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2012年2月

2012年2月27日 (月)

君はペガサス

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 「冬を運び出すには小さすぎる舟」2月が過ぎようとしてます。


 A4公演「ただいま恋愛中」が始まったのが2007年2月25日、5年前の今日。当初はクリスマスくらいに「クリスマスがいっぱい」を書いて、2月末にはA4に入れるかな、当時の季節感もよく判るし、なんて目論見もあったんですけどね。

 
 それなのに 「MARIA」だけで2ヶ月近くかかっちゃった。名曲だけにいっぱい書くことがあったし、何より途中いろいろあってぐったりしちゃった。それに仕事も忙しかったし(まじでまじで)。


 ホント言うとまだ書き足りないこともあったのだけど、とりあえず進まなきゃ。


 で、次の曲。


--


 前曲「MARIA」を歌い終わり跪いた3人の後ろに、すっと現れた立ち姿の4人、秋元宮澤のツインタワーに佐藤(夏)、野呂のシルエット。
 4人が頭サビの歌にあわせてゆっくりと前方に進んでいくのとシンクロして「MARIA」の3人が同じテンポで下がっていく。ここのところ衛兵交代みたいでカッコいいね。


 頭サビ後の間奏でも後ろに下がった「MARIA」の3人はその間前4人のフリをなぞってから退場する。前曲とのこういう有機的な「つなぎ」はこれまでの公演では見られなかったけ試み。H1の「愛しさのディフェンス」から「向日葵」なんかでも効果的だった(おっとフライング)。


 つばの広いマスケットハットに派手な羽根飾り。
 「MARIA」が「華やかな喪服」ならば、「君はペガサス」はさしずめ「三銃士」。"Un pour tous, tous pour un"。人数も4人(三銃士とダルタニアン)と揃っている。
 ツインタワーは白、佐藤(夏)は青、野呂は赤。ルイ13世御宇のフランス王国、戦争有り冒険有り陰謀有りロマンス有りの華やかな時代を偲ばせるいでたち。


 男装の麗人とくれば秋元宮澤が似合わないわけはないの上に、意外と言っては失敬だが青佐藤(夏)と赤野呂もカッコイイ。こういうミリタリーなコスは、痩せぎすよりは野呂のようにちょっとぽっちゃり(おおってまた失敬)の方がミバがいい。
 しかも全員160cmオーバーなんだよね、この4人。長い羽根飾りのせいでさらにでっかく見える。コリオグラフもダイナミックなこと華やかなこと。右手を振り上げながら反らせていく肩から腰のラインがきれい。宝塚風と評されたのもうなづけます。


 衣装は17世紀フランス風なんだけれど、タイトルの「ペガサス」はギリシャ神話に出てくる羽根の生えた天馬。こんな感じの。
 でもねえ、何かしっくりこないんだよなあ、歌の世界観と「ペガサス」が。

  君の背中の/翼が折れて
  夢はあっけなく終わる
  この手を伸ばしても/愛は跡形もなくサヨナラ

 解釈はいろいろ出来るだろうが、歌のココロは大筋として「突然訪れた僕と君との別れ」という線で間違いないだろう。
 そこに心変わりや憎しみがあったわけではないが、愛か若さか愚かさか、またはそれら全てのものゆえに自ら招いた何かによって引き裂かれた二人の姿が暗示されている。 


 でもそのメタファーとしてペガサスってのはどうなのよ。


 多少の異同はあるだろうけど、神話によればペガサスは、ペルセウスによって首を切られたメデューサの血から生まれたと。一説には文芸の神ムーサに飼われていたとも言うが、残念ながら内田田名部中田仲谷は歌ってないのね「君ペガ」。
 ペガサスはいろいろ仕事をして最後は星座になるのだけれど、その間ずっと翼は健在で、天馬のまんまで空を飛んで過ごしました。


 ましてや

  君は自分で/翼を捨てて
  まっさかさまに墜ちていく

 と、自分のせいで翼を失うことも墜ちていくこともなかった。乗っけてた人を振り落としたって話はあるけれど。

 
 そもそもタイトルが「君はペガサス」でしょ。相方を翼がついているとは言え、馬にたとえるってどうなの。
 しかもその翼を失う、と。
 ペガサスから翼を引いたら馬しか残らないじゃん。ますますどうなの。


 ギリシャ神話の中には人や神様が動物に変化したりその逆だったりする話がケッコウあって、牛に化けたり白鳥に化けたりして夜這いをかけて、しまいにそのまんまの姿で星座になっちゃったり(これがホントの「さらし上げ」だよな)するわけ。でもペガサスってずっと翼付き馬のまんま。念のため岩波文庫版ギリシャ神話にあたってみたが、ペガサスが人に化けるまたはその逆ということはありませんでした。


 で考えたんだけど、秋元先生これ神話の別のキャラクターと混同したりしてなかったかしら。


 たとえば、イカロス。

 ダイダロスとイーカロスの親子はミーノース王の不興を買い、迷宮(あるいは塔)に幽閉されてしまう。彼らは蝋で鳥の羽根を固めて翼をつくり、空を飛んで脱出したが、イーカロスは父の警告を忘れ高く飛びすぎて、太陽の熱で蝋を溶かされ墜落死した。彼が落下した海は、彼の名にちなんでイーカリアー海と名づけられた。

 おなじみイカロスの一席。ある年齢以上の人は、この歌に軽いトラウマがあるかもですよね。


 イカロスは高く飛びすぎ、太陽の熱のために翼を失って墜ちてしまった。
 やってはいけない、と警告されていたことをしてしまった結果のことなのだから、自分のせいで翼を失ったってわけだ。


 だからペガサスではなくイカロスだったら、「翼が折れて夢があっけなく終わる」のも「翼を捨ててまっさかさまに墜ちてく」のもわかる。


 さらに第2スタンザ

  もっと 近づくことが/もっと 分かり合う
  たったひとつの道と誤解していた

 も、「近づきすぎて傷つけあってしまった僕と君」を「太陽に近づきすぎて翼を失ったイカロス」になぞらえることができる。
 

 どうでしょ。「君はイカロス」。
 しっくりくると思うんだけどなあ。


 と思ってたら、古参の◎◎みすとさんは、2007年の時点であっさり気づいてらっしゃいました。

 「君はペガサス」元々ペガサスって、ゴーゴン(メドゥーサ説もあり)がペルセウスに討たれた時の血から産まれたんだそうだ。ちなみに太陽に向かって飛び、翼が落ちて死んだのは「イカロス」ね。
 

 ねえ。ちゃんと見てる人は見ていると。天の下に新しきものはなにひとつもないねえ。


 この解釈、難を言えば「僕」が主人公の歌にも関わらず神話のイカロスは男の子ということ。つまり男の子と男の子。そこにひっかかる人もいるかもしれないが、それを言ったらペガサスなんかキホン馬だしね。馬よかましだよね。
 てか、妄想めいているんだけど、むしろ積極的にこれを「僕と男の子の恋の話」と解釈したって悪くはない。


 男の子同士の恋だとすれば、歌の終わりの

  誰も見たことない/愛を思い続けた罰さ

 あたりの「ふつうとは違う愛」についての「罪の意識」や「後ろめたさ」がすっきりと腑に落ちる。


 そもそもギリシャ神話って少年愛に親和性が高いんだよね。


 男装の麗人が歌う男の子同士の恋の歌。
 腐の人にはとかく不評なAKBだけど、どうでしょうこの筋は。


 え? 捻りすぎ? 
 何言ってるんすか、何度も言うけど「オトコ・オンナ・ゲイしかいない」のがAKBのデフォルトだってことを忘れちゃいけませんて。

2012年2月24日 (金)

MARIA9

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 「MARIA」その9まで来ちゃった。


 「MARIA」の中に赦罪と再生の意味を読み取り、解雇されカムバックした菊地のことを取り上げ、劇場支配人の言葉を引用して「せめてAKBは寛容であり続けて欲しいなあ」って書いたのがはるか昔のような気がします。


 その後に起こったことと言えば…。
 何とも皮肉な成り行きでありました。
 

 「MARIA」を支えた1人である大堀恵も、この3月にSDNを「卒業」することになってしまいます。


 MARIAさま、あなたの赦罪と再生はどこへ行っちゃったの?

--

 大堀恵の「MARIA」。
 その姿を今に伝えるよすがはほとんどない。2008年のAX、梅田はまだ公演に復帰しておらず、Team Kの全体曲はほとんど欠席だったのだが、「MARIA」と「ふしだらな夏」だけは出演した。


 唯一僕が目にすることが出来たのは、2007年に行われた厚生年金会館でのコンサートのライブDVDの「MARIA」だけである。


 後に「セクシー」路線を強調していく大堀恵だが、この時の彼女は清楚で気品のある美しさの中に、
哀しみを湛えたような表情であり、磔から降ろされたイエス様を抱きしめるマリア様、すなわちピエタのようでもある。

2007maria_2

 残念なことにこれは、コンサートということもあって第2スタンザが略されている。だから大堀恵の演じたフルコーラスの「MARIA」を聞くことはできない。


 ところで、梅田のピンチヒッターはなぜ大堀だったのだろう。
 いろいろな理由があったのだろうが、想像するにその一つには梅田と大堀の「声質」が似ていた、というのもあったのではないだろうか。
 大堀恵が歌う厚生年金会館のライブ音源と、他の「MARIA」を聞き比べてそんな風に考えた。声量と音程は梅田の方が安定しているけどね、とか思いながら。


 うん。よく似てる。特にK3の公演DVDの梅田の歌声は、厚生年金会館のライブの大堀の声とそっくりだ。
 

 ん? そっくり?


 そっくりどころか、これってひょっとして、完全に一致


 厚生年金会館の大堀の歌をたっぷり聞いた後でK3の公演DVDを、目をつぶってきいてみると、そこには大堀の姿しか浮かばない。歌っている姿は確かに梅田なのだが、声は大堀に聞こえて仕方ない。


 僕の耳がおかしいのだろうか?


 もう少しわかりやすく比較してみよう。


 比較のための「MARIA」のソースは3種類。
 K3の公演DVD(以下「DVD」)。歌う姿は梅田だが、声は大堀のもののように僕には聞こえる音源。
 K3のCD(以下「CD」)。間違いなく梅田の声。
 そして厚生年金会館のライブDVD(以下「厚生年金」)。大堀が歌う「MARIA」が見られる唯一の音源。


 これらを用いて、「DVD」の歌声が「CD」に近いか「厚生年金」に近いかを検証してみよう。


 最初は、各ソースの声紋(スペクトログラフの特徴)を視覚化して比べるのが一番いいと思ってやってみたのだが、どれ伴奏や声援などのヴォーカル以外の音が大きくてデータにならなかった。
 音源からヴォーカルだけを抽出しようと試みたのだけれどこれもうまくいかなかった。


 次に考えたのは、もっと直感的な方法。ヘッドフォンの右と左から二つのソースの声を流して耳で聞き比べてみた。


 まず「DVD」と「厚生年金」からオーディオデータのみ抽出した。「CD」の音はそのまま。
 どのデータも、いったんステレオからモノラルに変換した。その後「DVD」の音を左トラック(レファレンス)に、「CD」または「厚生年金」の音を右トラック(サンプル)に配置してミックスダウン。
 で、どちらのサンプルがよりレファレンスに近いかを聞いて判断する。いわゆる官能検査である。


 使用したのは、歌い始めの最初のソロパート、「悪い夢からさめ」の部分。
 なおレファレンスは検証可能なようにサンプルよりわずかに長くしてある(この部分に小さく「ゆか」という観客の声が入っている。「梅ちゃん」もしくは「めーたん」と叫ぶべきところであるが、なぜか「ゆかちゃん」を声を掛けてしまっているのを「DVD」で確認されたい)。
 

 で、出来たのがMARIA1MARIA2


 どちらも左音声はレファレンスの「DVD」。MARIA1の右音声は梅田のサンプルで、MARIA2の右音声は大堀恵のサンプル。


 で、聞いてみた。


 僕の耳には、MARIA1(サンプル:梅田)では左右から明らかに別の声が響いているのに対し、MARIA2(サンプル:大堀)は左右から同じ声が響いているように聞こえる。
 いかがだろう。


 もし僕の耳が正しかったとしたら、K3の公演DVDの「MARIA」は、歌っている姿は梅田だが、その声は大堀恵、ということになる。


 どうしてこんなことが起きたのだろう?


 いろいろな説明があるのだろう。
 

 でも僕がはそれを「奇跡」と名付けたい。


 前から何度か書いたけれど、シアターには妖精の粉が充満している。
 その粉のおかげで、マイクに口を近づけなくても、メンバーの歌声はシアターの隅々まで届く。たとえ体調が悪くて声が全く出なくても、激しいダンスで息が上がっていても、「お客さんに声を聴かせたい」という思いが強ければ、妖精の振りまく魔法の粉のおかげで、やはりお客さんは歌声を聴くことが出来る。


 それがシアター名物妖精の粉。


 大堀恵。
 人呼んでめーたん。


 梅ちゃんのいないK3の舞台でずっと「MARIA」を守り続けていた、めーたん。
 めーたんにとっても忘れることの出来ない曲となった「MARIA」。
 でもめーたんは千秋楽のステージで、それを潔く梅ちゃんに返した。


 そんな健気な彼女のことを、シアターの妖精はじっと見ていたのだろう。
 その歌声を、失われることのないカタチで、でもあんまり目立たないようにそっと残しておいてあげようと、妖精は最後に決めた。
 おかげで僕は、リアルタイムで僕が巡り会うことは出来なかったけれど、目をつぶれば素敵なめーたんが歌う「MARIA」をフルコーラス聞くことができる。


 ね、奇跡でしょ?


 だってシアターは夢のその入り口、時間のない国なんだもん。
 奇跡くらい起きたっていいじゃん。

Maria_by

 だよねえ? めーたん。


2012年2月22日 (水)

MARIA8

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 「MARIA」をずっと見て来て、たどりついた、大堀恵。


 梅田の代役に立つにあたっての事情を、大堀恵自身が語った映像が残っている(マックウインさん情報ありがとう)。

 
 「そのマリアって曲は凄く梅ちゃんは愛してたわけよ
 もーレッスンのときから分かったの、
 もうレコーディングのときから知ってたの 」


 「大泣きしながらめーたんだから託すって言って
 よろしくねって言われた時の
 あの時の目は本当に力強くてだけど
 梅ちゃんのファンの方にも失礼だなって
 あたしなんかで申し訳ないって気持ちもあった」


 自著「最下層アイドル」の中でも大堀は同様のエピソードを語っている。


 梅田からこの曲を託された大堀恵は、計64回行われたK3公演のほとんどで「MARIA」の舞台に立った(彼女が故障した時、「MARIA」は残りの2人だけで歌われた)。AKB初の全国ツアーでも、梅田の故郷福岡での公演以外では、大堀恵が「MARIA」を演り続けた。


 ド新規の僕らが知っている「MARIA」は増田、梅田、河西の3人の歌だ。それが全く自明なことだと思って疑わない。でも当時K3を生で見続けていた人たちにしてみれば、大堀が歌っている「MARIA」の方がむしろ身近であったのかも知れない。


 そして千秋楽。2007年6月22日。


 その日、誰が「MARIA」の舞台に上がるべきか。演じる側にも、見る側にも恐らく葛藤があったろう。


 オリジナルのメンバーである梅田か。
 梅田不在の舞台を守り通した大堀か。


 梅田の故障は完治していなかった。完治どころか、この後梅田が公演の舞台に継続的に上がることが出来るようになるまで約1年の歳月が必要だった。
 パフォーマンスの質と梅田の足のことを考えたら、大堀恵が演じるのが妥当だっただろう。


 しかし。


 僕らは今日、見事に復活を遂げた梅田を知っている。でも当時の状況を思えば、この「MARIA」が梅田にとっての最後の舞台になっていても不思議は無かった。
 

 梅田が愛した「MARIA」。
 特別な日。
 ひょっとしたら「次」は無いかもしれないステージ。

 
 K3千秋楽のその日、その舞台に立ったのは梅田彩佳だった。

◆5曲目「MARIA」(増田、梅田、河西)

梅ちゃん出演。ただしダンスは完全ではなく、5割程度といったところであろうか。
ここまでやってきためーたんファンには悪いとは思うが、出演したことに意味があったと思う。
バトンを渡しためーたんは大人だと思った。

 その10日前の6月12日、大堀恵の「MARIA」はひっそりと一足先の千秋楽を迎えていた。


 おそらくは誰にも気づかれることなく。ひょっとしたら大堀恵自身もそうだとはわからないまま。
 その日以来彼女が「MARIA」の舞台に立ったという記録を、僕は見つけることはできない。


 いったい、大堀恵自身は、「MARIA」という曲についてどう思っていたのだろう。


 彼女の言葉はいつも梅田を気遣っていた。
 いわく「梅ちゃんから託された」。いわく「梅ちゃんがどれだけこの曲を愛していたか、私は知っていた」。いわく「梅ちゃんのファンに申し訳ない」。


 でもめーたん、あなた自身はどうだったの?
 「MARIA」という、これから先もずっと歌い継がれていくであろう名曲を支えたのは、間違いなくあなただったんだよね?
 「MARIA」は間違いなく、あなたの歌でもあったんでしょ?


 千秋楽のあの日のあの舞台に、あなたは立ちたくはなかったの?


--


 2009年1月8日、大堀恵は自分のブログで「今日は私に関する質問ならなんでもお答え致します」と言ってコメントを募った。〆切りの時間までに寄せられた質問は全部で338問、その全てに彼女は回答した(ちなみに同じ年のバレンタインデーにも大堀恵は「全てのコメントに返事をする」、という企画を行った。新聞で報道されたこともあって2670通ものコメントが寄せられた。実を言うと、ここのところ僕はずっとその返事を読んでたんだ)。


 大堀は短いながら全ての質問に律儀に答えていた。
 いちいち質問と答えを照らし合わすのは大変だったよ。


 その中に出くわしたひとつの質問。
 「Kの公演で一番おもでに残ってる曲わ?(原文ママ)」。質問ナンバー257


 当時すでにひまわり組の2公演は終了し、K4「最終ベルが鳴る」の真っ最中。K4公演では多少色物の匂いが強いが、大堀はインパクト抜群の「おしめし」を歌っていた。さらにはこれまた色物臭は否めないものの、まごうことないAKB初のソロデビュー曲「甘い股関節」を発表、1万枚の売り上げを達成していた。


 という状況での質問。
 「Kの公演で一番思い出に残っている曲は?」


 回答の257番にたった一言「MARIA」の文字を見つけた時、僕は涙が止まらなかったぞ。

 
 めーたん。

2012年2月14日 (火)

羊飼いの旅

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 AKB27枚目(メジャー25枚目)シングル「GIVE ME FIVE!」通常版Type-B収録カップリング曲。
 今日はフラゲデーでしたね。

--

朝露と/思い出は
永遠のものじゃなくて/過ぎてく季節の恵み

 やすす、「羊飼いの旅」、いい曲だなあ、やすす。
 歌い出しは杜子春かと思ったぞ。
 でもなあ、やすす。「羊飼い」というと、僕はこの曲を思い出すんだ。
 この歌知ってるかな、やすす。


 そう、賛美歌200番だ。

  小さい羊が 家を離れ、
  ある日遠くへ 遊びにいき
  花咲く野はらの おもしろさに
  帰る道さえ 忘れました

  けれどもやがて 夜になると
  あたりは暗く 寂しくなり
  うちが恋しく 羊は今
  声も悲しく 泣いています

  情けの深い 羊飼いは
  この子羊の あとを尋ね
  遠くの山々 谷底まで
  迷子の羊を 探しました

  とうとうやさしい 羊飼いは
  迷子の羊を 見つけました
  抱かれて帰る この羊は
  喜ばしさに 踊りました

 なあ、やすす。
 近ごろ僕はこの歌を聴くと目がウルウルして仕方ないよ。  
 まあ主に年のせいなんだけどさ。
 でもなあ、寂しくて暗いところで泣いている子羊のことを思うといてもたってもいられない気持ちになるんだ。


 なあ、やすす。人生は大変だなあ。
 僕だってリッパな大人だから、いろんなことがあるのは知ってるよ。

羊飼いは語りはしない/夢では食べられない
生きていくために/歩き続ける先祖からの山

 羊飼いの旅は長くて遠い。群れを導くのは並大抵の苦労じゃない。
 道は平坦じゃないし狼だって狙っている。
 どんなに羊飼いが心を配っても、それでも時に子羊は迷ってしまう。
 子羊たちはきれいな花咲く野原が大好きなんだもの。


 傍で見てる者は勝手なことを言うよ。
 羊飼いの苦労も知らずに、ワガママを言うよ。
 言われなくても百も承知だよ。
 出来ることならとっくにやってるよ。
 そうだよなあ。

 
 でもなあ、それでもなあ、やっぱり羊飼いには情け深くあって欲しいんだ。
 どこかで泣いている迷える子羊を助け出して貰いたいんだ。
 山々の彼方、谷底の奥で、怯えてふるえている子羊を見つけ出してやって欲しいんだ。
 そして抱きしめてやって貰いたいんだ。


 傍で眺めているしかできない、僕らの代わりに。
 何も出来ない僕らの代わりに。
 勝手でワガママな願いであることは知っているんだけどさ。

--

 皆々様の益々のご発展をお祈り申し上げます。
 時節柄お風邪など召しませぬようご自愛下さいませ。

2012年2月 9日 (木)

MARIA7

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 何だかまた鬱陶しいことが起きて、この間起こったことがもう遙か昔のことのようだ。
 でもそもそも僕はもっともっと昔のことを書いていたんだっけ。
 神話のように幸福な昔のこと。

 
 もちろんその時にはその時なりの不運や不幸はあり、神ならぬ身は傷つき血を流したのだが、痛みの向こうに幸福な結末を夢想することの出来た頃。


 で、また、と言うか、まだ「MARIA」のお話し。

人は誰でも/愚かな過去を
償える/明日があるよ

 全ての過ちを許して再生に導いてくれるはずだった「MARIA」のお話しをもう少しだけしよう。
 こういう時だからこそ。


--
 
 K3のDVDを見ていて、少なくとも2種類以上の映像が編集されていることに気づいた、というのが前回。
 どうしてDVDの「MARIA」はこういう編集をしたのか?


 メトロポリス@尊師からの貴重なご教示によれば、K3だけではなくこの頃から劇場公演DVDは、公演のライブ映像の他に「後撮り」の映像を差し込む編集が行われるようになり、K3の場合DVD収録のための「無観客」公演が千秋楽後の2007年7月に行われた、とのこと。


 AKBもファンの裾野が広がり、公演DVDの需要も増え、撮りっぱじゃなくてそれなりのクオリティー
が求められるようになってきた、ということだったのだろう。


 そういう目でもう一度DVDを見直してみると、もうすでに見終わったはずのA3でも後撮りの絵が使われているみたいだってことに気づいた。
 A3の収録は2006年12月22日。メモリストによれば収録は順調に進んだのだけれど、「小池」の後で篠田がダウンしたらしく、最後の「涙売りの少女」まで引っ込んだままだったとか。だから収録当日の「月のかたち」からアンコールの「メドレー」には篠田は出演してなかった。
 でもA3のDVDを見ると、「小池」以降も篠田もちゃーんと映ってる。
 だから後半の篠田が映っているシーンは、12月22日の公演とは別に撮影されたものと言うわけね。
 そう思ってと見ると、篠田が映っているシーンは、確かに他の場面と少し色彩が違う印象がありますね。
 さらにそれまでの公演DVDでは、真正面のカメラの絵には観客が映り込むことが多く、時にはコピフリをする客の手がでっかくカメラを遮ることもあった。でもA3の「小池」以降は、真正面のカメラの絵でも、観客が一切見切れない絵がちょこちょこ入ってくる。それも高い位置からの俯瞰で、客席の真ん中にカメラクレーンを置いて撮ったような構図。客も客席も一切映らないような撮り方。
 うん、やっぱ別撮り差し込み編集ですね。


 さて、K3についてもよくよく調べてみれば「MARIA」以外にも「つなぎ」が行われている楽曲があるかも知れない。でもこれまでのところ、少なくとも「MARIA」ほどわかりやすい「つなぎ」は見つかってない。


 また、「MARIA」で「無観客」公演の素材が使われたかというと、いくつかの理由でこの曲に限ってはあまり使われていないんじゃないかな、と想像する。


 第一に、K3の「MARIA」では舞台の鏡に前方の観客が映っているのだけれど、よく見るとシーンによって顔ぶれが明らかに違う。少なくとも2種類のお客がいたみたい。だから「MARIA」では「無観客」公演ではない素材が使われていることがわかる。もっとも「さくら」の観客を入れた、という可能性はあるけど。
 次に、もし「無観客」公演の素材を使うのならば、梅田の装いを統一する余裕があったはず。
 A3の別撮りでは、細かく見ればちょっとは違っているところがあるのかも知れないけれど、少なくとも服装や髪型には変化はなく簡単に区別がついちゃうようなことはない。
 一方「MARIA」は髪型と指輪というすごく目立つところで変化があって、「つなぎ」が目立つ。編集してつなぐつもりならそれくらい気づくよね? まさか全然気がつかなかった?
 第三に、K3の別撮りがあったとされる2007年7月、Team AとTeam Kは「ひまわり組」として「僕の太陽公演(H1)」を演っていた。この頃梅田は郷里福岡に戻って高校に復学し、足の療養をしながら時々ローカルテレビの仕事をしていたという。
 つまり別撮りが行われた時も、梅田は「MARIA」を撮れるコンディションになかった可能性が高かったんじゃなかろうか。


 だからK3のDVDで見られる「ショートヘアー with 指輪」の梅田は、DVD用に別撮りされたのではなく、K3初期の公演の素材が使われた、というか使わざるを得なかったんじゃないかしらんと思う。


 と言うわけで、一回りして、再びなぜこんな編集になったのだろう。
 とここまで書くこともなく想像はつくんだけれどね。


 K3の公演を現場で見てた人にしてみれば周知のことなんだけれど、梅田は足の故障のため初日からほどない12月17日のステージを最後に、長期間休養に入った。メモリストによればこの日までに梅田が「MARIA」の舞台に立つこと、ゲネプロを入れてもわずかに5回。


 梅田が休養している間、Team Kは15人でステージを続けた。
 え? アンダーは?
 当時アンダーなんかいなかったんだよね。3期生、後のTeam Bのメンバーが足りなくなるくらいだったんだもの。


 その間「MARIA」の梅田のポジションを死守していたのは、大堀恵。


 ああそうか、やっぱりめーたんを抜きにして「MARIA」の話を終えることは出来ないんだ。

2012年2月 5日 (日)

忘れてしまう前に

少したらみんな忘れてしまうから
きっと僕もすっかり忘れてしまうから
そうなる前に書いておこう


なっちゃんのこと


2005年12月8日
はじまりの日
秋葉原の
シアターの舞台よ
あなたは覚えているだろう
きらきら輝く笑顔たちの陰
一番後ろの端の方で
ぴょんぴょんと跳ねていた女の子を


まるでそうすることによって
もっと高く
もっともっと高く
高い高いところの夢に手が届くといわんばかりに
ぴょんぴょんと
その日から毎日毎日
ぴょんぴょんと跳ね続けていた女の子を
流し続けた
その汗を
その涙を


シアターの舞台よ
あなたは覚えているだろう
それがなっちゃんだった


眩しいスポットライトを
浴びることはあまりなかったが
他の誰よりも多くシアターに立ち続けた
それがなっちゃんだった


とびっきりのべっぴんさんというわけではなかった
かかとに羽根が生えたような軽やかなステップは踏めなかった
一輪車は得意だったけど)
歌い出しを時々間違えた
でもその声は遠くまで届いた
遠く遠く離れた僕たちのところまで
それがなっちゃんだった


ある者は美しさを誇り
ある者は澄んだ声を響かせ
ある者は彫像のようにたたずみ
ある者は華やかに踊り
ある者は溢れんばかりの恩寵を受けた
それら以外の者
それがなっちゃんだった


大人の都合に振り回され
こどものわがままをなだめすかし
遅れる者の手を引き
傷ついた者をいたわり
涙流す者を抱きしめ
去ってゆく者を見送り続けた
それがなっちゃんだった


暗い夜空に星々がきらめく
その傍らにひっそりと光る
小さな青白い星
目立たない星
でも僕たちは知っていた
その星の温度を
そばにいる者を温める穏やかなぬくもりと
何もかも焼き尽くす内に秘めた熱を
その星がなっちゃんだった


はじまりの日から
二千と二百五十日め
2012年2月5日
お別れがやって来た
今日


今日から先も
賑やかなバンドを引き連れて
PARTYは続く
たくさんの水を後ろに残して
船は進む
そして少ししたら僕たちは忘れてしまうだろう
そこにはなっちゃんがいないことを


そこにはなっちゃんがいない
そこにはなっちゃんがいない
そこにはもうなっちゃんはいない


夜空の片隅の黒い黒い場所
かつてそこに確かにそれはあった
まるで何者かが闇の底を切り取って
べっとりと貼りつけたように
絶望と同じ色になった夜空のその場所に
かつて目立たない小さな星が
確かにあった


少ししたら僕たちは忘れてしまうだろう
そこにそれがなくなっていることを
そこになっちゃんがいないことを


秋葉原の
シアターの舞台よ
あなたは覚えていてくれるのだろうか
夢に向かって
ぴょんぴょんと
ぴょんぴょんと跳ね続けていた女の子が
誰よりも
あなたを愛していた
一人の
小さな女の子が
もういないことを


それがなっちゃんだった

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