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2011年10月

2011年10月29日 (土)

夏が行っちゃった2

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 このブログでA3が始まったのが今年の8月9日。
 A3の初演が2006年8月20日だったから、時期的ににはちょっと早めのスタートでした。


 ちょうど夏が終わる頃にこの曲にさしかかればいいな、なんてぼんやり思ってたんだけど、季節はもうすっかり秋から冬。とほほ。
 せめて夏の終わり(ってか秋の初め)に、この曲についてヒトコトだけでもって、ホントにヒトコトだけ言ってみたのが、これ
 A3で一番最初に気に入った曲。


 「制服が邪魔をする」がため息で終わり、余韻のようにシアターに立ちこめるアンニュイな雰囲気。それを吹き払うように流れ出す軽やかなイントロ。


 「制服…」を歌った8人と色違いのスカートとリボンorタイをつけた残りのメンバーが登場。
 色違いと言っても、赤の彩度が落ちているだけなんだよね。「制服…」組が明るい赤だったのに対し、残り大勢は暗い赤。それだけの違い。
 そこまでして「おそろい」にならないようにしてるんだなあ、という感想は前の話を引っ張りすぎですかそうですか。
 ちなみにN1では、「制服…」組とその他大勢のスカートとリボンorタイの色合いは同じように見える。少なくともここでは(この話「小池」に続く)。


 夏の終わりと恋の終わり。切ないけど、軽やかでどこかコミカルな歌詞とメロディ。ちょっと往事のモー娘。を思い起こさせるような「wow wow wow wow」。


 作曲は山崎燿。K2で「転石」「君が星になるまで」を書いた人ですね。この曲のおよそ5年後にどでかい五尺玉を打ち上げることになるのだけれど、それはまた別の話。 

賑わっていた/海の家が壊される

 

ああ 砂浜の上で/見つめ合った時間
ああ 皮が剥けていく

 一緒にレモンのかき氷を食べたであろう海の家は解体がはじまり、ひりひりとするような日焼けをした後の「皮が剥ける」とき、ヤケドのような夏の恋が終わっていくわけだ。


 それにしてもまあ、何て表現なんでしょう「皮が剥けていく」。
 アイドルの歌う失恋ソングに、耳に引っかかるヒトコト。
 それはまるで甘いお菓子の中に紛れ込んだ砂粒みたいに、歯にジャリっと当たる。無理して噛んでみると苦かったりして。


 秋元先生、ちょいちょいこういうことやるよね。わざとなのかたまたまなのか。
 あと「これってひょっとしてやっつけ?」と思っちゃうような異和感ありの言葉の使い方もあるでしょ。
 これについて前々から言いたかったんですが、書き始めたら怖いことになりそうなのでまた今度にします。
 その代わり今後気づいたらその都度チェックしとこう。
 

 砂粒ワーディング:「皮が剥けていく」
 

 肌から薄皮が剥けていくような無茶な日焼けの仕方、何年もしてないなあ。
 もちろん、そういうヤケドしそうな恋をしたのも遠い遠い昔の話。

2011年10月24日 (月)

制服がブログの進行の邪魔をする

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 「見逃した君たちへ」DVD大杉。


 ええと、まだ制服の話が終わらない。


 制服の機能についてまとめます。
 制服には「美しさを隠そうとする」機能があると書いた。
 それはつまり、色味やデザインは基本地味ってこと。
 わかりやすく言うと、「葬式に着ていける」コスチューム。ね。中高生って喪服の代わりに制服でお葬式行くでしょ。ついで言うと、「葬式に着ていける」ってことは「ちゃんとしている」ってことでもあります。「ちゃんとしてる」って言うのは、「それを着て、公の場に出てもOKという社会的合意ができてる」ってこと。


 もう一つ、これまであんまり言わなかったけど、制服って「おそろい」でなきゃいけない。
 制服のある学校の生徒は、基本おそろいの格好をしている。当たり前と言えば当たり前だけど、これが制服の本質。
 英語で「uniform」っていうのは、uni-(ひとつの)form(かたち)ってことだもの。ひとつに統一された形ってことは当然「おそろい」ってことだ。


 つまり、「地味でちゃんとしてて、おそろい」であるのが制服。
 

 で、AKBの「制服」を見ると、まず「地味じゃない」。だって「桜の花びらたち」のジャケ写みたい
な格好じゃ葬式行けないよね。

 
 そして「ちゃんとしてない」。特に「制服が邪魔をする」以降に目につくようになった、裾を半分だけ出してるように見えるアシンメトリックなブラウスは、すごーく「ちゃんとしてない」というか「しだらない」印象が強い。


 そういやちょっと前に裾出しシャツでブツギを醸したオリンピック選手がいたっけね。
 そうそう、この人
 あんときゃ大騒ぎだったよねえ。もっともボーダーって基本あんなカッコだもんね。あれがボーダーの「おそろい」と考えればフツウなんだが、「ちゃんと」してなきゃいけないことになっているオリンピック選手団の制服であんなアレンジをしちゃったから、「だらしない」って怒られたんだね。
 もともとはスゴイ選手なのに可哀相でしたね。


 AKBの「制服」のもうひとつの特徴は「おそろいじゃない」。
 最初のころはおそろいだったんだよ。でも気がつくとメンバーごとにばらつくようになった。
 「PARTY」公演の「制服」は、「地味じゃない」けど、それなりに「ちゃんとしてる」し、「おそろい」だった。A2、K2のころからちょっと個人ごとのばらつきがあるようになったようです。


 A2(B2、KII1)でいうと、「背中から抱きしめて」からの3連コンボ。金ピカで「制服」というのとはちょっと違うかも知れないけど、おそろいのコスチューム。での襟とか袖の縁取りの色が赤、青、緑の3種類あった。

Tricolor

 K2では、しょっぱな3曲の「制服」。珍しくとっても制服らしいコスチュームで、ローファーを履いている。でもよくみると、ネクタイが3種類。赤、紺、ピンク。


 K2の公演タイトル曲でもある「青春ガールズ」は、前にも書いたけど、ベストを脱ぎネクタイを緩めるというとっても象徴的な所作が冒頭にある。
 「君が着ている制服の束縛をちょっと緩めようぜ」みたいなメッセージ。その制服が、ほんのちょっとだけど「おそろい」じゃない、ってのはまあよくできた(たぶんそんなに意識していたとは思わないが)演出でした。

K2ties

 A3でも、実は頭3曲が「制服」を着ている。どれも直接学園メタファーとは無関係な曲なんだが。で、よく見るとやっぱりタイの色が違っていて、完全な「おそろい」ではない。


 そしてこの「制服が邪魔をする」(の話だったんだよな、もともとは。忘れてたよ)。
 アシメで「ちゃんと」してないブラウスにネクタイ組とリボン組にわかれてるので、やっぱり完全に「おそろい」ではない。


 その後も「地味でなくちゃんとしもていなくて、おそろいですらない」というAKBの「制服」は徐々に進化していく。それがぎりぎり制服のように見える、という一線は残したまま。


 これを「制服の脱構築」「制服のポストモダン」と呼ばずして何と呼ぼう(いや単に「変な制服」って呼びゃいいんですけどね)。

 うわ、我ながら言い回しが20世紀っぽくて赤面してしまうのだが、でもホントに「脱構築」「ポストモダン」なんだもん。

 そういや秋元副学長を擁する京都造形美術大大学院院長は、かつてのポストモダニズムの旗手、浅田彰大センセイじゃないですか。
 微妙にかすってるよね。

 さて、その「制服」の進化形のひとつを、2011年現在、僕らはA6の「制服レジスタンス」に見ることができる。当ブログ的にはものすごーいフライングゲットなんですけどね。
 チープで過剰な装飾、アシンメトリックなカット、3人3様のデザインとディテール。すげーな。
 それでも見ようと思えば、制服に見えないこともない。

Resistance2

 何というか、これはもう制服に似せて最も「反制服的な制服」と言うしかないでしょ。まさに「制服(に対する、内部に留まって抵抗するという言葉の本来の意味に照らし合わせて誠に正統的な)レジスタンス」。
 

 なんでAKBの「制服」はこんな特異な進化を遂げたのだろう?
 いろいろ考えているんだけど、今ひとつまとまらない。


 ただひとつ言えることは、おかげさまで、まだぎりぎり板野さんもまだ「制服」を着ることができ
るってことかしら。麻里子様はちょっと…。


 そう、制服らしからぬ「制服」を採用することは、結果として現在の主力である1990~91年生まれ組が、AKBから離脱するのを防ぐ役割を担ってるとは言えますね。

 というわけで、「制服」に関するゴタクを、TOKYO DOME CITY HALL 2011第19公演(「PARTYがはじまるよ」)を見ながら書いてました。
 篠田やぱるさん、秋元(オ)はおろか、CinDyや佐藤があの「制服」を着て「PARTY」を歌う姿は、往事を知る人(と昔の公演DVDを舐めるように見てるおかしな人)にとっては感涙ものでありました。

Cindy


「見逃した」余談:モップコールってはじめて聞いちゃった。
余談2:ぱるさんの自己紹介MCのとき、「はるなちゃんコール」が欲しかったなあ。当日ご本人は映画館で見てたそうです。演出の一貫でご招待してもよかったんじゃないかしらね。ムズカシイことはよくわかんないんだけど(と童貞面)。


2011年10月22日 (土)

制服が邪魔をする5

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 「国民的アイドル」なんて言われ方をするようになったけれど、大多数の人にとって「AKB? 僕の人生に必要ありません」なわけで、それでも最新曲とかについてのトピックならばまだしも、シングルになったとはいえ5年前の曲の、しかも曲の内容ではなくて、靴やコスチュームの丈の長さについてぐだぐだぐだぐだ書いているわけだが、100人いたら99人がどうでもいいと思い、残りの1人は読みゃしないよなこんな文章、糅てて加えてここまで句点ゼロだし。

 
 駄菓子菓子、それでも語りはじめたら語り終えねばなるまい。
 「制服が邪魔をする」なのに制服っぽくない制服を着てるって話の続き。


 AKBにとって制服って言うと、切っても切り離せないようなアイテムのようなのだが、彼女たちが着てきた「制服」を実際に見てみると、実はあんまし普通の制服っぽくないってことに気づく。


 もちろんPVの小芝居などのように、リアリティが求められる場合は別だけど。
 そうじゃない場合の「制服」、たとえばファーストシングル「桜の花びらたち」のジャケ写のコスチュームはどうだろう。
 

 フリルのシャツにピンクのタイ。スカートもピンクのチェック。
 かわいい。文句なしにキャワイ~い。


 でもちょっとデコラティブ過ぎで機能的じゃないよね、これ。
 あと志穂さんの頭インパクトでかすぎ。
 あとツウの皆さんならお気づきのように、この「制服」は「桜の花びらたち」用の衣装じゃなくて、A1の頭3曲、「PARTYがはじまるよ」「DMT」「毒リンゴを食べさせて」と続けてお聞きいただきましたが、みなさんいかがでしたでしょうか、ありざとざーす、用のもの。それはさておき。


 さて、これは制服なのだろうか?


 学校の女の子の制服っていうのは、ホントはもっとジミなものだ。酒井順子さんの言葉を借りるならば、学校の制服とは

人生の中で最も美しい時期の肉体を、隠そうとしている

酒井順子 制服概論

 ものなのだから。


 何故隠すかというと、前にも触れたように、制服はそれを着る者の守るためである。それがこんなキャワイ~い「制服」で目立ってしまったらあっという間に食べられてしまう。


 アイドルの中にはAKBよりも学園メタファーを前面に押し出したグループ(ええ、さくら学院のことです)や、その名もずばり制服向上委員会(SKi)などもあって、彼女たちの「制服」は(もちろん多少のデフォルメやデコレーションはあるものの)とても制服らしい(靴はペニーローファーだ)。
 それは何故かというと(「それに触れてはいけない」と僕のゴーストが囁くのでやめときます)。


 それに対し、AKBはしょっぱなから「制服のようで制服でない」制服を選んだ。


 これについて、最初から確乎とした戦略があったのかどうかは詳かにしない(まあ無かったんだと思うよ。最初の頃そんな余裕はなかったろうし。そもそもは秋元先生の趣味と、茅野しのぶ嬢のセンスが全てだったんだろう)。だが結果として、AKBの「制服」はその後も特異な発展を遂げることになる。


 うわ、まだ終わんねえよこの話。
 まさに「制服が(進捗の)邪魔をする」。

2011年10月20日 (木)

孤独なランナー

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目の前に/続いてる/希望への渋滞
ライバルは/全力で
競って/道を進む

 これは何と辛い現実なのだろう。


 「希望への渋滞」。

 
 そこを突破するためには、傍らで同じ苦労をしているライバルを押しのけながら進まなくてはいけないのか。


 SKEには、こういう時、ぎゅっと手をつなぎながらにこっと微笑んで、一緒に行こうと言ってくれる友がいた。


 AKBにも、いつだってそばにいる仲間が支えになって、一人きりじゃなかった。

 
 だが、SDNにはそれが許されていなかった。
 ランナーはたとえ足がつろうとも、一人きりで意地を見せなければならなかった。


 そう、それが大人の現実。


 彼女たちの2倍から3倍の年月を生きてきた秋元康はそれを知っていた。
 秋元より少しだけ若い僕も、それを知っている。


 咲かない花があることを知っている。でも種は蒔き続け無ければいけない。
 叶わない夢があることも知っている。でも旗は振り続けなければならない。
 それが先を行く者の務めだから。


 でも、それにしても

Don't stop!/止まっちゃいけない
Don't stop!/息が上がろうと
Don't stop!/歯を食いしばるんだ

 言葉を飾る余裕のない、なんて不器用な激励だったのだろう。


 秋元先生はさあ、永遠の高校生だから、大人の女の人をどうしてあげたらいいのか、わからなくなってしまったのかもしれないね。
 2012年、SDNはなくなってしまうことになった。


 そんなこんなわけで、どうやら僕はとうとうSDNと縁を結ぶことなく終わってしまうようだ。
 だから僕にとってのSDNは、(頭の中の)なつかしい人たちの現住所。
 めーたん、ノンティ、花ちゃん、ひぃちゃん。そうそう、僕をマジすか学園に案内してくれたなちゅもいたっけ。
 小原さんとはまだゆっくり知り合う前だった。


 そしてCinDy。


 CinDyCinDyCinDy。
 「キスだめ」のCinDy。この時は誰だかわからなかった。
 A2になって、ますますわからなくなったCinDy。
 でもB1じゃ大変身。「Blue rose」のCinDy。ちょっと着慣れない革ジャンがカッコよかったぞ。
 B2のCinDy。「涙の湘南」のCinDy。「未来の扉」でなっちゃんと抱き合うCinDy
 

  AX2009の奇跡
 

 総選挙のCinDy
 「言い訳Maybe」のCinDy。ずいぶん探したぞ。

YES!/私に悔いはない/このまま死んでも…
誰もやるだけやったら/勝者になるよ

 本当に?
 秋元先生、本当にそう思ってる? 
 本気でそう言ってる?
 
 
 よろしい。これはあなたのPARTYだ。何度でも信じよう。
 ならば AX2012(もうAXじゃないんだけどね)で、「めちゃいけ」に投じるはずだった僕の票の全て(ちょっとだけどね)を、視界から走り去って行こうとする、「孤独なランナー」たちに捧げよう。
 業深いこの両目でもう一度奇跡の目撃者になるために。
 

 詳細はアルさんのとこ

2011年10月18日 (火)

制服が邪魔をする4

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 前回あれだけ制服について書いたのに、よく見ると公演でこの曲を歌ってる皆様は制服を着てないって話。もークリビッテンギョーだよね。制服着てなきゃ邪魔のしようがないじゃんねえ。


 一応白のブラウス&タイにタータンチェックのスカートなんだけど、これをして制服のインナーだって言えばそう見えなくもない。でもそれにしたって、世の中で言う「制服」からは遠い所にあるよねえ。
 たとえば、「制服」というのならシューズはブーツじゃいかんでしょ。


 AKBで「制服」と言えばシューズは選択肢無しでハルタのペニーローファーでしょ(いや別にハルタである必要はないんだけどさ。学園メタファーでローファーっつったらハルタが定番だったからさ)。

 
 たとえば「スカひら」。
 公演でこそみんなスニーカーを履いていたが、学園を舞台に撮影されたPVでは、全員おそろでペニーローファーを履いている。Pv

 「会いたかった」のPVでもメンバーみんなで履いて踊ってた。洲崎灯台の草っぱらでステップを踏むには不向きだったと思うけど。


 「ごめんね、SUMMER」で、下々を睥睨する高柳が履いていた靴。


 「AKBがいっぱい」の集合写真でも多くのメンバーが履いてる靴。


 ナンバの最新作「オーマイガー」のみなさんもやっぱりペニーローファー。


 公演でいえば「青春ガールズ」の頭3曲は、それほど制服っぽい歌ではないのだが、みなさんペニーローファー。だからこの靴が楽屋に置いてない訳ではないんだわね。実際A4ではペニーローファーで歌う曲もあるんだし(はい。ご想像の通り「軽蔑…」です)。


 ちなみに「制服…」のPVでも「渋谷」のシーンに限って言えば、みーんなローファーを履いてます(ペニーローファーかヴァンプか識別できないのもあったけど)。
 頭に何か大きなものを載せた高橋(しかもルーズソックス!)も、ガード下でオジサンを待ってる前田も、スクランブル交差点をモーゼのように渡る小嶋も、カフェで男の子2人と合流する河西(河西もルーズソックスとは!! 高橋ならまだしも!!!)、橋の上から立ち去る大島(優)も。


 なのにどうして畑トンネルで撮られたダンスシーン&公演では、みんなブーツを履いているんだろ。

たかが女子高生よ

 と明示しているにも関わらず。


 さらに制服っぽくないのが、あのブラウスのデザイン。


 一応タイまたはリボンでアリバイ的に制服らしさを出そうとしているのだが、あのブラウス、アシンメトリーにもほどがあるよね(←誉めてるんすよ)。

 
 公演では、右半身の前身頃だけが長くて、一見タックインしているブラウスの、半身だけ外に出しているように見える。
 襟首から離れたタイまたはリボンのノットとあいまって、すごくしだらない感じがする(←これも誉めてるんすよ)。


 PVの衣装はさらにアシメが徹底していて、袖は右はレギュラー丈で手首まであるのに、左は肘くらいまでのハーフレングス。

Photo

 スカートも微妙に右の方が丈長。わずかにのぞいている黒のペチコートの露出面積も右が大きい。

Photo_2


 ここまでアシンメトリックだとだと、このコスチュームを「制服」だと言い張ることはかなり難しいでしょう。

 
 言ってみれば、このコスチュームは「制服であって制服でない」制服。
 うわあなんか泥沼にはまってきたような気がするぞ。
 気のせいかな。大丈夫かな。

2011年10月13日 (木)

制服が邪魔をする3

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 「制服が邪魔をする」は、「制服」で象徴される制度に束縛されて(と同時に守られて)いる女の子の葛藤の歌でした。イメージはずいぶん違うが構造としては「セーラー服を脱がさないで」とそんなに変わらない。
 1985年の歌だぜ、これ。秋元っちゃん進歩無いぞ。


 ところがだ。
 こっから先はちょっと先取りになっちゃうんだけど、その後AKBにおける「制服」の意味はどんどん進歩というか進化というか変容というか、とにかく違ったものになって行く。

 たとえば「JK眠り姫」。2008年、A5の公演曲だから、「制服が邪魔をする」のA3から3年後。


 秋元先生JKって言いたかっただけちゃうん?


 ま、それはさておき、ここでは「制服」が自分を「守る」と同時に「縛る」という、初期のころにみられた葛藤は見られなくなっている。

まだまだ堅い殻の中/汚れていないその果肉
大事なものを守り続ける/キスで目覚めて
愛を知る日まで

 汚れない少女性/処女性を守る殻としての「制服」ではあるが、ここには自分を縛るものというネガティブなイメージは微塵もない。なにしろ

時がどれだけ過ぎても/似合っていたいの制服

 ってくらいだから。


 ちなみに「少女性/処女性」を守る殻とその破壊というテーマは「胡桃とダイアローグ」でも展開されている。これもイイ曲なんだけどねえ、話が散乱しすぎちゃうよねえ。


 さらに2009年2月、B4の「女子高生はやめられない」になると、

制服を着ていりゃ 勝ちゲーム/ハナノシタ男たち 一発ノックアウト

 と、「制服」は「守る」でも「縛る」でもない、男どもをノックアウトする「武器」になってしまっている。


 ところであれだね、この歌、いかにもTeam Bっぽくていいやね。

私たち 可愛いじゃん/それなりのルックス
スペシャルなんと言わないけど/平均以上じゃん

 なーんて、まさにAKBのことじゃん。ちょい可愛い。平均以上。でもスペシャルじゃない。
 で、AKBという「制服」を着てれば「勝ちゲーム」。
 こういう歌をいけしゃあしゃあとメンバーに歌わせる秋元康ってやっぱヘンタイ(イイ意味で)だよねえ。


 2010年3月、K6の「制服レジスタンス」ではもっと複雑な様相を呈する。

私は/制服を着たレジスタンス
大人に抵抗し続ける
孤独な/制服を着たレジスタンス


 大人対する抵抗(レジスタンス)という、歌のテーマ自体は昔っからあるおなじみのもの。でも昔だったらこういう時は、制服は脱ぎ捨ててたよね。
 「大人が押しつける制服(という制度)はゴメンだ!」と言って、「制服廃止運動」とか言い出して菅直人に投票しちゃってたわけ。


 でも「制服レジスタンス」は違う。制服を脱ぐどころか

私が/制服を脱いだら
抵抗するものがなくなる

 だって。


 ここでは「制服」が、抵抗の拠り所にすらなっている。
 おもしろいねえ。「制服は押しつけられたもの」「個性を抑圧するもの」という感覚が全くない。


 AKBの制服風のコスチュームって、いつのころからかメンバーごとにヴァリエーションがあるようになったよね。ベースは同じなんだけど、アクセサリーとか着丈とかインナーとか、ディテールが一人一人違うものを着るようになった。


 おそろのようでおそろではない。
 でも全体の統一感、「AKBらしさ」は保たれている。


 本来は対立するはずの「制服」と「個性」を融合させる工夫、と言えるかもしれない。
 

 レジスタンスの拠り所であった「制服」がただの「男を釣る」道具に発展(進化? 堕落? 相対化?)したのが「I'm crying」。2010年7月からはじまったA6の曲。


 このころになると、制服を着るとコスプレにしか見えないメンバーが増えてきた、ってのも「制服の持つ意味」の変化と関係してるのかもね。


 ところでこれだけ「制服」についてぐだぐだ書き連ねといて何だが、ステージをよく見るとこの曲、制服着てないんだよね。 

2011年10月11日 (火)

Dreamin' girls

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 Team Aの最初のセットリストが「A1」なのはわかりやすい。
 でもTeam 4の最初のセトリを表すにはどうしたらいいんだ?


 とりあえず書き方は「4-1」でいいのか。
 読み方は「フォーファースト」か「フォーワン」なのか。


 まあ、そんなのは、どうだっていい。


 そうだ。とにかく「僕の太陽」だ。

太陽は何度も夢をみる
青空を/今 あきらめないで

 何度でも登る太陽は、再生のあかしだ。
 そう、何度沈んだって、

夕陽が沈む空を見ているか?
今を受け入れること/進むこと教えてくれる

 明日になればまた日は昇る。


 そうしたらまたそこを目指せばいい。

時に 雲に隠れても/あきらめることはないんだ
憧れのその日射しは/いつか君まで届く

 
 阿部マリア、おめでとう。
 市川美織、おめでとう。
 入山杏奈、おめでとう。
 島崎遥香と島田晴香、どちらもおめでとう。
 どちらかが「キャプテン代行」就任、ご苦労様。
 竹内美宥、おめでとう。
 中俣汐里、おめでとう。
 中村麻里子、おめでとう。
 永尾まりや、おめでとう。
 山内鈴蘭、おめでとう。
 

 そしてそこに間に合わなかった、誰よりもその日そこに立ちたかったであろう、不在のキャプテン。
 大場美奈。
 新たな太陽が昇ったぞ。君と僕らの太陽だぞ。
 おめでとう。おめでとう。おめでとう。


 人は年を取って、たとえ自分で夢を見ることが出来なくなっても、それを託する人を見つけることができれば、それだけでシアワセだ。
 Dreamin' girlsよ。僕らはシアワセだぞ。


 さあ、

ほんの少しづつ/手を伸ばして

 君らの夢が叶うのを、ここで見ようじゃないか。
 Dreamin' girlsよ。

2011年10月 8日 (土)

制服が邪魔をする2

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 このブログ始めたばかりのころ、「キスはだめよ」について、

攻めてる男の子、ちょっと引きながら守りに入っているの女の子。そういう状況の歌。これが攻守交代すると制服が邪魔をするになるわけだ。

 なんて書いてた。
 あの時は、すぐに「制服…」の話ができると思ってたんだよー。ずいぶん時間かかっちゃったなあ。


 そう、A1の「キスだめ」では、積極的な男の子に対し、制服を理由にして女の子が拒んでいました。ま、歌ってるお姉さん方は制服じゃなくて、「金色のでかいスパンコール(というよりアイスのふたのようなもの)が下がったワンピース」を着てたんだけどね。

キスはだめよ/肩を抱かないで
制服のままじゃ/イケナイでしょう?

じゃあ制服を脱いだらキスしてもいいのか、というと、どうやらそうでもないらしい。
 

 だってすぐ後で

軽いノリだけで/はじまるのもいいけれど
あなたは違うの

 なーんて言ってるくらいだもの。
 「制服のままそういうことしちゃイケナイ」って言うのは、ちょっと言い訳Maybeくさいよね。


 ここでは「制服」は彼女の純潔(と踏ん切りのつかなさ)を守っている「鎧」だった。

訳知り顔の大人が/眉を顰めて通り過ぎてく
やな感じ

 人目も気になるから自制もするし。
 それがこんどは攻守交代。


 舞台もカッコイイ若者の街w「渋谷」ですもの。
 ついこの間まで「アキハバラフォーティーエイト」って歌ってたのに。

制服が邪魔をする/もっと 自由に愛されたいの
どこかへ 連れて行って/知らない世界の向こう

 だって。


 ここでは「制服」は文字通り邪魔者。愛し愛される自由を奪う、彼女のカラダを包む世界で最も薄い牢獄。
 「知らない世界」よりも「向こう」って、どんだけ遠いところなんだよ。ってくらい、ホントに吹っ切れちゃったみたい。

誰か(誰か)/見てても
関係ないわよ/キスしなさい

 制服を着てることによって気になっていた他人の視線もどーでもよくなっちゃうくらい。てか渋谷あたりじゃ制服を着たままチューしてる女の子、いるよね。
 

 制服が邪魔してるんなら、じゃあ脱ぎゃいいじゃんか。
 なーんてそれはあまりにも短絡的なご意見。
 ここでいう「制服」というのは、ただの衣類のことではなく、それが象徴する制度も含んでいるんであるよ。


 人によっては(60歳代でトップは薄いのに、サイドとバックだけはどうしても長くしておかなくては気が済まない髪型に固執して、たまにマオカラーのジャケットを着るような御仁、奥さんは草木染めですかその微妙な色合いとか、あ、別に特定の個人ではありません)、菅直人に投票したり、個人の自由を抑圧する「制服」などという制度は断固排除すべしと言ったりしちゃうわけだが、話はそんな簡単ではない。


 菅直人に投票しちゃった人は腹を切って地獄に堕ちるべきである、ということはワキに置いておいて、「キスだめ」でみたように「制服」という制度は自由を抑圧すると同時に個人を守る仕組みでもある。
 だから

友達より早く/エッチをしたいけど

 なーんて言ってるくせに一方で

セーラー服を脱がさないで/今はダメよ我慢なさって

 などと言うんである。セーラー服でも何でも脱がさなきゃ話が始まんないじゃんか。
 脱ぎたい、でも脱がさないで欲しいというアンビバレンツ。


 え、これAKBじゃない?
 失礼、秋元先生の嫁選びおニャンコでしたね。


 いずれにせよ、自分を縛ると同時に守っている「制服」に対する葛藤という点では「制服が邪魔をする」と「セーラー服を脱がさないで」は同じ範疇なわけ。


 秋元先生も進歩しねえなあ、とここまでは思った。
 ここまでは。

2011年10月 6日 (木)

逆上がり

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 何もかもうまく行かなくて、もうどうしたらいいかわからなかった。
 

 僕の手の中にあるものから、どういうものが生まれるべきなのか、それは頭の中で鮮明にわかっていた。
 全ての材料はそこにあった。
 

 でも、どうやって実現したらいいのか、皆目見当がつかなかった。誰も教えてくれなかった。知っている人はそこにはいなかった。僕しかいなかった。
 そして僕も何も知らなかった。


 「これ使ってみな」とボスが言ったのが、Macintosh IIcxだった。何かで獲ってきた百万単位の予算をつぎ込んで揃えたばかりの最新機種。System7、メモリは128MB。
 モニターの前に座って角形のマウスを手に取った。


 世界がぐるりと回るのがわかった。

逆上がり
足で地面を蹴って
太陽がぐるりと回った

 それから数日徹夜が続いた。
 やり方は相変わらずわからなかったが、もう途方に暮れてはいなかった。
 やり方はわからなくても、やれることがわかったから。
 何も読まなくても、そこにある「景色」がやり方を教えてくれた。
 時々システムがクラッシュしても平気だった。やり直せばいいだけのことだから。


 そしてある朝、僕の頭の中にだけあったものが、カタチをなしてできあがった。僕の想像以上の出来映えで。


 その日以来、僕はいつもMacintoshと仕事をしてきた。何台ものMacが僕の相棒となった。


 Appleを作ったのは彼じゃなくて、Wozかもしれない。
 彼は決して「いいヤツ」でもなかった。「いいヤツ」のWozを騙したこともあった。彼の近くに寄ると、現実が歪むとまで言われた。
 でも、いつも僕に信頼すべき(ま、ときどきクラッシュするのは仕方ないよね、機械じゃないんだから)相棒を僕に届けてくれたのは彼だった。彼は僕のヒーローになった。
  

 彼がAppleに戻った時、僕はアドレスを知っている限りの友人にメールを打った(まあ、当時メアド持ってる友人なんて10人もいなかったけどさ)。チャーチルの海軍大臣復帰にイギリス海軍省が打った電文にならって、
 "Steve is back!"と。
 僕の最初の大きな仕事の謝辞には、両親、ボスとならんで彼の名があった(あと一人、Charles M. Schulzさん)。


 今僕の自宅とオフィスには9台のMacと17個のiPodがある。
 わかってる。これはとてもfoolishなことだ。


 でも「それら」を使って、あのころ出来なかったことを、今、僕は息をするようにたやすく行っている。

逆上がり
なぜか泣けてくるのよ
知らぬ間にちゃんと回れること

 もちろんそれは、僕が大人になったから、だけじゃない。


 ありがとう、Steve
 いつかiCloudの上のどこかで。

2011年10月 4日 (火)

制服が邪魔をする

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 A3の8曲めにして、AKBメジャーシングル第2段。
 作曲は井上ヨシマサ。


 K2からプロジェクトに参加したヨシマサさん。その後良曲佳曲スマッシュヒットを排出し、AKBになくてはならない人になっていく。
 このころK2では「Virgin love」と「シンデレラは騙されない」、A3ではこの「制服が邪魔をする」と、公演タイトル曲の「誰かのために」、「涙売りの少女」を書き下ろした。「Virgin love」は、「制服…」のカップリング曲にもなった。


 当時の状況について、ヨシマサあにぃのいわく。

(秋元康に曲を)「どんどん書いて」って言われて喜んで書いているうちに。「あ、これはシングルでもいいんじゃない?」ってことになっていって。だから、最初からシングル狙いとかそういうことじゃなくて、いつも「劇場で燃え上がるもの」ってことしか考えてないんです。

 別にシングルで売り出そうという意識なしに書いた曲たちであったと(でもあの演出見るとさあ、ちょっとは下心あったよね、ちょっとは)。


 作曲家としては面白かったろうなあ。ヒットとか枚数とかタイアップとか、そういう縛りを考えず、ただただシアターでヲタを熱狂させろ、と。ヤツら舌は肥えててうるさいが、いったん食いつけば骨までしゃぶりつくすから。
 そりゃものつくる人は燃えるよねえ。


 今みたいに初日(初週じゃない初日!)100万枚なんて数字が出ちゃうと、もうこれは万人単位の人の生活がかかる「産業」になっちゃうわけで、あんまし無茶ができなくなっちゃうよね、きっと。


 でも当時は、「会いたかった」の売り上げが3万枚弱。それはそれですごい数なのだが、冒険や挑戦を思いとどまらせるような声は少なかったろう。


 この曲がステージにかかったのは2006年8月20日(おっと、前日にゲネプロがあったんだね)。その10日後にメジャー第1段の「会いたかった」の発売がアナウンスされた。
 発売は同年の10月25日(「夏へ続く近道」ってのはニュージーランドにあるんですか?)。

 
 当時にしてみりゃ第2段シングル? 何それおいしいの? ってな状況だったのだろう。
 インディーズ合わせりゃ3枚目だけど、どんな手を使ってでもメジャー1枚目を売らなきゃ次があるとは限らないのが業界の常。
 

 どのような事情があったのかはわからないが、めでたく「次」があることになって、恐らくは綿密なマーケットリサーチw(まあシアターに来てるヲタにちょっと聞いてみるとかさ)の末、とまれこの曲が第2段のシングルと決まった
 発表はシアターの柿落としからほぼ1年後の2006年12月4日でした。
 

 余談ながら、この頃の公式ブログには、当時のプロジェクトの様子が垣間見える。
 試行錯誤(行き当たりばったり?)、高揚感(字 でかっ)、急な告知(おいおい明後日だってよ)、日々のトリビア(試験勉強でお休みだってさ、じゃしょうがないよね)etc…


 SKEにもNMBにもいろいろと工夫したブログがあって、読んでてとても楽しいのだが、AKBのこの頃のブログの「工夫のしなささ」(「用の美」? そりゃ言い過ぎ)は別格。
 これらを読んで一喜一憂するヲタどもの姿さえ見える気がする。ある意味「記録文学」だよね、この頃の公式ブログ。
 戸賀崎氏の人徳なのでしょう。


 ほらあーこんなことばっか言ってるから曲の話できないじゃんか。
 じゃちょこっとだけね。

制服が邪魔をする/もっと自由に愛されたいの
(中略)
制服が邪魔をする/もっと自由に愛したいの

 「キスはだめよ」が「制服が邪魔をする」になって「JK眠り姫」「女子高生はやめられない」で思い直して「制服レジスタンス」「I'm crying」で陰の花を開く「制服」と女の子とのアヤシイ関係が気になってます。


 あと花ちゃんの試験はうまくいったのかしら?

2011年10月 3日 (月)

ラムネの飲み方

words
video は探せばあるんだけどね。

 うわーい、カギさんに誉められちった


 シロウトのブログなんてものは、そもそも自分の書きたいことを好き勝手に書くだけのものでしかないのだけれど、それでも読んでくれる人がいたり、誉めて貰ったりするというのはとっても嬉しいものですね。
 しかも誉めてくれたのが、あのカギさんとは。
 ありがとうございます。


 公演に行ったこともない新参者が何を書いているんだろうなあ、と思うことがあります。
 いい年をして誰に向けて、何のために書いているんだろうと自問することもあります。


 そんな時は

その背中を意識してみて/暖かな眼差しに気づくはず

 なるほど、つくづく人とは人との関わりの中で(のみ)生きていくもの、なのだなあ。


 ところで。
 

 Team KII、3公演めにして初めてのオリジナルセットリスト。
 これもやっぱりおめでたいおめでたい。
 

 これまでにも、新曲と出会うことは季節ごとにあったけれど、オリジナルの「新セットリスト」の開幕に遭遇したのは、考えてみたら初めてなんですよね。何しろド新規だから。


 今のAKBの状況を考えると、いわゆる「本店」のチームでまっさらなセットリストを演る、というのは途轍もなく大変なことだというのは想像に難くないです。


 ただでさえ超多忙な上位のメンバー諸君が、十数曲分のレッスンを行う時間を取れるのか(もちろん麻里子様には造作もないことですが)、とか、せっかく練習したのに、実際にシアターに立つ機会がほとんどなくて、たまーに久しぶりに舞台に出るようなはめになって、ちゃんできるのか(もちろんぱるさんは基本回っていればいいんですけど)とか。
 そう考えると、「本店」の新オリジナルセットリストというのは、当分あり得ないんだろうな、と思います(「あり得ない? ふーん、そうなの」って言ってあり得ないことをやっちゃう人たちという期待もあるんですが)。


 その代わりと言っちゃなんだが、SKEとかNMBとか、いわゆる「支店」で新セットリストをどんどんやって、活気づいて欲しい。古来よりパラダイムシフトを起こすのは周縁(AよりB、Bより4。AKBよりSKE、NMB。じゃあ、日本よかJKT、TPE?)の役割って決まってるんだから。
 

 というわけで、とにかくおめでたい新セットリスト。

いっきにラムネを飲めないだろ? /半分、半分残せばいいんだよ
炭酸抜けてぬるくなっても /胸のビー玉息が詰まるなら

 まだ公式にメディアに載ってないものを扱うのは、ちょっと反則かも知れないけど、ご祝儀と思ってカンベンしてね。


 ラムネを飲むときには、瓶のくぼみ(外からみると。内から見るとでっぱり)に、瓶の中のビー玉をひっかけて、飲み口の方に落っこちてこないようにしなくちゃいけない。


 こんなのコモン・センスだよと思ったら大間違いで、ラムネなんか飲んだことないって若い子もいっぱいいるのね。


 セットリストのタイトルを聴いた時、「ラムネってあわてて飲むとビー玉が詰まっちゃって飲めなくなるから、あわてて飲んじゃいけないんだよって、歌なのかなあ」とちょっと思ったんですけど、やっぱりそういう歌でした。
 

 秋元は、ある時は「自分の持てる全ての力を振り絞って、命がけで、夢を実現させるためにガンバレ」と励まし、またある時は「一人で背負わなくてもいいから、そんなにガンバらなくていいから、少し休みなよ」と諭す。
 ケッキョクどっちやねん、とツッコミもあるのだろうが、言うまでもなく、どっちも、です。


 ちょっとおっさん的なもの言いになるのだけど、対立する概念がぶつかると、どっちかにしなくちゃいけないって強迫に捕らわれて、どっちにもいけずに頓挫してしまう、そういう若い子が増えて来ちゃってるような気がします。肯定なら全肯定、否定なら全否定のどっちかでないと落ち着いていられないっていうか。
 

 でもテーゼ・アンチテーゼの葛藤の向こうにアウフヘーベンがあるっていうのは、何も難しいことじゃなくて、よく見ると日常茶飯に起こってることなんだよね。どっちかが勝つっていうのじゃなくて、どちらでもない一つ高いレベルの状況になっていく。ものごとが変わったり進歩する時ってのはたいていこういうもの。


 葛藤という一時的に不安定な状態を耐えなきゃいけないのがちょっと辛いんだけど、それができるのが「タフな知性」ってもんじゃないのかなあ。ゆらゆら揺れていても、風の中の柳のように決して折れずに、しなやかに振る舞えること。是非そうありたいと思うし、そうあって欲しい。
 

 KII3、今のペースで行ったら、一つ一つの曲について、時間をかけて語れる日がいつ来るのか皆目見当がつきません。某所で見かけた、彼女たちの明るい姿を見ていると、今すぐにでもいろいろ言いたくなるのですが、自重自重。


 だってまだ2006年の彼女たちとの先約があるんですもん。ゆっくり行きましょう。

大人はラムネを飲まなくなるよ/きっと、きっと嫌いじゃないけどね
忙しい日々疲れ切って/そんなビー玉なんか面倒で

 はい。仰るとおり「ラムネ」、嫌いじゃないですよ。時々飲んでますよ。
 いくら忙しい時でも、瓶の中を転がるビー玉の澄んだ音を聞きながら面倒を込みで楽しめるのが「いい大人」なんです。心配ご無用。それまで大事に歌っていて下さい。


 KIIのリーダーをはじめとするみなさんの情熱と、それに応えたPARTY主催者に心よりの敬意をこめて。 

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