコトなのだが、これもまた「2軍」っぽさを醸し出す原因だったろう。


 これは憶測なのだが、当時「Kチーム」のファン(「Kリーガー」と呼ばれたらしい)の中で次のような文言が使われたのではないかな。僕がその立場だったら絶対こう言った。


 「KはAの植民地なのか」。


 然り。当時KはAの植民地であった。


 さて、植民地が実力をつけてくれば、当然独立の機運が高まるのは洋の東西を問わない。
 オリジナルのセットリストであるK2はTeam Kによる「独立戦争」であり、その中でも「これがる石になれ」は、「独立宣言」であり、「Star spangled banner」なのである(でさあ、この場合の秋元康はトーマス・ジェファーソンであると同時にジョージ3世なんだよなあ。自分で泣かしといて、「なんて可哀相なんだ」とホンキで自分も泣くんだこの人は)。


 後から来たことによって必然的に負わざるを得ないハンディキャップを跳ね返し、意志を奮い立たせるための民族主義的象徴としてのアンセムが、当時のTeam Kには必要だったわけだ。


 「転がる石になれ」がTeam Kのアンセムになった理由は、というと、煎じ詰めるとこの歌詞に尽きる。すなわち

We're the Team K

 「我らこそが、(定冠詞つきの)Team Kであるぞ」という宣言。それだけである。


 その他の歌詞は、「Team Kかくあるべし」という、まあ秋元先生の説法だよね。いわく「自分のMINDで動け」「丸くなるな」等々。もーうっせーつーの。


 でもそれらは別に、Team Kである必要条件でも十分条件でもなく、むしろAKBという毛色の変わったアイドルグループ全体の努力目標であったりする。
 だからこの歌の魂というか、キモは、やっぱり「自分らはKである」と取り立てて述べること、そのことに尽きるのである。


 「我は我なり」。


 「2軍」でも「劣化コピー」でもなく、自分が自分であること自体がまず価値であるということ。
 Team Aを目標とするのではなく「より優れたTeam K」を目指すこと。それがTeam Kの使命であるということ。
 この歌は、天地創造神兼破壊神アキモトからの宣命であったのだ。


 かくして植民地Team Kには澎湃と自主独立のうねりが生まれたのであったちゃんちゃん。


 だからさあ、他のTeamがこれを歌うのって、Kのメンバー(とKリーガー)にはすっごくヤだろうってすぐわかるじゃん。なのに日本青年館ではTeam Aに歌わせ、あろうことかTeam Bにはセットリスト丸々渡しちゃったりするんだよ。


 わかってて歌わせるのが破壊神が破壊神たるゆえんだよねえ。
 できあがるとすぐに壊すんだよ、この神さまは。


 以下ちょっと余談。


 同様の理由で、ずっと遅れて産声をあげたTeam Bには最初のオリジナルセットリストに「初日」が用意されることになる。
 もっともこの曲は「あたしたちがBだ!」と声高には歌う曲ではなく、せいぜい「(AやKに)負けたくない」と言うことで「あたしたち」を際立たせる程度ではあったが。それが当時のBらしいっちゃらしかったね。


 一方、「常に先を行く者」であったTeam Aには、AがAであることを鼓舞するアンセム、「Team Aであること」を声高に歌う曲は必要なかった。
 何しろ宗主国なのだ。
 Team Aであることは、すなわちAKBであることなのだし、その中心には「AKBとは高橋みなみのことである」が鎮座ましましているのだから。


 だから彼女たちが歌う自己言及的なアンセムには、「Team A」という単語は用いられることはなかった。すなわち単純に「AKB参上」と言えばそれで済んだのである。

 
 誇り高く、しかし聞きようによっては何とも傲岸な歌ではないか。
 「自分たちはTeam Aではない。AKBそのものである」というのだから。
 だかそれもむべなるかな、そのステージに立っているのは、板野であり大島であり川崎であり小嶋であり佐藤であり高橋であり前田であり峯岸であったのだから。
 「あたし(たち)がAKBだ」と嘯く彼女たちの言葉を否定できる者は当時誰もいなかった。 


 数年後。Team Aは解体されることになる。


 2010年7月、A6のフィナーレに、その名も「先を行く者」を意味する「Pioneer」という曲が登場した。
 「転がる石になれ」と同様、「我らこそが(定冠詞付きの)Team Aであるぞ」と宣言する曲。


 このブログでこの曲について語る時がいつになるのかわからないので、ここでちょっとだけ言うと、この歌はそのタイトルと裏腹に現Team Aが「先を行く者」ではなくなったことを象徴している。


 古参はとっくの昔に気がついているのだろうが、現Team Aのメンバーはわかっているのかしらん。

2011年7月13日 (水)

約束よ

words
video


 K2アンコール1曲目。
 切ない片思いの歌の次は、お別れの歌。

「サヨナラだけが人生なんだ」って/いつか 誰かが言ってたけど
それだけじゃ/知り合った意味がないね

 誰かっていうのは、井伏鱒二先生ですね。

花ニ嵐ノタトエモアルゾ/「サヨナラ」ダケガ人生ダ

 ついでに原詩は于武陵の「酒を勧む

勸君金屈巵/滿酌不須辭
花發多風雨/人生足別離

 井伏先生の訳詩は短いので、これだけで50%の引用となってしまいました。
 さすがに于武陵先生の著作権は消滅していると思うのですが、中国の法律には不案内なのでもし著作権者の方がいらっしゃったら御連絡下さい。


 高校の漢文で習った覚えがあるのだが、あの頃は意味もわからずに暗唱するばかりだった。
 そりゃそうだよね、別れより出会いの方が圧倒的に多かった年頃だもの。
 でも今、明らかに人生の後半戦を迎え、「花ひらいて風雨多し 人生別離足る」という詩句の重さが少しづつわかってくるようになった。


 父と死別してもうすぐ10年。
 Fクンの墓参りには、20回以上行った。
 今日別れて、もう二度と会うことのない人がたくさんいる。


 いや、今朝別れた家族と、もう二度と会えない確率だって、少しだけなら見積もることだってできる。まさに「カップと唇の間」にはたくさんのことがあるもんです。


 そういうことが実感できるお年頃。


 でもそりゃ秋元のおっさんだって一緒でしょうよ。言っとくけど僕おっさんよか年下だかんね。それなのに

必ず 君に会えるから/いつの日か どこかで
運命が引き寄せる/力 信じて

 なんてよく約束できるなあおっさん。


 今別れても、もう一度会える。

絶対 君に会いに行く/森の中 私が
探してた夢の道 見つけられたら

 秋元にだってもう二度と会えない人はいるだろうに。それでも彼は言う。
 「絶対会える。それが運命なら。だから運命を信じろ」と。


 「運命を信じる」。
 この先、秋元はこのテーマを繰り返し言及するようになる。


 彼を信じて集まった、夢ばかりが多く力弱い若者たちを鼓舞するように。


 自分自身を励ますように。
 

 ならば僕も、このおっさんの約束をもう少し信じることにしましょう。
 N1「誰かのために」も届いたことだし。 

2011年7月12日 (火)

打ち上げ花火

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 前曲が終わってステージではMC、メンバーはその間に浴衣に。
 浴衣で歌う、K2最後の曲。もちろんお約束のアンコールはあるんだけど、正規の曲としてはこれが最後。
 K2がはじまったのが2006年7月で、浴衣姿を披露するにはとてもいい季節だった。浴衣の販売もあったし。当時は浴衣を買うと、メンバーと2ショットでポラ写真がとれたそうな。


 でも浴衣姿で歌ったのはこの曲だけ。アンコールではせっかくの浴衣からTシャツにきがえてしまったのだから、まさにこの曲のためだけの衣装だった。ぜいたくな演出。


 一方B1がはじまったのは2007年4月(8日。48の日、もしくは高橋の誕生日)。浴衣にはちょっぴり早かったのではないかとも思うが、そこはそれ、前例踏襲が厳密なAKB、ちゃんと浴衣で登場。


 でも夏祭りを舞台とした、切ない片思いの「『僕』の歌」を歌い上げるための衣装は、やっぱり浴衣以外にはないよね。


 浴衣姿の少女たち。団扇手にはしゃいだり笑ったり。通常の3倍カワイク見える。デザインは正直アレだけどね…。

なぜだか 僕は 急に/そこにいられなかった
まるで 君に恋をしてたように…

 「まるで」恋なんて気づいてなかったみたいな言い訳Maybeの第1スタンザ。おいおい、俺聞いてないよ。


 ああ、でもとうの昔に恋に落ちていました。気づいていないのはご本人だけ。
 時に恋はこのようにはじまる。
 そういや秋元先生最近も「まるで 愛のように…」ととぼけてみせましたね。それ、愛ですから。


 ちょっと気になってはいたけど、恋だなんて思っていなかった。はじめの頃は天然でホントに気づかない。でもある瞬間から「抑圧」がはじまる。思春期の弱い心を守るために必要な防衛機制。


 こういうのは、やっぱ男の子に多いね。好きなのにいじめちゃうのもその一つかも。その点女の子はむしろ「恋に恋してる」ことがあるよね。理由?… 知ーらない。


 で、夏祭り。
 夜の光の中、君と彼を見かけた瞬間、心の箍がはずれる。洪水のようにあふれだす愛しさ。いや、打ち上げ花火のように、というべきなのかな?

打ち上げ花火は悲しいね/空の彼方
開く花は/静かに消えていく

 始まる前から報われないことが、あらかじめわかっていたかのような片思い。後は静かに消えていくのを待つしかない。


 これが女の子の恋だったら、秋元はむやみやたらと励ますんだけどね。モテない男の子の心情の方がずっとわかってらっしゃる。そう、思春期の男の子の片恋なんて、打ち上げ花火ほどの華やかさも迫力もない。

一人きりで/僕の恋は
まるで 線香花火みたいに

 でもこういう恋はレッスンなんだぞ。
 いかした男になるための大切なレッスン。

夏はいつも 過ぎた後で/大人にしてくれる

 ってね。


 あとこの曲のメロディのこと。
 他の曲とちょっと違う感じがした。イントロから。イントロの三連符四連発三回攻撃でぐっときた。
 サビのあとのCメロ(かな?)もイカす。
 作曲誰? と思って調べたらやっぱり誰? 上杉佳奈さん、全く情報なし。
 誰か知ってます? この人。

2011年7月11日 (月)

日付変更線

words
video


「ふしだらな夏」からはじまった怒濤の4連コンボも、この曲で一応のフィナーレ。


 日付変更線って言うから、飛行機か船が出てくるのかと思いましたよ。でも違うのね。主人公たちが乗っているのは自動車。ステーションワゴンじゃないってことは、「Don't disturb!」の彼とは違うのね。

夜のfreeway/雨を弾いているワイパーは
ほら プロペラだね/セスナ機みたい
真っ赤なスポーツカーが/走る空

 これはつまり、想像の世界の飛行機。


 助手席の女の子はとても想像力豊か(AKB的に言えば「脳内」「妄想」好き)。
 彼女の中では、この雨のドライブは「飛行機に乗った異国への逃避行」と化しているわけ。
 Freewayを滑走路に見立てるのは、この歌パクリ本歌取り。あと「恋の日付変更線」は、秋元の奥さんのオトモダチの歌。


 思春期の女の子はホント想像力が豊か。
  実際には赤毛でそばかすだらけでやせっぽちで貧乏な孤児なんだけど、想像の世界では飛びっきりの美人の令嬢であるということにしている、女の子のことを思い出すまでもなく。


 人は誰でも「こうありたい」という理想があるんだけど、リアルワールドは決してその理想と一致することはない。大人になると言うことは、自分を理想に近づける努力の過程であって、たいていの人は成功が数パーセント、圧倒的な残りの部分は挫折というのが普通。


 まあたいていの大人は挫折には慣れているからたいして傷がつかないんだけど、その辺が脆弱な思春期の子は、想像の世界に逃げ込んで傷つきやすい自我を防衛するってわけだ。


 で、「日付変更線」。
 本来は「地理上」の仮想的な線なのだが。

愛の日付変更線/この夜を越えたら
きっと何かが変わるわ

 どうも「時刻上」の線のような捉えられ方をされているみたいね。

今日と明日の間で/運命を信じて
2人生まれ変わるよ

 ね。時刻上で日付が変わる「線」、ま、要するに午後11時の終わりと、午前0時の始まりの間に想定される仮想上の線を言ってる。


 まあこれは「愛の日付変更線」という象徴性の高い言葉を使うための方便なんだろう。秋元が日付変更線の本来の意味を知らないわけないし。ただ歌ってたメンバー諸君がわかってたかと言うと…。

日付変更線って何?
何か、それを越したら、日にちが変わっちゃうみたいな。
うんうんそうそう。12時、あー、そう。
12時みたいなこと。

 ねえ、最初はあってたのに途中からごちゃごちゃになってたね、大島(優)。
 せっかく夏先生が、「(日付変更線だけに)太陽を持ち上げるように!」ってフリを教えてくれたのにねえ。


 もっとも歌の心は、二人して日付変更線を意思をもって越えることによって、日付が変わり、さらにそれによって「私たちの関係も変わる」および「私たちと世界との関係も変わる」という女の子の願望(妄想?)なんだから地理上でも時刻上でもどっちでもいいっちゃいいんだけどね。


 大切なのは、二人して新たな日を迎える、という事実。


 でもいくら妄想全開でも、

恋人よ/連れてって
地球の裏側

 は無理だから。自動車だから。ね。
 もうちょっと大人になったら、ジャマイカに連れて行って貰おうね。

2011年7月 8日 (金)

Virgin love

words
video


 前曲、いったんは16人が揃ったあと、終盤になって6人が先にはけて着替えをしてこの曲に備えている。
 最後までステージに残っていたのは、今井、梅田、大島(優)、奥、小林、佐藤(夏)、高田、早野、増田、松原の10名。
 「Virgin love」のイントロが始まるのが37:28。
 

 最初に飛び出してくるのは、秋元、大堀、河西、野呂、宮澤の5名。白いワンピースを着ている。
 あれ? 小野は?


 歌い出しとほぼ同時に、両袖から着替えを終えたメンバーが2人づつ出てくる。
 佐藤(夏)、大島(優)、小野、増田。
 その時間37:44。小野以外の3名は、16秒弱でサマードレスから白のワンピースに早替わり、ってわけだ。
 その後ワンコーラスごとにわらわらわらわらとメンバーが増えていく。


 Bのステージでも同様。前曲終盤まで残っていたのは10人。仲川、平嶋、松岡、CinDy、菊地、片山、多田、野口、仲谷、早乙女。
 「Virgin love」のイントロと同時に飛び出してくるのは田名部、渡邊、柏木、井上、米沢。
 あれ? 渡辺は? こういうとこまでセンパイの公演をコピーしなくてもいいのに。


 次に出てくる4名は、平嶋、多田、渡辺 そしてたぶん片山。着替えの時間はやはり16秒弱。
 お見事な早替わりでした。


 さて、この歌。

あなただから教える/My secret…
友達にも話してないの

 と意味深な歌い出し。友達にも内緒のその「秘密」とはなんぞや?
 というほどのシークレットでもないですね、これ。要は、自分は遊んでいるっぷうに見えるし、そう振る舞ってもいるんだけれど、実はそんなことなくて、カンジンのことはまだ未経験、ということ。
 それがヒミツなんだって。かわいらしいもんである。


 やっと出会えたステキな「あなた」に、「大切なもの」をあげたい、とまあそういうわけだ。
 どうもここで前々曲の「ふしだら」との関連を思い浮かべてしまう。テーマが被ってるよね。前に書いた「公演=連歌」論でいうと、前々曲は連歌で言う「打越」に相当するのだが、打越とテーマが被るのを連歌では「輪廻」とか「観音開き」と言って嫌う。
 前曲で「賢者モード」になったんだから、今さらあせらなくてもいいじゃん彼女って、ことかな。


 ところでこの曲、

残された女の子/旬が終わる
その前に/本気だからいいでしょ?

 なんてのを聞いていると、一定以上の年齢の人はやはりこの歌を思い出す。
 秋元先生29歳の御作。


 若いだけあって、「友達より早く エッチをしたい」とか「デートに誘われて バージンじゃ つまらない」とまあ、あられもない表現乱発でしたね。


 あのころはさあ、アキモっちゃんも、おニャン子のちょっと年上のアニキぐらいの感じでさあ、こういうの歌わせても、なんていうの、共犯関係? 挑発? みたいな感じだったんだよねえ。結局一人喰っちゃうし(←まだ言うか)。
 でも今コレをAKBに歌わせるとあれだね、メンバーに「秋元先生、若い子に何つー曲を歌わせてたんすか!?」って突っ込まれそうだよな。


 それともあれかな。愛する前田が「バージンじゃつまらない」って少し照れながら歌うのを遠くで眺めて、キュンとなってるのかしら。


 まあそれを思うと、タイトルこそ挑発的な「Virgin love」だけど、お上品なものですね。


 あ、大事なことを書き忘れた。
 この曲は、AKBでいっちゃん最初の、井上ヨシマサtune。
 このブログは基本的に秋元康に言葉のこだわっているつもりで、音楽についてはあまり触れてないのだが、井上ヨシマサについてはなんだかこの後何かを語るような気がする。門外漢なのでちょっと自信はないのだけれど、語りたくなる曲が多いのね。

2011年7月 7日 (木)

フェルメールの手紙

words


 Amazonから大きな箱が届いて、中からCDがこんだ3枚、と思ったら2枚。「波乗りかき氷」が2つ。
 えー俺こんなに(以下略)。


 ま、夏らしい佳作だな、と。


 それよっか気になったのは「フェルメールの手紙」。
 フェルメールをはじめとする17世紀オランダ美術の展覧会のテーマソングだそうな。それも「『コミュニケーション』をテーマに読み解く、17世紀オランダ絵画展」だそうな。
 実にそそるテーマではありませんか。

テーブルの上 無花果の実/知らぬ間に熟れている
甘い香りに誘われても/なぜか手を出せなくて

 おお、何だか思わせぶりな導入。ノイエじゃなければ竹内まりやあたりに歌わせたくなるような、訳ありの恋。 

たった一度の それが過ちとしても/偶然の出会いに後悔はない

 テーマは「手紙」と「無花果」と「訳ありの恋」。それはわかったが、展覧会に出されるフェルメールの絵との関連が今ひとつわからなかった。


 フェルメールの他の絵で、こういうテーマに似つかわしい絵があるのかしら?
 こりゃ画集を調べなきゃならんのか、と思ったところ、世の中には同じことを考える人はいるもので、すでに絵を調べたがいた。


 「窓辺で手紙を読む女


 ソースがWikipediaなので真偽は詳かにしないが、この絵には「堕罪や許されざる愛を暗示」する果物や、塗りつぶされてしまって今は見えないが「手紙が不倫相手からのものであることをさらに強く暗示」するキューピッドやワイングラスが描かれていたそうな。


 うん、この絵だ。


 調べた「よしお」氏は、Wikipediaの絵の中から「『無花果の実』を見つけられなかった」と言うのだが、修復後の絵(フェルメールの絵は最近修復が進んでいて、鮮やかな色彩が甦っているのが多い)を見るとそれらしきものも見えるようだ。


 もちろん「よしお」氏の言うように、あえて「無花果」を取り上げた秋元康には意図があるのだろう。この恋は許されない恋。たぶん妻のいる人への。

花の咲かない/そんな果実もある
こっそり開いているのに

 その恋を、花の咲かない無花果にたとえたという「よしお」氏の解釈には、僕もすっと納得がいった。


 もう一歩踏み込んで無花果から妊娠を連想したが、それは読み過ぎか。

2011年7月 5日 (火)

Don't disturb!2

words
video


 満月の晩に初めてのデートに誘われた女の子。年上の「彼」が運転するステーションワゴンで、海岸へ。
 とてもステキなシチュエーションなんだけど、どうしてもハッピーな恋の始まりには思えない。

Darlin'/今夜だけ
Darlin'/独り占め

 ね。
 どうやら普段はいろいろと忙しい「彼」みたい。「今夜だけ 独り占め」ってことは、別の夜は別の誰かといるんだろう、きっと。


 それでも彼女はすっかり「彼」の虜。


 ところでこの歌、なぜだか中学英語のセリフが入る。ひょっとして「彼」ってガイジン?

ねえ見て? 満月。きれいね。

うん。すごく嬉しい。だってデートしてくれると思ってなかったもん。
ねえ、お願いしても、いいかな?

それとも私のこと、嫌い?

 試みに訳すと、こんな感じかな。
 あんまし話ははずんでないのかな。ちょっと口ごもっちゃって。
 
 お願いする中身って、やっぱ、ああいうことだよなあ。やっと見つけた「絶妙」な人。
 彼女はキスされて、もうすっかりその気になって、覚悟を決めてしまっている。

朝が来るまで/帰らない

 でも、きっとうまくいかない。


 「ねえねえ、年上のステキな彼に夢中なのはわかるけど、そんなにあせっちゃダメだよ」
 女の子を心配する大人たちは、そう言うに決まっている。
 で、そういう忠告に対する女の子のお返事もまた、はい、決まってますね。

Please don't disturb!

 Pleaseとは言うものの、イクスクラメーションマーク付き。


 つまりは、

 そんなコト、最初っから知ってる。誠実な人だとは思ってません。でもしょうがないじゃない。そういう恋に落ちちゃったんだから。
 明日か明後日になったら、きっと泣くでしょう。それはわかってるけれど、今は幸せなの。
 だからせめて今夜だけは邪魔しないで。お願い。

 投げやりとか刹那的とか、分別のある大人は呼ぶかも知れないけれど、「恋」の本質は、むしろこういう一夜の出会いの中にあるのかもです。


 「みをつくしてや」をちょっと思い出しました。


 ところで disturb ってのはホントは他動詞で、本来なら目的語が必要になる。
 Don't disturb us! とかね。
 でもいっこだけ、この歌のタイトルみたいに目的語なしで自動詞的に用いる用法がある。
 それは「(ホテルなどで)寝かせておいて」。
 

 ねえ、どうせならタイトル通りホテルに行った方がいいよ。ステーションワゴンとは言え、車だと狭くていろいろ困ったことが起こるよ。初心者なんだから。

2011年7月 4日 (月)

Don't disturb!

words
video


 前曲に引き続いて「南国の曲」。こんどはハワイ風?
 「ふしだら9」が後ろに下がって、さっきまでの激しい踊りと打って変わって穏やかなフラダンス風ダンス(わかんないの。あれがフラダンスなのか。でもそれ風ではあるよね)を踊る。
 青色同柄の4人がゆっくり舞台に現れ、歌い始める。これで13人。


 こういう演出A2でもあったよね。「背中から抱きしめて」から「リオの革命」を経て、「JESUS」「だけど…」に連なるコンボ。曲ごとにだんだん人数が増えてくの。 


 曲間、小野が中学英語風のセリフを唱えながら奥、早野とともに登場。これで16人が揃う。
 ひとしきり全員で歌った後、6人がすっと舞台袖へはけてお着替えタイム。
 間が途切れることなくたたみかけるように次曲につなぐ。お見事。


 さてここから先はちょっと思いつき(まあ何もかも思いつきなんだが)。


 公演の曲は、それぞれが独立して完成したものである。しかし同時に、公演の流れの中で演じられることによってはじめて生まれてくる色彩というのもあるような気がする。ちょうど連歌で、ひとつひとつの句はそれだけで味わいがあるのと同時に、前の句や後の句との関連でそこに新たな景色が生まれてくるように。


 そう言えばこのブログの劈頭「PARTYが始まるよ」を連歌の発句にたとえた。「座のひとびとに挨拶をすると同時に、場の空気を整えるために、とびきりめでたくなくてはいけない」と。連歌でよい「座」をもうける工夫と、すぐれた公演の構成というものの奥にあるものは、一緒なんだろうなあ。というかそれが「ライブ=生もの」の醍醐味なんだろう。
 思いつきの「公演=連歌」論です。すいません。


 前曲は「制御しきれない女の子の好奇心と欲望」をラテンでじりじりと焦るように表現した。
 続くこの曲は前に書いたように、ぐっと落ち着いて穏やかな「恋の始まり」のハワイアン。月の海岸に停めた車の中の秘め事。
 これを続けて聞いて生まれる新たな景色は、ちょっと下品なもの言いをするならば、「あ、しちゃったんだ」。


 「してみたい してみたい してみたい」と、「ふしだら」で言葉も露わに前面に出ていた欲望の炎は、「Don't disturb」ではすっかり消えてしまった。そこには満たされた平穏が漂っている。


 生殖可能な年齢の男子はみんな知っているのだが、「賢者タイム」というのがある。
 女子に同様のものがあるのかどうか詳かにはしないが、ささやかな自分の体験と、文学的証拠(スカーレット・オハラとレット・バトラーの情熱的な夜の翌朝とかね)に照らし合わすと、女子の場合も似たようなものがあるようだ。
 ただし男子のように人が変わったようになるのではなく、穏やかな幸福感が支配するもののようである。この曲のように。


 すなわち、性的欲望が充足した後に訪れる平和(おいおいそれおっさんの妄想ですから、と上野千鶴子先生あたりに言われたら返す言葉がありませんが)。


 え、だってこの曲って

初めてのキスに照れながら
言い訳みたいに/俯くの

 ってくらいだもの、まだそんな関係になってないんじゃないの? 


 だからさ、それはこの曲単独で聞いたらそうだろうけど、「ふしだら」との繋がりでそんな風に感じちゃうんだってばさ。
 どちらの曲も「女の子の未経験な恋愛」を同じテーマにしておいて、それくらい「ふしだら」とこの曲のコントラストは鮮やかである。

2011年7月 2日 (土)

ふしだらな夏2

words
video

 やっぱねえ、やっぱ2来ちゃったねえ。
 だって前回タイトルだけど終わっちゃったもんね。まあそれくらい秀逸なタイトルだというわけでもあるのだが。


 さて、「制御しきれない女の子の好奇心と欲望」+「夏」は、アイドルソングの定番シチュエーションであるのだが、AKBっぽさというか秋元っぽさはどうしても隠せない。
 たとえば

未成年の妄想は/止められないわ
愛の見返り/水着次第と知ってる

 ってとことか。


 経験の浅い女の子の妄想がどんどん膨らんで行っちゃって、「やだ恥ずかしい、見られてる。どうしよう、水着大胆すぎたかしら、でもこうでないと誘ってくれないしドキドキドキ…」って感じ。


 山口百恵が、32年前の秋元康少年に歌いかけた、

誰でも一度だけ経験するのよ
誘惑の甘い罠

 その甘い罠を、すっかりおっさんとなった「永遠の高校生」秋元が全国のヲタ諸君にお裾分け。

天国のドアを開けて/ときめきは 甘美な罠

 百恵ちゃんの時より深刻味は薄れてるけど、少女の好奇心と欲望の強さは30数年前よりずっと強くなっているのかも

してみたい/してみたい
してみたい/ひと夏の経験

 「してみたい」ってのは「したい」よか好奇心のドライブが強い(それがどんなものであるかわからないから体験してみたい)。もうちょっといろんなことを体験して、「それ」をよく知ったお姉さんになったら、たとえば

1秒だけでいいから/失神させてよ

 とか言っちゃうんだよね。


 でも「してみたい」って連発するんじゃないよ、女の子なんだからさ。


 秋元クンは百恵ちゃんから貰った「それ」を後に続く人にナイスパスできたのかしら。


 ステージについて。
 K2の幕開けが2006年の7月8日。小野が「季節が夏ということで南国ムードの・・・」 と前置きして「ふしだらな夏」がはじまる。


 舞台上のメンバーは9名。上手下手に1人ずつ、センターに7人。
 赤いパレオ風のサマードレス。真っ赤な舞台。ラテンのイントロ。
 うん。カッコイイ。


 ラテンだというのはわかるのだが、これがサルサなのかルンバなのかマンボなのか、その辺詳しくないのでよくわからない。たぶんサンバじゃあないんだろう。
 いずれにせよラテンですよラテン。すこし焦れた感じで、(まあぶっちゃけ)性欲に駆られた女の子のじっとしていられない緊迫感も感じられる。


 Team Kは大堀、野呂のビッグ2を筆頭に、お姉さん方中心。と、2011年現在で考えるからアダルトな印象なんだけどさ、開幕当時の年齢、大堀も野呂もまだ22歳。
 秋元大島梅田の昭和トリオだって17歳だったんだ。河西増田にいたっては14歳だもんなあ。平均年齢はやっとこ17歳。


 一方、同じセットリストのTeam Bはさらに若いメンバー。
 B1の開幕が2007年4月だから、アダルトな印象のCinDy、渡邊でもやっと20歳19歳だった。
 菊地渡辺に至っては13歳。平均年齢でも15歳そこそころの「ふしだら」でした。
 そんな子たちに「してみたい」とか「欲しくなる」とか歌わせるなんてアグネス的にどうなのよ。


 でも菊地の「ふしだら」ってなんかいいんだよなあ。センターで歌うところなんか特に。少女じゃなくてカンペキ「おんな」の目をしている。


 この後菊地には過酷な未来が待ちうけている。そんなことを知る由もなく、無心に歌い踊っているから、より彼女の姿に惹かれるのかも知れない。ちょっと嗜虐的だよね、それって。


 その菊地、一昨日18歳になったばかり。何て波瀾万丈な思春期を送っているんだろう。
 頑張ってな、きくぢ。

ブラック仲谷ん

 ちょっとしびれた。

仲谷明香です。わたしの半分はやさしさでできてます。
残りは…

 

2011年7月 1日 (金)

明後日、ジャマイカ

words
 Amazonから大きな箱が届いて、中からCDがこんだ4枚。「唇 触れず…」が4つ。
 えー俺こんなに頼んだっけ? 頼んだんだね間違いなく。生写真は1枚。その代わり応募券3枚。
 別にそんなにn3bsのこと好きなわけじゃないのに(もちろん嫌いでもないです)、どうしちゃったんだろう。


 なんか応援したくなるんだよね。小嶋も高橋も峯岸も。ほら、ずっとA1からDVDを見直しているところなんで、今メディアに出ている3人の向こうに、2006年とかの姿が浮かんでくるわけ。
 うっわ小嶋キレイになったなあとか、高橋変わらねえなあ、とか。
 あ、峯岸はねえ、初期の公演DVDじゃ目立たないんだよね、MCなしだから。その代わり「前田敦子とCHERRY GIRLS」で号泣とか、「幻のスカひらセブン」で号泣とか、エピソードは知ってるんだけどね(もうちょい後になると、「メガネはやっぱりパリーミキ」とかでかっちょいい姿を見られたり、あと「夕日」のマネージャーとかに会えるんだけどね。)。


 生写真は天才小嶋先生でした。ライブの応募も3通しました。


 それはそうと、「明後日、ジャマイカ」。
 これは天才小嶋先生の初ソロってことでいいんですよね?(←すいませんこじぱ先生にはCloudy skyがありましたね)
 で、秋元センセイ、ジャマイカって思いつきジャマイカ?(←すいませんこれが言いたかっただけでした)

あなたと一緒だったら/世界の果てでも構わないし…
近所でも楽しいと思う
頭を空っぽにして/大切なことだけは
ちゃんと覚えていればいいよ/明後日、ジャマイカへ行こう

 ジャマイカでなくてもよかったんジャマイカ? 


 そう、ここでジャマイカは、"Somewhere over the rainbow"みたいな場所。カンザスじゃなければどこでもいいどこか。あなたと一緒だったら近所でも楽しいって、泣かすじゃない。


 で、思いつきで明後日ジャマイカに行くのね。
 レゲエの何たるかも知らず。
 だがしかし、それでいいんだわ。幸せの入り口ってそういうものなんジャマイカ?
 

 でもジャマイカ、遠いぜえ。ぱるさんぜってー途中でブチ切れると思うぜえ。

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