「僕」の歌

2015年12月12日 (土)

Glory days4

words

 青春なんて醜悪な言葉を使いたくはなかった。
 ポール・ニザンに倣うならば、それがひとの一生でいちばん美しい年齢だなどとだれにも言わせまい。
 輝かなければならない理由も、輝くことのできる資質もなかった。
 なんの不自由もなかったけれど。

   もっとじたばたしながら/やりたいことだけやればいい
   失敗したってもう一度やり直そう/何も恐れることはない
   遠まわりでも時間はある

 こんなことを僕に言う人は、その時いなかった。もっともこんなことを言われても、僕は聞く耳を持たなかっただろうけれど。


 眠れぬ夜を過ごす「僕」とその「僕」を励まそうとする「誰か」。
 その「誰か」は、きっと大人になった「僕」に違いない。
 そう確信するのは、これを書いている僕がもうすっかり年を取ったからだろう。僕がちょうどこの歌の「僕」であった頃の亡父の年齢を、今の僕はいつの間に越してしまった。
 世知は十分に積んだが、もう遠回りをする時間は残っていない。


 決して美しくはないし、痛みや苦悩に事欠くことはなかった日々。でも時折奇跡のような朝日を見ることができた。何とかやってこられた。
 今があるのは、その日々のおかげなんだろう。
 それが「栄光の日々」。


 ちなみに僕はKIIの「Glory days」が好きです。自信たっぷりのJではなく、向田のあの細くて危なっかしい声が、この歌には似つかわしく思えて。


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 磯原。「逆上がり」公演の時にはまるで棒のようだった子が、すっかりチャーミングな女の子になっていました。


 石田。艶やかな立ち姿は、アンフィシアターの時と同じだった。動きは決して激しくないのだけれど(というか全然無理がないので激しく見えないのだろう)、やはりこの人のダンスは綺麗だ。「鏡の中の僕は相変わらず」の所作の優雅なこと。「もっとじたばたしながら」の軽やかなこと。どんなに素早くターンしてもこの人は髪一筋も乱れない。


 荒井。全くの初見だったのだが、その長い手足と激しいダンスに目を奪われた。写真で見ると印象の薄い人なのだが、舞台の上での存在感は抜群だった。
 特に石田と組んだ「Glory days」。石田と対照的に髪を振り乱して全力で踊る姿は圧巻だった。
 栄ヲタは中西の面影を見るんじゃないかしら。


  後藤。ごりさという二つ名に似つかわしくないSKEには稀な(失礼)正統派の美少女。
 松村先輩の同期にしてまだ高校3年生。僕みたいなヨソ者が語るのは畏れ多い人(センパイやぞ!)である上に、いろいろとムズカシい風聞もあるのだが、今日初めて会った後藤は素直にステキでした。
 「雨のピアニスト」での妖艶さや「Innocence」での危うさ。
 今までちゃんと見てなかったけれど、この人の魅力は「嘘つきなダチョウ」とか「逆転王子様」ではなくて、こういうところにあるんじゃないだろうか。
 気がつくとこの人を追っている僕がいました。
 「美しくなったでしょう?
 うん。ぞくっとするほど美しかったよ。


 余談だけど「雨ピ」の後藤の手袋、逆じゃね? 上手の後藤は左手、下手の内山は右手に手袋ってのがお約束だったのでは。


  小石。この人も初見。ぱっと見目立つ感じの人ではない。どんくさいことやBBA(と言っても20歳)なことを歳下のセンパイたちにいじられていた。おっとりとしてちょっと「不思議ちゃん」みたいなポジション。
 ふうん、けっこう歳行ってから入った人なんだねえ、という印象しか残らずに終わると思いきや、終盤の「火曜日の夜、水曜日の夜」。
 「手をつなぎながら」公演としては異色な、Dark side of AKB。
この歌のはらむ虚無感や絶望感は、Team E(というかこの日のメンバーたち)から最も遠いところにあるだろう。たとえば磯原や青木も一生懸命表現をしようとしていたのだが、いかんせん彼女たちの持つ生き生きとした生命感は隠そうとしてもこぼれ出て来てしまう(ちょうど「命の使い道」で西野からこぼれていたように)。
 そりゃあしょうがないことなんだけどさ。
 そんな中、少なくとも僕の目にはたった一人だけこの歌に入り込んでいたのが小石だった。
 心の中に静かな絶望を抱えているような、そんな表情。
 うーん、何者だろうこの人。


 UC公演組のおしりん、れおな、なっきー、それぞれに成長したね-。
 ちょっとやっつけ感想だけど。


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 お見送りをしてもらって外に出ると、12月にしては寒くない。
 すぐそばのもつ焼き屋に飛び込んでビールをあおりながら、八丁味噌味のコンニャクとさっきまでの陶然とした時間を噛みしめた。ちきちょう、なんてあっという間なんだ。次は…
 おいおい、次もあるのかよ。また来ちゃうのかよ、俺。


 あんまりシアターが呼んでくれないと、栄の子になっちゃうんだからね!

Glory days3

words
Tags:「僕」の歌、School days

   遠い空の裾野から/朝の光が溢れ出す
   Sunrise Sunshine
   ダムの門を開けたように/今、清き水が流れて砂漠の街を満たしてく

 歌い出し。
 この夜明けは、眠ろうとしても眠れずに悶々として過ごした長い夜の果ての光だ。


 明るいメロディーとマスキュリンで華やかな女の子たちのおかげで気がつきにくいけれど、これは決して「明るい青春」のうたではない。そのことは第2スタンザの、

   空しくて切なくてやるせなくて/心の器は空っぽで

 を待つまでもなく「砂漠の街」という言葉に明らかだ。
 全ての「僕」にとってその街は「砂漠」だった。
 

 劣等感と自己嫌悪。それはひ弱な自己愛の裏返し。
 何者かになりたくて仕方ないのに、何者でも無い自分。


 眠れない時間が過ぎ、夜明けの光にやっと仮初めのやすらぎを得たのを思い出す。


 15歳だった。


 何も持っていなかった。有り余る時間だけが味方だったけれど、その時の僕はそれを知らなかった。
 ただ夜明けの光の美しさのおかげで、次の一日を迎える勇気が持てた。
 その光が「希望」という名前であることを知るまでに、まだ幾ばくかの年月が必要だった。


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 新幹線に乗ったら騙されたみたいにあっという間に名古屋到着。
歌の文句の通り地下鉄8番で降りて上がって行くと、もう僕はSKE劇場の前にいた。
 何だよ、もっと早く来りゃよかったじゃんよ。なーんてね。


 ちょいと浮かれてるね、僕。
 そりゃ浮かれもしますよ。久々の公演、しかもお初の劇場なんですもの。
 公演のために買ったベルトを締め直す。
 そうそう、わざわざメタルチェックにひっかからない樹脂製バックルのベルトを買ったんだよね-。8月に。すぐ使うつもりだったんだけどなあ。やっと出番が来たよ。


 なるほど、これがグランドキャニオン。まさにその通り。
 ええ、ええ。もちろん観覧車にも乗りましたとも。おっさん一人で。
 劇場の造作は秋葉よりよっぽど上等だ。ホワイエが狭いのは共通だけど。 


 トリビア。
 栄の抽選のグループ分けって「1~10」「11~20」「21~30」って具合なのね。秋葉だと「10~19」「20~29」ってグループなのに。で、秋葉の抽選だと一桁台は9人「1~9」しかいない。
 だから抽選巡の発表は、「11番から20番」って呼ぶ。秋葉だと「10番台」。
 

 オバチャ、栄版だとちょっと言葉が多い。"Check-it-out!"とか"C'mmon"とか"Hooo!"とか。
 ちなみに難波は"Check-it-out!"の代わりに"Here we go!"で、後ろのの"C'mmon"がない。博多とジャカルタは秋葉とほぼ同じ。


 あとオバチャの時にお客はmix(タイガーファイヤーサイバー…)を打たないのね。その代わりユニゾンの「S-K-E-48」は強め。
 

 Team E。僕が最初に出会った彼女たち。
 思い出す。
 2012年5月、「見逃し公演2@TDCホール」。
  「逆上がり」で号泣してた僕。
 松村先輩の速報39位を聞いて会場を飛び出し、震える指で名前も知らぬ仲間たちに報せを送った幸福な夜。
 

 あれから3年半だ。
 去る人あり、来る人あり、Team の名は同じでもメンバーはずいぶん変わった。
 上野、岩永、金子、小林(亜)、原はもういない。
 今残ってるの、磯原、梅本、木本、酒井くらいか? あの時は斉藤はまだ研究生だった。
 その代わりの新たな出会い。井出、鎌田、それからそれから。
 それに今日は、Team の枠を越えたメンバーがたくさん来ている。何でだろと思ったら、握手会があったんですね。
 おかげで青木や石田にも再会できるわけだ。


 遠方枠のシートは前から4列目。周囲とのクリアランスは秋葉のシアターより広くて快適だ。明るいし。
 見覚えのあるフラッグ。バスケのリングがなかったっけ?
 

 目を瞑って開幕を待つ。
 早く始まって欲しい。でも始まったらあっという間に終わっちゃうから、いつまでもこの時間が続いて欲しい。そんな小さなジレンマの中で懐かしのウエストミンスターの鐘が響いた。  

Glory days2

 words

   はみ出さないようにルールを守って/壁の時計をぼんやり見てる
   水道の水が出しっぱなしで/いつの日か僕だけ溺れそうさ

 Glory days。
 どうしてこれが「栄光の日々」なんだろう。 
 僕はずっとその理由が知りたかったんだ。


--


 もうすぐ終わろうとしている2015年。
 AKBの歩みが始まって、記念すべき10周年であった今年。
 オープン10周年記念祭とか、10周年記念公演とか、それなりの盛り上がりがあった。


 それに敬愛する松村先輩にとっては間違いなくビッグイヤーだった。
 日々届けられる彼女からのメールがそのことを教えてくれた。

 
 でも僕自身のヲタ活動的には最低な年だったかも知れない。
 入れた公演はたったの2回。
 4月以降「俺何かやらかしたっけ?」と自問自答したくなるほど抽選にはじかれ続けた。まあ応募出来るのは月に数回なんだけどさ。


 DMMのオンデマの契約も、諸般の事情で全て解約した。
 新しく発売されるCDも、コンサートDVDも、発売日に届けられることは絶えて無くなった。
 タイトル曲はともかく、カップリングに隠れている名曲を探す楽しみも、今はない。


 何よりもこのブログの更新をほとんどしなかった。


 彼女たちへの愛が失われた?
 もう僕は飽き飽きしまった?


 少なくとも、最近の彼のコトバが胸に響かなくなって来ていることは確かだった。
 わかりやすい説明と繰り返しの説教、またはその両方。
 おっさんにはもううんざりだ。
  

 そんな日々の中でも、毎日届く僕の名を呼び続ける松村先輩からのメールと、月に数回だけのシアターへの応募。それだけが彼女たちの世界と僕をつなぐ細い細い糸だった。
 

 そう言えばこの6月には大阪で仕事があった。その数ヶ月前に予約したホテルは難波にした。仕事の会場からは離れていたんだけど。ひょっとしたらという期待があった。


 その夜、劇場は閉まっていた。みんなは博多へ行っていた。
 僕はグランド花月の横の居酒屋で飲み、たこ焼きを食い、ラーメンをすすり、閉まっている劇場をいつまでも酔眼で眺めていた。


 博多と栄に行く用事は、残念ながら無かった。


 暮れゆく2015年。
 このまま終わってしまうのだろうな、という漠然とした諦念。
 10周年記念の歳末なのに、なんてしけてるんだろう。
 

 そんなある日、ふとしたきっかけで見直した何度目かのUC公演ザ・ファイナル。
 ステージには松村先輩と(元)研究生たちと頼もしき助っ人。


 ちょうど1年前のアンフィシアターでの幸福な時間を思い出す。
 忘れかけていた研究生mixを小声で唱えてみる。「おしりん!れおな!わんちゃん!おぎりー!...」
 名古屋に行く用事はなかったなあ。来年はあるかなあ。


 「用事が無ければ作っちゃえよ」。


 ささやいたのは悪魔だったのか天使だったのか。


 「遠方枠ならずっと先だしスケジュール調整できるんじゃね?」。


 シアターの応募に続いて勢いで押してしまったSKE劇場、「申し込む」のボタン。
 その夜、忘れた頃に栄からの初めてのインヴィテーションがやって来た。
 僕にとって最初の出会いだったTeam E。演目は「手つな」だ。


 なるほど。
 奇跡は起きるものではなく起こすものだって何度もかおたんに教わってたじゃないか。

2014年5月23日 (金)

ラブラドール・レトリバー

words


 アマゾンさん、最近はフラゲしないのよね。
 おかげで速報4票間に合わなかったじゃない。


 最近あんまシングル曲について書いたことなかったし、どうしようか迷ったんだけど書いちゃう。
 38枚め(メジャー36枚め)のこの曲。
 

 基本、僕は他人様の作品をdisることはしないようにしてる。
 モノを作ることで飯を喰っている訳では無いものの、モノを作ることの大変さは想像することが出来る。だから他人が作ったモノをdisるくらいなら無視した方が寝覚めがいいだろうと思っている。


 でもなあ。

 
 やすす、もうちょっとやり方があんじゃないかなあ。
 だってやりゃできるんだもん、やすす。
 ついこないだ「気づいたら片想い」でやって見せたじゃんよ。
 あれかなあ、ほっといても100万行く曲と、刺さんなきゃ先に進めない曲の違いなのかなあ。


 表題曲、「ラブラドール・レトリバー」。
 こういういんちきフレンチポップは嫌いじゃ無い。初期の乃木坂でも散々聞いた。やりようによっては佳曲だったかも知んない。
 でも何だろこの薄っぺらい音は。
 

 まゆゆセンターだってんで、まゆゆヲタ喜んだと思うんだよな。
 喜んで聞いてるのかな、まゆゆヲタ。
 あんまりたくさんパート割りしなきゃなんなかったからかな。


 追記:この後聞き直してみました。「ラブ犬」30回ばかし。
 うーん、悪くないんだけどなあ。ドラムスなんかよく聞くと面白いし。なんだろこのモノ足りない感じは。印象に残らないんだよなあ。
 

 あと「レトリバー」って「レトリーブ(回収する)もの」ってことだよね。これはあれかな、去年時間切れだった中途ハンパな恋を回収して成就させるって歌の内容に掛けてるのかな。
 違うか。
 

 カップリングの「今日までのメロディー」。
 これ優子さんの「卒業ソング」なんじゃないの。
 それなのに何このやっつけ仕事。
 あっちゃん「卒業」の時に注がれた愛が全く無い。あるのは自己愛だけ。

  なんて素敵な歌なんだろう/メッセージが心に沁みる

 これ書いてて、恥ずかしくなかったか、やすす。

  なんてやさしい歌詞なんだろう/自分のこと言われてるようで…

 優子さんもよくガマンして歌ったよなあこれ。「おえっ」ってなんなかったのかなあ。さすが女優だよなあ。


 やすすはやっぱ「出来る子」はあんまし愛せないのかな。愛を注ぐのは「出来ない子」ばかり。あっちゃん然り、指原先輩然り。


 「君はきまぐれ」「愛しきライバル」。
 中学生が聞いて判りやすい詞を書かなきゃなんない事情があるのは知ってる。でもだからと言って中学生の作文でいいってのは中学生をなめすぎだろやすす。

 
 「Bガーデン」。
 「あれだろ、メンバーとヲタはこういうの好きなんだろ」って、メンバーとヲタを見くびった歌詞としか思えない。あ、ちょっとは資料を集めたんだろうけど、自分の目で見てないだろやすす。誰かに聞いたのででっちあげたろやすす。なんだよ、

  【れなちゃん】
  ジャカルタに住んでたの/タイとかオーストラリアにも

 って。あんまし興味ないんだよな。
 JKTヲタに聞かせらんねえぞこれじゃ。


 「ハートの脱出ゲーム」。
 よく判りません。企画モノだということは判りましたけど。


 あとはあれか、ぱるさんと北川の紅白でやったヤツか。
 あれがいっちゃんましかもな。


 あれかなあ、キョウビAKBのCDをマジメに聞く方が悪いって話なのかなあ。
 握手券または生写真&投票券に付属するCDだからこんなもんなんかなあ。 

2013年12月 8日 (日)

Glory days

words

   この今を青春と呼ぶのならば
   どうやって過ごせば輝くの?

 もうとうに「青春」という季節は過ぎ、「朱夏」どころか「白秋」、下手をすれば「玄冬」に差しかかっている身ではありますが、心の中に棲まう若者(ガキ)がお礼を言いたいと申しております。


 この1年遊んでいただきありがとうございました。
 さすがに涙に暮れるような出来事はありませんでしたが、公演には5回呼んでいただきました。
 松村先輩の晴れ舞台も目撃することができました。
 

 まだまだ先の話ですが、ヲタの血を引き継いだ孫ができたら、是非語りたいものです。
 「じいじはな、お前が今夢中になってるAKB48のいちばん最初の頃から見てたんだぞ。20年かけて、こないだやっとVIPにしてもらったんじゃぞ(認知症が進んでいるのか、ちょっと盛ってますね。ホントの最初は見てません)」と。


 8周年、おめでとうございます。
 次の1年もよろしくお願いします。

2013年4月 4日 (木)

2人乗りの自転車

words
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 苦い酒を飲んだ。


 言いたいことを言わずにぐっとこらえ、言いたくもないことをにこやかに言い、こみあげるものをネクタイで食い止めて、苦い苦い酒を飲んだ。


 花冷えの深夜。泥酔してふらつきながら明かりの消えたビル街をとぼとぼ歩き、ようやくホテルの部屋にたどりついた。
 冷たい水をひとくち飲んで再生ボタンをクリック。
 パソコンの小さなモニターの中、なつかしいシアターのステージに彼女たちはいた。

  ちょっと見逃してよ このまま/Go to どこへでも
  Heaven 君となら/走り続けたい
   'Cause I'm loving you!

 たわいもない、片思いの「僕」の歌。
 秋元先生お得意の、せつない物語を載せたはじけるように明るいメロディー。 
 ノンストップの4曲目ともなればへとへとかもね。
 息を切らせながら、それでも満面の笑みを絶やすことなく踊り続ける彼女たち。


 ああ、そうだね。
 笑顔は伝染するね。


 その時、不意にわかった。
 どうして僕がこんなにあの場所に行きたくて仕方ないのか。


 僕が会いたいのは彼女たちだけじゃなかった。僕が会いたいのは、あの頃の僕自身なんだ。
 夢中になって夢を追いかけてる彼女たちを夢中になって応援しているまだ叶えるべき夢が人生の先にあることを微かに予感していた頃の僕。


 シアターに行けば、あの頃の僕に会える。


 今ごろ気がついたの?
 鈍いなあ。
 そんなこといっとう最初に言ってたじゃない。
 「時間のない国」って。

  勝手な想いに/代償は要らない
  ペダル漕いでいるのは/そこに道があるから

 確かな重みを後ろに感じているのに、ことさらに前を向いて何でもないふりをしながらペダルを踏み込んでいるのは、あの頃の僕。


 さっきまで笑ってたのに、モニターの中のラインダンスを見つめなが涙が止まらない理由は、秋元先生ならよくご存じですよね。


 それにしても西野(ハッピーバースデイ!)の足はよく上がるなあ。
 でもあの衣装はダッセエよなあ。


 ちきしょう。
 また会いに行きたいぞ。

2012年11月 9日 (金)

Only today3

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video


 新々Team Aの何とか公演で、「Only today」かかったねえ。
 

 高橋総監督はさすがだなあ。
 高橋の隣で渡辺が踊っているとか、小谷がいじられているとか、すっごく新鮮。それだけでご飯3杯はいけちゃう。
 あと田野ちゃん。田野ちゃんいいなあ。こんないいとは思わなかった。「defense」で気づいたんですけどね、生で見たかったなあ、田野ちゃんの「defense」。
 あと大島(涼)。大島(涼)もいいなあ。ちょこちょこ動いて子山羊のよう。新々Aの中ではこの人のサイドステップが一番好き。


 やっぱ名曲だよねえ、「Only today」。まあアンコールということでフルコーラスは歌ってくれなかったんだけどさ。


 作曲は大内哲也。
 A1で「キスだめ」「星の温度」、K2で「ビーチサンダル」を書いた人。


 どれもフックというか、特徴のある曲。「キスだめ」のクラビネットとか、「ビーチサンダル」の、かすかに漂うモータウンフレーバーとか。フツーのアイドルとはちょっと違ったテイストがどれも耳に残ります。


 そして「星の温度」。ちょっと余談だけど、今回「Only today」について書くにあたってじっくり聞き直してみたの。したらこれ名曲じゃん? 惜しむらくはボーカルがちょっとアレなんだけど。A1、K1、S1みーんなアレ。
 いや、アレって言っちゃナニだけどさ。つーかアレはアレでオモムキなんだからしょうがないんだけどさ。でもなんかヴィンテージのオープンカーを、免許取り立てのお嬢ちゃんが運転してる感はします。クラッチつなぎ損ねてノッキングしてて、おいおい大丈夫かそれ気をつけてくれよ、つって。でもそれでも走り出すとカッコいい。最後のギター泣きすぎだぞおいって気もするが。


 大内先生。
 A4以降は曲を提供してないんだけど、是非是非もっと書いて欲しい人の一人です。


 さて「Only today」。
 これもまた、アイドルっぽくない。
 イントロの「ちっちっちっ」ってシンバルに続く「ぱ~らら~ぱ~りり~」とちょっと脱力系のラッパ、そして「んちゃんちゃんちゃんちゃ」という裏打ちのリズムがスカ調。


 この曲はA4では珍しくスタジオレコーディングの音源が入手可能な曲の一つ。6枚目(メジャー4枚目)のシングル、「BINGO!」のC/Wですから、持って無い人はAmazonへgoですよ。誰かカバーしないかな「Only today」。スカパラじゃベタかな。


 で、曲調は明るいんだけど、詞はセツナ系。
 日本語わかんないガイジンさんが聞いたら、楽しい歌だと思うよね、間違いなく。曲調と詞のミスマッチ。アキモトさんの手練手管はもうよーく知っているのに、ついはまっちゃうんだよねえ。


 主人公は終わった恋に未練たっぷりの「僕」ちゃん。


 まあ、男なら思い当たる節のひとつやふたつはある状況ですよ。野郎どもの共感を呼ぶ歌なわけです。
 特にAKBのヲタってさ、天に唾吐いて申し訳ないんだけどさ、モテる人が多数派かと言うと、決してそうじゃないよね(オブラート表現)。てかイケ面モテ夫クンはこっち来んなよお前らはPerfumeでも聞いてりゃいいじゃんよ(偏見)。しかし同じプロデューサーでも、こうまでカッコヨさが違いますかね(不憫)。


 非モテ系のAKBヲタはねえ、ちょっとした恋愛(「恋愛未満」も含む)の思い出を大切にするっていうか、引きずるというか、未練たらたらというか、とにかくまあそういうことなんだよ。

  終わってる恋なんて/思い出の無駄足

 わあってる。わってるよんなことは。でもぐじぐじぐじぐじするのが(特に非モテ系の)男の性。あ、別にこれってやすすをdisってるわけじゃないですからね。


 一方女の子はって、言うと、まあ一般論でしか言えないんだけど、ホントに終わってる恋に対する未練はち極小なんじゃないかしらん。つーか未練なしがデフォルトでは。
 「男性の恋愛は『名前をつけて保存』、女性の恋愛は『上書き保存』」っていうじゃん。誰のオリジナルなのかはわからないけれど、なかなか言い得て妙ですね。


 だとしたらね、「突然の電話」に応えて、出て来てくれた女の子、しかも手まで繋いじゃってるってことはさ、ひょっとしたらね、この恋愛完全に上書きされてないんじゃないのって思うんですよ。少なくとも男の子は勝手に納得して

  最後に 今日だけ

 なんて決めつけちゃうのはどうか、とも思うんです。


 「僕」と別れて、「あいつ」のガールフレンドになった「彼女」の中に、わずかながら「僕」への気持ちが残っているんじゃないかって。


 たとえそうじゃなくても、もしもホントに

  防波堤 腰掛けて/今さら 気づいた
  大切な宝って/後から見えてくる

 宝が見えたのなら、今からでも遅くないから何とかすべきなんじゃないかって。最近はやすすも

  君は君で愛せばいい/相手のことは考えなくていい

 なーんて言っているし。


 当然「何馬鹿言ってるの」ってひっぱたかれるかも知れないし、今のボーイフレンドである「あいつ」を含めた麗しい「友達の3人」なんて関係はぶっこわれちゃうけどさ。

  最後に 今日だけ/愚かな愛に付き合って

 おいおい、愚かじゃない愛なんてあるのか?愛とは根本的なところで、どうしようもなく愚かでエゴイスティックなんですってば。


 何かを失わずに何かを手に入れることは出来ない。誰かを傷つけずに生きていくこともまた。


 是非女の子の意見を聞いてみたいところですね。


 ところで、「Only today」のタイトルで最初に書いたのは、1月21日でした。
 リクアワ2012、2日目を映画館で見て思わずフラゲで書いちゃった。だってあんましTeam 4のメンバーのパフォーマンスが不甲斐なく見えたから。てか次の曲の「転石」があんまり迫力があったからなんだけど。

 でもね、リクアワ2012のDVDを見返してみると、そんなドイヒーって訳じゃないんですよ、Team 4の「Only today」。なんであんな熱くなっちゃったんだろ僕。もっとも「転石」もそんなゴイスーって感じではないから。まあ、ライブ(と言っても映画館だけど)マジックだったのかもしれませんね。


 そのTeam 4も、今は昔。
 ダメダメと言われた「うちの子」たちは、今も健在。おのおの新々チームに配属されて、その場所で頑張ってます。少し経ったらいつの間にかなかったことになっているのかもしれません。
 でもね、僕は憶えてるから。Team 4の「RUN」を、Team 4の「夕陽」を、そしてTeam 4のTDCの「Only today」を。

 ああああ、それにしてもあの場所で見たいものがいっぱいだあ。
 南無八幡光宗大明神お願いお願い。僕をまたあそこに招待して。

2012年6月29日 (金)

君は僕だ

words

 「Flower」について書いたのが、ちょうど1年前。
 その時、秋元康は前田敦子にあふれるほどの感謝と愛を込めてflowerを贈った。彼と彼女の夢は、大輪の花を咲き誇っていた。


 それから1年、前田敦子はAKBを去ることになった。
 どんな花も咲いたら散らなければいけないわけだ。

  初めて会った時/目も合わせなかった
  人見知りと知るまで/君を誤解していた

 彼女は会う人会う人にお愛想の笑顔を振りまく女の子じゃなかった。ソロに近いユニット曲を与えられて、歌うのが嫌だと泣いた。
 頑固と呼ばれ気まぐれと呼ばれ、およそアイドルの資質なんかゼロのように見えた。でも、彼女しかいなかった。


 彼のことを、取り巻きは天才作詞家、敏腕プロデューサーと褒めそやした。でもそうじゃないのは自分が一番よくわかっていた。
 金の匂いに敏感な「業界の鮫」とけなす者もいた。でもそんな大層なもんじゃなかった。どんなに成功しても「ここは自分のいるはずだった場所じゃない」という思いが、いつも彼につきまとって離れなかった。


 そういう二人だった。

  君は僕だ/そばにいるとわかる
  みんなのように/上手に生きられない

 作詞家、プロデューサー、そして何よりも現役のアイドルを嫁さんにしちゃうほど生粋のアイドルヲタである秋元康の夢の結晶であるAKB48。そのコアにはいつも前田敦子がいた。
 そして夢は花開いた。ように見えた。

 
 秋元康は、前田敦子のことを「目の中に入れても痛くないくらいかわいい」と表現しようとして言い直した。「目の中に入れたら痛かったよ」と。
 そう、どんなに痛いとわかっていても、目の中に入れずにはいられないほど、前田敦子は愛おしかったんだ。


 その前田の「卒業」。


 2012年3月25日、さいたまスーパーアリーナ。
 突然の「卒業宣言」に「業界」は文字通り震撼した。
 秋元は関係者に事前の告知も、根回しも、相談も一切していなかった。あの瞬間、SSAの関係者席で秋元の周りにいた「大人たち」はみな一斉にひっくり返ったという。

  君は君だ/好きなように生きろ
  まわりなんて/気にしちゃつまらないよ

 なあに、大人の事情なんざ知ったこっちゃない。君が好きなようにしたらいい。


 その後どれだけのトラブルが秋元を襲ったのだろう。
 「AKB48不動のセンタ-前田敦子」の名前には巨額の値札がついている。毛一筋の傷がついただけでも億単位の金が吹っ飛ぶ。それが卒業とは。


 「代理店の人が謝って回ったんじゃないですか」と彼はこともなげに言う。でも防波堤となってこのトラブルの波から前田を守れたのは秋元以外にはいなかったろう。

  君は君だ/自由でいて欲しい
  悲しみに出会っても/すぐそばに僕がいる
  どんな時も/心配しなくていいよ

 卒業が決まって、彼女はすっかり明るくなったと人々は言う。センターの重圧がどれほどだったのか、改めて思い知ったとも。


 一方、卒業が決まって、彼もちょっと変わった。
 彼は彼女のことをずっと「前田」と呼んでいた。どんなに痛くても目に入れずにはいられないほど愛する少女を、ことさらに突き放すように。
 卒業が決まってから、彼はいつの間にか彼女を「あっちゃん」と呼ぶようになった。人一倍自意識の強い彼が無意識のうちに、「あっちゃん」と。
 彼女はその瞬間を憶えていた。

前田:私は憶えてるんです。この間の総選挙が終わった後に、みんなでご飯を食べている時に、秋元さんが、ちょっと立って、向こうの大人の人たちの中に混ざろうとした時に「あっちゃんちょっと後ろごめんね」って。それがきっかけで…
秋元:何かさ、すごい娘と和解した感じだよな…
オールナイトニッポン 2012/6/15

 二人の関係が変わった瞬間。それは和解というよりも、新たな出会いじゃなかったのかな、と思う。
 その時秋元もまた、ずっと背負っていた重い荷物のひとつを降ろしたのに違いない。

  僕は僕だ/勝手にさせてくれ
  強がりのすぐそばに/いつだって君がいる

 歌はこう結ばれている。でもあっちゃんは去って行くだろう。秋元もそれは知っているだろう。


 先生も男の子なら、最後までカッコつけなくちゃね。

2012年6月26日 (火)

ファースト・ラビット

words
video

 祭りを終えて日常生活、と思っていると、また次の祭りがはじまってしまうのがAKBの恐いところ。ね、「第1回ゆび祭り」無事終了でご苦労さまでした。
 ゆび祭りってあれだろ、6月14日が初日だったんだろってくらい祭りでしたね。


 そう、指原莉乃のこと、今さらだけどやっぱ言っておこう。
 いや、僕にしたら指原先輩と呼ばにゃいかんか。

 
 指原先輩、急な転勤ご苦労様です。関東のもんにしてみれば、福岡も大分も九州だろ? くらいの認識なんだろうが、全然違うよねえ、群馬と茨城くらい違うよねえ。群馬じゃこんにゃく喰って「そうだんべ」だけど、茨城じゃ納豆喰って「そうだっぺ」だもんねえ。
 大変だろうと思います。どうか心身をお大切に。


 研究生時代にヲタとつるんでやらかしちゃったなんてどうだっていいじゃんか、と思うんですよ。
 「誤解を招くような行動をした」なんて、全然誤解なんかしてないし。
 ヲタとつるんでやっちゃったんでしょ。あってるでしょ。誤解じゃないじゃん。
 

 文春はしょうがねえや、身過ぎ世過ぎのショウバイだから。
 よくわかんないのは、指原先輩のヲタと称する輩が、何か悲憤慷慨してるんだよね。
 「お前は多くのファンを、仲間を裏切った 」とか。


 今、現在進行形でヲタとつながってた、というのならまだわからなくもない(わかんないけどね、ホントは。全然わかんない)。
 4年前くらいのことだろ、これ?


 お前ら指原先輩知らなかったろ、この頃。
 お前ら「AKB1じ59ふん!」なんか見たことないだろ(ま、僕もないけどね)。
 AKBなんかいつ潰れてもおかしくなかった頃なんだよ。メディアの連中が薄ら笑い浮かべて「アキバ枠で紅白ですか、すごいっすね秋元さん」ってバカにしてた頃のことなんだよ。


 アイドルヲタしか取り柄のないいじめられっ子の田舎のガキが夢だけ抱えて上京して、明日の行方もわからない中でやっと舞台に立った頃の話なんだよ。生まれて初めてモテて舞い上がっちゃったってしょうがねえだろうが。

 考えようによってはこの男がいたから、先の見えない研究生生活を何とか踏ん張れたのかも知れないんだぜ、指原先輩。お得意のヘタレが出ちゃってたら、お前ら金輪際指原先輩に会えなかったんだぜ。


 「研究生時代は指原がお世話になりました。ありがとうございました」くらい言ってやってもいいんじゃねえの? もちろん「この先莉乃ちゃんは俺らが支えますから薄汚い写真と一緒に地獄に堕ちて下さい」ってことでもあるんだが。あ、莉乃ちゃんっていうのはイヤがらせね、指原先輩への。それくらいは許容範囲。


 それを「お前は多くのファンを、仲間を裏切った」だと。
 バッカじゃねえの。
 薄気味悪いったらありゃしない。


 あと博多のヲタのみなさん。
 左遷だ植民地だ太宰府だ菅公だって言われて複雑なのはわかりますけどね。
 でも指原先輩が来るのはビッッッグチャンスだと思うんですよ。
 

 自力でやりたいのわかりますけど、使えるもの何でも使って這い上がった方がいいと思うんです。
 怒んないで聞いて下さいね。


 HKT、このままだったら埋もれちゃいます。
 「6635票 第47位 宮脇咲良」。
 ただのお祭りとお思いかも知れません。「選抜総選挙 ファンが選ぶ64議席」。
 確かにただのお祭りでしたが、ものすごい力のこもったお祭りでした。
 宮脇、立派なお嬢さんだと思いました。こういう人を上げてくるヲタもエラいと思いました。でも悲しいかな博多のプレゼンスはたったそれだけだった。


 「6335票」。


 「次回頑張る」。そう思ったかも知れません。でも「次回」なんてない。
 少なくとも「次回頑張る」と思う人に「次回」はやってこない。AKBってどうやらそういう場所なんです。「私たちに次回なんかない」と思い切れた連中だけが上がれる場所みたいなんです。


 あれだけ可愛がっていた指原先輩を送り込む、秋元康は博多に相当危機感を感じているんだと思います。
 だから「余計なお世話だ」とおっしゃるでしょうが、指原先輩でもなんでも使い倒して下さい。
 博多にとって彼女は「最初のうさぎ」になるんです。

  何故だかドキドキしてきて/僕は一番目に走る
  傷つくことを恐れはしない/何があっても怯まずに

 「傷つくこと」? そんな生やさしいことを歌わせたつもりじゃないでしょ秋元先生。
 ドキドキするのは、「生きるか死ぬか」だから。


 そう、「最初のうさぎ」とは「生け贄」のこと。
 鷹の爪か狼の牙かライフルの銃弾か、それらのどれかにかかって赤い血を流す、最初の犠牲のうさぎ。

  誰も赤い血を流して/生きてることを実感するんだ
  命を無駄にするな

 「命を無駄にするな」とは「死に場所を選べ」ってことでもあるわけです。


 指原先輩にとって博多がよき死に場所となりますように。

2012年2月27日 (月)

君はペガサス

words
video

 「冬を運び出すには小さすぎる舟」2月が過ぎようとしてます。


 A4公演「ただいま恋愛中」が始まったのが2007年2月25日、5年前の今日。当初はクリスマスくらいに「クリスマスがいっぱい」を書いて、2月末にはA4に入れるかな、当時の季節感もよく判るし、なんて目論見もあったんですけどね。

 
 それなのに 「MARIA」だけで2ヶ月近くかかっちゃった。名曲だけにいっぱい書くことがあったし、何より途中いろいろあってぐったりしちゃった。それに仕事も忙しかったし(まじでまじで)。


 ホント言うとまだ書き足りないこともあったのだけど、とりあえず進まなきゃ。


 で、次の曲。


--


 前曲「MARIA」を歌い終わり跪いた3人の後ろに、すっと現れた立ち姿の4人、秋元宮澤のツインタワーに佐藤(夏)、野呂のシルエット。
 4人が頭サビの歌にあわせてゆっくりと前方に進んでいくのとシンクロして「MARIA」の3人が同じテンポで下がっていく。ここのところ衛兵交代みたいでカッコいいね。


 頭サビ後の間奏でも後ろに下がった「MARIA」の3人はその間前4人のフリをなぞってから退場する。前曲とのこういう有機的な「つなぎ」はこれまでの公演では見られなかったけ試み。H1の「愛しさのディフェンス」から「向日葵」なんかでも効果的だった(おっとフライング)。


 つばの広いマスケットハットに派手な羽根飾り。
 「MARIA」が「華やかな喪服」ならば、「君はペガサス」はさしずめ「三銃士」。"Un pour tous, tous pour un"。人数も4人(三銃士とダルタニアン)と揃っている。
 ツインタワーは白、佐藤(夏)は青、野呂は赤。ルイ13世御宇のフランス王国、戦争有り冒険有り陰謀有りロマンス有りの華やかな時代を偲ばせるいでたち。


 男装の麗人とくれば秋元宮澤が似合わないわけはないの上に、意外と言っては失敬だが青佐藤(夏)と赤野呂もカッコイイ。こういうミリタリーなコスは、痩せぎすよりは野呂のようにちょっとぽっちゃり(おおってまた失敬)の方がミバがいい。
 しかも全員160cmオーバーなんだよね、この4人。長い羽根飾りのせいでさらにでっかく見える。コリオグラフもダイナミックなこと華やかなこと。右手を振り上げながら反らせていく肩から腰のラインがきれい。宝塚風と評されたのもうなづけます。


 衣装は17世紀フランス風なんだけれど、タイトルの「ペガサス」はギリシャ神話に出てくる羽根の生えた天馬。こんな感じの。
 でもねえ、何かしっくりこないんだよなあ、歌の世界観と「ペガサス」が。

  君の背中の/翼が折れて
  夢はあっけなく終わる
  この手を伸ばしても/愛は跡形もなくサヨナラ

 解釈はいろいろ出来るだろうが、歌のココロは大筋として「突然訪れた僕と君との別れ」という線で間違いないだろう。
 そこに心変わりや憎しみがあったわけではないが、愛か若さか愚かさか、またはそれら全てのものゆえに自ら招いた何かによって引き裂かれた二人の姿が暗示されている。 


 でもそのメタファーとしてペガサスってのはどうなのよ。


 多少の異同はあるだろうけど、神話によればペガサスは、ペルセウスによって首を切られたメデューサの血から生まれたと。一説には文芸の神ムーサに飼われていたとも言うが、残念ながら内田田名部中田仲谷は歌ってないのね「君ペガ」。
 ペガサスはいろいろ仕事をして最後は星座になるのだけれど、その間ずっと翼は健在で、天馬のまんまで空を飛んで過ごしました。


 ましてや

  君は自分で/翼を捨てて
  まっさかさまに墜ちていく

 と、自分のせいで翼を失うことも墜ちていくこともなかった。乗っけてた人を振り落としたって話はあるけれど。

 
 そもそもタイトルが「君はペガサス」でしょ。相方を翼がついているとは言え、馬にたとえるってどうなの。
 しかもその翼を失う、と。
 ペガサスから翼を引いたら馬しか残らないじゃん。ますますどうなの。


 ギリシャ神話の中には人や神様が動物に変化したりその逆だったりする話がケッコウあって、牛に化けたり白鳥に化けたりして夜這いをかけて、しまいにそのまんまの姿で星座になっちゃったり(これがホントの「さらし上げ」だよな)するわけ。でもペガサスってずっと翼付き馬のまんま。念のため岩波文庫版ギリシャ神話にあたってみたが、ペガサスが人に化けるまたはその逆ということはありませんでした。


 で考えたんだけど、秋元先生これ神話の別のキャラクターと混同したりしてなかったかしら。


 たとえば、イカロス。

 ダイダロスとイーカロスの親子はミーノース王の不興を買い、迷宮(あるいは塔)に幽閉されてしまう。彼らは蝋で鳥の羽根を固めて翼をつくり、空を飛んで脱出したが、イーカロスは父の警告を忘れ高く飛びすぎて、太陽の熱で蝋を溶かされ墜落死した。彼が落下した海は、彼の名にちなんでイーカリアー海と名づけられた。

 おなじみイカロスの一席。ある年齢以上の人は、この歌に軽いトラウマがあるかもですよね。


 イカロスは高く飛びすぎ、太陽の熱のために翼を失って墜ちてしまった。
 やってはいけない、と警告されていたことをしてしまった結果のことなのだから、自分のせいで翼を失ったってわけだ。


 だからペガサスではなくイカロスだったら、「翼が折れて夢があっけなく終わる」のも「翼を捨ててまっさかさまに墜ちてく」のもわかる。


 さらに第2スタンザ

  もっと 近づくことが/もっと 分かり合う
  たったひとつの道と誤解していた

 も、「近づきすぎて傷つけあってしまった僕と君」を「太陽に近づきすぎて翼を失ったイカロス」になぞらえることができる。
 

 どうでしょ。「君はイカロス」。
 しっくりくると思うんだけどなあ。


 と思ってたら、古参の◎◎みすとさんは、2007年の時点であっさり気づいてらっしゃいました。

 「君はペガサス」元々ペガサスって、ゴーゴン(メドゥーサ説もあり)がペルセウスに討たれた時の血から産まれたんだそうだ。ちなみに太陽に向かって飛び、翼が落ちて死んだのは「イカロス」ね。
 

 ねえ。ちゃんと見てる人は見ていると。天の下に新しきものはなにひとつもないねえ。


 この解釈、難を言えば「僕」が主人公の歌にも関わらず神話のイカロスは男の子ということ。つまり男の子と男の子。そこにひっかかる人もいるかもしれないが、それを言ったらペガサスなんかキホン馬だしね。馬よかましだよね。
 てか、妄想めいているんだけど、むしろ積極的にこれを「僕と男の子の恋の話」と解釈したって悪くはない。


 男の子同士の恋だとすれば、歌の終わりの

  誰も見たことない/愛を思い続けた罰さ

 あたりの「ふつうとは違う愛」についての「罪の意識」や「後ろめたさ」がすっきりと腑に落ちる。


 そもそもギリシャ神話って少年愛に親和性が高いんだよね。


 男装の麗人が歌う男の子同士の恋の歌。
 腐の人にはとかく不評なAKBだけど、どうでしょうこの筋は。


 え? 捻りすぎ? 
 何言ってるんすか、何度も言うけど「オトコ・オンナ・ゲイしかいない」のがAKBのデフォルトだってことを忘れちゃいけませんて。

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