B1

2011年7月26日 (火)

シンデレラは騙されない3

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 やっと曲のオハナシ。


 真ん中に6人。深紅のドレス。
1-2-3のピラミッドフォーメイション、トップには小野。その後ろに大島(優)、河西、秋元、小林、宮澤。
 残りの10名は5名ずつ両脇。衣装は真ん中の6人よりも暗い臙脂色。この10名はマイクを持ってすらいない、バックダンサー状態。もうこれはセンターの6人によるユニット曲と言ってもいいくらい。
 BPM300近いパルマが力強い。


 B1ステージも同じ構成。6人がセンターでピラミッド状。フラメンコギターのイントロに合わせて後ろから振り返る。
 そして最後に振り返るトップにしてセンターは、柏木でも渡辺でもなく平嶋!
 その表情は晴れやかに輝いてる。なっちゃんBに来てよかったよねえ。


 つい先日、増山加弥乃さんが「芸能活動をお休みすることになりました」ってアナウンスがあったのだが、もし彼女が当初の構想通りCinDyや平嶋、渡邊と一緒に設立時のTeam Bに来てたらどうだったろうか、などと考えてしまった。


 「シンデレラシックス」平嶋の他は井上、CinDy、柏木、渡邊、渡辺。
 平嶋センターで「オレ!」と叫んだ後、歌い出しは井上と柏木なんだけどね。なっちゃん歌詞間違えるとヤバいからこれでいいんだって。


 曲調はフラメンコで、タイトルはシンデレラなんだけど、内容はすごく現実的な女の子の欲望と葛藤。
 舞台は盛り場、時間は0時。帰ろうにももう終電は行っちゃった。ここからドラマと駆け引きが始まる。

終電に乗り遅れたら/シナリオはロマンス

 「終電、行っちゃったねえ」
 さあどうするどうするどうする。とりあえず、キスまではOK?
 このまま勢いで行っちゃうの?


 ところがこの女の子、ここからが冷静。

シンデレラは騙されない/見かけより/長く生きてる
男たちは/その場だけの/仮の王子様

 男の本質を見透かしています。
 「君が好きだ」「大切にしたい」「ずっとそばにいて」
 いろいろ言いますけどね、ぶっちゃければ「イッパツやりたい」ですよ。
 それは実は女の子の欲望でもあるんですね。もうちょっとキレイな言い方だけど。だからいったん攻撃をしのいで、男があきらめかけたところで搦め手から逆攻撃をかけたりする。

あまりに紳士的に/やさしくしてくれるから
試すように/揺れるふり 上目遣い

 お前の攻撃力はその程度なのか! さあ見せてみろ、お前のホンキを! ってな感じですか。

シンデレラは赤い舌出す/微笑みの下に隠して
どんな風に/誘うつもり?/学びたいレッスン

 なかなか向学心に富んだ女の子のようで。何であれ、新しいことを学ぶことは大切なことです。


 ここで登場したシンデレラは、未経験だけど、決して純情ではなくて、好奇心は強いけど、決して安売りはしない。


 複雑? いやいやいや。リアルの女の子はもっと込み入ったことを息をするようにたやすくできるんだよね。
 これじゃあシアターに集うヲタ諸君の支持を集めてシングル化ってわけにゃいかなかったかな。 


 K2の「シンデレラ」、歌い終わりも小野がセンターで締めるんだけど、何故かB1の締めのセンターは渡辺。平嶋はCinDyと二人で渡辺を支えるポジションに下がってました。


 というわけでこれにてめでたくK2(B1も)お開き。

2011年7月25日 (月)

シンデレラは騙されない2

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 「転石」が終わった後、わざわざ着替えてこの曲。タイトルロールは「シンデレラ」なのにフラメンコ調。


 DVDで見て最初に感じたのは「これってシングルカット用?」という感想でした。
 ふつうだったら「転石」で盛り上がってアンコールお終いでいいじゃんね?


 それをわざわざ着替えて、曲調もフラメンコ風ですごく特徴があって、いわゆる「フック」のある売れ線でしょ。歌ってるのは6人の「選抜」。いわば「シンデレラシックス」。


 ちょうどA2のアンコールが「AKB48」で終わらずに、選抜の7人わざわざが制服に着替えて「スカート、ひらり」を歌うのに似てる。「これでアンコール曲はお終いです。最後に発売中のシングル曲『スカひら』聞いて下さい」みたいな構造。


 K2「青春ガールズ」の開幕が2006年7月8日。その約1ヶ月前の6月7日、2枚目のシングル、「スカひら」がAKSレーベルから発売された。「スカひら」はAKB名義ではあるものの、実質「Aチーム」のシングルであった。


 もともとの構想であった1軍2軍体制ではなく、競い合う同等のチームとしてオリジナルのセットリストも与えられたTeam Kが、独自のシングル曲を期待するのは、当時の状況としては当然のことだったんじゃないかな。
 「AKB3枚目のシングルはTeam Kのオリジナルを!」という機運があったんじゃないかしら。
 特にTeam Kの熱烈なるファン、いわゆる「Kリーガー」にはその期待が強かったのでは。


 実際、2ちゃんねるの地下アイドル板に「AKBチームKの初シングル曲を予想するスレ」が立った。

1 : ファンクラブ会員番号774 : 2006/08/06(日) 03:42:00
 やっぱりシンデレラかな

 作曲は井上ヨシマサ。同じK2の「Virgin love」ではじめてAKBの楽曲を手がけた。
 

 井上は、A1、A2には間に合わなかったものの、K2以降、秋元康のの「アツ過ぎる要求(別冊カドカワ総力特集秋元康)」に応えて数多くの楽曲を公演に提供するようになる。


 このように考えると、秋元は井上の曲をシングルに採用する可能性を考えて、K2の最後に投入したのじゃないだろうか。瀬踏みですよね。ヲタの反応を見ながらの選択肢として。


 同じような立場の曲が、まだ取り上げてはいないけれどA3「誰かのために」公演にもあった。
 A3アンコールの最後の最後、いかにもアンコール用の「メドレー」が終わった後に、やはり衣装を着替えて歌う「涙売りの少女」。
 作曲はもちろん井上。この曲のフックは「少女売春」というテーマと、ラップ。イカネバップ。


 こちらも将来のシングルカットの含みを込めた編制だったように思える。
 

 でもまあ、みんな知ってる通り、結局のところ「シンデレラ」はシングルカットされることはなかった。同時に「Kオリジナルのシングル曲」というKリーガーの願望も泡と消えた。


 AKB3枚めのシングルは、ご存じ「会いたかった」となった。作曲は井上ではなく、BOUNCE BACK名義の河出智希。A2の公演タイトルであり、カップリングもやはりA2の「だけど…」。


 その代わりと言うべきか、このシングルではじめてTeam Kのメンバーも選抜された。Aが11人に対してKは9人。数は少ないが、当時のAが20人体制だったのを考えると選抜された割合はKの方がわずかに大きいんだよね(55% vs 56%)。
 

 PVの主人公は前田だったけれど、副主人公級の扱いで高橋とならんで大島(優)が重要な役を演じていた。「Kリーガーさんこれでカンベンして」ってことかな。


 以下余談ながら。
 「会いたかった」のPVは全員によるダンスシーン+ひとりづつ歌うシーン+カットインするドラマシーンで構成されているのだが、このドラマシーンは、主人公の前田が一人で映っているのは別として、その他のシーンでは必ずTeam AのメンバーとTeam Kのメンバーが一緒に登場するようになっている。
 冒頭前田をガンバレ、と励ますのは中西、峯岸+小野(AAK)。
 サイドストーリーの副主人公は高橋+大島(優)(AK)。
 高橋大島(優)が鞄を投げ出したあたりでごろごろしているのは、板野、小嶋+松原(AAK)。
 カフェ・ハーフムーンでだべってるのは、篠田+小林、野呂(AKK)。
 海辺を自転車で帰るのは、戸島+梅田、秋元(オ)(AKK)。
 旧安房水産高校現館山総合高校水産校舎校門でしゃべってるのは、大島+宮澤(AK)。
 那古船形駅跨線橋で写真を撮っているのは大江、成田+河西(AAK)。


 ね。AまたはKのメンバーだけで固まっているというシーンは一つもないでしょ。


 これはどういうことを意味しているかというと、このPVには裏のテーマとして「AとKの融和」というものがあったんじゃないかなあ、と思ったりもする。メンバー同士の融和と同時に両チームの熱烈なファンたちの融和。


 うわ、また「会いたかった」で長話をしてしまった。


 まあ、とにかくだ、話を戻すと、この「シンデレラ」は幻のTeam Kオリジナルシングル曲ではなかったか、と。


 またしてもその代わり、と言うべきか、同じK2の井上tune「Virgin love」は「会いたかった」の次のシングル曲、「制服が邪魔をする」(井上ヨシマサによるA3「誰かのために」公演の曲)のカップリング曲となった。カップリング曲とは言え、公演に用いられたTeam Kオリジナルの曲がシングルに選ばれたのはこれが最初で、おそらく当分は最後である(秋元康が少女たちに「さあ秋葉原へ帰ろう」と告げる日が来たら、最後ではなくなるのかもしれない)。


 その後「シンデレラ」と似た境遇の「涙売りの少女」は、「制服」の次のシングル曲、「軽蔑していた愛情」のカップリング曲となる。「自殺」と「売春」の組み合わせ。今のAKBからは考えられないよねえ。いや、「考えられない」ことは即ち「やっちゃうかもしれない」ことなのでうかつなことは言えないが。

2011年7月23日 (土)

シンデレラは騙されない

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 K2もいよいよこの曲でお終い。
 なんだかさびしい気がします。


 今だから言うと、最初のうちK2ってあんまりぐっと来なかったんです。
 その前にA2「会いたかった」公演のことを書いていて、その流れでB2も見てたのね。B2も同じセットリストだから。それですごくTeam Bに惹かれるものがあったんですよ。


 A2とB2を比べたら、完成度は絶対A2なわけ。どのメンバーもよく見知った顔(板野はだいぶ違ってるけど)で安心して見られる。


 でも同じセットリストのB2を見てると、Team Bの一生懸命さというか、まあ主に平嶋とか平嶋とか平嶋とかCinDyなんだけどさ、そういうのがすごく心に迫るわけ。ちょうどこのころ、「平嶋夏海の物語」とか読んで、すっかりなっちゃんが好きになっちゃってたし。

 ところでAKB49ってマンガの英訳が何故か流通しているんだけど、そこの一場面のセリフ、

You can be clumsy as long as you desperately try to express
your feelings to the audience.

ってとこが日本語よかむしろカッコいい。


 元のセリフは「不器用でもその言葉を必死に伝えようとする」っていうんだけど、英訳の"desperately try"って方が「絶望的な状況をなんとかしようとめちゃくちゃ右往左往してる」って感じ。


 で、平嶋見てるとまさに "desperately try" という感じがひしひしとするわけ。


 話はそれるけど、このマンガのAkimoto-senseiはちょっとカッコよすぎ。この後のセリフ、

In AKB you don't work smart…you work hard.

 ってのも映画の一齣みたいで、元の「要領のよさなどAKBには必要ない」というちょっと説明的なセリフよかイカす。


 まあそんなこんなわけで、ちょっとTeam Bに巡り会っちゃったせいで、K2よかB1を先に見て、B1に肩入れしてました。


 だからK2のこと書いているんだけれど、度々ココロはB1に飛んじゃってた。
 「青春ガールズ」なんか、あのアカペラでまず浮かぶのは、今でも渡辺の顔だもん。


 でもひとつひとつの曲をじっくり見聞きして、比べて、ああ、Kもいいなあって思えるようになったのは、やっぱ「Blue rose」「禁2」のころからかなあ。「雨の動物園」でやっとKと向き合えましたって感じでした。で怒濤の4連コンボと「転がる石」で納得。


 で、そのK2ともこの曲でお別れ。
 最初は何となく馬が合わない感じだったけど、そのうちに仲良くなった友達とサヨナラするみたいな気分でもあります。


 この曲については今回は何も語らずに終わってしまうけれど、井上ヨシマササウンド第2段。疑うらくはマボロシのシングル曲。

2011年7月22日 (金)

転がる石になれ4

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 「転がる石になれ」は、Team Kのアンセムであり、アイデンティティのための歌であり、ディランへの薄~いトリビュートだった。


 でもこの歌、Team Kだけじゃなく、AもBも、あろうことかTeam Nも歌ってるのね。
 Aは2006年の日本青年館第2公演で、BとNはセットリストごとリプレイしている。


 で、この曲のハイライトがチーム名の「名乗り」。この時のフリが各チームで異なっている。


 オリジナルはもちろん「We're the Team K」。右手の親指、人差し指、小指を伸ばし、手の甲を前に向ける。有名な「Kサイン」ですね。これを下から持ち上げる感じのフリ。
 なんでこれが「K」を意味するのか、前方から見ると小文字の「k」に見えなくもないですが。
 手話の「K」とは違います。


 Team Bでは、「We're the Team B」と歌うとき、右手の親指、人差し指、中指を伸ばし、残り2本を曲げて手の甲を前に向けます。で、Team Kが下から持ち上げるのと違って最初から顔の高さ。
 こんな感じ
 そこから前方にじわーっと伸ばしていくフリ。


 Team Aが「転がる」を歌ったのはたぶん1回だけなんじゃないかなあ。日本青年館第2公演。
 この時Aのメンバーは、「We're the Team A」と歌いながら、右手を握って前に突きだし、そこから上へ高らかにかかげていました。こんな風に。
 まあ1回こっきりのステージのフリだから、そんなに難しいフリは考えなかったのかもね。


 ただ後年「Pioneer」の中で「We're the Team A」を連呼するようになるのだが、この時ののフリは奇しくも右手の「ぐー」を何度も突き上げるカタチで、「転がる石」の時と同じでした。


 余談だが、この「Pioneer」では「We're the Team A」と歌いながら4回コブシを突き上げる場面がある。この時すごく力が入ってて、素早くしっかり伸ばしかつしっかり曲げてるメンバーと、伸ばすのも曲げるのも明かに中途半端なメンバーがいるのね。


 右腕の曲げ伸ばしがあまりに力強いので、残りの体全体が振り回されそうになっているのは…


 そう、やっぱ高橋、たかみなでした。
 そう、やっぱたかみなだよな。

2011年7月19日 (火)

転がる石になれ3

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 「転がる石になれ」から、ボブ・ディランの「Like a rolling stone」を思い出すのは少数派だろうか?
 少なくともAKBに関心を寄せる層に限定したら、圧倒的少数派なんだろうなあ。


 この歌が世に出たのは、1965年。ベビーブーマーの第1期生が成人を迎える頃だ。
 この時、秋元康は生まれてはいたけれど、いくら彼が早熟の天才だったって、ディランのこの歌を熱狂的に歓迎した聴衆の一人だった、ということはないだろう。秋元より年下の僕も同様。
 この曲とは、発表から10年以上経った後、「ボブ・ディランというすごいフォークシンガーのすごい曲なんだ」という知識または教養とともに、出会うことになる。


 正直、ディランは苦手だった。


 というか、正確に言うとディランが好きなヤツが苦手だった。うん。すごいシンガーだってのはわかるし、メッセージもすごいんだろう。

どんな気分だい?/どんな気分だい?
ひとりっきりでいるってのは?/うちに帰る方角もわからないってのは?
誰にも知られていないってのは?/転がる石みたいに

 でも、何をしても、何を言っても見透かされているようなそんな気がして、居心地の悪さがつきまとった。


 「Like a rolling stone」を素直に聞けるようになって、お、すげえじゃんと感じられるようになるにはもっと長い年限が必要だった(桑田さんとみうらじゅん尊師のお陰だ)。
 

 秋元康はディランについてどう感じていたのだろう?


 「転がる石になれ」の中には、ディランの名曲のひとつ「Blowing in the wind(風に吹かれて)」を連想させる部分がある。

太陽に焼かれ/雨に晒された
いつかの夢が風に吹かれている

 ふつうだったらタイトルが「転がる石」で途中の歌詞で「風に吹かれて」と来たら、こりゃもうディラントリビュートで決まりじゃん、って話なんだが、この曲でのディラン関係はそこまで。


 あえてディラン臭さを読み取るとすれば

まわりの声に合わせるな/意地を張って生きるんだ

 とか、

尖った石になれ/譲れぬ何かを持ち続けろよ

 くらいだが、どちらもまあ一般論的ガンコ親父像だもんね。というか、ちょっと「やっつけ感」が無いと言っちゃ嘘になる印象。


 秋元先生、ディランにそんな思い入れはないのね。ちょっとディランっぽさが欲しかっただけなのね。
 と、この曲だけ聞いてるとそう思うわね。


 ところで、ディランは苦手でも、「風に吹かれて」は好きだった。
 

 歌詞もわかりやすかったし、何よりも最初はディランの曲としてではなく、ピーター、ポール&マリーの「フォークソング」として出会ったのが大きかったのかも知れない。後に「本家」ディランが歌うのを聞いて、変な歌い方だなあ、と思った。まあ「フレンド」と「ウインド」を、無理矢理韻を踏むように歌うことが出来るんだって妙な感心はしたが。


 この歌は、繰り返し繰り返し聴衆に問い続ける。
 さまざまなものが、ある(べき)姿に辿り着くまでに「いったいどれくらいの」さまざまなものが必要なのかと。それらは、辿る道のりだったり、越えるべき海だったり、砲撃回数だったりなわけだ。

Yes, how many times can a man turn his head
Pretending he just doesn't see ?

 いったいどれくらいの回数人は目を背けることができるんだろう? 見て見ないふりをするために。


 もちろん、答えは風の中に吹かれてるんだけどさ、秋元康は後になって別のところでちょろっと答えようとしていたんだね。

僕たちは目撃者/決して 目を逸らしはしない
今 起きた出来事を/誰かにちゃんと伝えよう

 ずいぶん長いパスだったな、おい。


 そういや「Blowing in the wind」を流行らせたPP&Mには、「If I had a hammer(天使のハンマー)」ってもあった。

もしもハンマーがあったら/朝から晩まで国中でハンマーを振るおう
ハンマーで危険を知らせよう/ハンマーで警告を鳴らそう
ハンマーで国中の兄弟姉妹の愛を呼び起こそう

 ってな歌。


 ひょっとして長これも長い長いパスだったの?
 かもね。

2011年7月16日 (土)

転がる石になれ2

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 Tagに迷ってしまった。


 結局、「Anthem」と「Be ambitious」というTagを新設した。
 前者はそんなに多くはないだろうが、やはり特別な曲には特別なTagが必要だろうと思い至った。
 後者について、すでに「Ambition」というTagが存在していたのだが、これは「輝きたい」という願望は表現できても、「輝くべし」という秋元康からの激励・命令・詔勅を言い表すにはちょっと適さないことがわかってきた。
 それにメンバー諸君の可憐な姿を見ていると、Ambition should be made a sterner stuff だよなあ、と思っちゃうわけだ。
 それでクラーク先生風に「(Girls,) Be ambitious!」。


 やっぱりTagに迷っていた、「君が星になるまで」もこれでしょ。


 さて、この曲。前回は何でこの曲が必要だったかをちょっと考えた。
 おさらいすると、この曲は「Team KがTeam Kであること」すなわちTeam Kのアイデンティティを高らかに歌ったものだった。


 アイデンティティについて語ったり歌ったりするのは、たいていアイデンティティの危機にある人や集団なんだよね。当時のTeam Kもそうであったのだろう。そして今、現Team Aもその心配がある。


 ここで話はそれるけど、「シアターの女神」公演ってあるじゃん。あれって本来は現Team Bのセットリストなんだけど、ちょくちょく研究生とかTeam 4のメンバーだけでやってるでしょ。


 全く現Team Bのメンバーがいないにも関わらず、「チームB推し」ってどうなん?


 もちろん「あなたは 今日で…」の続きは、その時ステージにいるメンバーの名前なんだけど、その人たちは「ほらチームB」じゃないじゃん。歌ってて、彼女たちどうなんだろう。


 そもそも「チームB推し」って歌は、シャッフル後に起こった、現Teamのアイデンティティの混乱を収拾させるための曲でしょ。そのためにメンバーの名前をひとつひとつ読み上げ、彼女たちが「チームB」であることを繰り返し強調する。


 つまりお客に「あなたは 今日で」と歌いかけるとともに、自分自身に対しても「あたしは 今日でチームB」って納得させるための歌なのだ。


 それを現Team Bが誰もいないところで研究生に歌わせちゃ可哀相(もっとも「名前が長くてすみません」には笑わせて貰っているのだが)。


 まあ百歩譲って研究生は仕方ないとしても、小なりと言えどもれっきとした(そうなんですよね? 秋元先生)正規のTeamである4のメンバーが、「チームB」と歌わなければならないのでは、何のための昇格なんだったんだかって話ですよね(ですよねー)。


 話を元に戻して、「転がる石」。


 アンセムとしての意義は別として。
 ちょっと歳の行った人はこれを思い出すはず。

How does it feel/How does it feel
To be on your own/With no direction home
Like a complete unknown/Like a rolling stone?

 ホントは拓郎が好きなくせに女の子の前でかっこ付けて、ピンクフロイドが好きだって言っちゃったりした秋元少年。
 でもディランを知らなかったワケはない。

太陽に焼かれ/雨に晒された
いつかの夢が風に吹かれている

 風に吹かれたり、転がり続ける石について、もうちょっと言うことがありそう。

2011年7月14日 (木)

転がる石になれ

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 K2公演も大詰め。アンコール2曲目は、Team Kのアンセムとして今も歌い継がれるこの歌。


 当時のことを肌で知らない僕がこんなことを書くのはなんなんだけどさ、Team Kの船出は、決して全てがハッピーだったわけではなくて、いつも前を行くTeam Aの影と戦ってなきゃならなかったみたい。


 いわく「2軍」。
 いわく「劣化コピー」。

はじめにTeam Aありき。
 Team Aは秋元康と共にありき。
Team Aは秋元であった。

 これらを跳ね返そうと団結し、必死にパフォーマンスを上げていった歴史がTeam Kの「創世記」だったわけだ。


 K1はA1との比較で語られ続けた。この間Team Aは、オリジナルのセットリストA2を舞台にかけた。そしてこの公演中、Team Aのメンバーに故障があると、Kのメンバーが代役に呼ばれた。


 いろんなステージに立つ機会が増えるってことで、考えようによっては、喜ぶべきコトなのだが、これもまた「2軍」っぽさを醸し出す原因だったろう。


 これは憶測なのだが、当時「Kチーム」のファン(「Kリーガー」と呼ばれたらしい)の中で次のような文言が使われたのではないかな。僕がその立場だったら絶対こう言った。


 「KはAの植民地なのか」。


 然り。当時KはAの植民地であった。


 さて、植民地が実力をつけてくれば、当然独立の機運が高まるのは洋の東西を問わない。
 オリジナルのセットリストであるK2はTeam Kによる「独立戦争」であり、その中でも「これがる石になれ」は、「独立宣言」であり、「Star spangled banner」なのである(でさあ、この場合の秋元康はトーマス・ジェファーソンであると同時にジョージ3世なんだよなあ。自分で泣かしといて、「なんて可哀相なんだ」とホンキで自分も泣くんだこの人は)。


 後から来たことによって必然的に負わざるを得ないハンディキャップを跳ね返し、意志を奮い立たせるための民族主義的象徴としてのアンセムが、当時のTeam Kには必要だったわけだ。


 「転がる石になれ」がTeam Kのアンセムになった理由は、というと、煎じ詰めるとこの歌詞に尽きる。すなわち

We're the Team K

 「我らこそが、(定冠詞つきの)Team Kであるぞ」という宣言。それだけである。


 その他の歌詞は、「Team Kかくあるべし」という、まあ秋元先生の説法だよね。いわく「自分のMINDで動け」「丸くなるな」等々。もーうっせーつーの。


 でもそれらは別に、Team Kである必要条件でも十分条件でもなく、むしろAKBという毛色の変わったアイドルグループ全体の努力目標であったりする。
 だからこの歌の魂というか、キモは、やっぱり「自分らはKである」と取り立てて述べること、そのことに尽きるのである。


 「我は我なり」。


 「2軍」でも「劣化コピー」でもなく、自分が自分であること自体がまず価値であるということ。
 Team Aを目標とするのではなく「より優れたTeam K」を目指すこと。それがTeam Kの使命であるということ。
 この歌は、天地創造神兼破壊神アキモトからの宣命であったのだ。


 かくして植民地Team Kには澎湃と自主独立のうねりが生まれたのであったちゃんちゃん。


 だからさあ、他のTeamがこれを歌うのって、Kのメンバー(とKリーガー)にはすっごくヤだろうってすぐわかるじゃん。なのに日本青年館ではTeam Aに歌わせ、あろうことかTeam Bにはセットリスト丸々渡しちゃったりするんだよ。


 わかってて歌わせるのが破壊神が破壊神たるゆえんだよねえ。
 できあがるとすぐに壊すんだよ、この神さまは。


 以下ちょっと余談。


 同様の理由で、ずっと遅れて産声をあげたTeam Bには最初のオリジナルセットリストに「初日」が用意されることになる。
 もっともこの曲は「あたしたちがBだ!」と声高には歌う曲ではなく、せいぜい「(AやKに)負けたくない」と言うことで「あたしたち」を際立たせる程度ではあったが。それが当時のBらしいっちゃらしかったね。


 一方、「常に先を行く者」であったTeam Aには、AがAであることを鼓舞するアンセム、「Team Aであること」を声高に歌う曲は必要なかった。
 何しろ宗主国なのだ。
 Team Aであることは、すなわちAKBであることなのだし、その中心には「AKBとは高橋みなみのことである」が鎮座ましましているのだから。


 だから彼女たちが歌う自己言及的なアンセムには、「Team A」という単語は用いられることはなかった。すなわち単純に「AKB参上」と言えばそれで済んだのである。

 
 誇り高く、しかし聞きようによっては何とも傲岸な歌ではないか。
 「自分たちはTeam Aではない。AKBそのものである」というのだから。
 だかそれもむべなるかな、そのステージに立っているのは、板野であり大島であり川崎であり小嶋であり佐藤であり高橋であり前田であり峯岸であったのだから。
 「あたし(たち)がAKBだ」と嘯く彼女たちの言葉を否定できる者は当時誰もいなかった。 


 数年後。Team Aは解体されることになる。


 2010年7月、A6のフィナーレに、その名も「先を行く者」を意味する「Pioneer」という曲が登場した。
 「転がる石になれ」と同様、「我らこそが(定冠詞付きの)Team Aであるぞ」と宣言する曲。


 このブログでこの曲について語る時がいつになるのかわからないので、ここでちょっとだけ言うと、この歌はそのタイトルと裏腹に現Team Aが「先を行く者」ではなくなったことを象徴している。


 古参はとっくの昔に気がついているのだろうが、現Team Aのメンバーはわかっているのかしらん。

2011年7月13日 (水)

約束よ

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 K2アンコール1曲目。
 切ない片思いの歌の次は、お別れの歌。

「サヨナラだけが人生なんだ」って/いつか 誰かが言ってたけど
それだけじゃ/知り合った意味がないね

 誰かっていうのは、井伏鱒二先生ですね。

花ニ嵐ノタトエモアルゾ/「サヨナラ」ダケガ人生ダ

 ついでに原詩は于武陵の「酒を勧む

勸君金屈巵/滿酌不須辭
花發多風雨/人生足別離

 井伏先生の訳詩は短いので、これだけで50%の引用となってしまいました。
 さすがに于武陵先生の著作権は消滅していると思うのですが、中国の法律には不案内なのでもし著作権者の方がいらっしゃったら御連絡下さい。


 高校の漢文で習った覚えがあるのだが、あの頃は意味もわからずに暗唱するばかりだった。
 そりゃそうだよね、別れより出会いの方が圧倒的に多かった年頃だもの。
 でも今、明らかに人生の後半戦を迎え、「花ひらいて風雨多し 人生別離足る」という詩句の重さが少しづつわかってくるようになった。


 父と死別してもうすぐ10年。
 Fクンの墓参りには、20回以上行った。
 今日別れて、もう二度と会うことのない人がたくさんいる。


 いや、今朝別れた家族と、もう二度と会えない確率だって、少しだけなら見積もることだってできる。まさに「カップと唇の間」にはたくさんのことがあるもんです。


 そういうことが実感できるお年頃。


 でもそりゃ秋元のおっさんだって一緒でしょうよ。言っとくけど僕おっさんよか年下だかんね。それなのに

必ず 君に会えるから/いつの日か どこかで
運命が引き寄せる/力 信じて

 なんてよく約束できるなあおっさん。


 今別れても、もう一度会える。

絶対 君に会いに行く/森の中 私が
探してた夢の道 見つけられたら

 秋元にだってもう二度と会えない人はいるだろうに。それでも彼は言う。
 「絶対会える。それが運命なら。だから運命を信じろ」と。


 「運命を信じる」。
 この先、秋元はこのテーマを繰り返し言及するようになる。


 彼を信じて集まった、夢ばかりが多く力弱い若者たちを鼓舞するように。


 自分自身を励ますように。
 

 ならば僕も、このおっさんの約束をもう少し信じることにしましょう。
 N1「誰かのために」も届いたことだし。 

2011年7月12日 (火)

打ち上げ花火

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 前曲が終わってステージではMC、メンバーはその間に浴衣に。
 浴衣で歌う、K2最後の曲。もちろんお約束のアンコールはあるんだけど、正規の曲としてはこれが最後。
 K2がはじまったのが2006年7月で、浴衣姿を披露するにはとてもいい季節だった。浴衣の販売もあったし。当時は浴衣を買うと、メンバーと2ショットでポラ写真がとれたそうな。


 でも浴衣姿で歌ったのはこの曲だけ。アンコールではせっかくの浴衣からTシャツにきがえてしまったのだから、まさにこの曲のためだけの衣装だった。ぜいたくな演出。


 一方B1がはじまったのは2007年4月(8日。48の日、もしくは高橋の誕生日)。浴衣にはちょっぴり早かったのではないかとも思うが、そこはそれ、前例踏襲が厳密なAKB、ちゃんと浴衣で登場。


 でも夏祭りを舞台とした、切ない片思いの「『僕』の歌」を歌い上げるための衣装は、やっぱり浴衣以外にはないよね。


 浴衣姿の少女たち。団扇手にはしゃいだり笑ったり。通常の3倍カワイク見える。デザインは正直アレだけどね…。

なぜだか 僕は 急に/そこにいられなかった
まるで 君に恋をしてたように…

 「まるで」恋なんて気づいてなかったみたいな言い訳Maybeの第1スタンザ。おいおい、俺聞いてないよ。


 ああ、でもとうの昔に恋に落ちていました。気づいていないのはご本人だけ。
 時に恋はこのようにはじまる。
 そういや秋元先生最近も「まるで 愛のように…」ととぼけてみせましたね。それ、愛ですから。


 ちょっと気になってはいたけど、恋だなんて思っていなかった。はじめの頃は天然でホントに気づかない。でもある瞬間から「抑圧」がはじまる。思春期の弱い心を守るために必要な防衛機制。


 こういうのは、やっぱ男の子に多いね。好きなのにいじめちゃうのもその一つかも。その点女の子はむしろ「恋に恋してる」ことがあるよね。理由?… 知ーらない。


 で、夏祭り。
 夜の光の中、君と彼を見かけた瞬間、心の箍がはずれる。洪水のようにあふれだす愛しさ。いや、打ち上げ花火のように、というべきなのかな?

打ち上げ花火は悲しいね/空の彼方
開く花は/静かに消えていく

 始まる前から報われないことが、あらかじめわかっていたかのような片思い。後は静かに消えていくのを待つしかない。


 これが女の子の恋だったら、秋元はむやみやたらと励ますんだけどね。モテない男の子の心情の方がずっとわかってらっしゃる。そう、思春期の男の子の片恋なんて、打ち上げ花火ほどの華やかさも迫力もない。

一人きりで/僕の恋は
まるで 線香花火みたいに

 でもこういう恋はレッスンなんだぞ。
 いかした男になるための大切なレッスン。

夏はいつも 過ぎた後で/大人にしてくれる

 ってね。


 あとこの曲のメロディのこと。
 他の曲とちょっと違う感じがした。イントロから。イントロの三連符四連発三回攻撃でぐっときた。
 サビのあとのCメロ(かな?)もイカす。
 作曲誰? と思って調べたらやっぱり誰? 上杉佳奈さん、全く情報なし。
 誰か知ってます? この人。

2011年7月11日 (月)

日付変更線

words
video


「ふしだらな夏」からはじまった怒濤の4連コンボも、この曲で一応のフィナーレ。


 日付変更線って言うから、飛行機か船が出てくるのかと思いましたよ。でも違うのね。主人公たちが乗っているのは自動車。ステーションワゴンじゃないってことは、「Don't disturb!」の彼とは違うのね。

夜のfreeway/雨を弾いているワイパーは
ほら プロペラだね/セスナ機みたい
真っ赤なスポーツカーが/走る空

 これはつまり、想像の世界の飛行機。


 助手席の女の子はとても想像力豊か(AKB的に言えば「脳内」「妄想」好き)。
 彼女の中では、この雨のドライブは「飛行機に乗った異国への逃避行」と化しているわけ。
 Freewayを滑走路に見立てるのは、この歌パクリ本歌取り。あと「恋の日付変更線」は、秋元の奥さんのオトモダチの歌。


 思春期の女の子はホント想像力が豊か。
  実際には赤毛でそばかすだらけでやせっぽちで貧乏な孤児なんだけど、想像の世界では飛びっきりの美人の令嬢であるということにしている、女の子のことを思い出すまでもなく。


 人は誰でも「こうありたい」という理想があるんだけど、リアルワールドは決してその理想と一致することはない。大人になると言うことは、自分を理想に近づける努力の過程であって、たいていの人は成功が数パーセント、圧倒的な残りの部分は挫折というのが普通。


 まあたいていの大人は挫折には慣れているからたいして傷がつかないんだけど、その辺が脆弱な思春期の子は、想像の世界に逃げ込んで傷つきやすい自我を防衛するってわけだ。


 で、「日付変更線」。
 本来は「地理上」の仮想的な線なのだが。

愛の日付変更線/この夜を越えたら
きっと何かが変わるわ

 どうも「時刻上」の線のような捉えられ方をされているみたいね。

今日と明日の間で/運命を信じて
2人生まれ変わるよ

 ね。時刻上で日付が変わる「線」、ま、要するに午後11時の終わりと、午前0時の始まりの間に想定される仮想上の線を言ってる。


 まあこれは「愛の日付変更線」という象徴性の高い言葉を使うための方便なんだろう。秋元が日付変更線の本来の意味を知らないわけないし。ただ歌ってたメンバー諸君がわかってたかと言うと…。

日付変更線って何?
何か、それを越したら、日にちが変わっちゃうみたいな。
うんうんそうそう。12時、あー、そう。
12時みたいなこと。

 ねえ、最初はあってたのに途中からごちゃごちゃになってたね、大島(優)。
 せっかく夏先生が、「(日付変更線だけに)太陽を持ち上げるように!」ってフリを教えてくれたのにねえ。


 もっとも歌の心は、二人して日付変更線を意思をもって越えることによって、日付が変わり、さらにそれによって「私たちの関係も変わる」および「私たちと世界との関係も変わる」という女の子の願望(妄想?)なんだから地理上でも時刻上でもどっちでもいいっちゃいいんだけどね。


 大切なのは、二人して新たな日を迎える、という事実。


 でもいくら妄想全開でも、

恋人よ/連れてって
地球の裏側

 は無理だから。自動車だから。ね。
 もうちょっと大人になったら、ジャマイカに連れて行って貰おうね。

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