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2014年3月11日 (火)

掌が語ること

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 3年が経った。
 テレビでは連日、あの日の記憶を呼び起こそうとしている。
 でも僕は、それを見ようとはしない。
 目を背けているつもりはない。
 僕には今の僕の生活があるんだ。他にやることがあるんだ。


 あれから3年。
 日々の暮らしの中、あの日のことを思い出すことはほとんどない。
 確定申告で「その寄付は震災関連の寄付ですか?」と尋ねられるくらいだ。


 あの日のことを思い出すのは、そう、シアターに招かれた時だけ。
 毎度の習慣になった、「お賽銭箱」へのささやかな寄付。
 その度にもらう「誰かのために」と書かれた小さなステッカー。
 そして、はじまりのチャイムの後に必ず流れる一言。


 「東日本大震災の被害に遭われた方に、心よりお見舞い申し上げます」。


 もうお決まりとなった言葉。
 わくわくしているお客たちの耳を素通りする言葉。
 それでも愚直にひたすらに繰り返す言葉。

 
 そして今日、彼女たちはその場所にいる。
 誰から聞かされなくても、僕はそのことを知っている。
 「また来ます」。
 彼女たちがそう約束したから。

 
 今日、彼女たちはそこにいる。


 忘れることと言い訳をすることに長けた大人たちの代わりに。
 僕の代わりに。

 
 歌い、踊り、笑いかけ、手を振り、
 癒えることのない傷を負った人々の手を、
 小さな掌で包んで癒そうとしている。
 僕よりもずっとずっと小さな掌で。
 愚直に。
 ひたすらに。

   掌で掴めるものなんて/たかが知れている
   指を大きく広げてみても/何かがこぼれてく
   それでも僕はこの掌/何度も差し出して
   目の前にある未来の砂を/そっとかき集めよう


 その小さな握手のひとつで、僕が彼女たちを誇りに思うには十分すぎる。


 ありがとう。
 僕は僕のできることをしよう。
 誰かのために。

 

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