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2014年5月

2014年5月28日 (水)

涙サプライズ!3

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   Happy! Happy birthday/1人きりじゃないんだよ
   つらいことに巡り合ったって/ほら 見回せば
   僕たちがそばにいる

 いろんなことが、ビックリするように変わって行くけれども、変わって行かないこともあります。
 人を傷つけるのも、人を癒すのも、やっぱり人だってことですよね。


 おめでとう、なっちゃん。

2014年5月25日 (日)

このつらさを、

 このつらさを、悲しみを、怒りを、AKB48グループを愛する皆で受け止めよう。そして、それに負けないようにしよう。こんなことで私たちの愛してきた場所を、愛してきた人たちを、何よりも彼女たちの夢と努力を、損ねることになってはいけない。こんな暴力には屈しないという強い心を、ファンが率先して見せていこう。私たちが愛するAKB48グループのために、今こそ、ファンの心を一つにして行くべき時だ。

 

2014年5月23日 (金)

ラブラドール・レトリバー

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 アマゾンさん、最近はフラゲしないのよね。
 おかげで速報4票間に合わなかったじゃない。


 最近あんまシングル曲について書いたことなかったし、どうしようか迷ったんだけど書いちゃう。
 38枚め(メジャー36枚め)のこの曲。
 

 基本、僕は他人様の作品をdisることはしないようにしてる。
 モノを作ることで飯を喰っている訳では無いものの、モノを作ることの大変さは想像することが出来る。だから他人が作ったモノをdisるくらいなら無視した方が寝覚めがいいだろうと思っている。


 でもなあ。

 
 やすす、もうちょっとやり方があんじゃないかなあ。
 だってやりゃできるんだもん、やすす。
 ついこないだ「気づいたら片想い」でやって見せたじゃんよ。
 あれかなあ、ほっといても100万行く曲と、刺さんなきゃ先に進めない曲の違いなのかなあ。


 表題曲、「ラブラドール・レトリバー」。
 こういういんちきフレンチポップは嫌いじゃ無い。初期の乃木坂でも散々聞いた。やりようによっては佳曲だったかも知んない。
 でも何だろこの薄っぺらい音は。
 

 まゆゆセンターだってんで、まゆゆヲタ喜んだと思うんだよな。
 喜んで聞いてるのかな、まゆゆヲタ。
 あんまりたくさんパート割りしなきゃなんなかったからかな。


 追記:この後聞き直してみました。「ラブ犬」30回ばかし。
 うーん、悪くないんだけどなあ。ドラムスなんかよく聞くと面白いし。なんだろこのモノ足りない感じは。印象に残らないんだよなあ。
 

 あと「レトリバー」って「レトリーブ(回収する)もの」ってことだよね。これはあれかな、去年時間切れだった中途ハンパな恋を回収して成就させるって歌の内容に掛けてるのかな。
 違うか。
 

 カップリングの「今日までのメロディー」。
 これ優子さんの「卒業ソング」なんじゃないの。
 それなのに何このやっつけ仕事。
 あっちゃん「卒業」の時に注がれた愛が全く無い。あるのは自己愛だけ。

  なんて素敵な歌なんだろう/メッセージが心に沁みる

 これ書いてて、恥ずかしくなかったか、やすす。

  なんてやさしい歌詞なんだろう/自分のこと言われてるようで…

 優子さんもよくガマンして歌ったよなあこれ。「おえっ」ってなんなかったのかなあ。さすが女優だよなあ。


 やすすはやっぱ「出来る子」はあんまし愛せないのかな。愛を注ぐのは「出来ない子」ばかり。あっちゃん然り、指原先輩然り。


 「君はきまぐれ」「愛しきライバル」。
 中学生が聞いて判りやすい詞を書かなきゃなんない事情があるのは知ってる。でもだからと言って中学生の作文でいいってのは中学生をなめすぎだろやすす。

 
 「Bガーデン」。
 「あれだろ、メンバーとヲタはこういうの好きなんだろ」って、メンバーとヲタを見くびった歌詞としか思えない。あ、ちょっとは資料を集めたんだろうけど、自分の目で見てないだろやすす。誰かに聞いたのででっちあげたろやすす。なんだよ、

  【れなちゃん】
  ジャカルタに住んでたの/タイとかオーストラリアにも

 って。あんまし興味ないんだよな。
 JKTヲタに聞かせらんねえぞこれじゃ。


 「ハートの脱出ゲーム」。
 よく判りません。企画モノだということは判りましたけど。


 あとはあれか、ぱるさんと北川の紅白でやったヤツか。
 あれがいっちゃんましかもな。


 あれかなあ、キョウビAKBのCDをマジメに聞く方が悪いって話なのかなあ。
 握手券または生写真&投票券に付属するCDだからこんなもんなんかなあ。 

2014年5月21日 (水)

明日は明日の君が生まれる4

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 2014年5月11日。
 HKT48アリーナツアー~可愛い子にはもっと旅をさせよ~。
 場所は名古屋日本ガイシホールだ。
 セットリスト本編を締めくくる25曲目。


 それがこの曲、「明日は明日の君が生まれる」だったということを、僕は松村先輩こと松村香織のGoogle+でコンサートの翌日に知った。

 
 オリジナルの楽曲が少ないこともあって、もともとHKTのコンサートではいろんな曲が歌われる。
 初の単独コンサートであった2013年4月の武道館公演からして、他のAKBグループの曲のみならず、「ライバル」乃木坂46の曲も歌われた。
 グループの曲もシングルカットされた有名曲でもなく、「博多レジェンド」公演とも関係ない公演曲(「渚のCHERRY」とか「逆転王子様」とか「狼とプライド」)がセトリに入っていた。言っちゃ野暮だが、生粋の博多ヲタの、どれくらいのボリュームが「となりのバナナ」知ってんだ?


 グループの曲で盛り上がろうってのならば、知名度の高い曲をやればいい。
 だかHKTははなっからそれをしない道を選んだ。
 

 その背景に、指原先輩こと指原莉乃の存在を考えないわけにはいかないだろう。


 武道館単独公演の時には、指原莉乃はまだ何の役職にもついていなかったので、このセトリにどれだけ彼女が関与していたのかはわからないが、何らかの提案ないし示唆は行っていたのではなかろうか。


 武道館連続公演最終日、指原莉乃は劇場支配人を兼任することになった。
 生粋のドルヲタ指原先輩が権力を握った時、どんなセトリを組むのか。
 答えはすぐに出た。


 2013年年頭から行われた九州ツアー。
 初日、郷里大分で錦を飾った指原先輩の繰り出した頭一発目はモーニング娘。の「ザ☆ピ~ス!」だった。
 ちょっと軽く失神しそうになりますた。だってこの曲、大好きだったんだもん。
 

 その後も忘れ去られ歌われなくなった名曲を次々にセットリストに加えていった。
 「水夫」「RUN RUN RUN」「FIRST LOVE」「君について」「おしめし」「軽蔑」「涙売り」etc etc…
 ヲタの曰く「いらないならHKTが貰う」。
 

 調子に乗った指原先輩。
 ツアー後半のセットリストは、さながらアイドル懐メロ大会だった。松田聖子、Wink、早見優、おニャン子クラブ、キャンディーズ…。


 2013年4月5日。


 AKB48グループ春コン in さいたまスーパーアリーナ~思い出は全部ここに捨てていけ!~HKT単独コンサート。


 本編の8曲目、「呼び捨てファンタジー」、「そばかすのキス」など「その佳曲いらないならHKTが貰った!」ムーヴメントの一環の中、おずおずと目立たないように、そっとこの曲は置かれていた。
 「明日は明日の君が生まれる」。


 歌ったのはトリオではなく、兒玉遥・指原莉乃・宮脇咲良・田島芽瑠・朝長美桜の4人。
 

 その時その場にいた、どれだけの人がこの曲と、それにまつわる物語を知っていただろう。
 いや、今となってはそれはどうでもいいことだろう。たとえ初めて聞いても、この曲は聞く人の心に染み込む。そのコンサートに参加できた幸運な人々の心にもきっと。
 

 そしてそれは一度だけのことではなかった。 


 4月29日からはじまった追加ツアー、セットリスト本編を締めくくる大事な位置。
 初日昼夜、5月2日、5月11日昼夜、今日まで5回のコンサートの全てのその場所で、この曲は歌われ続けた。
 

 それはつまり、HKTは「明日は明日の君が生まれる」を歌い嗣ぐ意思を明らかにしたということだ。
 そしてそれは間違いなく指原莉乃の意思。
 

 指原先輩が中西里菜についてどう思っているのかは分からない。
 ただ分かっているのは、指原先輩と中西が同郷で同じアイドル(松浦亜弥)をリスペクトしていること。
 指原先輩が強烈なドルヲタとして福岡国際会議場でのAKB48初の全国ツアーコンサートに参加した時、そのステージには燦然と中西が立っていたということ(もっとも当時の指原の「推し」は、佐藤であったというのだが。この辺の情報は今やすっかり乃木坂界隈の人となったルーさんによります。余談ですが、ルーさんの記事で指原先輩が参加したおぼしき2007年9月20日、さむさんによればアンコールの発動は慣れない女子高生?だった由。指原?)。
 そして劇場支配人としてHKTがこの歌を歌い嗣ぐことを選んだこと。


 思えば指原莉乃はアイドルとして一度死んだ身だった。
 「指原先輩にとって博多がよき死に場所となりますように」。
 博多への移籍が決まった頃、僕はこう記した。


 確かに彼女は一度死に、見事に生まれ変わった。


 松村香織。
 5月11日のGoogle+に


 「明日は明日の
  君が生まれる

  で本編終了!!!!」


 と記したとき、彼女にはどんな感慨があっただろう。


 2011年12月、すでにAKBにとって「不都合な」人物となっていた中西里菜のことを「だいすきなりなてぃんさん」と呼んではばからず、誇らしげにその卒業コンサートのチケットを掲げた彼女である。


 AKBに憧れ、シアターのあるビルのメイドカフェで働いていた松村先輩である(余談だが、同カフェでは今でも「萌え萌えきゅん」をやっている。というかこっちが先だよね)。


 中西里菜のことを「不都合」と呼んだバランス上、かおたんを「都合が悪い」とするのはさすがにはばかられるが、かおたんだって運営にとっては目の上の吹き出物でしょうな。タンコブとまでは言わないが。


 オトナの事情で葬り去られようとしていた名曲を蘇らせたHKTの(というか指原の)ヲタ魂に、かおたんのヲタ魂が共感し揺さぶれなかったはずはない。


 「ここで、この歌をこうやって歌うことが出来るんだ」って。
 

 松村香織が「アイドルとして一度死んだ」とは決して言うまい。
 てかその前に、果たしてかおたんは通常の意味でのアイドルを生きたことが一度でもあったのか、という根源的な問いが浮かんで来ざるを得ない。松村先輩はアイドルになる前にアイドルを脱構築しちゃってんじゃないのってつくづく思う。


 それでも松村香織の根本には、一個のアイドルと同時に、アイドル愛してやまないヲタが同時に存在している。指原莉乃と同じように。


 指原莉乃と松村香織。


 今日、37thシングルの選抜の座を争う「総選挙」が開幕した。
 前人未踏の連覇を目指す指原莉乃。
 研究生初の選抜入りを狙う松村香織。


 「明日は明日の」君たちが生まれる姿を、僕は今猛烈に見たい。

2014年5月16日 (金)

明日は明日の君が生まれる3

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 しーしーしー。
 奥歯に挟まったモノをブラッシングして来たところ。


 HKTのコンサートのセトリに「明日は明日の君が生まれる」が入っているのを知って思わず書き始めてしまったのだが、やはりこういうところにブチ当たらざるを得ない。


 この曲にまつわる諸般の事情。


 今さら説明するまでもないだろうけど、要は曲の問題じゃなく、この曲を世に出したユニット、「Chocolove from AKB48」の中心メンバーであった中西里菜が問題なのだ。


 中西里菜。


 AKB48のファウンディングメンバーにして、AKBグループにとって最も「不都合」なOG。
 「卒業」後の彼女のキャリアについて、思うところはいろいろあるのだが、それはここでは措く。


 AKBはこれまでのところ彼女の名を抹消するほど狭量になってはいない。
 ただAKBは彼女の名が言及される機会が可及的にゼロであることを望んでいるのは間違いない。そんなAKBの意向に逆らってまでこの曲をかけるメリットを、どのメディアも見出してはいないだろう。


 というわけで、どんなに名曲であっても、現在この曲が公の場で流れることは実質的にはない。
 わずかな例外を除いて。
 

 例外は不意にやってきた。


 最初は2011年7月26日。ラジオから不意打ちのようにこの曲が流れた。イントロを聞いた途端耳を疑った。
 オンエアしたのは佐藤亜美菜。自らの冠番組でだ。


 トリオのメンバーの一人、秋元才加のバースデイにかこつけての選曲だが、それはキレイな化粧をした言い訳Maybeに決まっていた。

  
 それはラジオガールからのギフトだった。


 亜美菜はこの曲と、この曲を歌った中西里菜が大好きだった。
 AKBに入る前、ただのヲタとして佐藤亜美菜はシアターに通い詰めた。ステージにはきらきらと輝く中西里菜がいた。亜美菜の心を鷲づかみにし、揺さぶり、ステージの上へ引っ張り上げた尊敬すべき文字通りの「アイドル」だった。


 自らの名を冠したラジオ番組が始まった時、いつかこの曲を流すことを亜美菜は秘かに期していたのだろう。


 もう一度は2014年1月15日。
 役者はやはり佐藤亜美菜だった。


 場所は佐藤亜美菜の「卒業」公演の舞台。歌ったのは亜美菜自身。
 同期の倉持中田を後ろに引き連れ、もちろん亜美菜は中西パートだ。


 最後の選曲に際して何らかの軋轢や葛藤はあったのだろうと思う。でも亜美菜はシアターを去るに当たっての「わがまま」としてこの曲を歌うことを貫いた。


 「明日は明日の君が生まれる」。


 曲名を告げる時の亜美菜の声は、心なしか緊張に震えているようだった。
 でも、客席からは拍子抜けするほどほとんど反応がなかった。もうこの曲を知り、それを歌った彼女とそこで会ったことのあるヲタは少数派だったのだろう。
 それでも微かに聞こえた「おお」という嘆息は、きっと「事情」を知っている古参のものに違いない。


 誰が何と言おうと、この曲を歌った亜美菜。
 うん。間違いなく佐藤亜美菜は最後まで尊敬措く能わざるヲタだった。


 亜美菜が去り、この曲が歌い嗣がれることはなくなった、と僕は思っていた。


 でもそれは間違いだった。

2014年5月14日 (水)

カヴァレリア・ルスティカーナ/道化師

カヴァレリア・ルスティカーナ/道化師@新国立劇場


 前回は「12音技法を使ったオペラ・ヴォツェック」、前々回は「20世紀を代表するオペラ・死の都」ですた。で、今回は「ヴェリズモ・オペラの二大傑作・カヴァレリア・ルスティカーナ/道化師略してカヴァ&道化師」、英語で言うところの "Cav and Pag"。この二演目って、だいたい抱き合わせ販売なのね。DVDもそう。


 ヴェリズモってのは英語で言うところのリアリズム、19世紀後半から20世紀初頭にかけてイタリアで興った文芸上のムーブメントのことだそうです。神話やおとぎ話じゃなくて、日常のリアルな生活を描写する、ってことでしょうか。
 そうすると、ヴェリズモ・オペラというのは、絵空事じゃなくて日常的な生活の中の「リアル」をテーマにしたオペラ、ってことになりますね。ってことは「ラ・ボエーム」なんかもヴェリズモなのかしらとも思うのだけど、そうでもない。


 ヴェリズモ・オペラって言うとなんか自動的にこの「カヴァ&道化師」の名前が挙がるようです。
 どうやら「日常」っぽいってだけじゃダメで、それプラス「貧乏くさくて悲惨」という要素が入らないといけないみたい。それがリアルなオペラってことらしい(「ラ・ボエーム」だって貧乏くさくて悲惨不思議とじゃん。アドルフォはその日暮らしでストーブには薪はないし、ミミは結核で死んじゃうし。でもお話しは全体を通して明るいんですよね)。


 じゃあどんなお話しがイタリアの「ヴェリズモ=リアル」なのか。
 

 まず「カヴァ」。
 お話しを要約すると、主人公が旦那のいる元カノと浮気をしてたら、主人公の今の彼女がブチ切れて元カノの旦那にチクっちゃって、ブチ切れた元カノの旦那によって主人公が刺されて殺されちゃいましたちゃんちゃん。
 

 抱き合わせの「道化師」。
 これまた要約すると、主人公がカミさんに浮気されてブチ切れて、カミさんと浮気相手を公衆の面前で刺して殺しちゃいましたちゃちゃん。


 ホントだってば。ホントにそうゆう話なんでびっくり。


 「貧乏+悲惨+浮気+ブチ切れ+殺人」。
 うーむ、これがイタリア人の「リアル」ってことなのか。
 そう言われるとそんな気もするな。


 どっちも殺伐としたストーリーなんですけど、歌の力でひっぱりますね。


 「カヴァ」、前半は少し眠かったけれど、後半ブチ切れた彼女のアリアは絶品でした。
 あとラストの、元カノとの浮気がばれて、やっべー、オレ殺されちゃうよママごめんね、というシーンが泣けた。主人公、情けないんだか潔いんだか。あ、それが「田舎の騎士道(カヴァレリア・ルスティカーナ)」ってことなのか。


 「道化師」、「芝居を演じている役者にもリアルな人生がある」ってのがテーマ。芝居なんて「テーマ」とか言い出すと急につまんなくなるのが常だけど、これもまた歌の力で救われてますね。
 幕が開く前に「口上」が述べられ、客席から主役級の役者が舞台に上がって行き、芝居の中の芝居で人が殺され、主人公は舞台を降りて客席から外へ出て行く。
 お、芝居の「枠」から飛び出すってことね。手塚治虫大先生のマンガのコマが壊れる、みたいな演出。
 最後に「喜劇は終わった」と「口上」。
 なんかアングラが流行る前の、おベンキョウができそうなスタッフが作った新劇をホウフツとさせて懐かしかった。
 でもこういう演出で言ったら、「フォルスタッフ」の、「みんなダマされた!」て観客を指さしながら、ちょっとっつ客電が明るくなってくって演出の方がインパクトでかかったかな。今まで安全地帯で笑ってた客が、実は笑われてたってオチ。


 初日ってことで、例によって各国外交官にみなさまがドレスアップでご来場してて華やかでした。その一方Tシャツジーパンのおっちゃんがいたり、最前列は相変わらず常連さんの井戸端会議みたくなってました。何かこういう感じ好きですね。例の紳士は今日も欠席だったけど。

2014年5月13日 (火)

明日は明日の君が生まれる2

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 HKTのツアーコンサートで、この曲が歌われたそうだ。
 それも本編最後の曲として。
 現場の写真を見ると、バックスクリーンに歌詞が映し出されている。
 HKTはおろか、厳密にはAKBのものですらないこの曲をよく知っているお客は、今では少数派だろうから、歌詞を見せてくれるのはありがたい。歌詞がとても心に沁みる曲だから。
 そして何よりもHKTがこの曲を大事にしてくれていることが感じられて、僕はとても嬉しい。

 
 この曲は名曲だと、僕は思う。
 AKBにはまりだした数年前に出会って、強く心惹かれた曲だ。その時点ですでに半ば世の中から忘れ去られた曲だったけれど。


 その頃の僕は、迷い込んだ「AKBの森」のあちこちを散策して、昨日はこっちでキレイな泉が見つかった、今日はあっちで見知らぬ花に出会った、とでもいうように毎日宝探しをしている心持ちだった。
 そんな中でもこの曲は、ピカいちの宝だった。
 古参のみなさんにはおなじみの曲でも、新規にファンになった自分が自力でこの曲を見出したことは、ちょっとした自慢でもあった。


 別れの曲だ。それも切なくて苦い別れだ。
 その歌詞はアイドルが歌うには少しヘヴィかも知れないけれど、歌い嗣がれ聞き継がれて行って欲しい曲だと、僕は思う。

 ひょっとしたら若い人々にはぴんと来ないかも知れない。でも年を取って、多くの苦い別れを体験した人には分かると思う。

  明日は明日の君が生まれるよ
  長い夜を越え/陽が昇るように

 経験から言えば、正直なところ明日になっても「明日の君」はたいていの場合生まれない。明日も明後日も、君は今の君と変わらない。


 もっと言えば「長い夜」を越すことすらできないことだってある。その夜はずっとずっと続くかも知れない。「明けない夜はない」というのは、自然現象としては正しいが、比喩としては常に成り立つとは限らない。


 だからこの歌は必ずしも「明日は明日の君が生まれる」という先験的な事実を歌った歌ではない。むしろ「新しい君が生まれて欲しい」という、反実的な願望の歌である。


 そして「明日の君が生まれる」ためには、「今日の君」はいったん死ななければならない。
 そうすることによって初めて、新しい君が生まれる。
 そう、この歌には「死と再生」のテーマが隠されている。


 もちろんホントに死んじゃうわけじゃないよ。
 新しい自己を顕現させるための象徴的な死。
 それは「死ぬほど頑張る」って事かもしれないし、今日の自分を全否定することかもしれない。身を切るようなつらい別れもそうだろう。いずれにせよそこには計り知れない苦痛が伴う。それが再生のための痛み。
 その痛みを知る者だけが明日の君に生まれ変わる。 

 
 ちゃんと仕事をする秋元先生は、こんな世界を僕らに見せてくれるんだよなあ。
 こんな事にも書いたっけ。


 なーんて深読みをしなくたって、この曲は心に沁みる。
 明るくて切ないメロディ、水のような透明なメインボーカル、それを力強く支える二人の声。
 聞いているとこのトリオがAKB最初期のスピンアウトユニットとして選ばれた理由がよく判る。

 
 この歌は、歌い嗣がれ聞かれ継がれるべきだと、僕は思う。
 かつてのリクアワでは、この曲は第8位という高順位を獲得したこともある。それだけの「力」を持った曲だ。


 でもその後、諸般の事情でこの曲が歌われたり、オンエアされることはほぼなくなった。
 この曲を、この曲を歌ったユニットを「なかったこと」にしたい「オトナ」も少なからずいるだろう。


 ああ、どうしても奥歯にモノの挟まった言い方になるな。
 ちょっと頭を冷やした方がいいかも知れない。

2014年5月 1日 (木)

立ち見最前どころか…

 1列目どころかゼロ列目だなこりゃ。


 はい、もちろん別現場です。
 BiS [THE BiS WHO SOLD THE WORLD TOUR]@club Lizard YOKOHAMA


 好番号のチケットだったので、入場するや立ち見最前の端っこに陣取って待つことしばし。
 公演開始前の注意は「会場を壊さないように。壊さなければモッシュだろうがダイブだろうがご自由に。ただし怪我をしても誰も責任は取りませんのでヨロシク」だった。
 そのせいだか、始まった途端に圧縮発生。
 で、最前のバーの端っこの隙間からステージ側に身体半分押し出されてしまいました。
 積み重なったスピーカーの上にちょこんと座った状態。

 
 最前第1列目前よりも前。ゼロ列目。
 押しこまれないように、一段高くなったステージに足を突っ張ってなきゃなんなかった。こないだ座ったシアターの最前よかまだ近い。これ以上近づいたらステージに上がらなきゃなんない。


 ライブは熱狂というよりは阿鼻叫喚でした。
 リフトあり、ダイブ(正確には客が乗っかる、クラウドサーフィンってヤツ)あり、ダイブ(演者が客席に飛び込む、ホントのダイブ)あり。ぎゅうぎゅう詰めだったので、モッシュこそ発生しませんでしたが。

 
 こうなることは予想のうちで、頭を守るキャップに、飛ばされてもいいような頑丈なスペアのメガネ、靴は安全靴と臨戦態勢の装備だったのですが、バーより前にいたのおかげで全く危険はありませんでした。うしろのアンちゃんの汗だくの密着がキモかっただけ。


 こんな近くで「アイドル」のライブを見ることなんざ、もう一生ないでしょうね。


 「IDOL IS DEAD」の旗を掲げ、過激なパフォーマンスを繰り広げるBiS。
 時に卑語を叫び、中指を立てる彼女たちでしたが、終演後の握手&チェキ会の振る舞いは「全ての人の一瞬の恋人」、すなわち 本質的な意味での「偶像=アイドル」としてカンペキでした。

 
 僕? 
 うん。握手もしたし、チェキも撮っちゃったよ。

 
 そんなBiSも7月で解散。
 横アリのファイナルまで、地獄のツアーが続きます。

   誰の理解も 越えたところから/傷の数だけ 強くなってきた
   今つかむ未来 大丈夫かな?

PPCC


 特等席で見られた僕と違って、視界不良で欲求不満の観衆の中に、自ら二度もダイブしたサキさんは、無事だったろうか?
 7月まで大丈夫でいられるだろうか?
 
 
 

 

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