« 2011年11月 | トップページ | 2012年1月 »

2011年12月

2011年12月31日 (土)

泣きながら微笑んで6

words
video

 昨日はよかったよかったねえ。


 この10日間、「泣きながら微笑んで」たっくさん聞きました。厚生年金会館の悪名高い「ずんだだずんだ」ってドラムマシーン入りも聞きました。
 「かがやくきもち」も買いました。中学時代の大島優子より今の大島優子の方が、ずっとずっと無垢でbaby faceな笑顔なのでクリビッテンギョー。


 それでもお前ポット出どころか昨日今日AKB出入り始めたド新参がナニいい気になって見てきたように「優子さん」語ってんだよって言われたら、まことに仰せの通りです。
 もっともっと聞いたり見たり読んだりするものはいっぱいあったんですけどね、ちょっと忸怩たるものがあります。ホントホント。
 「大島優子業界」関係者各位におかれましてはレコ大に免じて御海容賜りますよう心からお願い申し上げる次第でございます。


 あとちょっとだけだからほんとカンベンして下さい。
--
 「泣きながら微笑んで」は、夢を実現するために別れていく二人の歌だ(というのが僕の妄想)。
 そして大島優子は、女優・大島優子としてこの歌を演じきった。


 アルさんという、ご夫婦で大島優子を応援している優子業界の有名人がいらっしゃる。大島優子の「芸能界のお父さん」が秋元康なら、「ヲタ界のお父さん」のような方である。
 この方のブログには、「大島優子に魅せられて、大島優子の背中を押したくなった、ただそれだけ・・・会えない女優になるその日まで」と、不思議なことが書いてある。
 

 「会えない女優になるその日まで」とはどういうことだろう。
 

 「会いに行けるアイドル」というのがAKBの中心コンセプトの一つだ。
 黎明期のAKBは、ホントに、会社帰りにちょっと寄って会いに行くことが出来た。
 「私たちに会いに来て」と言われれば「応」と言って会いに行けた。いわゆる古参の人が書いた当時の記録には、ホントに会いに行ける幸せが充ち満ちている。


 現在、公演で彼女たちに会うのは至難の業となってしまった。でもそれ相応の努力をすれば、会って話をする機会を作ることは出来る。いわゆる握手会がそれだ。
 これだけファンが増え、コストも莫大になっているだろうに、運営のみなさまは意地になっているかのように握手会を開き続ける。


 公演という「会える」チャンネルが極細になってしまった今、残ったチャンネルである握手会を開き続けることが、ヲタとの「神聖なる契約」とでも思っているかのようでもある。
 

 そのAKBのメンバーである大島優子と「会えなくなる日」。
 それはすなわち、彼女がAKBを卒業する日、ということなのだろう。AKBを去り、一人の女優として名を成す日。
 彼女の夢が実現するためには、彼女はいつまでもAKBにいてはいけないのだ。
 アルさんは、「会えなくなる日」が来るために大島優子を応援している。
 「泣きながら微笑んで」そのものじゃあないか。


 アルさんも「業界」の人たちも(小なりとはいえ)僕も、AKBの大島優子が大好きだ。
 彼女の歌が、踊りが、おしゃべりが、何もかも大好きだ。


 でも彼女はAKBを去らなくてはいけない。AKBと仲間たちとヲタどもは、彼女にとって単なるエピソードにならなければならない。


 「大島優子って、そう言えば昔AKBにいたことがあったんだよね」。


 それが「日本を代表する女優」になる、ということだからだ。

泣きながら微笑んで/あなたを見送りましょう
何度も立ち止まって/心配そうに 振り返るけれど…
泣きながら微笑んで/一人に慣れるまでは

 彼女の夢が実現する日。「AKBの大島優子」が、「日本の大島優子」になるその日、僕らは去っていく彼女を泣きながら微笑んで送り出さなきゃいけない。彼女もまた、大粒の涙に縁取られた無垢な笑顔を見せてくれるだろう。


 彼女のいないAKBに慣れるまでにはずいぶん時間がかかるだろうけど。
-- 
 K3から数年後、大島優子は声帯の手術を受けることになる。
 それまでノドのトラブルが多く、ややかすれた声の上に高音が苦しかった彼女であったが、手術後はずっと澄んだ声を伸びやかに出せるようになった。


 でも僕はK3千秋楽の優子さんの、少し無理をして、少しかすれた歌声が大好きだ。
 あの日歌うことの出来なかった最後のひとことを含めて。


 みなさまよいお年を。

2011年12月30日 (金)

フライングゲット2

words

勇み足でも/一番乗りで
僕が君にゾッコンゾッコンなのは無双

 たかみな~、康~、よかったなあ~。尺エグに持ってかれたけどなあ。

 ホントお前らにゾッコンだぜえええ。

2011年12月29日 (木)

泣きながら微笑んで5

words
video
  よっしゃぁ~行くぞぉ~!in 西武ドーム DVD大杉。 
 まだ「見逃し」だって全部見きってないのに。


 まあ正月のお楽しみにしましょう。
--
 さて。昔々のおはなし。


 5年前。「大島優子」が「泣きながら微笑んで」を歌っている時に「寝てる客がいた」。
 うわー、もったいねえええ。今から考えればあり得ないよねえ。
 でも当時は「そんなもん」だったのだろう。AKBも「そんなもん」だし大島優子も「そんなもん」。


 もちろん熱狂的なヲタはいたけどさ、世界のほとんど全てがAKBなど知らなかった。


 大島優子は毎日悩んでいた。
 秋元センセイからもらったせっかくの「プレゼント」、どうしたらいいのかしら。 


 大島優子を絶賛していたペトリ堂御堂主でさえ、当初はこの歌について、

 この曲は(御堂主の御贔屓である井上チューンでありながら)珍しく私の琴線に触れない。

と否定的だった。


 おなじみのメトロポリス@尊師も軽やかにひとこと

ちょっと荷が重いかな?

 そんな中、思い余って相談に来た大島優子に秋元康が言ったのが、
 巷間伝え聞く「Youは女優なんだから演じたらいいじゃない」という(趣旨の)アドヴァイスだったとな。


 まあこれも雑駁な助言なんだけどね。
 でもこれを聞いて大島優子は吹っ切れて自分なりの「泣きながら微笑んで」を仕上げていったという、深くて( ;∀;)イイハナシダナー。
 

 でもねえ優子ちゃん。秋元センセイに聞くまでもなく、ヲタはやっぱりよーく見てたんだよ。
 メモリストのさむ氏。K3の開幕日の「メモ」。「コリスのソロについて」

 歌が上手くなるに越したことはないが、極めるほど上手くなる必要はないと思う。

(中略:ってことはやっぱ初見の歌はやっぱうまくはなかったんですね)
 
 歌うというよりも、セリフだと思って挑んだほうがいいんじゃないかと思う。 女優になったつもりで、役柄になりきったつもりで演じてみれば、いいのではないだろうか。

 これ開幕初日だよ初日。「ヲタのゴタクと茄子の花は」ってホントだよね。


 もっとも内容として同じアドヴァイスだったとしても、それを受けるタイミングってのが重要で、悩み苦しむ時間というのも必要だったのだろう。頓悟系のエピソードってたいていそうだよね。苦悩の日々というのは準備期間なわけだ。それがしっかりしていれば、師が落とした靴を拾っただけで奥義を会得することもできる。


 そんなこんなわけで、その後大島優子は「泣きながら微笑んで」を自分のものにしていく。


 ふたたびペトリ堂御堂主。

 イントロに乗って上手から大島が出てくるだけで空気が変わる。雪の上を歩くイメージなのだろうか、一歩々々を確かめるように歩きながら歌う大島の表情から、降り積もる粉雪を感じる。初日はどうなるかと思ったが、一と月で出来の良い一幕物に仕上げて来た。これは凄い。

 
 AKBに入る前から大島優子を見続けていたJoanUBARA氏。

 サードが始まった頃は時に眉間に皺を寄せ、ファルセットでは身をよじらせて歌っていた。この曲をものにしてやろう、とギラギラしたところがあった。今はもう身構えることなく、無心に曲と寄り添っている。サードでこの曲を与えられた幸運をしっかりと糧にして、表現力を掘り下げることができている。

 

 そしてK3最後の日。


 大島優子には評価が厳しかったカギ氏も、この日のパフォーマンスについて

 この日最もすばらしかったのは、何と言っても大島優子さんだったと思う。

 と賞賛を惜しまなかった。
 

 僕が見ることの出来る唯一のK3公演が、この千秋楽だったのはとても幸せなことだ。
 このステージで大島優子は、曲の最後の最後で涙を一筋流す。
 そして微笑む。
 これが秋元康の「プレゼント」に対する、女優・大島優子が返した最後の答えだった。

 曲の最後、「♪近くにいたい」のところだけ、涙で声が出なかったが、この部分についての私の解釈は「女優だなあ」というものだった。嘘泣きをしたという意味ではなく、(中略)最少限で、しかし最も効果的なところで泣く、というのが、おそらくはほとんど無意識に分かっていて、そうしているのだろうなあ、と感じた。

 この、「ほとんど無意識に分かって」いるその心の動きこそ、「聞き分けのいい」理性が囁くところなのだろう。
 いや、これまで「理性」と表現して来たが、それでは文字通り「理」に勝ちすぎている。かと言って直感とか第6感と言うと感覚的過ぎる。これまで僕が何度か使った表現で言うならば「ゴーストの囁き」。
 「女優」を真の「女優」たらしめる欠くべからざる「女優」のイデア。
 「泣き」ながら「微笑む」という相反する二つの感情を統べる「何ものか」。


 それを「歌う」のではなく、「演じ」きった大島優子。


 こう書くとなんだか秋元康の二重三重の手練手管に乗っかってしまったようで悔しいのだが、やっぱりこの歌詞を歌うのは彼女でなければならなかったのだなあ、とつくづく思う。

2011年12月27日 (火)

泣きながら微笑んで4

words
video

 「女優」大島優子が、「日本を代表する女優」になるために必要なものは何だろう。


 AKBに入る以前、子役としてある程度の仕事をしていた彼女は、年齢が進むに従い壁に直面するようになったという。オーディションで最終選考に残っても「雰囲気が違う」という、まことに反省会の議題になりにくい理由で不合格になることが繰り返されていた。 


 「自分には何が足りないのだろう」。
 それがわかれば努力のしようもあったろうに。それが見えない五里霧中のまま、高校2年の大島優子は「最後のチャンス」のつもりでAKBのオーディションを受ける。
 芝居のオーディションは何回も受けた。でも「歌と踊り」の審査は、初体験だった。
 審査員が自分の書類に丸をつけるのが見えた。


 どうして大島優子はAKBに受かったのか。
 初期のAKBを知る人ならば容易に想像がつくだろう。すなわち表現力はあるくせに「歌と踊りが下手っくそだったから」に違いない。「踊りが上手い子は採らない」とは、当時の夏先生のスタンスであった。


 で、AKBに受かった大島優子がその後順風満帆だったかというと、決してそんなわけではなくて、あんなことがあったりこんなことあったりだったらしい。


 ホントの内情などもちろんわからないのだが、ただかつて「自分の長所は、知らない子と、すぐにお友達になれることです」と語っていた少女が、AKBに入ってからぽろっと「私、みんなの事を信用していないから…」と漏らさざるを得ない心境に追い込まれていたのは確かだ。


 それでも「自分に何が足りないのか」わからない状態から、「自分たちには歌も踊りもしゃべりも、なにもかも足りない」ということがはっきりわかるようになったというのは、精神衛生上ははるかに健康的なことだっただろう。だってわかってれば一心不乱に「それ」をやればいいんだもん。
 他のメンバーはいざ知らず、「毎日立てる舞台がある」ことのありがたさを大島優子は知っていたはずである。

 その意識の高さゆえかどうか、Kチームがステージに立つようになってから日ならずして大島優子の評判は高まった。
 平素は山椒の利いた言の多いペトリ堂御堂主にして

 大島くんは伊達や酔狂で長いこと遣ってないんだという事を思い知らされた。「見せる」「見られる」と言うことに関する意識が他のメンバーとは異なる次元に有り、動きに隙が無いし、目立つ所にいても隅の方にいても常に何かを発していて、客の目を惹き付けている。客に確認を取るまでも無く、客の目は大島くんを見ている。

 と手放しの誉めようであった。


 それでも。
 それでもやっぱり「何かが足りない」は大島優子について回った。
 

 たとえばカギ氏は、初期の彼女を評して次のように語った。

 個人的に何が気に入らないのかというと、あり余る実力の 8 割程度でゆうゆうと「こなして」いる感じがしてしまう、ところだ。それでも表現レベルとしてそれなりの高さはあるから、文句のつけようはない、と言うよりむしろ、さすが、と思うことも多いのだが、それにも関わらず、少なくとも私の気持ちには響かない、のだ。

 うわあ、カギさんキビシイ。 
 

 大島優子が「できる子」なのは誰もが知っていた。でも「その上」に行くには、何かが足りない。それはカギさんだけではなく彼女自身がよく知っていたに違いない。でもどうしたらいい?
 

 ピンポーン。秋元センセイからお届け物でーす。
 「泣きながら微笑んで」。


 K3全体曲明けの最初のユニット曲にして、作曲は井上ヨシマサアニキ。そして何よりもAKB公演史上初のホントのソロ曲。それだけでこの曲にどれほどの気合いが入っているか、聞くまでもなくわかるだろう。


 キーも高いよ。一番上はhiE。
 大島優子はもともとハスキー系の声。もちろん地声じゃこの音は届かない。
 ちなみに「禁じられた2人」の最高音であるhiC#(転調後の「胸に秘めたまま」の後ろの「ま」)を、大島優子はあえて歌わずに囁いた。出せば出せない音ではないだろうが、無理をするよりも切なさを表現する方を選んだ、とも考えられる。
 でも「泣きながら微笑んで」ではそうはいかない。hiC#よりさらに高い最高音のhiE、「ここから まだ 動けなくて」の「て」は情感のクライマックス、アリアだったらフェルマータがかかって観客に息を呑ませるだろうって山場。だからファルセットでも何でもいいから、歌にしなきゃならない。これだけでもイジメだよなイジメ。


 それを「優子へのプレゼント」と、秋元康は軽く語ったが。


 歌を得意としない大島優子は、舞台袖で増田と音程の確認をしてから舞台に臨むのが常であったという。
 余談だがこの歌を歌い始めて四歳余ヲ閲シタAX2011、この時にも一人ステージに立つ大島優子を見守る増田の姿が袖にあった。
 ちなみに音程の不安について秋元センセイは何とおっしゃったか。
 「多少ピッチが不安定でも気にするな」だそうです。ありがたいアドバイスですね。


 当時を振り返って彼女は

 プレッシャーに押しつぶされそうで、この公演はずーっと毎日のように泣いてたんです。歌に自信がなかったし、私が「泣きながら微笑んで」を歌うときになると寝ているお客さんがいたんですよ。

 と語っている。優子さんホントに泣いてたんだ。


 全くたいした「プレゼント」だった。

2011年12月25日 (日)

泣きながら微笑んで3

words
video

 そもそもAKB48は、「スペシャルなんて言わないけど、平均以上」くらいの女の子が、悪戦苦闘しながらそれぞれの夢を実現していく過程を「目撃」する、というのが当初のコンセプトであった。だから初期のメンバーのほとんどが芸能界のシロウトばかりだった(あ、ぱるさんの輝ける前歴を無視してるわけじゃないんですよ。ホントだってば)。


 その中で一人、大島優子だけがすでにして小なりと言えども女優としてキャリアを積んできていた。束ものアイドルグループの経験すらしていた。その経験が「シロウト集団」AKBの中でむしろ不利に作用したこともあった、というのはまた別の話。


 だから大島優子の夢は「女優」ではない。
 それはもう達成された。彼女の目標は「日本を代表する女優」。
 

 彼女にそれは可能だろうか?


 僕に女優の力量を見る目は無い。でも彼女の演技について感じたことは少なからずある。


 最初に大島優子の演技に接したのは、「言い訳Maybe」のPVだった(そりゃ間違いない。だってそれ以前、僕はAKBなんか興味なかったんだもん)。
 見ている者にはよく判らない理由で(それは脚本の罪である)、大島優子は前田に対し怒っていた。ま、当時はそれが大島優子だということは知らなかったんだけどね。しかもPV見始めのころ、怒ってたのは後半自転車でひっくり返るヤンキーくさい子(後に高橋みなみという名前だと知った)だと思っていた。
 後でヤンキーくさい子は前田をかばっていた方で、前田に噛みついていたのがポニーテールの女の子の方だと気づいた。丸顔で可愛いのにずいぶんキツイ芝居する子だなあ、と感じた。
  

 その後僕がAKBにはまる大きな契機となったのが「マジすか学園」。オンエアは見ていない。つべでPVを漁っているうちに巡り会って、遅まきながらDVDボックスを購入した。


 冒頭、秋元康が「このドラマは、学芸会の延長であり、登場人物の一部に、お見苦しい(?)演技がございますが、温かく見守ってご覧いただければ幸いです」と言い訳Maybeをかます。でも意外とドラマとしての骨格はしっかりしており、僕は引き込まれて見てしまった。


 前田敦子が演じる主人公の「前田敦子」はあくまでもカッコよかった。
 普段は真面目で地味な生徒だけど、きっかけがあると喧嘩無敵のスーパーウーマンに変身して敵をなぎ倒す。典型的なメタモルフォーゼ型ヒロイン。


 でも回が進むにつれ、次第に吹奏楽部部長、最強軍団ラッパッパーの頭、大島優子扮する「大島優子」がドラマを支配するようになっていく。


 たとえばこんなシーン。


 大島優子を倒すために「最強武闘集団ラッパッパー」の本拠である部室に乗り込んだチョウコクこと秋元(オ)。しかしチョウコクは大島優子と戦う前にその手下に敗れ、階下に突き落とされれる。


 血みどろのチョウコク。
 踊り場から見下ろすサドこと篠田ら。
 「これで済んだと思うなよ」と捨て台詞を吐くチョウコク。
 「てっぺん取りたかったら順番ってものを考えな」とサド。
 「優子さんとタイマン張ろうなんて、100年早ええんだよ」とアブラナ科全開なのはシブヤこと板野。


 型どおりのセリフのやり取り。篠田といい板野といい、安定したホントの学芸会。模造刀どころか新
聞紙を丸めた棒でのドツキあいを見て、あははあははと薄ら笑いを浮かべながら油断して見ていた。


 その時。


 パン、パン、パンとゆっくりとした拍手の音とともに、階段の踊り場に微笑みながら大島優子が登場。微笑みはやがて満面の笑みとなり、階下のチョウコクに拍手を送る。
 それは戦い破れたチョウコクへの嘲笑のようであり、敗れてなお戦意を失わない執念への賞賛のようでもある。赤子のような柔和な笑顔。しかし目は間違いなく猛禽類のそれだ。リスに似てるからコリス? 冗談じゃない。あれは捕食するがわの目だ。
 笑顔のまま横を向き再び視界から消える大島。傲然と首を反らしその瞬間笑顔が失せる(残念ながら、天地がトリミングされているらしく、その瞬間の表情の変化をつべで見ることはできない)。
 

 この間時間にすればほんの十秒余。一言もなく。


 突然背中に感じたヒンヤリした氷の感触。それは模造刀ではない抜き身の白刃。もちろんすぐに鞘に収めたんだけどさ。


 んもーまじカンベンして下さいよ優子さん。こっちはビビリなんすから。


 束ものアイドルがやっつけで撮ったドラマなんか学芸会に決まってるじゃないですか、こっちは最初っからそのつもりで見てるんだから、いちいち言い訳Maybeしなくてもいいっすよ秋元さん、と思っていた。学芸会と思って学芸会を見てれば腹も立たないもん。

 でも秋元康は、この「マジすか学園」が「学芸会ではない何ものか」を孕んでおり、やがてそれが育っていくであろうことをあらかじめ知っていた。そしてそれに気づいた視聴者が、「学芸会」であることを忘れてしまってその「学芸会っぽさ」に腹を立てることを予想していた。


 だから秋元は不要と思われる言い訳Maybeを冒頭に掲げたのだと、僕は妄想する。


 「この中にはみなさんの心を振るわせる何かがあります。でもそれを生かし切るほどの力量は、今の僕らにはありません。宝の持ち腐れと怒る人も出てくるでしょう。だから先に謝っときますね。ゴメン」。


 思えばなんたる傲慢な予言。
 

 そしてその「学芸会ではない何ものか」の過半は、大島優子によるものだった(あと松井Rと渡辺な)。

 
 あー「桜からの手紙」という「ドラマのようなもの」についても何か言わなきゃだめっすか?


 「マジすか」のような破天荒で嘘くっさい設定ならまだしも、こういうマジでリアルにしようという意図の「ドラマ」に、大島優子を他のメンバー諸君と一緒に出すのはやめて~。彼女のキャリアに傷がつくだけだからやめて~。

2011年12月24日 (土)

クリスマスがいっぱい

words
video

 あらら、またやっちゃった。
 A3の時も、書き始めが夏半ばで、順番に書いてって、夏の終わり頃にちょうど「夏が行っちゃった」が来るようにしたらいいじゃん俺カッコイイじゃんなんて思ってたのに、なんだかんだで9月に入ったところでまだ「Bird」だよ「Bird」。
 しかも高橋とナンバの山本の足の上げ方がどうだとか、誰も気にしねえよそんなことで間に合わなかったんだよね。


 で、K3だ。ね、さくさくって書いて、クリスマスに「クリスマスがいっぱい」が来るようにしたらいいじゃん俺さらにカッコイイじゃんなんて思ってませんよ。もう。
 案の定間に合わない。まだ「泣きながら微笑んで」だもん。
 しょうがねえなあ、もう。このまま遅れてって、「あともう半年でクリスマスだね」なんてボケたこと言うのかしら。


 でもせっかくのクリスマスなんで、ちょこっとフラゲしてご挨拶。

Merry Merry Christmas!/Holy night!
告白がいっぱい

抱きしめていっぱい

クリスマスがいっぱい

 クリスマスソングをいっぱい聴いて過ごしましょう。


「あなたとクリスマスイブ」
words
video あゆxちる
video ねえさんxぴっぴ


「予約したクリスマス」
words
video


「ノエルの夜」
words
video


Merry Christmas!

2011年12月22日 (木)

泣きながら微笑んで2

words
video

 二人は粉雪降る冬の日に別れた。
 それは彼女が夢を実現させるために必要な別離だった。
 ってのが僕の妄想。


 「泣きながら微笑んで」妄想劇場のつづき。


 なんでそんな風な事を思ったのか、というとちょっとした歌詞からの連想なんです。
 第2スタンザ冒頭、

泣き虫と強がりが/この胸で喧嘩をしてる
聞き分けのいい未来が/間に入る

 「泣き虫」は、別れに泣く人。「強がり」は、悲しくても無理に微笑もうとする人。
 二人あわせて「泣きながら微笑んで」が出来上がる。
 ここまではすぐにわかる。でも間に入る「聞き分けのいい未来」ってなに?


 「泣き虫」さんと「強がり」さんの喧嘩の仲裁。「まあまあお二人さん、泣くのも微笑むのもわかるけど、ここはひとつ私の顔に免じて手打ちをしてくれませんか」と間に入ってくる「聞き分けの言い未来」さん。
 

 心の中でせめぎ合う2つの感情をなだめる「聞き分けのいい未来」さん。


 僕が思うにそれは2つの感情を統制する第3の心の動きなんだろう。しかも「現在」ではなく「未来」を見通すことのできるもの。感情を統制し、未来を見通す心の動き、それは「理性」。
 つまり「聞き分けのいい未来」とは、「このお別れは悲しいけれど、未来のためには必要なものなんだから辛抱しなさい」という理性の囁きのことではなかろうか。


 新たな道を進むためのお別れ。
 僕はここで「Canary」という歌を思い出す。


 1983年。
 秋元康がまだ作詞家として一家をなす前の時代、アイドルが束ではなく自分一人の名前で勝負した時代に、文字通り「天下を獲った」松田聖子、その8枚目のアルバムのタイトル曲。
 作詞は松本隆。存命の作詞家で、現時点で秋元よりシングルの売り上げ枚数が多いのはこの人だけ。
 作曲はSeikoとあるからには松田聖子自身なのだろう。

見知らぬ子供たちが走る/降り出す雨に追われるように

 街角の描写から始まるその歌は色彩が鮮やか。こう言っちゃ失礼かも知れないが、秋元には無い天稟を感じる(いや、秋元センセイにはセンセイのよさがあるんですからいいですよ)。


 歌の主人公は歌手。自分をCanary、カナリアになぞらえ、籠の中から広い世界に飛び立ってゆく瞬間の情景を歌った。
 そこには別れがあった。そしてそれを後押しする人も。

自由に飛べばいい 夢をあきらめないで
僕の手のひらから 羽ばたいてゆくがいい
静かに言ってあなたは/私の背中 押したの

 一緒に暮らしていた彼は、彼女が先に進むために(古風な言い方をすれば)自ら身を引いた。


 夢をあきらめないために別れること。


 ま、すっごく身近な例で言うと、あれだ。AKB。
 あすこはほら、男関係うるさいから。
 「あたしAKBの研究生受かっちゃったの~、そしたら裏に呼びだされて、ほら、例のtgskよtgsk。
『みなさんわかってると思いますが、AKBでは恋愛禁止です。過去のことは問いませんが、研究生として採用されたからには現在交際している男性がいる方はリハ初日までにきっちり別れてきて下さい。
あと古いプロフ、ブログ、ツイッターは全部削除よろしくです。こじれた人は即辞退ね』って言われちゃったの~、だからマジ別れて」。
 

 色もツヤもない話ではあるし、これは全くの僕の脳内事例であるが、まあわかりやすく言うとこういうことだ。
 

 「泣きながら微笑んで」の主人公である彼女の夢は何だったのだろう。
 「Canary」の彼女のように、歌詞の中に具体的な言葉(「都会のどこか片隅の店/ピアノ弾いて歌うわ」)が無いので、想像するしかない(ホントにAKBかも知んないし!)。


 ただ、この曲を歌う大島優子の夢ならば僕はよく知っている。
 女優だ。それもただの女優じゃない。「日本を代表する女優」だ。
 そのために別れがあったのかどうかは知らない。でも彼女に「聞き分けのいい」理性の囁きが存在しているのは間違いないと思う。

2011年12月21日 (水)

泣きながら微笑んで

words
video

 オオシマユウコ。


 なんの変哲もない、とてもとてもありふれた名前。
 おそらく同じ名前の女性は、何百人といるだろう。
 しかしながら。
 今、この瞬間発せられたこの音が名指すのは、たった1人しかいない。
 

 僕は彼女について何かを語るだけの準備ができているのだろうか?
 

 そんな大仰なこと考えないでさあ、「泣きながら微笑んで」についてさくさくっと書いちゃおうよ。ねねね。
 そんな風に思わないでもないのだが、じゃあ彼女について語らずにこの曲の話ができるのか?


 前田を語らずに「渚のCHERRY」の話はできる。
 高橋を語らずに「Bird」を話すこともたやすい。
 平嶋を語らずに「星の温度」は…。どうでしょうこれ。やっぱなっちゃんについてはちょっと一言二言しゃべりたいよね。


 うん。わかってる。
 大島優子を語らずに「泣きながら微笑んで」について話すことはできないんだよ。
 そういうもんなんだよ。
 ならばしょうがない、たぶん手に負えないんだろうけど、今の僕に見えていることだけちょっとだけ話します。


 「泣きながら微笑んで」。


 K3最初のユニット曲。
 ん? これを「ユニット」と呼んでいいのかな?
 いや、これこそ語義通りのunit。すなわち「1」。
 AKBの公演で最初に披露された、ひとりぼっち、孤独なパフォーマンス。


 A2、前田がセンターを勤める「渚のCHERRY」も、限りなくソロに近い構成を意図していた。「前田敦子とCHERRY GIRLS」みたいな。でもねえ、そうはJASRACは使用許諾を出さ問屋は卸さないのよ。「CHERRY GIRLS」の逆襲(「下克上」ダンスバトル)のせいもあって、あに図らんや「CHERRYは峯岸のダンスを見る曲」でもあった。「前田が邪魔で峯岸が見えないぞゴルア」と嘯くヲタも少なからず。
 何よりステージに立つ前田はひとりぼっちではなかった。
 「Bird」も同様。高橋の後ろには信頼すべき2羽の鳥が彼女を支えていた。


 というわけでAKB最初の、ホントのソロが与えられたのは、秋元がこよなく愛する前田でも、歌手志望の高橋ではなく、女優志望を公言するどちらかといえば悪声の大島優子だった。


 もちろん当時すでに大島優子はTeam Kのエースであったことは間違いない。前公演では「禁じられた2人」という難しい世界観の楽曲を見事に演じ切った。
 今から振り返れば驚くことは何もないのだが。でもなんで大島優子が、という声はあったろう。


 秋元康にしてみれば、この曲は「優子へのプレゼント」だったのだそうだ。
 全くこの御仁は、どこまで無邪気で、どこまで腹黒なんだろう。
 秋元の意に反して、または秋元の目論見通り、大島優子はこの歌を前に悩み苦しんだという。K3じゃこの歌の時に居眠りする客もいたんだとか。
 そんな大島優子に、秋元は「女優ならば演じればいい」とアドバイスしたという。一曲の歌、ではなく一幕の芝居として。


 「泣きながら微笑んで」。


 一読そんなに難しい歌詞ではない。冬のお別れ。だがそこに一幕の芝居を見るために僕はどんな物語を読み取ったらいいのだろう。
 

 悲しく切ない別れであることは間違いない。でもそれは傷つき傷つけあった末の苦い別れではない。
 それは僕には彼または彼女が前に進むための別れであるように思える。

差し出したサヨナラを/掌で包んでくれた
やさしさが脈を打って/暖かくなる

 「さようなら」と手を出したのは彼女。
 そう、彼女は自分が前に進むために、彼と別れなければならなかった。彼が悪いわけではない。ただ、彼女の夢を実現するために必要なお別れ。
 

 妄想劇場にしばしお付き合いください。

2011年12月17日 (土)

気になる転校生

words
video

 K3も3曲目、公演冒頭の全体曲のシメです。


 恋ってのは、するものっていうより落ちるもの。
 「恋ってさ、しようと思うとできなくて、今はいいやって思うと」落っこちちゃうんだって高柳も言ってるでしょ。
 

 でも落ち方にもいろいろある。
 劇的なのは

紹介された瞬間/稲妻に打たれたの

 って落ち方。


 こういうのはあれだね、病気で言ったら心筋梗塞とか脳卒中とか。そういう急性疾患だね。
 恋も言ってみれば心の病」みたいなもんだから急性発症もするわね。


 でも大多数の恋はもっと慢性の経過をたどります。糖尿病みたいに。何か最近口が渇くなあ、とか、やけに疲れやすいなあとか、不調が続いていて医者行って調べたら高血糖でした、みたいな。


 なんだか色気が無いけど、しょうがないでしょおっさんなんだから。
 そういう慢性発症の恋の歌。最初は自分でも気づかなかった恋心がどんどん育ってく、そういう場面のスケッチがこの曲。
 恋にもいろんな場面があるけど、これは「はじまりかけ」。同じような恋のタイミングを歌った曲では、「ハート型ウイルス」って名曲もあるけど、それよりももうちょっと前かな?


 お相手は転校生。
 「転校生、おさななじみ、眼鏡をかけた冴えない男の子でも眼鏡とるとイケメン、これが少女マンガ的恋の3大お相手なんだって」。
 ま、遅刻しそうで食パンくわえて走っててて曲がり角でぶつかったってわけじゃないけど。

だんだん気になっていく/そういう奴って /いるじゃない?
まさか 恋とは違う/不思議なドキドキ

 この段階では、「恋とは違う」と自分をゴマカしている。ゴマカしているんだが、それがごゴマカシだということを知っている自分もいるというメタ認知の機能が発達しはじめる思春期の… あれ、これに書いたな。
 言い訳言い訳。


 これがもう少し進むと

どんどん好きになってく/興味が愛を育てる
もっと あなたのことが/知りたいワクワク

 と順調に恋心は育っていくわけだ。


 秋元先生の芸が細かいのは、サビ前の掛け声、まだ自分をゴマカしてる第1スタンザは

Are you ready yet?

 なのに、自分の恋心に気づいた第2スタンザでは

Are you ready now?

 になってるとこ。
 「恋に落ちる準備はできてるの?」から「さあ恋に飛び込むわよ、いい?」と自問自答がビミョーに変化してるんですね。
 

 それでも

ほんの気まぐれかもね

 とエクスキューズを残しておくとこが女の子だねえ。
 言い訳Maybe の男の子なんか、やっぱ言い訳でゴマカてたけど最後にゃ

好きだ好きだ好きだ/君のことが
本当は好きだ

 とまあ全面降伏だもんね。
 同年代だとやっぱ女の子の方が一枚上手。
 2こ上の先輩くらいだったら平気で年下扱いしちゃうもんね。
 男の子はあきらめて降伏しておいたが吉。


 さてステージ上では若きTeam Kの面々が溌剌と踊り歌う。


 多分1回聴いただけだったら、そんなに印象に残らないと思うんだ。
 でも公演で何度も繰り返して見ているうちに、もう1回、もう1回と見たくなる曲なんじゃないかな、これ。そう、歌の通り「だんだん気になっていく」曲。わんこ☆そばさんも賛成してくれると思うよ。


 よく見るとシンクロのタイミングとかポジションチェンジとか、けっこう難しそうなグループダンスなんだけど、難しさを感じさせない。


 ああいいなあ、こういうの。「脳パラ」といいこの曲といい、すごく楽しそう。これ現場で見られた人は幸せだったろうなあ。


 特に目をひいたのは秋元(オ)。秋元って今では「カッコイイ」ってイメージで、それが走りすぎてるキライがあるよな気がするんだけど、この時の秋元はすっごくキュート。カメラもけっこう秋元を捉えてるんじゃない?


 K1の「PARTY」の制服はねえ、ちょっと甘すぎて秋元にはキツイものがあったけど、「脳パラ」「気になる転校生」の制服は違和感なくていい。
 大堀、野呂、「卒業」を控えてる今井のお姉さんたちも、カワイく着こなしてる。


 AX2008ではヲタの皆さん盛大にフリコピしてました。
 したくもなるよねえ。フリコピしなきゃアイドル見てる甲斐がないよねえ。
 細けえこたいいんだよねえ。

2011年12月15日 (木)

脳内パラダイス2

words
video

 AKBに出てくる「僕」って、決してモテモテじゃなくて、どっちかっていうと引っ込み思案で臆病な男の子が多いよね。


 言っちゃなんだが、秋元御大も、どっちかって言うとそういう非モテ系の前思春期~思春期を送ってたんじゃないかってのが僕の邪推。自伝的小説を読むと、高校生のうちからちゃっかり彼女が出来ちゃって、やることやってるんだけど、何かこう、いまひとつリアリティが乏しいような。
 作詞家になってから時間に追われてやっつけでちょろちょろって歌詞を書いちゃうとこの描写のような真に迫るものがないというか…。


 それはともかく「僕」はたいてい「遠くで君を 君を見ている」だったり、「君が微笑んでくれたらそれだけでLucky」だったり、「人混みにまぎれて気づかなくてもいい」だったりするんだが、そういった消極的「僕」の総大将、King of 消極的「僕」、天もご照覧あれかし「僕」的元老院および「僕」的市民の第一人者にして「僕」的皇帝こそ、この「脳パラ」の「僕」であろうということは、衆目の一致するところだよね、よねよね。

 
 何しろ、

今日はあの娘にしよう/駅でよく会う娘
遊園地でデートして/ソフトクリーム食べようかな

 ってあんた、完全妄想なのはいいけれど、どの娘をターゲットってのすら決まってないんだもん。


 しかも

ロマンティックすぎて ほんとに起きたら/たちまち
パニック/夢でいい

 とどこまでもヘタレ。


 「恋のPLAN」の彼女も、

残るはひとつだけね/一番肝心なことよ
妄想だけじゃなくて/あなたをデートに誘わなきゃ

 って予定もないのにデートの計画だけを立ててて、タイガイだったけど、それでも誘いたい相手は決まってたし、少なくとも誘いたいって気持ちは持ってた。


 他の「僕」たちも、好きな娘くらいは決まってたぜ。
 で、ときどき暴発して走り出すバスを追いかけたりグラウンドの真ん中で大の字に寝転んだりしちゃうんだけどね。


 でも「脳パラ」の「僕」と来たら。せめて一推し二推しくらい決めておけって話ですよ。


 しょうがねえなあ童貞少年は。
 松井Rセンセイ、ここはひとこと説教お願いしますよ。


 でもまあ、「脳内」だったら誰でも無敵だからね。

片思いはいいよね/振られることは ないからね
本当の自分が喋って/ふざけて/笑って
見つめて/し放題

 どんな人でも「脳内パラダイス」は絶対必要。


 そこは誰にも邪魔されず、誰にも非難されず、誰にも内緒で、自由な、想像力の王国。そこでは何をしても、何を企んでもOK。かく言う僕も、かつてはそこで「セカイ征服の計画」を立てたもんです。


 前思春期から思春期にかけて、この「王国」をいかに豊かに築いておくかってのは、ひょっとしたら一生に関わる問題だと思うのね。
 大人になるってことは、端的に言ってこの「王国」から出てくってことなんだけど、この「王国」=「脳内パラダイス」がしっかりしていれば、実社会がどんなにつらくても大丈夫、乗り切れるような気がする。どうしても苦しい時は、少しだけそこに戻って休めばいい。
 しかも「王国」の中でタクラんだあれやこれやそれなどの突拍子もない計画を、手直ししたり別の衣装を着せたりしながらでも、実社会で実現して行くってのが人生のテーマだったりもする。僕も「セカイ征服」は諦めたけど、今でも下方修正した計画を着々と実施中なのかもしれないわけ。


 そして我らがAKB団結48ってのは、誰のパラダイスにも分け隔て無く訪れる旅の吟遊詩人。ありがたいことに日替わり週替わりでどの娘にしようか選び放題。僕らが声をかければ、彼女も僕らに話しかけてくれる。


 モチロン幻聴だけどね。


 そんなパラダイスが楽しくないわけがないよね。


 でも

「そういうあなたのことを/ずっと待ってた」なんて
告白される/そんな日がやってくるかな

 来ませんから。
 そんな日は絶対来ませんからそれだけは忘れちゃいけません。

2011年12月14日 (水)

脳内パラダイス

words
video

 前曲「友よ」が終わると、長い長いイントロが流れる。歌い出しまで1分以上!
 何しろキーボードとドラムセットを片さなきゃいけないから大変。
 でもその間を上手に使って徐々に気分は盛り上がっていく。


 その間の主役は奥。シアターを完全に支配(rule)している感じ。ステージ上を右に左に動き、ヲタどもの視線は釘付け。会場からは「まーちゃん」コールが上がる。着ていたジャケットを脱いで舞台袖に放り投げるところなんざ、実に堂に入ったしぐさである。
 下手袖からメンバーを5人招き入れて整列。一歩前のセンターに陣取るのもやっぱり奥。この曲のイントロの間だけは、まーちゃんこそが黄金センター。まさに、Manami rules. 
 歌がはじまるとすっと下がっちゃうんだけどね。


 奥真奈美、当時御年11歳。幼学を一歳出たに過ぎぬ身にしてこの貫禄。
 人呼んで「AKBの秘密兵器」。
 秘密のまま「卒業」してしまったことが誠に悔やまれる。


 コンサートなんかだとさあ、楽器片す手間がないのと巻き進行のおかげでイントロ短いんだよね。
 AX2011の時なんかイントロ半分だもんね。こんなだと何かちょっとpremature ejaculationな感じがしちゃうよね。


 でもって盛り上がって頭サビどーん。

1・2・3・4・A・B・C・D/瞳を閉じてごらん
Sunday ・Monday ・Tuesday・ Wednesday/願いが叶うよ
Thursday・Friday・Saturday・Everyday/ヤナこと忘れて
ずっと見てた夢 思い通りだよ/脳内パラダイス

 で間奏でさんざめく笑い声で、お待ちかねの「ナツミがかわいい!」だよ。


 CD音源で聞いてる人もあれでしょ、ここだけはちょっと声出るでしょ。出るよね。出る出る。
 声出なくても心の奥底でつぶやいてるよね。よねよね。
 「ナツミがかわいい!」って。
 

 でもね最近のコンサート、「見逃した君たちへ」とかAXとかだと「ナツミがかわいい!」の前に、MIXみたく「あ~」って入るんだよね。これあたしねえ、これイカンと思うね、そういうこっちゃ。
 ヲタならそういう前ふりなしにすぱっと。すぱっとキレイに「ナツミがかわいい!」を入れなきゃ。
 K3のDVDで予習しとかんといかんね。

 
 でもさあ、何で「ナツミがかわいい!」なんだろ。
 

 いや、松原はカワイイよ。そりゃ認める。ちょっとペテン師だけど。


 でもなぜ「まーちゃんがかわいい!」じゃないんだろ。なんで「タカダがかわいい!」じゃないんだろ。「カナちゃんがかわいい!」っだったら、「知ってる~」って返事したんだろうか。
 

 こういうときは役に立たないYahoo知恵袋。
 無知がたくさん集まると巨大な無知になるという社会実験。


 質問 

AKBの脳内パラダイスでファンから「なつみがかわいい」ってかけ声があがりますが、なぜ松原夏海だけなんですか?

 し、失敬だな君。そりゃなっつみぃがかわいいからじゃないか! ←ってさっき自分で持った疑問じゃん。


 回答 

松原ヲタが始めたコールがKヲタ全部に広がったからです

 ま、そうだろうけどね。安心安定の知恵袋だな。


 メモリストさまではどうか。
 2006年1月28日

2曲目、脳内パラダイス。客「ナツミがかわいい!」コール。最近のお気に入り。

 どうやらこれが初出だが、「最近のお気に入り」とあることより、これより以前にも「かわいい!」コールはあった模様。
 ちなみにこの日はTeam K年長組の一人、オンドラムス今井優が「卒業」の決意をアナウンスした日でもありました。


 これ以降、公演終わりのハネ太鼓BGMにかかる「脳内パラダイス」にも「ナツミがかわいい!」コールがかかるようになったとのこと。やっぱこの曲にはこのコールだよねえ。


 でもなんで松原なんだろ?
 

 
 

2011年12月12日 (月)

友よ

words
video

 K3はじめの歌。
 メンバーたちの楽器演奏が話題となった1曲。


 K3初日の2週間前、リハーサルで楽器を弾く「フリ」をしていたメンバーは、秋元康に怒られたという。「本気でやらなきゃ面白くないだろ!」。
 マイクに声が届かなくても歌が流れるというシアターの魔法、別名「妖精の粉」効果はあてにするなという叱咤であった。


 イントロが流れると夕陽のようなライトに照らされたメンバーたちの姿。楽器を手にしているのは7人。


 河西はハーモニカでイントロを吹いている。他の日はわからないけれど、DVD収録の日は妖精の粉のおかげで、とてもキレイな音色だ。
 大島(優)はベース。 
 秋元(オ)と佐藤(夏)はギター。
 小野はタンバリン。
 高田はアコースティックギター。
 野呂はキーボード。
 そして今井はドラムス。そのスティックさばきを見ると、どうやら彼女に妖精の粉はあまり必要ではなかったようだ。
 

 少し鼻にかかった声の歌い出しは、小野だ。K1のころはほんっとちっちゃなこどもにしか見えなかった(奥と手をつないで歌い出した「クラスメイト」を見たときはびっくりしたよね。背中にランドセルが見えましたよまじで)彼女。
 それが今や涼やかな目に大人の色を忍ばせる少女だ。この時だって13歳になったばっかだったのに。

チャイムが鳴ったその後も/帰りたくなくて
西日の射した教室で/夢を語り合う

 語る夢があって、それを語ることができる友がいる。それだけのことが、人生においてどんなに稀で貴重なことなのかを、この時の彼女たちはまだ知らない。


 聞いてすぐわかるように、これは学校生活をテーマにした歌だ。でもそれは同時にTeam Kをテーマにした歌でもあった。


 AKBが始まったとき、そこにはAKBの名のもとに集まった20人しかいなかった。その時、後に一人加わった21人だけがAKBだった。パフォーマンスが悪ければ二軍に落とすと言われた。だから彼女たちはお互いに競い合った。ライバルは内にいた。
 そうするように、大人たちが仕向けていた。


 そこに忽然とTeam Kが現れた(最初は「Kチーム」だったんだよね)。
 新たな17人が競う相手は、それまで単にAKBと呼ばれ、今度から急にTeam Aと名乗るように大人に言われて戸惑っている21人だった。
 外に競う相手を得たTeam Kは、はじめから「チーム」であることを求められた。


 デビュー前のレッスン中に秋元(オ)が些細なことで小野を注意し、その秋元(オ)に対し大堀が怒ってケンカ騒ぎになり、秋元(オ)が号泣したというエピソードがある。
 それをきっかけにメンバーたちは結びつきを強めた。その後も混乱や「修羅場」はあった。1人が脱落したがそれすら彼女たちが「チームメイト」として団結していくよすがになったのだろう。

友よ 歩いて行こう
遙か彼方の/知らない世界へ
少しずつ

 未知の世界へ歩んでいく時、傍らに友がいた彼女たちはなんて幸運だったのだろう。チームメイトを、何の気取りも気恥ずかしさも衒いもなく、まっすぐに「友よ」と呼ぶことの出来た彼女たち。 


 「友よ」を歌う彼女たちは制服を着ている。
 A3「制服が邪魔をする」で見たような「脱構築された制服」じゃあない。お揃いでまっとうな制服(ちょっとフリフリはついてるけどね)。もちろんシューズは(ハルタの?)ペニーローファーだ。


 ここには制服に象徴される制度との葛藤はない。
 葛藤しているのはTeam Aの連中だ。Aの彼女たちは「私はみんなと同じ服を着ていていいのだろうか」と自らに問いかけるところから始めなければならなかったのだから。。
 Kのメンバーは迷わない。なにしろ「私たちは同じ制服を着たチームメイト」なんだから。同じ制服は、堅い結びつきの象徴なのだから。


 秋元康は、Team Kだからこそこの歌に「友よ」というシンプルな名を付けることができたのだろう。


 でもどんなすばらしい友や仲間であったとしても、その関係をずっと続けることはできない。
 人は変わる。必然的に人と人の関係も変わらざるを得ない。


 歌っていた彼女たちはともかく、秋元には固い絆を結んだチームメイトが制服を脱ぐ日が来るのをよく知っていた。 

いつか今日を思い出すだろう?/そして涙を流すのだろう
同じ制服の/みんなの横顔

 同じ制服を着て、同じ方向を見ていられる時間は短い。だからこそ涙が出るほど貴重なんだ。


 今井はごまかしが効かない妖精の粉が効きにくいドラムスという楽器のせいもあるのだろうが、秋元の叱咤を受けて「一番頑張った」。
 そのドラムスの今井、そしてアコギの高田は、K3の千秋楽、2007年6月26日にAKBを「卒業」した。それは僕が何度も繰り返し見ているDVDが収録された日だった。


 ステージで楽しそうに歌う仲間たち。でもそれは同じ仲間で歌う最後の「友よ」だったんだ。


 その後も仲間たちは去っていく。
 K3千秋楽の2年後早野が、その翌年大堀、キーボードを弾いていた野呂がAKBを「卒業」した。


 さらに「組閣」はTeam K自体をばらばらにした。この歌を一緒に歌ったTeam Kの16人の「友」たちのうち、現在Kには秋元、梅田、大島(優)、宮澤の4名しか残っていない。「組閣」でKに残った小野、Bに異動した奥の「ランドセルコンビ」も、今はAKBにはいない。
 

 自分は変わり、人は変わり、世界は変わる。
 その歩みは一時も立ち止まらない。


 しかし—というべきか。
 だから—というべきか。
 

友よ 時が過ぎても/この世の中で
何も変わらない/仲間たち

 K3のステージでこの歌を歌ったあの一瞬の仲間たちは、太陽と同じように永遠である。
 自分が変わっても、人が変わっても、世界が変わっても、何も変わらずにそこにいる。
 

 はかない一瞬を永遠の相のうちに捉えること。
 それこそが人間の営みの必然。
 

--
 砂粒ワーディング:「頭上」

あの太陽は僕らの頭上に輝いてる

 ここになぜか堅い言葉。zuとJouという濁音の連続も歯に当たる。単に「うーえーにー」でも尺は合うだろうに。
--
 遅ればせながら「二本柱の会」入会。
 公演チケットについて言えば、もうすでにモバイル会員になっているので、ファンクラブに入会することの意義がよくわからない。


 ここのところ、毎週水曜日のチケットだけは抽選を申し込んでいるのだが、ま、当然ながら当たらない。ファンクラブに入会することで、「隕石の確率」が「飛行機事故の確率」くらいに上がってくれるのならありがたいのだが、どうやらそういうこともなさそうである。


 ただひとつ、入会のメリットがあった。
 これまで公演を見たことない自分を「AKBのファン」であると呼ぶことにはいささか抵抗があった(こういうところが面倒くさいby メトロポリス@尊師)のだが、これからは晴れて「公式ファンクラブ会員」と自己規定することができるようにはなったわけだ。


 あとトガブロ「二本柱の会に関してのご質問」。
 何かを一生懸命説明しようとしている熱意だけはわかった。説明の内容はわからなかったが。
 よくわからないながら、どうやら穴のあるシステムなんだろうな、という想像はつく。
 この歳になって学んだことは、完璧なシステムを組むことより、動いてるシステムをメンテすることの方がはるかに大切だってこと。運営スタッフの努力を多としたい。

2011年12月10日 (土)

Intermission

 A3を終えて少し脱力しているところ。

 改めて聞き直すと、あれも言いたかった、これも書いときゃよかったという気持ちになっちゃうね。何か思い離れ難しというか。

 このA3の初日は、2006年8月20日。メジャーデビューの吉報とともに始まったステージだった。
 同年の12月には、Team Aの4人、浦野、平嶋、増山、渡邊が脱退者続出で人数不足に陥った新生Team Bに移籍することになった。 
 A3の千秋楽は翌2007年1月25日。と同時に「あゆ姉」こと折井あゆみがAKBを「卒業」した。年長でリーダー的存在だった折井の脱退は、メンバーに動揺を与えるとともに増山のTeam Bへの移籍を取りやめにさせた。

 こう見るとAKB48の48ってホント後付けなのな。
 Team Aは最初20人ですぐ21人になったでしょ。Kだって最初は17人だもの。Team Bも20人採ったのが、7人辞めちゃって、Aから4人回して17人にしようと思ったら、あゆ姉が辞めちゃって結局AもBも16人。その間にKも1人やめて16人になってたから、あれ、16人が3つでちょうど48人じゃん、てな具合だったんだね。

 夢想するのは、もし折井の脱退がもう少し遅くて、増山がTeam Bに移籍していたら。
 Team Aでは(少なくともDVDでは)目立たず、でもいつも笑顔で健気な姿を見せていた増山が、Bで別の花を咲かせていたのかもしれないなあ、とか。
 

 というわけで、A3を最後に大人数のTeam Aは見られなくなってしまう。
 当時シアターに通い詰めていたヲタの皆さんは、きっととても寂しい思いをしたのでしょう。幸い僕は、Team Bに移籍した(その名を改めまして)CinDyや平嶋の活躍を知っているから、そんな思いはちょっとだけで済んでいるけど。
 

 ところでほとんどの日本国民にとって、AKBは「僕の人生に必要ありません。向こうも同じだろうけど(笑)」。

 しかり。AKBを必要としているのは少数派なんですよね。

 その少数派の大多数は今6周年記念公演の余韻にひたっており、興味を持っているのは「上マリ」をはじめとする新譜ラッシュであり、懸念しているのはますます過酷となる公演の抽選のこと。いや、大多数のファンの皆さんは、はなから公演に行くのあきらめているのかな。
 それよか13期研究生はどうか、とか、はたまたSDNメンバーの去就とか、今からヲタになるなら乃木坂の方が甲斐があるかな、とか、そしてナンバと乃木坂に「はるか」がいないのは何故か、とかそんなことを考えてるんじゃないでしょうか。

 少数派の世間はそんなこんなわけだって言うのに、こんだやっとK3だよ。
 

 K3の初日は2006年12月17日。シアターのこけら落としからちょうど1年。A3の時も、実際の初日が8月で、ブログの書き出しも8月だったんだけど、なんかK3もそれに近いね。狙ったわけじゃないんだけどさ.

 2006年。小泉純一郎が去り、ハルヒがテレビに現れ、41年ぶりに親王殿下がご出生遊ばされた年。
 世間はまだAKBをほとんど知らない。

 AKB48 Team K 「脳内パラダイス」公演、はじまりはじまり。

2011年12月 8日 (木)

PARTYが始まるよ2

words
video

 すべてはここからはじまった。

PARTY!/すべてを忘れて!
PARTY!/体 動かしちゃえ!
PARTY!/さあ楽しみましょう!
PARTY!/夜はこれからだよ!

 人々を楽しませ、笑わせ、涙させ、勇気づけるParty。


 老いも若きも、男も女も(もちろんゲイも)、心の中で「仲間にいれて!」と言えさえすればいつでも参加できるParty。


 始まったからには、いつの日か終わりが来るのは致し方のないこと。
 でも願わくはその日がなるべく遠くにありますように。
 そう思わないではいられないParty。


 6周年おめでとうございます。
 Party主催者と出演者(と元出演者)、そして参加者のみなみなさまに心からの敬意と感謝を。

2011年12月 6日 (火)

涙売りの少女2

words
video

 えーやっぱり続きあるんだ。うん。あるんだよ。未練かな。


 前回、「涙売り」というのは売春の暗喩(メタファー)じゃなくって、堤喩(シネクドキ)なんじゃないかって言いました。お前ただシネクドキって言いたいだけちゃうんかだから似而非インテリスノッブは嫌みだってんだよまあまあカンベンしてよちなみにこういうのデュ・ピュイ・ド・クランシャンに言わせれば第1種スノビズムというんだよおいまた始まったようわあ自我が解離し


 ええと、まず前回の補足ね補足ね補足ね(←それは保続)。


 表向き「涙売りの少女」は明示はされていないものの「アイドルが歌う『援助交際=売春』の歌」ということになっている(んだよね? 俺、ここですでに解釈間違ってる?)。秋元はこの後も似たようなテーマの詞をぽつぽつと書いている。

おじさんから声でも/掛けられたなら

おじさんの娘は/お金いらないの?

声を掛けてくれたら 誰もついていくのに/お金はいらない
嘘でもいいから/抱きしめられたい

 そうですかやっぱりおじさんですか金を出すのは。


 まあね、金で女の子買ってやることやってから「君みたいなイイ子がこんなことしてちゃダメじゃないか」って嫌みったらしく説教するってのがいい歳こいた小金持ちのおじさんの醍醐味っちゃそうなんだけどさそれにしてもカシワギちゃんに「おじさん何をしたいの」って言われたら息が止まるよね「何が」じゃなくて「何を」ってのがまたしびれる「何がしたいの」だったら単なる質問で場合によっては拒絶的なニュアンスが出てきちゃうけど「何を」だったら「何かをすること」は許容されている前提でその中のオプションで何を選びますかという意味合いが出てくるわけでましかしこのステージのカシワギちゃんにはおじさんホント参っちゃうよ「心のどこかが錆びついてる」って瞬間の表現なんかまじ何度見ても粟肌こういうの「歌に入ってる」って言うんだろうなこの子まじモンスターじゃんおい話がまじ再来年に向かってい


 失礼。ちょっと他人様に認めて貰って躁転してるのかしら。


 「涙売り…」を含めたこれらの曲の多くに、空虚感、見知らぬ他人(おじさんですか!)との出会い、売買関係を暗示するタームがちりばめられており、示唆しているのはやっぱり援助交際=売春。


 こういう歌、秋元にしてみれば「アイドルに求められるものの予定調和を崩した意外性」くらいの考えなのかもしれない。でも間違いなくこれらの言葉は一定数以上の女の子たちの心に突き刺ささっただろう。


 「あれはあたしの歌だ」と。


 そういえば当時「涙売り…」のステージを見たわんこ☆そば氏は、この曲を「スカートひるがえせなかった女の子の歌」と評している。ちょっと上からマリコな物言いで申し訳ないがまさに慧眼。


 「スカート、ひらり、ひるがえし」走っているのは、夢を持った女の子たち。たとえ実現できなくても、夢に向かう姿が人を惹きつけてやまない。
 でも、現在を生きる女の子たちにとって、夢を持つこと自体、たやすいことではない。


 自前の夢を持つことができなかった子たちが、たとえそれが幼さや愚かさのゆえであったとしても、「涙を売る」ことを選んでしまったのを誰が責められよう?


 夢を持てた子。
 夢を持てなかった子。
 その差はおそらくほんのちょっと。


 ステージに立っている彼女たちの幸運が、もう少しだけ足りなかったら。
 彼女たちの意志がもう少しだけ弱かったら。
 まわりのおじさんたちがもう少しだけワルかったら(もう十分ワルい?)。
 --
 ここまでは暗喩(メタファー)の話。
 ここからは堤喩(シネクドキ)の話。
 堤喩(シネクドキ)とは、たとえば「そんな給料じゃ飯が食えない」という言い方の「飯」。
 この場合の「飯」は字義通りの「米飯」であると同時に、「米飯を含んだ食事」であり、「食事をとるということに代表される日常生活一般」を表現している。


 同じようにAKBは、「涙」を売ってきた(もちろん涙壺に入れた目からの分泌液を売ってたわけじゃないけど…それはそれで需要はあるかもです)。
 つまりAKBのメンバーこそ「涙売りの少女」たちであった。


 AKBは劇場公演を売り、CDを売り、DVDを売り、握手を売って来た。でも秋元康が本当に売ろうとしたもの、そして秋元の読み通り観客が最も欲したもの、それは彼女たちの涙とそれを用意する「物語」であった。
 直接的にメンバーが涙を流すシーンであり、その背景にあるさまざまな物語であり、さらにはその物語を(擬似的にではあるが)共通体験するという権利(というか資格というか立場)であった。
 

 十分な準備もなくステージに立った彼女たち。
 歌えない。踊れない。しゃべれない。

売るものが/見つからない

 ならば「涙」を売るしか道はないじゃないか。


 喜びの涙、悲しみの涙。


 涙を売るために 「CD1万枚売らなきゃクビ」みたいなありがちなシナリオが書かれたこともあった。でもどうやらAKBにはそんなものは必要なかったようだ。


 日々の公演。
 チームメイトとの葛藤。闘病。復活。挫折。永のお別れ
 「卒業」。 長いナイフの夜
 「左遷」。
 新天地での奮闘。奇跡
 「みんなの夢がかないますように」。
 解雇カムバック
 チャンスの順番
 「総選挙」。「総選挙」。「総選挙」。
 破壊と創造


 涙の物語は次から次へと紡ぎ出される。まるで自動筆記のように。
 物語は読み継がれていく。業深い読み手たちの欲望のままに。
 かくして今日も「涙売りの少女」たちは目撃され続ける。


 なにせ

Never give upで/イカネバップ(行かねば)

 だもんね。
 歌っている彼女たちは、これから自分たちを待ち受けている涙の物語の大半を、この時はまだ知らないのだけれど。


 これにてA3「誰かのために」公演はめでたくお開き。

2011年12月 4日 (日)

涙売りの少女

words
video

「誰か、私を買って下さい」

 ショッキングなモノローグからはじまる、A3最後の曲。前曲のメドレーが終わった後、わざわざ時間を取って着替えてから歌われた。最近の公演だとこういう時はメンバー半分が残っておしゃべりで時間をつなぐんだけど、当時は着替えの間ヴィデオ上映が行われた由。


 作曲は井上ヨシマサアニキ。終盤にはラップにも初挑戦。こうみるとすごくチカラの入ったいわば「勝負曲」で、シングルカットも視野に入っていたんじゃないかと思う。
 K2では「シンデレラは騙されない」が同じようなポジションで、アンコール最後にわざわざ着替えて歌うヨシマサチューンだった。


 結局この曲はシングルにはならなかったが、5枚目(メジャー3枚目)のシングル、「軽蔑していた愛情」(これもアニキ作だ)のカップリングに採用されることになる。なお、カップリング版の「涙売り…」はアレンジが若干異なる(メトロポリス@尊師には不評ですた)。


 「月のかたち」についでA3では2曲目となる「A dark side of AKB」。
 若さゆえの空虚感と孤独と不安。それらを埋めるために「涙を売る」しか手段を見つけられない16歳の少女。
 明るく元気でポジティブに、だけでは掬いきれない、人の心の薄暗い内面を表現するだけの(少なくともチャレンジしようと思えるだけの)ものが、このころのTeam Aのメンバーには十分育っていた。 


 2006年当時、お客はずいぶん増えた。そこそこ話題にもなってきた。メジャーデビューもした。でもこの先どうなるのかは不透明だった。Team ばっか増えるし、異動や卒業はあるし、思いつきの企画がぽんぽんと入ってくるし。ホントにあのおっさんについて行っていいのかしら。
 こういうナマの不安と日々戦いながらステージに立ち続けることが、彼女たちを強くしたんだね。


 モノローグは前田の声だろう、というのが大方の意見なのだが、「たぶん小嶋春菜」という人もいて、詳かにしない。


 わざわざ着替えただけあって、明滅するスポットライトの中に浮かび上がる衣装はとても印象的。漆黒のドレス、ストッキングとブーツ、そしてロンググローブ。
 まるで何かを悼んでいるような「華やかな喪服」をまとった少女たち。
 イントロがはじまると、何かを探しているかのようにステージを彷徨う。

この夜の片隅で/誰にも忘れられて
雑誌で見た/街を一人
泳いでいる回遊魚

 喧噪の中のヒンヤリとした孤独。
 DVDで見ると、高橋の表現がすごくいい。このころ15歳だったんだよなあ確か。うひゃあ、近頃ごひいきのTeam 4で言ったら入山竹内先輩の年格好だよ。どうするよ「永遠の15歳」あんにん、前髪いじってる場合じゃないぜ。


 ま、秋元康にしてみれば、「アイドルがこういうの歌うのってちょっと意外で悪くないでしょ」くらいの狙いだったのでしょうが。


 2011年12月、アイドル戦国時代はAKB幕府によって統一されたとさえ言われる今日この曲が発表されたとしたら、恐らく大センセーションが起こったに違いない。幸か不幸か、2006年当時、秋元康と少女たちの野望はまだまだアキバ界隈でくすぶっているにとどまっていた。
 
 秋元先生、こういう曲を、逆に今、ぶつけるっていうのはどうですかね。もちろんカップリングでいいから。入山竹内先輩とかにも演らせてくださいよ。ガッと来ますよガッと。ガッとは来るけど演りきるかな。入山はきついかな。竹内先輩ならいけるかな。意外と川栄あたりが…。

まるで/マッチ売りの少女
私には/何もなくて
売るものが/見つからない
頬伝う 涙/買って下さい

 ところで今更だけど「涙を売る」ってどういうことかしら。
 最初のセリフもあって、要は「援助交際」「少女売春」の暗喩(メタファー)だってのがまあ一般的な認識なんだろう。秋元もそういう意図なんだろうけど、僕にはそれが暗喩(メタファー)というよりもむしろ堤喩(シネクドキ)なんじゃないかと思える。おいおいうるさいこと言い出したよ。


 つまり「少女の肉体」を売る(これもまあ比喩であって実際に「売る」訳じゃないんだけど)という喩えとしての「涙売り」じゃなくて、ホントに「涙」とあといろいろなもの売る、という意味での「涙売り」なんじゃないかしら、と説明をすればするほどわからなくなるわけだが。


 2006年当時、いや現在でもAKBの主力商品のひとつは「涙」であり続けてますもの。

« 2011年11月 | トップページ | 2012年1月 »

2016年12月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

ウェブページ

無料ブログはココログ