A dark side of AKB

2015年6月 3日 (水)

汚れている真実

words

   目を背けているより
   自分の掌で/酷いものもちゃんと受け止める

 
 42枚目のシングル(メジャー40枚め)。
 血みどろの戦いへの招待券が添付された新曲のタイトルが「僕たちは戦わない」とは、なんとも強烈なアイロニーだ。


 そのアイロニーまみれの「汚れている真実」とは一体なんだろう。


 たとえば、「誰にでもきっとチャンスの順番が来るから、それを待っていつでもセンターに立てるように精進しようぜ」という教えが、実は全くのインチキであったということだろうか。
 それともかつては神や母親に捧げられた誓いが、古ぼけた御幣のようにとっくの昔に捨てられてしまっている、ということだろうか。


 わかってる。
 僕は言っても詮のない嫌味を言っている。
 

 僕はもう大人なんだから、信じたいことを真実だと思えばいいってことくらい知っている。それを否定する不都合なエビデンスが出てきても、少し目を背ければいいだけの話だ。「真実はひとつだ」なんて野暮はいらないし、あからさまな「嘘」だってきれいに磨いて、リボンをかければ「詩的真実」と呼ぶことだってできる。


 何よりもたかが娯楽だ。パスタイムだ。どうしても気に入らなければ、他のことで時間を殺せばいい。
 

 ああ、それでも心の内のガキが叫ぶ。
 俺は信じたい。
 「努力は報われる」と。
 「夢はかなう」と。
 それを信じている、親子ほど年の離れた俺の大事なトモダチの努力が報われ、夢がかなう日が来ると。
 そしてあそこは、今でもそういう場所である、と。


 今や巨大な産業と化したAKB48の片隅で、なんだか場違いのようにひっそりと、でも確かに続いているTeam 8のムーブメント。
 「大人AKB」とか「バイトAKB」とか、うたかたのようだった企画モノの一貫だと思っていたのに、週末限定とは言え着実に歩みを進めていた。「週末ヒロイン」ってこういうことだったのね。


 「汚れている真実」。
 現在最もそこから遠い場所にいるであろうTeam 8のメンバーにこの曲を歌わせるとは、秋元先生もまだAKBという運動体に多少は興味が残っているということでしょうか。


 歌詞はやっつけですよ。
 というか、秋元センセ、コピーしてカットしてペーストして、空いたスペースの前後の調節が終わらないうちに締め切りが来ちゃって、おいまだ直し終わってないよってのに秘書がメールで送っちゃったって感じだよね。

   存在する真実/ずっと避けていたのは

 とくれば、当然その後に「避けていた」理由を述べるでしょ。それがない。

   これからの人生/絶望したくないと思ってた

だって。
 これは「絶望したくないと思ってた」から、避けていた、ってことなのか。それとも「絶望したくないと思ってた」けど「絶望してしまった」のか。 


まあそんなこたどっちでもよろしい。
 大事なのはそれを歌っている彼女たちの方だ。


 「Team 8選抜」は10名。
 僕が呼ばれたPARTYに来ていた横道と永野が選ばれていて、素直に嬉しい。
 どちらも印象に残ったメンバーだった。特に横道。
 言っちゃなんだかちょっと吊り目の、特にべっぴんさんという訳ではない、あの場所ならでは出会い。ステージでの彼女を知らなければ、なぜあの10人に横道が入っているのかを理解するのは難しいだろう。
 その彼女が選ばれたってことは、ちゃんと見ててくれている人がいるってことだ。
 ま、後列だけどね。


 PV。
 学校とおぼしき建物の屋上でのダンスシークエンス、線描で埋められた黒板、雑然とした椅子や机に占領された教室等からは、「軽蔑していた愛情」を思い起こさせる。


 秋元からのまさに自死を選ぼうとしているこどもたちに向けられた直接的なメッセージにはじまる「軽蔑していた愛情」のPVは、いじめ、自殺、満たされない愛情希求等々およそアイドルらしからぬテーマによって満たされていた。今見直しても息が詰まりそうになる(もっともみんな若くてカワイイんだけどね)。


 明らかにその「軽蔑」へのオマージュである「汚れている真実」のPV。
 少女たちの内面では血が流れ、石像の頭は砕かれ、黒板と教室は混乱に満ち、手の汚れはいくら洗っても落ちず、髪は切られ、美しい花は燃やされる。
 彼女たちはほほえみを浮かべ続けてその「真実」を受け入れて行く。


 これって「軽蔑」のわかりやすい絶望感より、よっぽど深い病理だよなあ。
 黒焼きと化したランチを食べる永野を見て、ぎょっとする横道がちょっとした救いになってるよね、というのは贔屓目かしら。それにしても何のメタファーなのかしら、黒いランチ。あれかな、可愛い顔してセリカってケッコウ腹黒じゃんってことかな。


 そしてダンスシーン。
 横道の独壇場だろ悪目立ちしてんだろこりゃと思ったらさにあらず。
 みんな踊れてるんだな。これ見たい。生で見たいよこれ。って、これシアターでやってんじゃんか何やってんだよ俺ちゃんとDMMでいいから確認しろよいや見に行けよすぐ応募しろよ。


 うーん、土曜なら何とかなるかこれ。


 もう「PARTY」の時期は過ぎたのかもしらんね、彼女たちも。


 久しぶりの"Dark side of AKB"。
 というか、これこそがAKB。
 そうですよね? カギさんメトロさん

2011年12月 6日 (火)

涙売りの少女2

words
video

 えーやっぱり続きあるんだ。うん。あるんだよ。未練かな。


 前回、「涙売り」というのは売春の暗喩(メタファー)じゃなくって、堤喩(シネクドキ)なんじゃないかって言いました。お前ただシネクドキって言いたいだけちゃうんかだから似而非インテリスノッブは嫌みだってんだよまあまあカンベンしてよちなみにこういうのデュ・ピュイ・ド・クランシャンに言わせれば第1種スノビズムというんだよおいまた始まったようわあ自我が解離し


 ええと、まず前回の補足ね補足ね補足ね(←それは保続)。


 表向き「涙売りの少女」は明示はされていないものの「アイドルが歌う『援助交際=売春』の歌」ということになっている(んだよね? 俺、ここですでに解釈間違ってる?)。秋元はこの後も似たようなテーマの詞をぽつぽつと書いている。

おじさんから声でも/掛けられたなら

おじさんの娘は/お金いらないの?

声を掛けてくれたら 誰もついていくのに/お金はいらない
嘘でもいいから/抱きしめられたい

 そうですかやっぱりおじさんですか金を出すのは。


 まあね、金で女の子買ってやることやってから「君みたいなイイ子がこんなことしてちゃダメじゃないか」って嫌みったらしく説教するってのがいい歳こいた小金持ちのおじさんの醍醐味っちゃそうなんだけどさそれにしてもカシワギちゃんに「おじさん何をしたいの」って言われたら息が止まるよね「何が」じゃなくて「何を」ってのがまたしびれる「何がしたいの」だったら単なる質問で場合によっては拒絶的なニュアンスが出てきちゃうけど「何を」だったら「何かをすること」は許容されている前提でその中のオプションで何を選びますかという意味合いが出てくるわけでましかしこのステージのカシワギちゃんにはおじさんホント参っちゃうよ「心のどこかが錆びついてる」って瞬間の表現なんかまじ何度見ても粟肌こういうの「歌に入ってる」って言うんだろうなこの子まじモンスターじゃんおい話がまじ再来年に向かってい


 失礼。ちょっと他人様に認めて貰って躁転してるのかしら。


 「涙売り…」を含めたこれらの曲の多くに、空虚感、見知らぬ他人(おじさんですか!)との出会い、売買関係を暗示するタームがちりばめられており、示唆しているのはやっぱり援助交際=売春。


 こういう歌、秋元にしてみれば「アイドルに求められるものの予定調和を崩した意外性」くらいの考えなのかもしれない。でも間違いなくこれらの言葉は一定数以上の女の子たちの心に突き刺ささっただろう。


 「あれはあたしの歌だ」と。


 そういえば当時「涙売り…」のステージを見たわんこ☆そば氏は、この曲を「スカートひるがえせなかった女の子の歌」と評している。ちょっと上からマリコな物言いで申し訳ないがまさに慧眼。


 「スカート、ひらり、ひるがえし」走っているのは、夢を持った女の子たち。たとえ実現できなくても、夢に向かう姿が人を惹きつけてやまない。
 でも、現在を生きる女の子たちにとって、夢を持つこと自体、たやすいことではない。


 自前の夢を持つことができなかった子たちが、たとえそれが幼さや愚かさのゆえであったとしても、「涙を売る」ことを選んでしまったのを誰が責められよう?


 夢を持てた子。
 夢を持てなかった子。
 その差はおそらくほんのちょっと。


 ステージに立っている彼女たちの幸運が、もう少しだけ足りなかったら。
 彼女たちの意志がもう少しだけ弱かったら。
 まわりのおじさんたちがもう少しだけワルかったら(もう十分ワルい?)。
 --
 ここまでは暗喩(メタファー)の話。
 ここからは堤喩(シネクドキ)の話。
 堤喩(シネクドキ)とは、たとえば「そんな給料じゃ飯が食えない」という言い方の「飯」。
 この場合の「飯」は字義通りの「米飯」であると同時に、「米飯を含んだ食事」であり、「食事をとるということに代表される日常生活一般」を表現している。


 同じようにAKBは、「涙」を売ってきた(もちろん涙壺に入れた目からの分泌液を売ってたわけじゃないけど…それはそれで需要はあるかもです)。
 つまりAKBのメンバーこそ「涙売りの少女」たちであった。


 AKBは劇場公演を売り、CDを売り、DVDを売り、握手を売って来た。でも秋元康が本当に売ろうとしたもの、そして秋元の読み通り観客が最も欲したもの、それは彼女たちの涙とそれを用意する「物語」であった。
 直接的にメンバーが涙を流すシーンであり、その背景にあるさまざまな物語であり、さらにはその物語を(擬似的にではあるが)共通体験するという権利(というか資格というか立場)であった。
 

 十分な準備もなくステージに立った彼女たち。
 歌えない。踊れない。しゃべれない。

売るものが/見つからない

 ならば「涙」を売るしか道はないじゃないか。


 喜びの涙、悲しみの涙。


 涙を売るために 「CD1万枚売らなきゃクビ」みたいなありがちなシナリオが書かれたこともあった。でもどうやらAKBにはそんなものは必要なかったようだ。


 日々の公演。
 チームメイトとの葛藤。闘病。復活。挫折。永のお別れ
 「卒業」。 長いナイフの夜
 「左遷」。
 新天地での奮闘。奇跡
 「みんなの夢がかないますように」。
 解雇カムバック
 チャンスの順番
 「総選挙」。「総選挙」。「総選挙」。
 破壊と創造


 涙の物語は次から次へと紡ぎ出される。まるで自動筆記のように。
 物語は読み継がれていく。業深い読み手たちの欲望のままに。
 かくして今日も「涙売りの少女」たちは目撃され続ける。


 なにせ

Never give upで/イカネバップ(行かねば)

 だもんね。
 歌っている彼女たちは、これから自分たちを待ち受けている涙の物語の大半を、この時はまだ知らないのだけれど。


 これにてA3「誰かのために」公演はめでたくお開き。

2011年12月 4日 (日)

涙売りの少女

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「誰か、私を買って下さい」

 ショッキングなモノローグからはじまる、A3最後の曲。前曲のメドレーが終わった後、わざわざ時間を取って着替えてから歌われた。最近の公演だとこういう時はメンバー半分が残っておしゃべりで時間をつなぐんだけど、当時は着替えの間ヴィデオ上映が行われた由。


 作曲は井上ヨシマサアニキ。終盤にはラップにも初挑戦。こうみるとすごくチカラの入ったいわば「勝負曲」で、シングルカットも視野に入っていたんじゃないかと思う。
 K2では「シンデレラは騙されない」が同じようなポジションで、アンコール最後にわざわざ着替えて歌うヨシマサチューンだった。


 結局この曲はシングルにはならなかったが、5枚目(メジャー3枚目)のシングル、「軽蔑していた愛情」(これもアニキ作だ)のカップリングに採用されることになる。なお、カップリング版の「涙売り…」はアレンジが若干異なる(メトロポリス@尊師には不評ですた)。


 「月のかたち」についでA3では2曲目となる「A dark side of AKB」。
 若さゆえの空虚感と孤独と不安。それらを埋めるために「涙を売る」しか手段を見つけられない16歳の少女。
 明るく元気でポジティブに、だけでは掬いきれない、人の心の薄暗い内面を表現するだけの(少なくともチャレンジしようと思えるだけの)ものが、このころのTeam Aのメンバーには十分育っていた。 


 2006年当時、お客はずいぶん増えた。そこそこ話題にもなってきた。メジャーデビューもした。でもこの先どうなるのかは不透明だった。Team ばっか増えるし、異動や卒業はあるし、思いつきの企画がぽんぽんと入ってくるし。ホントにあのおっさんについて行っていいのかしら。
 こういうナマの不安と日々戦いながらステージに立ち続けることが、彼女たちを強くしたんだね。


 モノローグは前田の声だろう、というのが大方の意見なのだが、「たぶん小嶋春菜」という人もいて、詳かにしない。


 わざわざ着替えただけあって、明滅するスポットライトの中に浮かび上がる衣装はとても印象的。漆黒のドレス、ストッキングとブーツ、そしてロンググローブ。
 まるで何かを悼んでいるような「華やかな喪服」をまとった少女たち。
 イントロがはじまると、何かを探しているかのようにステージを彷徨う。

この夜の片隅で/誰にも忘れられて
雑誌で見た/街を一人
泳いでいる回遊魚

 喧噪の中のヒンヤリとした孤独。
 DVDで見ると、高橋の表現がすごくいい。このころ15歳だったんだよなあ確か。うひゃあ、近頃ごひいきのTeam 4で言ったら入山竹内先輩の年格好だよ。どうするよ「永遠の15歳」あんにん、前髪いじってる場合じゃないぜ。


 ま、秋元康にしてみれば、「アイドルがこういうの歌うのってちょっと意外で悪くないでしょ」くらいの狙いだったのでしょうが。


 2011年12月、アイドル戦国時代はAKB幕府によって統一されたとさえ言われる今日この曲が発表されたとしたら、恐らく大センセーションが起こったに違いない。幸か不幸か、2006年当時、秋元康と少女たちの野望はまだまだアキバ界隈でくすぶっているにとどまっていた。
 
 秋元先生、こういう曲を、逆に今、ぶつけるっていうのはどうですかね。もちろんカップリングでいいから。入山竹内先輩とかにも演らせてくださいよ。ガッと来ますよガッと。ガッとは来るけど演りきるかな。入山はきついかな。竹内先輩ならいけるかな。意外と川栄あたりが…。

まるで/マッチ売りの少女
私には/何もなくて
売るものが/見つからない
頬伝う 涙/買って下さい

 ところで今更だけど「涙を売る」ってどういうことかしら。
 最初のセリフもあって、要は「援助交際」「少女売春」の暗喩(メタファー)だってのがまあ一般的な認識なんだろう。秋元もそういう意図なんだろうけど、僕にはそれが暗喩(メタファー)というよりもむしろ堤喩(シネクドキ)なんじゃないかと思える。おいおいうるさいこと言い出したよ。


 つまり「少女の肉体」を売る(これもまあ比喩であって実際に「売る」訳じゃないんだけど)という喩えとしての「涙売り」じゃなくて、ホントに「涙」とあといろいろなもの売る、という意味での「涙売り」なんじゃないかしら、と説明をすればするほどわからなくなるわけだが。


 2006年当時、いや現在でもAKBの主力商品のひとつは「涙」であり続けてますもの。

2011年11月 7日 (月)

月のかたち

words
video

 新しいタグつくっちゃった。
 「A dark side of AKB」。


 地下アイドル板の楽曲スレで、ときどき話題になるAKBの暗黒面。


 AKBっていうと、世間的には明るくてポジティブで前向きで「努力は必ず報われる」歌ばかりって印象が強いんだろうけど、ちょっと詳しく聞くようになると、決してそんな曲ばかりじゃないってことに気づく。
 これまで聞いてきた曲の中にも、かなわない片思いをネガティブに歌ったA1の「星の温度」とか、結末に心中を暗示するK2の「禁じられた2人」とかがあった。


 そりゃそうだよねえ。人間明るくポジティブだけで生きてけるわけじゃないもんねえ。
 フランツ・カフカは「僕の人生は、自殺したいという願望を払いのけるためだけに、費やされてしまった」んだそうだ。
 ま、今カフカが生きてても、AKBは聞かねえだろうなあ。でも秋元康はカフカにもマーケッティングをかけるんじゃないかしら。


 カフカほどではないにしろ、誰でも心に暗黒面を持っている。そこに語りかけるような曲。
 秋元先生はちゃーんと用意してくれてます。ケッコウみんな好きだよね、そういうダークな曲。


 で、「月のかたち」。


 作曲は秋元先生のかつての盟友ゴッキーこと後藤次利。
 A2で「リオの革命」を提供しA3では「田中角栄音頭月見草」も書いてる。その後もぽつぽつと楽曲を提供していくんだけど、井上ヨシマサほど重用はされなかった。秋元先生のリテイクの嵐についていけなかったのかしら。

「アイツはやめとけ!」/誰もが言うでしょう?
悪い噂/Bad girl!

 余談だけどこの「Bad girl!」って、ずっと「ばっかー」とばっかり思ってた。DVDでもCDでもエルは聞こえないんだもん。


 悪い噂を立てられちゃった女の子。ぱっと見が派手で、行動も目立つんだろうね。だから「悪い子」って思われちゃってる。
 でも他人の目に見えない部分、月で言ったら日が当たらなくて見えない部分をわかって欲しい。

月のかたちのように/欠けるけれど
闇に隠れた自分は/そう 変わらない

 若さってのは、決して素晴らしいだけのもんじゃない。
 未熟さゆえに、自分やまわりを傷つけないではいられないことってたくさんある。この子のように

誰か 私にかまって!

誰か 弱さをわかって!

 と、隠れた部分では悲鳴を上げているのに声を出せない。


 かまって貰いたいならば、まずは自分から近づかなきゃいけない。傷つくかもしれないけれど。
 わかって貰いたいならば、わかって貰えるように隠れた部分も見せるしかない。それがどんなに苦痛でも。
 ついでに言えば悪い噂を立てられたくなかったら、まず悪く見えないようなカッコをしなきゃいけないよねえ。たとえそれが気に入らなくても。
 いや、ホント、見た目って大事よ。ヤング諸君が思ってるより。


 ってのがオジサン的アドバイスなんだけどねえ。


 でもそういうのって、年取らないとわかんないし、わかってても出来ないのが若さなんだねえ。まさに

大人は(大人は)/汚れた分だけ
気軽に(気軽に)/生きられるのね/I can't do it.

 ってこと。
 いやいや、決して気軽に生きてるわけじゃないですよ。
 汚れたってのは否定しませんけれど。


 「努力は必ず報われる」って、高橋は言う。
 「私がそれをみんなに証明したい」って。でも誰も彼もがたかみなになれるわけじゃない。秋元はそれも知っている。
 秋元はそんなこと百も二百も承知の上で、女の子の現実を歌い上げる。


 「ぼくは人生に必要な能力を、なにひとつ備えておらず、ただ人間的な弱みしか持っていない」と言ったカフカも、この曲なら聞いてくれるかもだよね。

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