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2011年8月

2011年8月31日 (水)

めちゃいけのPVが神すぎて死にたい

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 なーんてね。
 書いてみたかっただけ。


 仕事をためすぎて、続きが書けなかった。
 今ちょうど大好きなBirdのとこだから、余計、あれもこれもでまとまらない。


 で、Outputがpoorな時はinputあるのみ! とずっと聞いてたのがフラゲとその裏。
 「抱きしめちゃいけない」。誰が名付けたか「めちゃいけ」。


 切ない別れを明るい曲調で歌い上げる「『僕』の歌」。
 ああ、秋元先生の勝ちパターンだよね、と油断して聞いてた。


 で、あのPVなわけだ。
 

 参ったなあ。
 

 これって表の選抜に届かなかった子たちがお情けで出させて貰ったPVなんだよね、低予算の。
 と思ってた僕が愚かでした。ごめんなさい。


 モーションコントロールカメラ風のの手持ち(やっぱ低予算はガチ)での長廻し一本撮り。
 現場は悪夢だったろうに、最後まで笑い続けてた彼女たち。


 何度でも見直したくなる偶然が綾なすディテールの妙。うわ、これいちいち記載したら死ぬぞ、と思ったら単独スレが立っててじっくり見て書いてる人々がいて、ほっとした。


 大場と須田以外の全員の個体識別ができたのも喜びの理由ですね。


 参ったね。
 あんな笑顔を見せられたら、大場と須田も憶えちゃうじゃんかよ。こっちは仕事が忙しいんだよ。


 カンベンしてよー。

2011年8月28日 (日)

Bird

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愛は 羽根を失った飛べない鳥

 はじめてこの曲を聴いた時から、ずっとこの言葉の意味を考えていた。


 時刻は早朝。
 場所は国道409号線東京湾横断道路。通称アクアラインの登り線。
 助手席に座った彼女は、少し車窓を開けて、朝の風を車内に導いている。
 車の中には二人だけ。ステアリングホイールを握っているのは…


 いったい誰なんだろう?
 
 二人は夜を一緒に過ごした。それは彼女がずっと望んでいたことではなかったのだろうか。

夜明けに追い越されて/ヘッドライト 消した頃
街へ帰る/アクアラインは
話すには長すぎて/走るしかない

 実際にはアクアラインはそんなに長くはない。木更津ジャンクションからちょっとアクセルを踏み込めば、もの十数分で東京湾に至る。


 そのわずかな距離と時間を、こんなに長く感じてしまうのは何故だろう。
 本当は話したいこと、尋ねたいこと、聞いてほしいこと、そして言って欲しいことがたくさんあるのに、それらを言い出すことができなくなった二人。


 愛してはいけなかった人を愛してしまった。
 一緒に過ごしてはいけない夜を共にしてしまった。


 はじまる前から失われることがわかっている恋がある。
 それでも選ばないではいられない。身を削ってでも、自らをがんじがらめに縛って身動きが取れなくなっても。


 そう。
 「心の籠」に閉じ込めてしまったのは自分自身。

愛は
羽根を失った飛べない鳥

 そう。
 時に愛は、愚かな呪い。

2011年8月23日 (火)

フライングゲット

 HMVから大きな(略
 フライングゲットをフラ(略


 DVDには武闘映画「紅い八月」。


 道場破りを続ける常勝の武闘集団赤辺子四十八士。
 十人だけど四十八士。


 不意に現れた謎の女が彼らに告げる。

女:あなたたちよりずっと強いグループを 私は知っている
男たち:なんだと
男たち:誰だそれは?
男たち:そんなヤツらどこにいる?

女:トウキョウ
男たち:トウキョウ…

女:アキハバラと呼ばれる街

 彼女の口から出た「アキハバラ」という名に、不覚ながらじわっと来た。


 本当なのか?
 今でもあの街に、最強の連中はいてくれるのか?

ここの場所で夢を追いかけるから

 と歌ったあの街に。

どんなに売れても ここで歌っています

 と約束したあの街に。
 

 駅を降りればカワグチのおっさんが包丁を売り、
 ロシアのアタッシェが半導体をあさり、
 マハーポーシャが踊りながらビラを配り、
 じゃんがらの脂に胸を焼き、
 缶詰のおでんで暖を取り、
 〆切り間際のたった1枚の図を描くためだけのために
 朝から駆けずり回り
 やっと探し当てたフロッピー数枚に月給の半分を投入し、
 箱いっぱいの卵形のチョコを抱えて歩いた
 あの街に。

 
 気がついたら訪れることの絶えていた
 あの街に新しい種が芽吹いたよと、
 人伝てに聞いたあの街に。
 
 そこに今でも
 夢とひたむきさだけで武装した
 最強の彼女たちがまだいてくれるのというのが
 本当ならば、


 いつか会いに行きましょう。
 アキハバラに。

2011年8月22日 (月)

誕生日の夜2

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 「誕生日の夜」については、前回で終わりにしようと思ってたんだけど、書き忘れたことがあったのに気づいちゃった。たいしたことじゃないけど。


 ヘッドセットのこと。


 前2曲同様、この曲もヘッドセットをつけて両手フリーで始まるんだけど、イントロというか最初のヘンテコな動きが終わると、すぐにメンバーの一部が両袖にはける。


 残ったメンバー、8人くらいが、高橋を先頭にピラミッドフォーメーションを組んで、前回読んだ英語の歌詞を歌う。この時、もちろんヘッドセットをつけたまま。


 英語のパートが終わると、さっき引っ込んだメンバーがマイクを手に持って登場。それと入れ替わりに最初のメンバーがひっこむ。そう、マイクを取りに行くために。


 これ、何でなんだろう?
 せっかくヘッドセットで歌っているのに、なんでわざわざ曲の途中からハンドマイクに替えなきゃなんなかったんだろう。


 この演出はN1でも一緒。「ヘンテコダンス」の後、8人を残してみんなはける。


 うーん、なんでだろう。


 ひとつ思いついたのはこういうこと。
 これまで何度か書いたように、A3は、Team Aにとって起承転結の「転」にあたる公演であり「何か違うもの 何か新しいもの」を求め試みようとしていた。つまり実験。


 その実験の典型が「月見草」であり「Warning」であり、両者の演出に欠かせないヘッドセットによる歌唱システム。


 好き嫌い、良い悪いの評価は別として、この2曲は確かに斬新だった。
 でも公演丸々このまんまの実験スタイルってわけにはいかない。だってみんなアイドルを見に来てるんだもん。アイドルっぽくなくちゃ楽しめない。


 というわけで、実験は「誕生の夜」の最初の「ヘンテコダンス」から英語の歌詞まででオシマイ。
 こっからあとは、みんなもよく知ってるいつものAKBだから安心してね。
 

 そういうメッセージを客に伝えるためのサインとしてわざわざハンドマイクに持ちかえた。


 そう、片手にマイクを持って、もう片手でみんながコピーできるようなフリをしながら歌う姿こそアイドル。実際メンバーも片手にマイクを持っているときの方が、ヘッドセットをしていたときよりも思いなしか自由に見える。マイクを持つことによって物理的な自由度は減るのにね。


 もうひとつの可能性。これはN1を見て思いついた。


 実はあの「ヘッドセット」はヘッドセットに見えてヘッドセットではなかった。ただのお飾りだった。メンバーの口の前にあったあの黒いものは、一切音を拾ってなかった。
 

 ヘッドセットをして、ダンスの自由度が上がったのはいいけど、そうするとどうしても歌がキビシクなる。激しく踊っても息を切らさずにいられるほどのスキルを彼女たちに求めるのは無理。
 

 だからこの2曲は「ヘッドセットで歌ってるテイ」。


 じゃあどうやってみんなの歌声をスピーカーに流すことが出来たのかって?
 ほら、あれだよ。前にもちょっと書いたけど、シアターには「妖精の粉」が充満してるんだよ。
 この粉の力のお陰で、シアターではたとえマイクがオフになっていてもメンバーの歌声を流すことが出来る。
 それどころか歌詞を間違えたり、歌うのを忘れても大丈夫な魔法の粉なんだよ。


 ただこの粉の弱点は、「歌声」しか流すことが出来ないってこと。


 N1のDVDには、この歌の後の自己紹介のいわゆるMCも収録されていた。
 ひとりひとりが好き勝手なことをしゃべる場面では、さすがの「妖精の粉」も役に立たない。
 だから開幕から切れ目なしにMCにつなぐためには、どこかでハンドマイクに持ちかえなければならなかった。
 

 だから「誕生日の夜」では途中からヘッドセットからハンドマイクに持ちかえた、と。
 そんなことを考えてた週末でした。


 余談ながら、「生きている」マイクを左手に持ったまま拍手をすると、「ドドドドドド」というノイズが発生してしまう。それを避けるために、MCでは拍手をする時、マイクをちょっと掲げて右手で左手の肘の辺りを叩く。
 歌の途中でクラップハンドが入ることがあるよね。
 そういう時も、マイク持つ左手から少し離した、手首辺りを叩いてる。
 でも時々思いっきりマイク持った手を直撃してる瞬間があったりするんだが、ノイズは発生しなかったんだろうか。それともこれも「妖精の粉」のおかげだったんだろうか。


 余談続き。
 

 N1のDVDには、自己紹介のいわゆるMCが収録されている。
 これまでの公演DVDには無かった試みで大変喜ばしい。
 AKBと言えば「ぐだぐだのMC」が名物と言われるが、シアターに行ったことのない自分としては長らく未知のものであった。
 

 最近の公演についてはライブオンデマンドで堪能出来るようになったが、昔の公演ついては、それに触れるよすがもない。
 唯一、2006年の日本青年館コンサートDVDに収録されていた「自己紹介」にその片鱗が垣間見える。おつむのギアを「日常」から「AKB」に入れて見ることによって楽しむことが可能になる「ぐだぐだ芸」。


 これも「妖精の粉」が大きく関与していると見たね、僕は。
 映像で見せられても何てことのない色物の芸が、寄席で見ると腹を抱え、涙が出るほどおかしいのと一緒だね。きっと。

 で、N1。
 
 MC、ぐだぐだしてない。ちょっととちる人はいても、ぽんぽんぽんとテンポよく進む。
 自己紹介の後メンバーが言う「イェーイ」もシャープ。
 客もよく呼吸を心得て、合いの手も破綻なし。
 これは血とブレインと訓練の成果なのでしょう。
 

 でも、最初のコンサートで、客席から「おめでとー」と声をかけられて、「おめでとー」と返す小嶋の「何がおめでとうって言ったのかわかんないんですけど」と、気力も空気も漏れているMCも捨てがたい魅力なんだなあ。「埼玉県から来ました」って浦和で言ってたらしいし。

2011年8月19日 (金)

誕生日の夜

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 A3の3曲目。
 「月見草」「Warning」と変化球が続いた後にこれのイントロがはじまると、「こんだ何がはじまるんだよ」とちょっと心配になる。みんなしてヘンテコなダンスはじめるし。


 でも歌が流れると至極フツーの曲なのでほっとするような、がっかりするような。
 で、誕生日ソング。「涙サプライズ」が出るまではバースデイイベントの定番BGMだったらしい歌。


 歌い始めは英語。

Love me, darling!/Love, Love me, baby !
We can't say yet.

Kiss me, darling!/Kiss, Kiss me baby!
We can't do it yet.

 うーん、秋元先生の英語って悩むこと多いよね。
  Love me「愛して」とKiss me「キスして」はいいんだけど、おのおののその次のフレーズ。


 まずは We can't say yet.
  目的語を伴わない自動詞の"say"だから意味としては「オハナシする」。
 てことは「私たちはまだおしゃべりも出来ないの」。
 次のcan't do it yetのitは素直にkissとして、
 「まだキスだって出来ないわ」。
 そりゃおしゃべりも出来ない関係じゃあキスは無理でしょ。
 

 この2人、どういう関係?


 ヒントは続く歌詞にありました。

Love me, darling!/Love, Love me baby!
We're fighting now.


Kiss me, darling!/Kiss, Kiss me, baby!
Cause we're stubborn.

 We're fighting now.
 自動詞のfight、ケンカですね。「私たちケンカ中」。なるほど、2人はケンカしてるんだ。
 しかも、
 Cause we're stubborn.「だって私たち強情だから」。


 何があったか知らないが(まあ、どうせイタズラでシェイクした缶コーラを彼女に渡して、大事なブラウスをコーラまみれさせちゃった、みたいなくだらない原因なんでしょう、きっと)、ケンカしちゃった2人。


 どっちも強情っ張りなので、仲直りが出来ない。だから口もきかない。キスも出来ない。


 でもホンネを言うと、2人ともそろそろ仲直りしたい。


 だから、
 「あたしを愛してよ、ダーリン!」というのは、女の子の心の言葉。
 「僕を愛してくれ、ベイビー!」というのは、男の子の心の言葉。
  そういうわけで呼びかけの言葉が、"darling"と"baby"の2種類出て来たんだね。


 で、仲直りのイベントが、女の子の誕生日の夜のディナーってわけだ。
 わっかりにくいなあ、秋元先生。


 そのイベントで、彼氏はやらかす。イタズラ者だから。

Happy!/ Happy Birthday to you!
大きい声で/歌い出した/オペラ歌手/気取ってる
他にお客さんもいるのに

 うわあ、どうよこの彼氏。
 お誕生日にスタッフがお祝いしてくれるお店はあるけどね。彼氏が歌い出しちゃった。
 相当ナルシシストだよね、この人。目え瞑っちゃってろうろうと歌ってるワケ。


 どうなのよ、こういう彼氏。臆することなく、彼女のために歌う。
 「あたしいいと思う、そういう男の子」って女の子。
 でも「イケメンに限る」なんでしょ、どうせ。

2011年8月18日 (木)

Warning2

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 ステージについて。
 

 女の子たちがいくら「警告」したって、僕たちはやめられないわけ。
 それがわかって「警告」するなんてタチが悪いぞ君たちは!
 でもそのタチの悪さも魅力なんだからしょうがない。


 というわけで、この曲はとってもフクザツな男女関係を歌っているわけ。それを当時のTeam Aは自家薬籠中のものにしておりました。


 ではTeam Nはどうだったろう。


 N1。


 元気があって大変よろしい。


 それどころか、コリオグラフはA3よりもシャープになっているんじゃない? Team Nに比べると、Team Aは、どことなく「もっさり」した感じがなくもない。舞台効果もAKB劇場よかカッコイイじゃんNMBシアター。


 じゃあAよりNの方が優れているか、というとそんな単純な話でもない。
 

 たとえばこの曲では、両手が自由になるヘッドセットの特性を生かして、両手で銃のようなカタチをつくる所作が端々に出てくる。銃のような、というか銃そのものだよね。バキューンって。


 それで何を撃ち抜くかというと、そう、シアターに詰めかけたヲタどものハートなわけだ。
 で、Team Aの面々を見ていると、みんな嬉々として撃ち抜いている感じなんですよ。ところがNのみなさんの「銃」からは、どうも「弾丸」が出てる感じがしない。


 なんだそりゃ。


 うん。わかりにくい言い方なんだけど、要は「舞台の上から観客を撃ち抜くにはちょっと年期が要る」ってこと。


 別の表現を試みよう。ちょっとエロ親父風になるが。


 Team Aの面々は、A3に辿り着くまで、毎日毎日、たくさんの客の目にカラダを晒してきた。
 ヲタの視線ってば、お気に入りのメンの表情やら動きやら、何一つ見逃すまいともうそりゃあねちっこくてしつこいもんです(よね?)。そのような中で毎日毎日、見られ続けるっていうのは、もう、その辺のセックスより遙かにエロティックな体験なんじゃないかと思います。


 だからA3くらいまでになると、メンバーは誰でもまるで客と何度も情を交わしたなじみの女みたいに振る舞えるようになっている。少なくとも、客が何を欲しているのか、どこをどう責めると悦楽のドアが開くのかすっかりわかってしまっている、そんな感じ。


 大島が。


 中西が。


 小嶋が。


 板野が。


 篠田が。


 峯岸が。


 一瞬だけど戸島が。


 ひょっとしたら増山すらが。


 もう妄想と言われたらそれまでなんだけど、あたかも客の耳元に「あなたはこういう風にされるのが好きなんでしょ」と囁いているような表情で銃を突きつける。


 全ての人では無いにしろ、あの場所で「警告」を受けた客の何割かは、心臓をぶち抜かれて、血を流しながらひいひい言ったんじゃないかなあ。


 そりゃいくら警告されてもクセになるわねえ。


 それがN1のパフォーマンスに欠けているもの。
 もちろんそれはTeam Nの罪ではない。こういう曲は、「セックスよりもエロティックな体験」たくさんたくさんしてから歌われるべきだったんです。
 彼女たちも場数を踏めば、オンナの力を発揮できるはず。


 うわあ、エロ親父全開だあ。どうもすいません。


 でも、これ見たかったなあ。
 心臓ぶち抜かれて、ひいひい言いたかったなあ。


 もし今でもそういうものが、そこにあるのならば、やっぱ一度シアターに行って体験してみたきゃいかんなあ。

Warning

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 お盆進行ですっかり怠け癖がついてしまいました。ああ、仕事に向き合うのが憂鬱。
 仕事の前のお楽しみがあることを喜びましょう。


 というわけで「Warning」。A3の2曲目。
 この曲もまた、「何か違うもの、何か新しいもの」。


 前曲に続き、ヘッドセットをつけたまま。
 前曲が「偽和風贋江戸」だとしたら、こんどは「なんちゃってインド」風アレンジ。


 作曲はエザキマサル。AKBの楽曲は詞先かメロ先か諸説あるんだけど、この曲は間違いなくメロ先。だって元歌があるんだもの。
 

 元歌は、Yo_oY(現hy4_4yh; ハイパーヨーヨ)の曲らしい。
 同じくエザキマサル名義で、同じ来歴の「青春ガールズ」は元歌を聞くことができたのだが、この曲の元歌は確認できていない。権利譲渡されたときに、元歌は「なかったこと」になってしまっていると言われている。


 「青春ガールズ」の元歌、結構カッコイイ仕上がりなんで、こっちの元歌も是非聞いてみたいのだけれど、権利関係で流通しちゃまずい身の上の曲なんですね。


 「当家のご養子としてお迎えするからには、ご当主さまの実のお子としてお育てすることになります。たとえ生みの母だとしても、本日以降は、あの子とは一切無縁ということにしていただきます。無論それだけのものはお支払いします」てな感じですかね。


 「同じ秋葉系とはいえ、あまりにも違う境遇。この子はAKB家に行った方が幸せなんですね」なんてね。

AKBさんていうと、やはり秋元康さんなわけでありまして、秋元康さんといえば、自分的に物凄い憧れの存在だったりするわけで、それが今回、自分の曲に秋元さんが歌詞を書いてくれるってんだから感無量なわけですよー!
江崎マサル OFFICIAL WEBSITE

 どんな経緯での「養子入り」だったのかは詳らかにはしないのですが、送り出した方の江崎氏は結果的には大喜びだったようです。
 惜しむらくは江崎氏の楽曲提供はこれまでにこの2曲どまり。他の曲も結構いいんだが。
 

純情一途は 10分だけでも暗い/正直すぎても 性懲りもないよでつらい
あたしはわりとcase by case/そりゃ、明日になればあえなく
彼に会いたい

 頭韻(ju-、syo-、a-)や押韻(-kurai、-turai、-tai)をふんだんに使っているおかげで、意味は取りにくいけどグルーブ感がいい。


 純情なふりは10分ももたないし、正直に気持ちを伝える習慣もない。
 でも今日も明日も彼に会いたい。
 好きなのについあっかんべーをしちゃう。でも好かれるためには可愛くふるまいことも朝飯前。
 あなたの色に染まりたい、けど束縛されるのはご免。
 こんな矛盾だらけな女の子。
 

 しかもそういう子について、

君のために/警告しましょ!
騙されるな!/乙女たちに!

 警告しているあなたもその一人なんでしょ。


 嘘をつくクレタ人
 私を好きになると傷つくわよ、と誘惑する乙女たち。


 まあ「僕たち」は騙されるためにここに来ているので構わないんですけれどね。 

2011年8月12日 (金)

月見草3

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Tags:N1、恋、季(夏)


 えー、なんで「田中角栄音頭」なのかってことの解説が必要だとのご意見があります。
 というか、「田中角栄って誰?」って話でもありますよね。なにしろこの人が亡くなった日に生まれた赤子が今やTeam 4のメンバーとしてシアターのステージに立っているのだから(中村)。


 まーそのぅ、ある程度以上の年齢の人は、「よっしゃよっしゃ」と聞くとこの人のことを思い出すように教育されているってわけですよ。秋元康だってそのはず。


 とまあ前回はこの曲をくさすようなコトばかり書いてしまいました。
 正直僕もA3を聞くときに飛ばしちゃうこともあった。今でも強いて聞きたくなる曲というわけではない。


 ただステージのパフォーマンスは生を見てみたかったなあ、と思わせる1曲である。
 ひとつには、ヘッドセットを初めて使った曲であったということ。


 これまでA1、A2、K2を見てきてたが、ほとんどの曲ではハンドマイクを使っていた。「マイクを持った手」というのは、まあアイドルの記号のような物ですから。それをどう見せるか、というのも曲の魅力の一つではあります。


 何曲かではスタンドマイクを使っていた。「涙の湘南」「桜の花びらたち(メイン)」「Blue rose」。
いずれも、両手を使ったコリオグラフが印象に残る。「涙」の「ギーラギラギラ」、「桜」のマイクスタンドの前で両手を揃える仕草、そして「Blue rose」の妖艶な手とマイクスタンドキック!
 ただスタンドマイクを使うと、マイクと一定以上の距離を取れなくなるという物理的な制約が生まれる(んー、小耳に挟んだ噂だと、シアターには妖精さんの粉(Pixie dustってヤツだね)が充満していて、マイクからどんなに離れててもちゃんと歌い手さんの声を拾ってくれるってゆうんだけどね)。


 両手がフリーになり、スタンドマイクからの距離の制約からも開放された時、「何か違うもの、何か
新しいもの」が表現できるようになったわけだ。

メンバーが縦横無尽に動き回るうえ、かわるがわるセンターにもやってくる。かつ、フォーメーションも見事。ほんと、ゾクゾクする。
アイドル向上委員会

 DVDで見ても、両手を思いっきり使いながら動き回る、これまでとは違った動きが華やかである。


 特に目を惹くのは峯岸。
 え、昨日もみいちゃんのこと書いて今日もかよ。まあいいじゃん。きっとこれからもっともっと書くこと増えるでぇ。


 センターに立つ峯岸。
 伏せ気味の目。口を動かしてはいるのだけど、あんまり歌ってるように見えない。むしろ歌詞を「唱えている」ようである。
 両手の動きはたおやかで、かつ妖艶。
 左右に伸びる指は、まるでセンターから両翼のメンバーに気を送っているみたいである。
 ターンをする時など、なんか不思議と体重を感じない。「軽やか」って言うのとはちょっと違っていて、上から糸がつってあって、それでひょいっと、くるっと操られているような動き。


 曲調もあるんだろうけど、彼女の動きを見ていると、「観音様」って言葉が浮かんでくる。観音様が手を動かすことが出来たら、あんな風なのかしら、って印象。
 

 「祭り」の中心に「観音様」がいる。そう見立てることもできそうなステージ。


 峯岸観音様。ありがたやありがたや。


 N1。
 

 元気があって大変よろしい。
 でも歌の心からは遠く遠く離れてしまったねえ。


 というか、何もないところに「何か違うもの、何か新しいもの」を作ることは出来ない。それは彼女たちの責任ではない。
 やっぱ最初は「PARTY!」と叫ぶか、「Go! Go! Go! We're crazy girls!」と腕を振り上げさせてあげたかったよなあ。

2011年8月11日 (木)

私は私

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 くっそーくそくそくっそー。
 やっぱし当たんなかったよー!

ノースリーブス7thシングル発売記念特別公演 ~丸ごとno3b!!~
「唇 触れず・・・」編について、
ご当選者のみに当選メールを配信いたしましたのでお知らせいたします。

 はい。メール来ませんでした。
 いや当たらないだろうとわかってましたよ。たった3枚CD買っただけで当たるほど世の中甘くないってさ。


 でも世の中甘くなくても、僕の世界は甘いんだよなあ。
 心のどこかで当たってる自分を想像しちゃってたんだよなあ。
 あれ、これってつい最近公演の抽選申し込んだときと一緒じゃん。
 そうそう。公演で学んだレッスンが全然生きてない。


 悔しいからみいちゃんの歌聞いてやる。
 これ聞きたいばかりに中古で「ノースリーブス完全限定生産盤C」買っちゃいましたよ。そこそこの値段するのな、これ。
 いいんだよ。おっちゃん小銭はあるんだから。

なぜに涙がこみあげて/溢れるんだろう
恵まれてしあわせだと/わかってる

 そう、峯岸は恵まれてる。


 今や数少ない最初の22粒の種のひとつ。
 MCの女王。
 選抜常連。


 アンダー止まりの連中から見れば、
 研究生から見れば、
 オーディション落選組から見れば、


 峯岸は恵まれてしあわせ。


 それは彼女もよくわかっている。
 でも、ふと見れば

一緒にスタートしたはずの/仲間はずっと先に行ってる

 あっちゃんが。
 高みなが。
 はるなが。
 ともが。


 自分は自分で、恵まれてしあわせなんだけど、でも自分の持っていないもの、決してこれからも持ち得ないものを持っている仲間を見たときに心の奥底にわき上がる感情。


 たとえばそれに名をつけるならば「憧憬」。「渇望」。
 そして、「嫉妬」。


 普段は心の奥底にしまっておいて、自分でも気づかず見ないようにしている「それら」が、アスファルトのひび割れに芽生えた野の草のように姿を現すことがある。


 曲の後半、全ての伴奏とエフェクトが消え去り、文字通り峯岸の「生の声」が響く。
 「わかってる」と。


 それを聞くたびに、僕の心はざわざわと震え、肌は粟立つ。
 彼女の「生の声」が、僕が長い時間をかけて、自分の心の奥底にようやく寝かしつけてきた「生の感情」を呼び起こそうとするから。


 そう、僕も恵まれてしあわせ。別に不自由も不満もない。
 だけどかつて手に入れようとして叶わなかったものを目にしたときに、微かな痛みが心に走る。
 

 しあわせの中に隠されている、ちいさな棘のような痛み。


 この詞を書いた秋元康もまた、誰から見ても「恵まれてしあわせ」。
 でも彼はホントは開成中学に入って、東大に入って、大蔵省に入るはずだったおぼっちゃん。
 ひょっとしたら彼もまた、棘の痛みを時折思い出しているのかも知れない。


  秋元が一番愛しているのは、前田敦子だろう。だけど彼が理解し共感してやまないのは、他の誰でもない、峯岸みなみだ。


 心の奥に潜む痛みを認め抱えながら、でも自分を信じ直して歩き続けようとする、なんて美しい歌。
 こんな歌を歌えるのはみいちゃんだけだよね。


 くっそー、生で聞きたかったぞ〜。

2011年8月10日 (水)

月見草2

words
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 いきなりの和太鼓と「ヨッシャ」でひっくり返りそうになった話からですよね、確か。


 確かに「何か違うもの、何か新しいもの」ではあります。


 作曲したのは何と後藤次利。アキモっちゃんゴッキーの黄金コンビ、どちらもカミさんは元おニャン子の爛れた二人組ですね。秋元は後藤夫人に詞を提供し、後藤も秋元夫人に曲を提供している、業界スワッピング仲良しさん。


 その二人が最初に大活躍したのが1980年代半ば。同じ頃若き日の哀川翔アニキとかギバちゃんが一世風靡セピアとして歌っていた「前略、道の上より」にイキフンがクリソツなこの曲。


 「元歌」の作曲って誰だったんだろうと思って調べたらなんと「GOTO」。
 ゴトー?
 なんだ、元歌もゴッキーだったんじゃんか。全然知らなかった。


 「ゴトウさんゴトウさん、ひとつ一世風靡風でヨロシク」と秋元が言ったかどうか知らないが、見事にアイドル版「前略、道の上より」ができあがったワケだ。


 こういうの何て言ったらいいんだろ。
 パクリ、じゃないよね。作曲者同一人物だし。
 使い回し、でもないよね。似てるのはメロディーラインじゃなくて雰囲気だし。


--

通りすがりの道の上/俯くようなその蕾
どこのどなたを待つのやら/空を見上げて…

 「俯」いているはずの蕾が、「空を見上げて」るのはどういうわけだ、という突っ込みはワキに置いておいて。
 歌い始めに「道の上」という単語をあえて使ったのは、秋元による元歌へのリスペクトなのだろう。
 その上で、元歌が「男の人生」を歌っていたのに対し、この曲は「女の恋」を描く。


 元歌では

咲き誇る花は散るからこそに美しい

 といさぎよい。
 一方「月見草」は

このまま抱かれて/散ってくより
朝まで咲いたら/萎みましょう

 「散るより萎む」のが女だと歌っている。


 そう、月見草って夜咲いて、朝がくると散らずに萎んじゃうんだよね。
 こんな感じ
 ぱっと咲いてぱっと散るのはカッコイイけど、それは無責任な男のやり方とでも言いたげ。


 散りさえしなければ、女の恋はいっとき萎んでもいつかもう一度花咲くもの。それが歌のココロでしょうか。


 でもこの歌の歌詞って、あんまり考えて書いてない感じなんだよね。文語風の言葉を使ったりしてそれっぽい雰囲気を出そうとしたせいで、内容があんまし深まらない。

やがて 辺りは暮れなずみ/都の色が溶けて行く
胸の思いは影法師/手を伸ばしてる

 日が傾いて影が伸びるさまと、思いが伸びるをかけるのはいいのだけれど、「やがて…暮れなずみ」はイカン。「暮れなずみ」は「暮れそうで暮れない」様子だから「やがて」「暮れなずむ」は変。


 本当は、「日が暮れかけて辺りが暗くなってくると」という情景を表したかったのだろうが、つい誤用してしまったんでしょう。


 その他にも「花鳥風月」「悠久」「何処(いずこ)」ってアンタそういう言葉使いたかっただけでしょ(花鳥風月は、一世風靡セピアへのリンクを示すサインかもしれないけど、それはイラネ)。


 「美しい」の古語「美し」を使いたいばかりに「美しき姿」(シク活用連体形ですね!)としてみたものの、やっぱりそこだけ悪目立ちしちゃった。
 

 何と言うか、素養が豊かではないのに無理して斯界に足を踏み入れてしまったうような居心地の悪さ、とでもいうか。
 こういう違和感をどう表現したらいいのか、としばし黙考。
 

 そしたらペトリ堂御堂主がばっさり「偽和風、贋江戸」と袈裟懸け。


 お見事なんだけれど、「田中角栄音頭」はヒドス。

2011年8月 9日 (火)

月見草

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 というわけでやっとA3。
 初演は2006年8月20日。A2千秋楽から9日間のインターバルをはさみ、満を持しての開幕。


 A2はについては全体曲よりユニット曲が多く、Team Aの次の方向性を示す意欲的なセットリストとし評価されていた一方、その終盤には 

停滞ムードが漂い、終盤には逆風が吹き荒れ、チーム A 全体がチーム K に追い抜かれた、という話が ( かなり意図的な匂いがするけれども ) 喧伝され、暗雲垂れ込める雰囲気の中で千秋楽を迎えることになってしまった
AKB48をめぐる妄想

 という見解もありました。


 そのような環境で初日を迎えたA3でしたが、その評判は当初はかならずしも芳しいものばかりじゃなかったようです。

おそらく、この 3rd セットリストを機に、チーム K に流れたり、あるいは AKB48 そのものから離れたりするファンが相当数出るだろうと思う
AKB48をめぐる妄想

とか

ゲネプロの感想は、私が知る範囲では「ナシ」のほうが多かったです
AKB48@メモリスト メンバー観察日記

 ということでした。


 もっとも引用した妄想ブログのカギ氏も、メモリストのさむ氏も、「A3は一般の評判はきっとよくないだろうが、自分は好き」というスタンスでした。つまりベテランや見巧者の評価は高い。
 

 そういうセットリストというのは、一長一短があって、ずっと見てる人とかシアターに何回も通う人にとっては飽きの来ない楽曲なんだけど、初心者や一見さんには敷居が高いというか、取っつきにくいと言わざるを得なかったのではないでしょうか。


 A3が初日を迎えた当時、Team Kにとっての初のオリジナルセットリストであるK2「青春ガールズ」が先行して舞台にかかっていました。当時恐らくはある程度意図的に Team K vs. Team Aという構図がつくられていて、「Aを追い越せ」という意識がメンバーにもファンにもあったようです。


 で、K2は日を追って評判がよくなり、ステージも熱がこもっていったようです。
 何たって「We're the Team K!」ですもん。政策としてのナショナリズム高揚と仮想敵の設定は、新興国が先進国をキャッチアップする時だけじゃあないってことだよね。


 K2は、どの曲もわかりやすくキャッチーで、「乗りやすい」曲が多く、初めて見た人も満足して帰れるセットリストでした。

というわけで「青春ガールズ」ようやく観ました。率直に言うと楽しかったです。第一印象は、全体を通して、「パーティが始まるよ」「会いたかった」公演のいいとこ取りのうえで、チームK用にモデファイされてるなあと思いました
アイドル向上委員会

 当時「AKB48と言えば初期メンバーの20(+1)人のこと」「だからTeamKとは書くがTeamAとは書かない」とまで言っていた、わんこ☆そば氏をしてこう言わしめる質の高さ、楽しさだったわけです。


 かく言う僕も、昨日今日とずっとK2を聞いてました。
 というのは、前のエントリーで書いたように、ここしばらくシアターのチケット抽選で勝手にあたふたしていて、とてもA3をあらためて聞いたり書いたりできる状態じゃなかった。結局抽選ははずれて、もとの日々に戻るわけなんだけど、すぐにA3に戻る気にはなれなかったんです。で、聞き慣れてたK2。


 ま、リハビリですわね。


 そうするとK2のよさが実感できました。捨て曲なし。どれも一緒にシングアロング指向で楽しい。


 で、改めて思ったのは、K2というのは、Team Kにとって起承転結の「起」に相当するセットリストだったんだなあってこと。A1「PARTYがはじまるよ」がAKB48というアイドルグループにとって、「起」であったのと同じように。つまりTeam Kは、起承転結の「起」を2回やったわけです。


 ご存じのようにTeam Kは最初に「PARTY」公演をやった。後に秋元康が、ことあるごとにTeam Aと比べられて可哀相だった、と述懐するわけですが(反省するなら行いをあらためろよおっさん、というのは別の話)、その逆風の中、Team Kは鍛えられ、団結し、成長していったのでしょう。


 そして「青春ガールズ」。「PARTY」公演という、ある意味長い助走を経た上での、真のスタート。


 はじめて自前の「挨拶の曲=青春ガールズ」からはじまり、全体曲が続き、ユニット曲は企画たっぷり。後半にはAnthemあり、シングルカットもどきあり、と「PARTY」に似てより進化した構成でした。


  「青春ガールズ」がTeam Kにとっての二度目の「起」であるとすると、A2「会いたかった」はTeam Aにとっては起承転結の「承」のセットリストでした。ユニット曲から入り、全体よりも個を前面に出すような構成を立てるなどA1とは違った仕掛けが取り入れられ、「PARTY」の楽しさを引き継ぎながらも発展させていました。


 このようにしてみると(まあ後知恵ではあるのですが)、A3「誰かのために」は、Team Aにとって「転」に相当するセットリストということになります。前2つとは質もディメンションも異なる変化が必要だったということなのかもしれません。


 何しろお手本や目標はないわけで、文字通り「Pioneer」だったわけですから、何をやったらいいかわからない。でも「今いるその場所に立ち止まる」のだけはいけない、ということはわかっていた。


 何か違うものを。何か新しいものを。
 

 それがA3でした。
 だからこそ「PARTY」や「会いたかった」、「青春ガールズ」に慣れていた聴衆は戸惑ったのでしょう。


 ちなみにこの「転」の後、「結」は来ず(来ちゃ困る)、ずっと「転」が続くことになります。
 起承転転々々…。で、転がりきらないところまで煮詰まったら、Team 自体を壊しちゃうことになるのは、もっとずっと後のオハナシ。


 また、後にTeam Bが最初のセットリストとして「青春ガールズ」を演り、オリジナルが間に合わなかったという事情があったとしても2番目のセットリストとしてA2が選ばれたというのは、「起」「承」の流れを考えるととてもつきづきしいことだった訳です。


 ちなみにちなみに、Team Sの最初のセットリストは順当に「PARTY」だったのだけれど、KIIは「会いたかった」公演が最初だった。
 いきなりユニット曲からはじまるのって大変だったのではないかしらん。お披露目のご挨拶抜きじゃあ客も声を掛けづらかったでしょう(もっともこの頃になるとファンもしっかり予習してましたけどね)。


 はなはだしきはTeam N。
 最初のセットリスト、N1が「会いたかった」になっちゃった。

A-3rd には難しい楽曲しか残っていなかった、と言って良いほどだ。個々の楽曲のハードルが高いので、ハードル走としての流れにならず、1 つ 1 つを走り高跳びで越えていく印象
AKB48をめぐる妄想

 で

渋めな曲ばかりで、会いたかったやパーティが始まるよのような明るくノリのいい曲が皆無
AKB48@メモリスト メンバー観察日記

 なセットリストをTeam Nのデビューに持ってきたのは、何か特別な意図があったのでしょうか。


 いや、意図なんか無いですよね、たぶん。
 だって2つめのセットリストN2は「起」である「青春ガールズ」だし、NMBの研究生公演なんか(NMB研1?)は「PARTY」なんだもん。それでいいんだったらそっちからやってやれよ、って思うよね。


 で、ここまでが前置き。


 その曰く付きの A3劈頭を飾るのがこの「月見草」。
 いきなりの和太鼓、そして「ヨッシャ」という掛け声。
 はじめてDVDで見たときは「ええええええ」と声が出てひっくり返りそうになった。
 なるほど、確かに「高跳び」だわね。

2011年8月 8日 (月)

脳内シアターに帰る

 8月8日分、当たりませんでした。
 これで当分はリアルのシアターに行くチャンスはなさそうです。


 2度目ということで、前回ほどのそわそわはありませんでした。もちろんちょっと前まで「予約済み」だった「Myページ」のステータスが「予約なし」に変わったのを見て、ため息はつきましたけどね。
 

 実は8月9日もスケジュール的には可能だったのですが、「女性限定公演」ということで申し込むことすらできませんでした。ちぇっ。
 メモリストによれば女性限定公演は、2006年6月3日の昼公演が嚆矢で、同日の夜は「限定」じゃないけど「女装公演」だった由。


 男性にしてみれば応募のチャンスが減るのは痛いところだけど、中核となるファンの裾野を広げるのにはいい企画なんでしょう。


 「国民的アイドル」と化したAKBの現状で、今さらファンの「裾野」を広げる必要もなかろうという意見もあるでしょうが、この人気絶頂の時期だからこそ「劇場に通う」=「本当に会いに来る」=「TVの露出が減っても支持する」=「中核となる(コアな)」ファンを確実に増やしておくというのは正しい戦略だと思います。


 願わくは「女性限定」と同じように「おじさん・おばさん限定公演」も企画してもらいたいところ。


 チケットはえび茶色とかで、ちょっと値段高めで、椅子席大目で。
 開演前には有志によるmixの打ち方指導もありで。「憶えられなかったらとにかくなんでもいいからケツで『アー』って言ってりゃいいですから。最後の『ジャージャー』だけあわせて下さいね」とか。


 どうでしょう。エビチケ。おっちゃんら金ならあるで。10Kチケットでフルハウスなんか楽勝やで。


--


 このブログではAKBの公演をDVDやCDで追体験するというのをやってて、世の中は2011年でも僕の脳内では「青春ガールズ」公演が終わったばかりで、こんだA3ですね、ってとこでした。


 ところがホントに公演に申し込みをして、B5を生で見られるかも知れないという希望が生まれてからこっち、A3そっちのけで「シアターの女神」の曲ばっか聞いてました。しょうがないよね。


 結局、今回はリアルのシアターにはご縁がありませんでした。
 でもいいんです。僕には建設途上の脳内シアターがあるのですから。今はそこに帰って行けばいいだけなんですから。


 でもいつかリアルにあの場所に行って、みんなに「会える」時が来るんでしょうか。

必ず 君に会えるから/いつの日か どこかで
運命が引き寄せる/力 信じて

 ああ、そうでしたね、約束でしたね。
 あなたがたがそこで頑張っているのだから、僕も運命の力を信じましょう。
 その日まで。

2011年8月 4日 (木)

当たんなくて当たり前とは思ってはいたのだが

 DVD見て、ステージがどうしたこうしたって書いているクセに、生で公演を見たことは一度もない。
 別に書斎派を気取っているわけではなく、諸般の事情でスケジュールを組むことが極めて困難なのだから仕方ない。


 オペラみたいに半年以上前に予約が成立するのならば何とかなるんだ。


 せめて1週間前に確実な予定を組めれば、何とかねじ込むこともできるかもしれないが、何しろ「前日の午後3時」にチケットが取れるかどうかがわかるという、ステキなシステムなわけだ。そりゃあ無理だって。


 メトロポリタン・オペラよか困難なAKB。


 でも偶然に僥倖が重なってもし if 万が一 wenn 何かの間違いで si チケットが取れれば、公演に行けるって日が出来たのね。それが8月5日。いわゆる千載一遇。


 「シアターの女神」公演。


 まずはmobile会員になって、その枠で申し込み。遇えなく落選。
 でも通常枠もあるもんね、と再挑戦。


 まあ現在の人気、夏休み、宮崎のバースデイイベントのある日ということを考えれば、当たんなくて当たり前なんだけどさ。


 でも当落が決まらない間は、何かうきうきしてるんだよね。
 B5の歌聞き直して予習なんかしちゃってるんだよね。また「シアターの女神」の歌詞がリアルなんだ。

メール抽選/なかなか当たらずに

 とか

シアターの女神/ようやく会えたね
こんな近い距離に/素敵な君がいる

 とか。
 ふだんなら「おいおい『素敵な君』って自分で歌うのかよ」と突っ込み満載のフレーズがすっと入ってくる。
 なるほど、秋元先生、こういう精神状態のヲタに向けて書きやがったなアンの野郎と納得。


 で、気がつくと歌詞通り、シアターの(しかも前の方に!)いる自分を想像してるんだよね。


 平嶋いないのは残念だけど、佐藤(亜)が「キャンディー」歌ってるの見たらきっと泣き出しちゃうんだろうな、とか。


 「夜風」って岩田が歌うのかな、けっこうデキる人だよなこの人、それこそ目撃したらレアものかもな、とか。


 その度に、いやいやどうせ当たらないんだから、そんなこと考えちゃイカンイカン、と自分に言い聞かせるのだけど、でも気がつくと夢想してる。
 

 ところで、当たるとメールが来るらしいんだけど、はずれても何の音沙汰もない。
 だから時間までにメールが来なければはずれなんだが、「何かの事情でメールが遅れてる」とか思いがちでしょ。 
 一番確実なのは、チケットセンターの「My ページ」で「現在予約中の公演」のステイタス。これはmobile 枠の落選で経験した。
 当落判定前だと、「予約あり」になってる。落選が決まると「現在予約中の公演はありません」って変わる。それで落選が確実にわかる。
 

 何回のぞいたかな「Myページ」。あれってすぐログオフ状態になっちゃう上に、パスワードはデフォルトまま変えられないんだよね。何回打ち込んだことか。


 まあ午後3時まで待て、と。今見ても変化無いんだから、と。
 でも「予約あり」のステイタスを確認して安心したかったんだろうね。「まだ大丈夫。まだ落ちてない」って。
 「落ちてない」だけで「当選した」わけじゃないのにさ。
 量子力学風に言えば、いわば当選と落選が重なり合った状態。まあ確率は圧倒的に落選が高いんだけど、落選していなければ当選の確率は常にあるわけだから。


 で、午後2時半頃かな? まだ3時じゃないから大丈夫だろうと思って見たら、あっさり「現在予約中の公演はありません」になってた。落選確定。


 え? と思って、1回ログアウトしてもう一度ログインしちゃった。
 そりゃ結果は変わんないよな。観察者効果が出るわけもなし。
 圧倒的な確率に従ってはあっさり死んじゃったわけだ。


 で驚いたのは、予想以上にがっかりしている自分がいること。
 がっかりというか脱力。
 まあどうせ当選はしないだろうから、空いた時間で延ばし延ばしにしてた仕事すればいいやって思ってたのに、ちきしょう全然やる気しねえよ。くそ。


 でもねえ、あと1回だけチャンスがあるの。8月8日。そりゃ申し込むさ。で、また数日はうきうきするんだよね。どうせ落ちるけど。
 でもこんだ柏木のバースデイイベントだって。うひゃあ、そりゃまた当選確率下がるなあ。


 いっそ秋元康にご招待してもらえるような、エラい人を目指そうかしらん。


 今生じゃ無理だろうなあ。それまでシアターが続いてっかなあ。後生だからお願い。

2011年8月 3日 (水)

マンマ、グラッチェ

words

 AmazonとセブンアンドアイとHMVから荷物が届いて(以下略)


 それにしてもHMVの箱はでかいなおい。CD1枚だぜ1枚。
 で、中からワロタ7。


 公式発売日は8月3日だが、1日早く入手。フライング・ゲットっていうんでしょ。
 もうちょっとしたら「フライング・ゲットをフライング・ゲット」と十万人が言うんだろうなあ。


 「マンマ、グラッチェ」。

マンマ、グラッチェ!/門限 破っちゃっても
マンマ、グラッチェ!/上手く、誤魔化しておいて
マンマ、グラッチェ!/女同士の秘密
マンマ、グラッチェ!/「パパはまかせなさい」

 おいおい、ちょっと前には「パパは嫌い」とか言ってて、すっかりブルーになっていたのに、ママとはずいぶんいい関係じゃないか。
 これじゃあパパはすねちゃうぞ。


 考えようによっては、母と娘というのは父と娘よりも難しい関係なのかも知れない。
 父は結局のところ、その振る舞い方はどうあれ娘の庇護者の立場から一歩も出ない。性的虐待を行っている父親でさえも、その心情には(絶望的に歪んでいたとしても)「パトロン」が潜んでいる。


 それに対し、母と娘は親子でありながら、時に(この曲のように)共犯者であり、時に競合者である。
 それをエレクトラコンプレックスと呼ぶと時代遅れなのかも知れないが、とにかく父母娘の三角関係における女性同士の葛藤は、父親をトリックスター(というかブラックシープというか)に仕立て上げて解消するのが一番安全で吉なんだろう。


 で、割を食うのはやっぱりパパ。


 何だろ秋元先生、こんな親子関係の歌を立て続けにつくるなんて。悪い夢でも続いてるのかな。それとも気がついたらあの歳で200人近い「娘」たちを抱えるようになってしまって、親子関係が急に不安になっちゃったのかしら。

2011年8月 1日 (月)

Intermission

 これまでに「PARTYがはじまるよ」(A1、K1,S1)、「会いたかった」(A2、B2、KII1)、「青春ガールズ」(K2、B1;N2は未見)と見てきた。次は時系列どおり「誰かのために」(A3、N1)について見ていく予定。


 A3の初日が2006年8月20日。先行するK2公演に遅れること約1ヶ月半、A2の千秋楽からわずか9日での幕開けであった。
 当日、公式ブログで、AKB48がメジャーデビューされることがアナウンスされた。

この公式ブログ
「AKB48~メジャーデビューまでの軌跡」
を本日を持って終了させて頂くことに
なりました。
今まで応援して下さり、本当にありがとう
ございました。

 なんか「AKBはもうお終いです」って読む人を心配させるよな文面でしょ。軽いドッキリを狙ったんですね、戸賀崎支配人。


 でもこの文面の直前で「本日は皆様に嬉しいご報告がございます!」なんて書いてあるもんだから、ドッキリになりきってないんでやんの。
 ちょっとヘタレ。

 初日から遡ること約2ヶ月、6月9日には「注目のアイドルユニット」AKB48がMステに出演してスカートをひらりってした。


 6月16日にはA1初頭からの熱烈なファンの一人がシアターで倒れ、7月1日には不帰の客となる。
 その後「ライダー」という名で知られることになる彼について、8月11日のA2千秋楽で駒谷は「会いたかった人に会えることは幸せなこと」と涙ながらに語った。

 A3初日から10日後の8月30日、メジャーデビューについての詳細が発表される。

本日の、デイリースポーツとサンケイスポーツにて発表されました、
10月発売予定の3rdシングル「会いたかった」の選抜メンバーを
お知らせいたします。

 この時、はじめて「選抜」という言葉が公式ブログに用いられ、この後メンバーを祝福しかつ呪縛し続けることになる。


 2006年8月。ちょうど5年前の夏。

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