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2011年9月26日 (月)

蜃気楼3

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「蜃気楼」が「禁じられた2人」の続編ではないか、という説について。
 前回は衣装や演出、つまり外見の面から見てみた。


 では、歌われている詞の世界、つまり内面はどうだろう。


 言うまでもなく、「禁2」は女性同士の恋愛とその悲しい結末(おそらく心中)を歌った曲である。「蜃気楼」はどうだろう。 

心 ゆらゆらゆら/揺れながら
あなたの前から消える
愛をごめんね/愛をごめんね

 別れを選んだのは、愛が失われたからではなく、愛ゆえ。
 「ゆらゆらゆら」と3回も繰り返す揺らぎは、別れを選んだ心の動揺だけでなく、幻のように消え去らざるを得ない自分のはかなさを表しているようでもある。


 2人が出会えて、一時だけでも結ばれたことに後悔はない。でも別れなければならなかった理由はわからない。
 ただ、「愛をごめんね」と言い残し、相手が好きだから、全てを捨てて旅に出る、というのだ。


 ここにはAKBのお別れの歌にありがちな「サヨナラはまた会う日までの云々」的な留保は、ここには一切ない。
 この2人はもう会えない。金輪際会えない。なぜなら、

ああ/今でも/好きだから
このまま/いなくなる/永遠に

 主人公は相手と離れるだけではなく、いなくなってしまうのだから。


 おいおい、永遠にいなくなるなんて、穏やかじゃないぞ。まるでこのまま死んでしまいそうな…。


 そう、「蜃気楼」のお別れは明示されていないものの、死出の旅立ちを思わせる。
 そうすると第1スタンザの

夜明けのホームは/何も書かれていない
手紙のようで

 誰もいない早朝のホームをたとえた「何も書かれていない手紙」というのは、書こうとして書けなかったお別れの手紙—遺書—を暗示しているようでもある。

 「禁2」は、2人で別の世界、つまり来世へ旅立つことで愛を成就させることを予感させた。
 「蜃気楼」は、愛するゆえに自分一人が幻のように消えてしまう姿を描いた。 
 いったい愛し合う2人の間にいったい何があったのだろう?


 「禁2」の2人を苦しめたのは、「女性同士」という、世間からはまだ受け入れられることの困難な愛の姿だった。 
 「蜃気楼」では、2人の性別は示されていない。でも2人は一緒にいられなくなってしまう何らかの障害にぶつかってしまった。それも主人公が一方的に消え去ってしまうしかない程の障害。
 それは同性同士、という理由だったせいかもしれない。
 または、異性愛であったとしても、たとえば清き身でなければならないドルイド教の巫女の身でありながら侵略者のローマ総督を愛してしまい、彼に裏切られながら彼とその恋人(自分の部下のしかも巫女!)の命を助けるために自らを殺すことを決めたのかもしれない(こう書くとものすごいこみ入った事情だな)。


 いずれにせよ自分を滅ぼすことによって愛を貫く、というあり方は、異性愛でも同性愛でも変わらない。


 どちらも愛ゆえの愚かしさであり、愚かしさゆえの美しさであったわけだ。


 というわけで、「蜃気楼」は「禁2」の続編かどうかはわからないけど、どちらも同じ愛のあり方を歌った哀しい曲だった、というのが結論です。


 「愛をごめんね」という、秋元康が四半世紀前に小泉今日子に託した愛のカタチは、今でも不変なのだなあ。これについては「ごめんね、SUMMER3」でも考えたテーマでしたね。

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コメント

同性愛的な歌は好きです
秋元の真骨頂は激励ソング、卒業ソング、恋愛ソングなのですが、
こちらの方もすごいですね。
蜃気楼
おしべとめしべと夜の蝶々
TWO ROSES
この3曲は秋元の裏真骨頂だと思う

「蜃気楼」も「TWO ROSES」も、「禁2」や「おしめし」と違って「それっぽいけどはっきりとは言はない」のがまた上手なところだと思います。

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