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2015年6月

2015年6月 6日 (土)

夢を死なせるわけにいかない

words

   夢を死なせるわけにいかない/あきらめるなよ
   高鳴る胸の鼓動を/もう一度

 
 努力すれば、夢はかなう。


 かつてAKBとはそういう場所だった。
 たくさんの少女たちが、それを信じ、
 たくさんのヲタどもが、それを支えた。


 だが長い年月と、たくさんのお金と、
 大人の思惑がそれを変えていった。


 「どんなに努力しても、夢を見られるのは選ばれた者だけ」。


 かつて輝いていた言葉が、色あせ空しく響いた。
 たくさんの友が、傷ついた魂を抱いて去って行った。


 ああ、でも。
 僕らにはかおたんがいた。
 どんなに干されても、
 どんなに叩かれても、
 「夢を死なせるわけにいかない」
 その言葉一つを旗印に立ち続ける、
 松村香織がいた。


 「努力すれば、夢は必ずかなう」。


 2015年6月6日
 僕らはこの日のことを語り継ごう。
 松村香織の夢は、僕らの夢。
 そしてかつて輝いていた言葉を信じ続ける者全ての夢。


 かおたん、本当に本当におめでとう。

2015年6月 3日 (水)

汚れている真実

words

   目を背けているより
   自分の掌で/酷いものもちゃんと受け止める

 
 42枚目のシングル(メジャー40枚め)。
 血みどろの戦いへの招待券が添付された新曲のタイトルが「僕たちは戦わない」とは、なんとも強烈なアイロニーだ。


 そのアイロニーまみれの「汚れている真実」とは一体なんだろう。


 たとえば、「誰にでもきっとチャンスの順番が来るから、それを待っていつでもセンターに立てるように精進しようぜ」という教えが、実は全くのインチキであったということだろうか。
 それともかつては神や母親に捧げられた誓いが、古ぼけた御幣のようにとっくの昔に捨てられてしまっている、ということだろうか。


 わかってる。
 僕は言っても詮のない嫌味を言っている。
 

 僕はもう大人なんだから、信じたいことを真実だと思えばいいってことくらい知っている。それを否定する不都合なエビデンスが出てきても、少し目を背ければいいだけの話だ。「真実はひとつだ」なんて野暮はいらないし、あからさまな「嘘」だってきれいに磨いて、リボンをかければ「詩的真実」と呼ぶことだってできる。


 何よりもたかが娯楽だ。パスタイムだ。どうしても気に入らなければ、他のことで時間を殺せばいい。
 

 ああ、それでも心の内のガキが叫ぶ。
 俺は信じたい。
 「努力は報われる」と。
 「夢はかなう」と。
 それを信じている、親子ほど年の離れた俺の大事なトモダチの努力が報われ、夢がかなう日が来ると。
 そしてあそこは、今でもそういう場所である、と。


 今や巨大な産業と化したAKB48の片隅で、なんだか場違いのようにひっそりと、でも確かに続いているTeam 8のムーブメント。
 「大人AKB」とか「バイトAKB」とか、うたかたのようだった企画モノの一貫だと思っていたのに、週末限定とは言え着実に歩みを進めていた。「週末ヒロイン」ってこういうことだったのね。


 「汚れている真実」。
 現在最もそこから遠い場所にいるであろうTeam 8のメンバーにこの曲を歌わせるとは、秋元先生もまだAKBという運動体に多少は興味が残っているということでしょうか。


 歌詞はやっつけですよ。
 というか、秋元センセ、コピーしてカットしてペーストして、空いたスペースの前後の調節が終わらないうちに締め切りが来ちゃって、おいまだ直し終わってないよってのに秘書がメールで送っちゃったって感じだよね。

   存在する真実/ずっと避けていたのは

 とくれば、当然その後に「避けていた」理由を述べるでしょ。それがない。

   これからの人生/絶望したくないと思ってた

だって。
 これは「絶望したくないと思ってた」から、避けていた、ってことなのか。それとも「絶望したくないと思ってた」けど「絶望してしまった」のか。 


まあそんなこたどっちでもよろしい。
 大事なのはそれを歌っている彼女たちの方だ。


 「Team 8選抜」は10名。
 僕が呼ばれたPARTYに来ていた横道と永野が選ばれていて、素直に嬉しい。
 どちらも印象に残ったメンバーだった。特に横道。
 言っちゃなんだかちょっと吊り目の、特にべっぴんさんという訳ではない、あの場所ならでは出会い。ステージでの彼女を知らなければ、なぜあの10人に横道が入っているのかを理解するのは難しいだろう。
 その彼女が選ばれたってことは、ちゃんと見ててくれている人がいるってことだ。
 ま、後列だけどね。


 PV。
 学校とおぼしき建物の屋上でのダンスシークエンス、線描で埋められた黒板、雑然とした椅子や机に占領された教室等からは、「軽蔑していた愛情」を思い起こさせる。


 秋元からのまさに自死を選ぼうとしているこどもたちに向けられた直接的なメッセージにはじまる「軽蔑していた愛情」のPVは、いじめ、自殺、満たされない愛情希求等々およそアイドルらしからぬテーマによって満たされていた。今見直しても息が詰まりそうになる(もっともみんな若くてカワイイんだけどね)。


 明らかにその「軽蔑」へのオマージュである「汚れている真実」のPV。
 少女たちの内面では血が流れ、石像の頭は砕かれ、黒板と教室は混乱に満ち、手の汚れはいくら洗っても落ちず、髪は切られ、美しい花は燃やされる。
 彼女たちはほほえみを浮かべ続けてその「真実」を受け入れて行く。


 これって「軽蔑」のわかりやすい絶望感より、よっぽど深い病理だよなあ。
 黒焼きと化したランチを食べる永野を見て、ぎょっとする横道がちょっとした救いになってるよね、というのは贔屓目かしら。それにしても何のメタファーなのかしら、黒いランチ。あれかな、可愛い顔してセリカってケッコウ腹黒じゃんってことかな。


 そしてダンスシーン。
 横道の独壇場だろ悪目立ちしてんだろこりゃと思ったらさにあらず。
 みんな踊れてるんだな。これ見たい。生で見たいよこれ。って、これシアターでやってんじゃんか何やってんだよ俺ちゃんとDMMでいいから確認しろよいや見に行けよすぐ応募しろよ。


 うーん、土曜なら何とかなるかこれ。


 もう「PARTY」の時期は過ぎたのかもしらんね、彼女たちも。


 久しぶりの"Dark side of AKB"。
 というか、これこそがAKB。
 そうですよね? カギさんメトロさん

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