天文

2011年11月 7日 (月)

月のかたち

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 新しいタグつくっちゃった。
 「A dark side of AKB」。


 地下アイドル板の楽曲スレで、ときどき話題になるAKBの暗黒面。


 AKBっていうと、世間的には明るくてポジティブで前向きで「努力は必ず報われる」歌ばかりって印象が強いんだろうけど、ちょっと詳しく聞くようになると、決してそんな曲ばかりじゃないってことに気づく。
 これまで聞いてきた曲の中にも、かなわない片思いをネガティブに歌ったA1の「星の温度」とか、結末に心中を暗示するK2の「禁じられた2人」とかがあった。


 そりゃそうだよねえ。人間明るくポジティブだけで生きてけるわけじゃないもんねえ。
 フランツ・カフカは「僕の人生は、自殺したいという願望を払いのけるためだけに、費やされてしまった」んだそうだ。
 ま、今カフカが生きてても、AKBは聞かねえだろうなあ。でも秋元康はカフカにもマーケッティングをかけるんじゃないかしら。


 カフカほどではないにしろ、誰でも心に暗黒面を持っている。そこに語りかけるような曲。
 秋元先生はちゃーんと用意してくれてます。ケッコウみんな好きだよね、そういうダークな曲。


 で、「月のかたち」。


 作曲は秋元先生のかつての盟友ゴッキーこと後藤次利。
 A2で「リオの革命」を提供しA3では「田中角栄音頭月見草」も書いてる。その後もぽつぽつと楽曲を提供していくんだけど、井上ヨシマサほど重用はされなかった。秋元先生のリテイクの嵐についていけなかったのかしら。

「アイツはやめとけ!」/誰もが言うでしょう?
悪い噂/Bad girl!

 余談だけどこの「Bad girl!」って、ずっと「ばっかー」とばっかり思ってた。DVDでもCDでもエルは聞こえないんだもん。


 悪い噂を立てられちゃった女の子。ぱっと見が派手で、行動も目立つんだろうね。だから「悪い子」って思われちゃってる。
 でも他人の目に見えない部分、月で言ったら日が当たらなくて見えない部分をわかって欲しい。

月のかたちのように/欠けるけれど
闇に隠れた自分は/そう 変わらない

 若さってのは、決して素晴らしいだけのもんじゃない。
 未熟さゆえに、自分やまわりを傷つけないではいられないことってたくさんある。この子のように

誰か 私にかまって!

誰か 弱さをわかって!

 と、隠れた部分では悲鳴を上げているのに声を出せない。


 かまって貰いたいならば、まずは自分から近づかなきゃいけない。傷つくかもしれないけれど。
 わかって貰いたいならば、わかって貰えるように隠れた部分も見せるしかない。それがどんなに苦痛でも。
 ついでに言えば悪い噂を立てられたくなかったら、まず悪く見えないようなカッコをしなきゃいけないよねえ。たとえそれが気に入らなくても。
 いや、ホント、見た目って大事よ。ヤング諸君が思ってるより。


 ってのがオジサン的アドバイスなんだけどねえ。


 でもそういうのって、年取らないとわかんないし、わかってても出来ないのが若さなんだねえ。まさに

大人は(大人は)/汚れた分だけ
気軽に(気軽に)/生きられるのね/I can't do it.

 ってこと。
 いやいや、決して気軽に生きてるわけじゃないですよ。
 汚れたってのは否定しませんけれど。


 「努力は必ず報われる」って、高橋は言う。
 「私がそれをみんなに証明したい」って。でも誰も彼もがたかみなになれるわけじゃない。秋元はそれも知っている。
 秋元はそんなこと百も二百も承知の上で、女の子の現実を歌い上げる。


 「ぼくは人生に必要な能力を、なにひとつ備えておらず、ただ人間的な弱みしか持っていない」と言ったカフカも、この曲なら聞いてくれるかもだよね。

2011年6月 1日 (水)

君が星になるまで2

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 まあ、どの曲も秋元康からのギフトであることには変わりないのだが、その中でも特にメンバーへダイレクトに何かを注入しようとする詞を書くことがある。いわばメンバーへのメッセージソング。


 A1では、「桜の花びらたち」。
 デビューシングルでありながら「君たちはここを卒業して行かなければいけないのだよ」というメッセージをこめた曲。

桜の花びらたちが咲くころ/どこかで誰かが きっと祈ってる
新しい世界のドアを/自分のその手で開くこと

 秋元先生にはいろんな可能性のドアが見えているし、それを指し示すこともできる。でもそのドアを開けてあげることはできない。
 秋元に最後にできるのは、彼女たちが自分の力でそれを開けられるよう祈ることしかない。


 A2にはそういう曲は見当たらない。あえていえば「未来の扉」に、「やるなら死ぬ気でやれよ」というお説教を聞くことはできる。


 そしてこの曲。
 昨日書いたように、この曲は「発展途上のアイドルが歌う、発展途上のアイドルを励ますヲタの歌」。


 ここでいうヲタとは、もちろんステージに声援を送っている客のことなのだが、同時にこの詞の背景にいる、秋元康その人のことでもある。
異論はあろうが、世の中でAKBが一番好きなのは秋元本人であり、彼こそが「キングオブAKBヲタ」と言っていいと僕は思っている。
 じゃあどうしてあんなことやこんなことをして、メンバーを泣かすんだよ、という声もあるだろう。思うに、彼は自分のやったことについて「ひっでえことするなあ」と思いながら涙しているのではなかろうか。


 「君が星になるまで」は、拙ブログの分類上「『僕』の歌」ということになっている。歌の主人公が「僕」である一連の楽曲に付けられるTagなのだが、この曲は他の曲とは様相を異にしている。
 他の曲の多くが、切ない恋を歌っているのに対し、この曲の「僕」は、激励はするものの明らかな恋愛感情を発露していない。そもそもこの曲は、一人称の「僕」なんかなくても成立しそうである。


 事実、第1スタンザに「僕」は出てこない。第2スタンザのBメロ2に入って、一度現れるだけである。

君が星になるまで/僕は空見上げ 信じているよ
祈りが永遠より長くたって…

 なんかずっと一人称を抑制してきていたのが、我慢しきれずに飛び出しちゃったみたいね。
 それでも他の「『僕』の歌」では、自分でも手に負えない思春期の自我を象徴するようにくどくどしく「僕」がどうしたこうした歌っているのだが、それに比べるとずっと控えめ。

 
 そりゃそうだ。この歌の「僕」は、思春期なんぞとっくの昔に通り越して、酸いも甘いも苦いも旨いも味わい尽くしたおっさんなんだもの。


 そう、メンバーもシアターの客も、この「僕」が秋元康であることをよく知っていた。
 おっさん、もう少しオブラートにくるんだ歌詞が書けないのかよ。熱くなりすぎ。そう思う客はいなかった。熱くなきゃヲタじゃないもんね。


 K2がシアターにかかったのが2006年の7月。その直前の6月9日、AKB48はミュージックステーションに初出演した。

憧れていた一等星が/近くに見える
君に輝いて欲しい

 Mステでメンバーが近くで見た「一等星」って誰だったのだろうね。


 いずれにせよ、秋元は彼女たちが一等星たちに並んで光り輝くことを誰よりも望んでいたし、そうなると信じていた。たいしたおっさんである。

2011年5月31日 (火)

君が星になるまで

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「青春ガールズ」の3曲目。
 オープニングのアカペラから、この曲まで制服のまま歌い抜ける。


 とりあえずつけてみたが、もうちょっとしっくり来るTagはないだろうか、と思案中。


 この曲を雑駁にサマライズするならば、「星(スター)を目指す発展途上のアイドルを励ますファン(ヲタ)の歌」。
 「君がスターになるまで、応援し続けるよ」という内容。

君が星になるまで
夢をあきらめない強さを持て!
煌めく可能性が見えるはずさ

 こういう歌を、当の発展途上(当時)アイドルに歌わせるところが秋元らしさ。別冊月刊カドカワで山下剛一が、「メタ性」「自己言及性」という用語で指摘している秋元ワールドの特徴のひとつ。

[メタ]≒[自己言及]とは、簡単に言うと、その作品の中で、その作品自体について言及したり説明したりする感じ。

 
 懐かしいところでは、なんてったって、「アイドルが歌うアイドルの歌」。

恋をするにはするけど/スキャンダルならノーサンキュー
イメージが大切よ清く正しく美しく/なんてったってアイドル

 ね(全く何も参照せず正確に歌詞を引用できた自分にびっくり)。


 秋元康先生御年29歳の御作。


 「アイドルがあっけらかんと歌うアイドルの歌」に、みんなびっくりし、夢中になった。
 なお、小泉今日子は、「アイドルをアイドルたらしめてる虚構のアイドル性」を歌ったこの曲をスプリングボードにして、「アイドル小泉今日子」から「アイドル以外の何ものかであるコイズミ」に変貌して行った。


 それから四半世紀(だってよおい)。秋元の詞の自己言及性は、さらなる進歩を遂げている。


 すなわちこの曲では、「発展途上(当時)のアイドルが歌う、発展途上のアイドルの歌」ではなく、「発展途上のアイドルが歌う、発展途上のアイドルを励ますヲタの歌」というひとつ捻った構成になっている(のでTagに迷う)。


 舞台上のメンバーを応援している客席からの応援歌を当のメンバーが自分たちで歌う。
 うーんと極端な要約をすると「フレーフレーあ・た・し」なわけ。


 一歩間違えればおいおい何だよそれ恥ずかしいなあ、となってしまう危うい構造。


 たとえばさあ、誰がいいかな、最近の売れっ子で言うと、Exileがこんな歌を歌ったらどう?

黒い顔して/ぐるぐる回る
がんばれーかっこいいー/追い出されっちゃったひとー

 どうだろう? 
 うん、想像してみるとやっぱちょっと引くよね(Exileを選んだのは全く他意はありません。たまたま思いついただけです)。


 K2においてこの曲が破綻せずに成立している理由の一つは、そこが他とは全く違う特別な空間、シアターであったということだろう。
 ライブを全く知らない僕でも、DVDや各種資料から垣間見られる(当時の)舞台と客席の一体感・親密感は容易に想像できる。そこではトラブルですらまるでファミリー・アフェアの一環であったかのように語られている。

みんなが見てる/ここは 小さな宇宙
流星群が/天体望遠鏡の中

 その時ステージと客席はひとつの小宇宙であった。
 そしたら流星群はやはりサイリウムかしら。
 

 こういうセッティングでこそ、「舞台から語られるヲタの心情」を何の臆面もなく歌い上げることができたのだろうし、客席からは共感を持って受け入れられたのだろう(あとこれはあくまでも可能性なのだが、歌っているメンバー自身が歌詞の意味するところを理解してなかった、というまあ、あり得ないことだとは思うが、そうゆうふうな状況があったりなんかしたり…)。


 この曲が成立しているもう一つの理由は、この曲が他ならぬ秋元康からメンバーへのギフトであるからだ、ということを書こうと思ったのだが、長くなりそうなので、また今度にします。


 早くBlue Roseに行きたいのに足踏みかしら。

2011年3月21日 (月)

星の温度

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 空にはたくさんの星がある。雲の少ない冬の夜、冷たい空気を通して、冴え冴えとした星々の光が地上に降り注ぐ。あの星々が、ホントは熱く燃えているってことを、知識では知っていてもどうしても実感できない。

星の温度/遠くで燃えてる
恋心 気づいて欲しい

 この曲は「星の温度」という言葉の持つイメージ喚起力一発ででもうオッケーってな感じ。
 真っ暗な宇宙。まわりに全く何も無い本当の真空の中、星が瞬いている。届くのは光だけ。
 でももしその星に近づいたら、それが信じられないくらいの温度で燃えていることに気がつくだろう。
 そしてその時、君は燃えさかる星の引力に負けて落ちていくだろう。

 ちなみに太陽程度のG型主系列星でも表面温度は約6000度(K)。近づけば燃え尽き溶け尽きて何も残らないだろう。冷たく青白い光りを放つ星ほど、温度は高い。

 この曲、DVDで聞くと何人かのユニゾンで始まるんだけど、CDだと誰かのソロなんだよね。ちょっとか細くて音程が不安定な声。印象としては板野の声なんだけど。聞き分けられる人、いるかな。
 か細くて音程が不安定なんていうと、ヴォーカルとしてはさんざんな言われようだが、それがむしろ「男の子に見つけてもらいたいんだけど、声を掛けることもできなくて、離れたところで思いを募らせている」女の子らしくていいなあ。アイドルソングとはそういうもの。

 メモリストによれば他のメンバーが歌う「星の温度」もあった由。なお平嶋は酷評されていた。その後も星の温度&平嶋の組み合わせはネタになっていた。


 2011年9月9日追記:ANNに平嶋が出演、「星の温度」との因縁について語った。
 いわく、「(1000回記念公演で)『星の温度』歌ってまた歌詞間違えて、笑われて…」
 「(サプライズで平嶋が登場する直前)前の列のお客さん、私だってわかった途端、手をね、祈るポーズにしたの。で、あたしが出てくる瞬間に『なっちゃん頑張れ』ってちっちゃい声でつぶやいてたの聞こえちゃったの。プレッシャーかかりましたね…だから(歌詞間違ったの)その人のせいでーす」だってw。
 

 このANNを聴いて、平往時を知るペトリ堂御堂主が平嶋についていわく。「鶏を絞め殺すような『星の温度』」。相変わらずヒドス。
 もっとも「あの頃は『金取ってこりゃねえだろう』と思って観ていたが、金は払うから観たい」と続くに至っては涙を禁じ得ない。

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 雨。一部には放射性物質のフォールアウトを懸念する向きもあったが、街は平静。人影と車は少なかったけれど。スーパーもほぼ平常の様子。米と牛乳と鶏卵が払底しているのと閉店時間が早いのを除いて。

 
 

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