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2012年7月11日 (水)

花と散れ!

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 K3アンコールの1曲目。作曲は井上ヨシマサアニキ。
 この曲の後には「Team K 2nd メドレー」と称して「Virgin love」「シンデレラは騙されない」が続く。どちらもアニキの御作。アニキ3連発。さながらアニキ祭り。


 「Virgin love」はともかく「シンデレラ…」はシングルカットもあり得たんじゃないかってくらい手の込んだ曲だったから、K2だけでお蔵入りしちゃうのはもったいないよね、って気持ちがあったのかも知れません。


 ヨシマサアニキが公演曲を書き始めた頃。


 今でこそ「よすすと言えばAKB、AKBと言えばよすす」であるが、当時はまだたくさんいる作曲家のワンオブゼムだった。


 それよりもちょうど同じ頃、秋元康の長年の盟友である後藤”ゴッキー"次利がAKBに曲を提供しはじめていた。
 A2で「リオの革命」、K3に先立つA3ではセットリスト劈頭の「月見草」と終盤の「月のかたち」。


 秋元後藤ペアと言えば名だたるヒットメーカー。1990年代にとんねるずをスターダムに押し上げた張本人たち。その後藤が曲を提供した。
 それまで秋元っちゃんのアイドル道楽と見られがちだったAKBプロジェクトに、あの「後藤ちゃん」が一枚噛んだってことの意味は大きかったろう。期待や業界の反響も大きかったろう。
 ヒット曲作りのキモを心得ていて気心の知れたゴッキーを重用するという選択肢が、秋元先生にはあったはずだ。


 でも結果的にその後ゴッキーはあまりAKBにからんで来なかった。ロイヤリティの問題だったのか、秋元先生のリテイク要求がうざかったのか。
 Team Aに3曲書いた後、数曲提供しただけで、Team Kには後藤の曲はひとつもない。


 その代わりのK3アニキ祭り。


 今日振り返ってみると、これはAKBが既成のヒットメーカー「ゴッキー」ではなく、若手の挑戦者「よすす」を選んだことを象徴するセトリのようにも見える。
 その選択は、その後のAKBの方向性に大きな影響を与えた。
 今こういう曲を僕らが聴けるのも、そのおかげだ。


 K3に続くA4では祭りどころかアニキ博覧会の様相を呈することになるのはまた別の話。
 この辺のところの話、アニキと石原"三昧"Pとでしゃべって欲しかったなあ。


 さて「花と散れ!」。


 花と散れ、と聞けば誰でもこの歌を思い出すよね?。よねよね? え? 知らない?

  万朶の桜か襟の色/花は吉野に嵐吹く
  大和男子と生まれなば/ 散兵線の花と散れ

 みんな小さい時に歌ったよね? よねよね? え? 歌わない?


 大日本帝国陸軍の精華であり中核であった歩兵科の歌。死を恐れることなく戦う兵士のためのアンセム。
 一応現代語の解釈も書いとく?

  咲き誇っている桜の花のような色の陸軍歩兵の襟章の色
  桜の名所である吉野に嵐が吹いて、咲き誇る花が散るように
  日本の男子と生まれたからには
  歩兵として戦って立派に死ね

 まあ秋元先生だって歌わなかったろうけどね。でも歌の心に通じるものがあるのはわかるでしょう。

  例え 燃え盛る炎の中でも/信じた道を進めよ
  この身が滅んでも/心の形は
  灰になって残るだろう

 たとえ己が滅んでも、信じた道を前進あるのみ。ね、やっぱり「花と散れ」とは「成すべきことを成して潔く死ね」という意味である。


 余談だが「心の形」が「灰になって残るだろう」という表現は、つくづくうまいと思う。
 「身は滅んでも心は残る」というだけならば、わかりやすいがあまりに通俗的だ。
 でも「心の形」ならどうだろう。その人の有りようや志、そういった「その人をその人らしくあらしめたもの」は、たとえその人がいなくなっても残る。
 「ああ、彼だったらこういう時はきっとこうしたね」と。
 また、「心の形」が「灰になって残る」という表現には、不思議なリアリティがある。
 ほんの小一時間前までは冷たく動かなくなっていたとは言え、確かに見知った人の、重みを持った遺体だった。それが荼毘に付されることによって、こんなに軽い骨と灰になってしまうものか。
 それは身内の火葬を体験した者だけが知っているリアリティである。
 おそらく秋元先生も知っているだろう、さっきまで具体性を持っていた遺体が、灰に姿を変えて抽象の世界に旅立つ変化を。残るのは、まさに抽象的な「心の形」である。


 おっと道を外れた。
 「成すべきことを成して潔く死ね」、の話ね。


 秋元康は時折こういう歌を書く。
 それは越えるべき川であったり、

  川を渡れ!/You can do it!

 死に方指南だったりする。

  前に倒れろ!/力尽きても…
  それが正しい死に方だ/生きる者よ

 さらに余談だが、こういった曲を聞くと真っ先に秋元(オ)の顔が浮かぶのは僕だけじゃないはず。


 この曲は、ひとときはK2「転石」に次ぐ、Team Kの準アンセムのような位置づけだった。B1として「青春ガールズ」が選ばれて、「転石」がKだけの歌ではなくなってから特にそうだったようだ。コンサートでは「転石」と抱き合わせで歌われることも多かった(「Die Deutschlandlied」と「Die Fahne hoch」みたいに)。


 残念ながらこの曲は、リクエストアワーでは2008年の74位に顔を出したっきりで、「転石」のような定番曲になることはできなかった。しかしこの曲の「スピリッツ」はその後さまざな曲に受け継がれて行ったような気がする。上にあげた「RIVER」や「ALIVE」だけではなく。

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コメント

>日本の男子と生まれたからには
>歩兵として戦って立派に死ね

この「花と散れ」は死ねという意味ではなく、(散兵線を形成するために)花が散るように散開しろという意味では?

>ななしさん

コメントありがとうございます。
御説の通りでも文意は通じるとは思います。軍歌としてはちょっと弱い気はしますが。

歌の世界のお約束では、「思う」と言えば「恋」、「花」と言えば「桜」を意味するように、
「花と散る」は、人が対象の場合は「死ぬ」の婉曲表現となっています。

この用法は、詳しく調べていませんので不確かではありますが、
西行法師が待賢門院璋子の薨去に際して詠んだ
「尋ぬとも風のつてにも聞かじかし花とちりにし君が行く方を」 に見られますので、
遅くとも平安末期には成立していたものと思われます。

なお人以外の場合は「死ぬ」ではなく、文字通り「花の様に散る」という意味のままなのは、
源氏物語蝴蝶の巻、船楽の段に
「春の日のうららにさしてゆく舟は棹のしづくも花ぞ散りける」に見える通りです(瀧廉太郎作曲「花」の本歌ですね)。

近代以降、「花と散る」は単に死ぬのではなく、「戦死する」と同じ意味を持つようになり、軍歌や軍人の辞世に用いられました。
「咲いた花なら散るのは覚悟(「同期の桜」)」
「召され来て空の護りに花と散る今日の佳き日に逢ふぞうれしき(特別攻撃隊隊員長沢徳治命)」
さらに、もともとは供養のために撒く花の意味だった「散華」という言葉も「華が散る」の連想から「戦死」の意味が伴うようになりました。
現在の多くの辞書も「花と散る」の意味に「戦死」を採っています。この意味の変遷に、「歩兵の本領」がいかほどの影響を与えたのかはわかりません。

冒頭に「軍歌としては弱い」と書きましたが、
もともと軍歌であったフランス国歌 "La Marseillaise"の一節、
"Formez vos bataillons" (隊伍を組め!)というのもありますので
決して成り立たないというわけではありませんね。

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