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2013年5月

2013年5月31日 (金)

PARTYが始まるよ5

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 前々回のエントリー、ちょっとヤな感じしなかった?
 

 だってさあ、せっかく博多の劇場に行ったのにさあ、話すことといったら秋葉原のシアターのことばっかだったじゃん。いけ好かないよねえ、こういう、「本店ヲタ」風を吹かすヤツって。


 でもねえ、あの快適極まりないHKT劇場の席に座って、やたら感動している連れに向かって、どうしても秋葉原のシアターのことを語りたかったのよ。狭っ苦しくて親密なあの空間のことを。


 ま、反対隣のお兄ちゃんが聞いてるかなって意識もあったけどね。ほら、僕も何回か「本店」の公演行ったことあるからさ。


 うわっイヤらしい感じ。
 ゴメンゴメン。今度はちゃーんと博多のみなさんのこと書くからカンベンしてね。


 --


 ダダダダダダダダダダってのはありゃ、マシンガンだよな。そして

   PARTY!

 見事心臓がぶち抜かれましたよ。


 やっぱ生で見る「PARTY!」は楽しかった。
 何と言ってもAKBの原点だもんね「PARTY!」公演。


 中でも後ろから飛び出してくる田島のカワイイこと。
 

 以前にksgkこと大島(涼)を評して「子鹿と言うより子山羊」と書きましたが、こっちは間違いなく「子鹿」。
 すらっと伸びた手足、飛び抜けてべっぴんさん、という訳じゃないんだけど、その表情がたまらなくアトラクティブ。最初おとなしかった連れがみるみる引き込まれていくのが、隣を見るまでもなく判りました。
 うん、確かにこの子は目立つ。
 動きのひとつひとつが丁寧だし。

 
 頭3曲が終わったところで、メンバーはすでに汗だく。
 いいなあいいなあ。これがホントのPARTYなんだなあ。


 正直僕はTeam Hのメンバーの2列目を識別することがかろうじて出来る程度なんです。3列目になるとちょっとアヤシい。ボスとかあおいたんとか、瞬間的には出てこないかもしれません。
 だから研究生はまるでダメ。今回予習する暇もありませんでしたし。

 
 だから研究生で個体識別可能なのは、田島、他店のメンに評判な朝長、松村先輩のおかげで一躍顔が売れた谷くらいでした(谷ってさ、ちょっと宮崎に似てるよね。みゃおをちょっとおへちゃにしたか感じ)。他のみなさんについては、自己紹介のMCを1回聞いたくらいじゃ憶えられませんて。こちとらもう海馬細胞は擦り切れてるんだから。


 朝長。
 確かに可愛らしいっちゃそうなんだが、まあだから何だ、という感じ。
 48グループにおいて、「可愛らしい」なんて属性は後から付いてくりゃいいんだよってのが、どうやら僕の立ち位置みたいです。
 

 谷。
 松村先輩の動画で拝見したときは、余裕のある子かと思ったら、そうでもないのね。何かぎりぎり一杯のところでアレをやっている感じ。村重とは決定的に異なるところ。
 アレ、もうちょっと同僚が拾ってあげなきゃ辛いところがあるなあ。でも拾わないのね研究生の若い子たち。
 若い子って(というか子どもって)残酷だよね。若い子揃いの博多、しかも研究生公演って子どもの楽園みたいでしょ。子どもが権力握ったら恐いぜええ。
 そんなキリングフィールドの中、谷は健気でいじらしかったです。


 その他誰かいるかなあ、と目を泳がせていてら引っかかった(オトナの用語で「場内指名」ってヤツですか?)のが梅本泉。
 ちっちゃな体できびきび動く。
 都築りかちゅうから狂気とダンススキルを引いた感じ(じゃあ何が残るんだ?)。
 連れは田中優香がよかったと言っていました。


 あっという間の2時間、というか1時間40分くらいしかないのね、「PARTY!」公演は。
 最後のあいさつをして、選挙のヴィデオを見て、ハイタッチでお別れ。
 あ、芽瑠ちゃんだけ「握りタッチ」でした。連れは「上に行く者はやっぱ違いますね」と感心しきり。「あの年齢で、『女』なんですねえ」とも。


 いい劇場、楽しい公演でした。とても幸せな気持ちになれた。
 音に聞く「厄介」ヲタもいなかったし。
 また博多に来る機会があったら、是非訪れたいものです…。


 劇場を出ると、男の子が1人。
 劇場公演出演100回となる谷への祝福メッセージを募っていました。
 おお、谷、いいヲタが付いてるじゃないか。 
 「負けるな」。それだけ書いて来ました。
 ホント、負けんなよ。負けなきゃ、いつか勝つから。 

 
 --


 書くかどうか迷って、1回書いて消して、やっぱりまた書くことにしました。
 上の方で、「また博多に来る機会があったら、是非訪れたいものです…。」って書いたでしょ。
 意地悪く言うと「ここに来るために、是非何としても博多に来たい」、という渇望感の種は植え付けられなかったかなあ、ということでもあったんです。
 博多ヲタの人に怒られちゃうかもですね。


 彼女たちからは、ギラギラというかヒリヒリしたものは、あんまり感じなかった。
 それは何か。
 しばらく考えた末に、思いついたのは、それは「野心」の匂いだってこと。 
 どうやら僕は、研究生たちからこぼれる野心の匂いに惹かれ、それを渇望し、それに惑溺しやすい質のようなんです。


 "Ambition should be made of sterner stuff "?
 いえいえ、21世紀のAmbitionは、とてもたおやかなものから出来ています。
 相笠のステップや、西野の指先や、岡田(奈)の眼光や、岩立の発声練習や、あろうことか、こじまこのえくぼなんぞもその構成要素だったりするわけです。
 

 毒のような野心の匂い。
 それは博多の研究生からはあまり立ち上っていなかったように思われます。


 メンバーの平均年齢が若かったせいかもしれません。
 秋葉の子たちのように、身近に「超選抜」「神」がいないからかもしれません。
 自分が立っているこの舞台、ちょっと前に大島優子が立っていた。
 それどころか、今日全国ネットのカメラに抜かれた小嶋陽菜の横で、自分が見切れていた。
 時間にして数分、距離にして数十センチ。
 この状況で野心が燃えたぎらなきゃ、アイドルなんか辞めろってことですよね。


 博多の研究生たちは、ある意味満たされているのかもしれませんね。


 このまま行けば、ほとんどがTeam KIIIのスターティングメンバーになれるのでしょう。
 でもね、そういう予定調和は何かを蝕むような気がします。
 指原先輩が劇場支配人になったのはネタだけではなく、秋元先生が何かを壊したい気持ちの現れにも思えてなりません。
 
 
 博多の子たちよ、願わくは武道館からぴかぴかした野心を持ち帰らんことを。
 松村先輩よろしく!

2013年5月28日 (火)

涙サプライズ!2

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video

   Happy! Happy birthday
   グッドラックを君に!

 また会えたことが、本当に嬉しいです。
 ありがとう。


 「痛み」もその人の一部。それを忘れるのはいいけれど、「なかったこと」にしてはいけない。
 AKBという組織にとってもそう。


 あなたが去って行ったこと、それはあなただけでなく、多くの人々に取って身が引き千切られるような痛みでした。
 その痛さは、癒され忘れ去られるべきこと。
 でもその痛みが「なかったこと」にされてはいけない。
 その痛みも、間違いなくAKBの一部なのだから。


 一番エライ人はそれがよく判っていて、決して「なかったこと」にはしないんだけどね。でもあのおっさん忙しすぎて目が届かないから。んで中途ハンパにエライ人が、「なかったこと」にしたがるんだよねえ。


 今度のあなたの「立候補」は、あなたと多くの人々の痛みが、ちゃーんとAKBの一部であることを思い出させてくれました。
 ひょっとしたら辛い決断だったかも知れません。
 でも、また会いに来てくれて、ありがとう。


 順位?


 秋葉原のシアターの舞台に聞いてごらんよ。
 出演回数838回。
 投票を待つまでもなく、あなたは輝く「シアターの女神」第1位です。


 ありがとう、なっちゃん。 

2013年5月24日 (金)

PARTYが始まるよ4

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 博多に来ています。
 7割は仕事なんですが、試しに申し込んでみたんです。遠方枠。

 
 いやあ、人生はいろいろやってみるもんですね。当たらない当たらないと悪名高き新チケセンのくせに、こういうときに当てて下さる。


 というわけで、HKT48研究生公演「PARTYが始まるよ」HKT48劇場。

   PARTY! さあ楽しみましょう!
   PARTY! 夜はこれからだよ!

 しかも前日には、研究生公演@武道館も当たるし。これって研ヲタ認定ってこと?


 宿はキャナルシティ。
 前夜酔っ払って歩いていたら、どこかで見たことのある風景。
 実際に見るのは初めてですけどね。ここ。

Canal


 ここなんですよね?
 その時、僕は全く知らなかった場所なんですけど。
 6年前の8月のことだったと聞いています2006年2月でした。カギさんご指摘ありがとうございました。
 

 今や神話の時代のお話。
 かつて女神たちは博多の地の水辺に降臨し、年月は流れ、その末裔たちはここで声を上げ続けている。

  PARTY!

 と。
 

 今日は珍しく連れがいる。
 AKBは大好きなんだけど、公演もコンサートも握手会も行ったことのない後輩。
 「AKB好き」を公言すると、家庭でも職場でも、うすら寒い空気が流れるという環境のおっさん。
 「すみませんすみません」と集合場所の劇場前にちょっと遅刻して登場した彼は、日頃の抑圧から解放されたせいかいつになく多弁だ。
 もともとは「宮崎推し」だったが、「永遠プレッシャー」のPVを見て「ぱるる推し」になり、「初恋バタフライ」の田島にも心奪われたという。でも「ええ、芽瑠って研究生だったんですか?」というレベル。


 モールのはずれにある立派な劇場。
 ロビーの壁にはひびもシミもない。
 探してはみたのだが、どうやら「賽銭箱」はなさそう。ならば明日櫛田様にでもお参りしなくちゃならんね。ステッカーは貰えないけど。


 遠方枠で中に入ればこれまたキレイな造作。なだらかな傾斜のついた客席のどこからも舞台はよく見えるだろう。ここなら立ち見客だって「左目だけで視界を何とか確保」なんて苦労は無用。
 「うわああ近い。そこに芽瑠が来るんですかね!」。遠方枠指定席すぐそばの「でべそ」を指さして連れはすでに興奮気味だ。


 そしてもちろん、柱はない。
 

 至れり尽くせりの劇場。ここで公演を見ることができる博多のヲタのみなさんは何て幸せなんだろう。


 でも、抽選無用の極めて快適な指定席に座って、僕は秋葉原のシアターのことを思っていた。
 

 薄汚れた壁。
 剥き出しのダクト。
 狭い座席。
 片目で見るのがやっとなほどごったがえしの立ち見席。
 いつまでたっても応急処置感たっぷりの「お立ち台」。
 そしてなによりももちろん、あの柱。
 

 AKBが、あのシアターではなく、今日僕が座っているような美しい劇場で活動をはじめていたらどうだったろうか、とも夢想してみる。
 まあそれなりに成功はしたんだろうけどね。
 

 でも古参の人たちが、あれほどまで真剣に彼女たちを応援した理由のひとつが、あの柱だったような気がしないでもない。
 どう考えても障害でしかないあの柱。
 不便きわまりない柱。


 あの柱は黎明期のAKBに立ちはだかるさまざまな困難の象徴でもあった。
 メンバー、古参たち、運営が知恵を絞ってその困難たちを克服していく過程こそ、初期の(ということはつまり神話時代の)AKBのメインテーマであったに違いない。


 だからこそ、2006年11月のファーストコンサート初っぱなの「PARTY!」で、メンバーとヲタは念力であの柱を袖に追いやったってわけだ。


 邪魔だけど支え。
 大事だけど鬱陶しい。
 なるほど業深いヲタどもの集いの名にこれほどふさわしいものも他にあるまい。


 そうこうしているうちに、人の世の時計は18時30分。
 Overtureが鳴り響きヲタどもがどよめき幕が開けば、そこはもう、
 

   PARTY!

2013年5月 7日 (火)

ありがとう、エケペディア

 2013年5月6日、フリー百科事典『AKB48Wiki』、エケペディアが運営を終了した。
 

 どれだけこのサイトにお世話になったろう。
 

 AKBにはまりたてのド新規の頃(おっと、じゃあもうお前「ド新規」じゃないのかってツッコミはなしね。「ド」はもう取ってもいいよね?)、ずいぶん長い時間をこの「エケ」と過ごした。
 遅れててきたヲタの卵だった僕は、さまざまなエピソードをむさぼるように読んだ。フロントの「AKB48とは」からはじまり、リンクからリンクを辿り、気がつくと数時間が過ぎていた、なんてことが何度もあった。
 今から思えば、不正確な情報も含まれていたかも知れない。
 でもそんなことはどうでもよかった。
 神話の世界では起こらなかったことも真実なのだ。
 真偽などお構いなしに僕は記事に食らいつき咀嚼し呑み込んでいった。

 
 何のために?
 もうその頃には会うのがすっかり困難になってしまっていた「会いに行ける」女神たちに、少しでも近づくためにだ。
 僕は彼女たちについて、何でも知りたくて仕方なかったんだ。

  そう 君について/話してよ
  僕が知ってる以外…/どんなことでもいい


 ああ、そうだ。
 恋のはじまりだったわけだ。


 出会いの熱狂が冷めても、僕は「エケ」に頼りっぱなしだった。


 メンバーの生年月日や出身地は?
 リクアワ2008からずっとファンに選ばれ続けている曲は何だろう? 
 「総選挙」でのみ「選抜」に入っていたのは誰?
 「7時12分の初恋」が歌われたコンサートは?
 これまででイチバン売り上げが少なかったシングルは?


 何か調べるべきことに出会ったときには、まず「エケ」に尋ねた。
 もちろん裏は取った。
 でもテクニカルなデータに関して、ガセにぶつかることはこれまで一度もなかった。


 ああ、明日からどうしよう。
 「春が来るまでに」が歌われたコンサートは何回あったのだろう。


 遅れてきたヲタの1人である僕にとって「エケ」は頼りになる先輩ヲタだった。


 特筆すべきは、「エケ」のあの莫大な量のデータを管理していたのがたった1人の「管理人」さんであり、このプロジェクトが利益を第一義にしたものではなかったということだ。
 恐らく膨大な時間と労力がこのサイトに費やされていただろう。
 「管理人」さんをこのプロジェクトに駆り立てていたものが「愛」であることは、一度でも誰かや何かを愛したことのある人はみんな知っている。

  そう 愛しさとは
  そのすべて/知りたくなることさ
  宝物たちを集めて/君が好きと気づく

 AKBは名も知られていないたくさんの人の愛に支えられて来たことを僕は知っている。


 2013年5月6日、「エケペディア」はお終いになった。
 僕を導いてくれた頼りになる先輩の一人は、ネットの海の中に消えてしまった。
 その理由はわからない。
 願わくは「管理人」さんの愛が完全に喪われたためではなからんことを。


 ありがとう、エケペディア。
 あなたがいなくなって、これからヲタの世界に迷い込んだ新参は、僕より険しい道を歩まにゃならない。
 微力ながら僕はその手助けをしよう。
 あなたからのギフトを必ず次の人に手渡そう。
 
 ありがとうございました。

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