2014年5月23日 (金)

ラブラドール・レトリバー

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 アマゾンさん、最近はフラゲしないのよね。
 おかげで速報4票間に合わなかったじゃない。


 最近あんまシングル曲について書いたことなかったし、どうしようか迷ったんだけど書いちゃう。
 38枚め(メジャー36枚め)のこの曲。
 

 基本、僕は他人様の作品をdisることはしないようにしてる。
 モノを作ることで飯を喰っている訳では無いものの、モノを作ることの大変さは想像することが出来る。だから他人が作ったモノをdisるくらいなら無視した方が寝覚めがいいだろうと思っている。


 でもなあ。

 
 やすす、もうちょっとやり方があんじゃないかなあ。
 だってやりゃできるんだもん、やすす。
 ついこないだ「気づいたら片想い」でやって見せたじゃんよ。
 あれかなあ、ほっといても100万行く曲と、刺さんなきゃ先に進めない曲の違いなのかなあ。


 表題曲、「ラブラドール・レトリバー」。
 こういういんちきフレンチポップは嫌いじゃ無い。初期の乃木坂でも散々聞いた。やりようによっては佳曲だったかも知んない。
 でも何だろこの薄っぺらい音は。
 

 まゆゆセンターだってんで、まゆゆヲタ喜んだと思うんだよな。
 喜んで聞いてるのかな、まゆゆヲタ。
 あんまりたくさんパート割りしなきゃなんなかったからかな。


 追記:この後聞き直してみました。「ラブ犬」30回ばかし。
 うーん、悪くないんだけどなあ。ドラムスなんかよく聞くと面白いし。なんだろこのモノ足りない感じは。印象に残らないんだよなあ。
 

 あと「レトリバー」って「レトリーブ(回収する)もの」ってことだよね。これはあれかな、去年時間切れだった中途ハンパな恋を回収して成就させるって歌の内容に掛けてるのかな。
 違うか。
 

 カップリングの「今日までのメロディー」。
 これ優子さんの「卒業ソング」なんじゃないの。
 それなのに何このやっつけ仕事。
 あっちゃん「卒業」の時に注がれた愛が全く無い。あるのは自己愛だけ。

  なんて素敵な歌なんだろう/メッセージが心に沁みる

 これ書いてて、恥ずかしくなかったか、やすす。

  なんてやさしい歌詞なんだろう/自分のこと言われてるようで…

 優子さんもよくガマンして歌ったよなあこれ。「おえっ」ってなんなかったのかなあ。さすが女優だよなあ。


 やすすはやっぱ「出来る子」はあんまし愛せないのかな。愛を注ぐのは「出来ない子」ばかり。あっちゃん然り、指原先輩然り。


 「君はきまぐれ」「愛しきライバル」。
 中学生が聞いて判りやすい詞を書かなきゃなんない事情があるのは知ってる。でもだからと言って中学生の作文でいいってのは中学生をなめすぎだろやすす。

 
 「Bガーデン」。
 「あれだろ、メンバーとヲタはこういうの好きなんだろ」って、メンバーとヲタを見くびった歌詞としか思えない。あ、ちょっとは資料を集めたんだろうけど、自分の目で見てないだろやすす。誰かに聞いたのででっちあげたろやすす。なんだよ、

  【れなちゃん】
  ジャカルタに住んでたの/タイとかオーストラリアにも

 って。あんまし興味ないんだよな。
 JKTヲタに聞かせらんねえぞこれじゃ。


 「ハートの脱出ゲーム」。
 よく判りません。企画モノだということは判りましたけど。


 あとはあれか、ぱるさんと北川の紅白でやったヤツか。
 あれがいっちゃんましかもな。


 あれかなあ、キョウビAKBのCDをマジメに聞く方が悪いって話なのかなあ。
 握手券または生写真&投票券に付属するCDだからこんなもんなんかなあ。 

2012年1月24日 (火)

向日葵

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 AX(違うってば)の余韻冷めやらぬ今日この頃いかがお過ごしでしょうか。
 でもすごいチャートでしたねえ。
 DVDは「孤独なランナー」ヴァージョンで決まりだねえ。


--


君が君であるために/立ち上がるまで待ってるよ

 それはそうと、阿部さん、呼び捨てにしてゴメンナサイ。先日はちょっと取り乱してしまいました。
 阿部さんだけの問題でも、阿部さんが特に問題なわけでもないんです。でもやっぱ阿部さんに象徴される問題ではあるんです。
 こんなこと16になったばっかの女の子に言うのはフェアではないのでしょうが。 


 なんかさ見ててクヤシかったわけ。


 オンデマの「僕の太陽」公演を見始めた頃のこと。
 当然誰が誰だかわかんないわけです。市川と竹内くらいしか見知った顔はいない。でもある時「何だあの子」って目を惹いた人がいて、それが阿部だった。


 でかいからね。
 うそうそ。もちろんでかいからだけじゃなくて、カッコよかったからなんですけど。颯爽としてて、ダイナミックで、それでいて女の子っぽくて。
 映像で見てあれだったら、現物すげえだろうなあ、と想像するに難くない感じでした。。
 それから「僕の太陽」公演見る度に注目するんですけど、常に毎回目を惹くって訳じゃないのね。あれ、今日阿部休み? ああ、いたいた、なんて時も少なくない。


 「僕とジュリエットとジェットコースター」はたいてい伸び伸びやってるのになあ、全体曲だと隠れちゃう。ていうか、むしろ目立たないようにしてるの? クラスで男子より先に身長が伸びちゃった女の子が、ちょっと背を丸めてるみたいな。「あんまし見ないで」と言いたそうな。


 現場も見てない上に、勝手な印象で偉そうなこと言っちゃってすみません。
 でも阿部さんが目立つ人だから阿部さんのこと書いちゃったんですけど、たぶん阿部さんだけの問題じゃないんだよ。


 AKBのステージ映像見てるとさ、歌やオケの他に「ズバッ」とか「ビューン」とか「シャキーン」とか「キラリーン」って音が聞こえることあるでしょ。あるよね。あるある。
 誰だよ幻聴って言うのは。はい。幻聴ですよ。頭おかしいんだよ。
 だって「楽園のようなここ」なんだもん頭もおかしくなって当たり前。


 でさ、H1のDVDとか見るじゃん。表でも裏でも。たとえば「Run Run Run」。
 幻聴聞こえまくるでしょ。「シャー」とか「グーン」とか「ピカピカッ」とか。何人かは目から特殊光線出してるよね。あ、それは幻視か。
 大島(優)とか中西とか小野とか、あれ現場で目があったら即死でしょ。小嶋だって断じてくるくる回ってるだけじゃないなあこじぱ。にこっと笑ってぐさってやるでしょぱるさん。
 

 Team 4の「僕の太陽」だってさあ、幻聴幻視が聞こえたり見えたりすることはあるよ。あるけど、何だろ、まったり感があるというか疾走感が乏しいというか。
 入山とか加藤とかデフォルトですぐにでも特殊光線出せそうなのに、あえて出さないというか(「在宅が何言ってんだ現場じゃ死屍累々なんだよ」ってコトでしたらソッコー全文削除ですよその方が僕も嬉しいもん)。


 「転石」のTeam Kがすごかったとか言ったけど、もとはそんなあなた方とは変わんなかったんだと思うよ。
 「ふぇー、やっぱセンパイ方はすごいなあ」なんてため息ついてる場合じゃないと思う。
 もっと心配なのは、それすら思ってない、何てことはないよね、まさかね。

 「夕陽を見ているか」、なんでTeam 4がやるんだってブーイングもあったんですよ。小嶋を出せ峯岸を出せって。前田大島(優)渡辺を出せって人々よかずっと業の深いヲタども。
 難儀な連中ですが、大木に育ったAKBが倒れないようにその根っこをがっちりと支えている人たちでもあるわけです。クヤシイけど僕もちょっとその気持ちわかるもん。オンデマでTeam 4見てなかったら、きっと「河西出せ小野出せ」って言うもん。小野は無理だけど。


 そういうヤツらの首根っこを掴んで、あたしらの「夕陽」を聞け、と。
 それどころか「僕の太陽」公演の歌は全部Team 4が歌うんだと。
 「ヒグラシ」も「向日葵」も昔はどうだか知らないがみんなもうあたしらの歌だ、と。
 ヤツらを納得させることは出来なくても、そういう気迫でないと。
 「すいませんねえあたしらが歌わせてもらって」じゃなくて。
 

 是非来年は(来年というものがあるのならば、そしてチャンスがもう一度与えられたならば)、何とかなんないですかね。
 たとえばとっくに圏外にこぼれ落ちて忘れ去られた「僕の太陽」公演の名曲、それもシングルになってないヤツを「あたしらの力で100位以内に押し込んでやる」くらいのことやってみましょうよまじでまじで。


 やっぱ「Run Run Run」がいいなあ。本気で「走れわたし全速力で」だよ。もう曲順も変えちゃっていいからさ、「Run Run Run」終わったらぐだぐだMCしながら倒れててもいいよ。
 

 何だっていいよ。
 本気で黄金センター穫りに行こうよ。
 やすすに直談判しようよ。そのためのツールはあんだから。

僕は何もできないよ
この景色を/教えるだけさ

 また取り乱しちゃったよ。
 僕は何もできないどころか、教える景色だって知りません。


 でもねえ、このまま何かしなければ、見える景色は変わらない。
 誰も黙って素敵なところに連れてってはくれない。 
 年取った分、そういうことは知ってるんです。ホントだよ。

2011年8月23日 (火)

フライングゲット

 HMVから大きな(略
 フライングゲットをフラ(略


 DVDには武闘映画「紅い八月」。


 道場破りを続ける常勝の武闘集団赤辺子四十八士。
 十人だけど四十八士。


 不意に現れた謎の女が彼らに告げる。

女:あなたたちよりずっと強いグループを 私は知っている
男たち:なんだと
男たち:誰だそれは?
男たち:そんなヤツらどこにいる?

女:トウキョウ
男たち:トウキョウ…

女:アキハバラと呼ばれる街

 彼女の口から出た「アキハバラ」という名に、不覚ながらじわっと来た。


 本当なのか?
 今でもあの街に、最強の連中はいてくれるのか?

ここの場所で夢を追いかけるから

 と歌ったあの街に。

どんなに売れても ここで歌っています

 と約束したあの街に。
 

 駅を降りればカワグチのおっさんが包丁を売り、
 ロシアのアタッシェが半導体をあさり、
 マハーポーシャが踊りながらビラを配り、
 じゃんがらの脂に胸を焼き、
 缶詰のおでんで暖を取り、
 〆切り間際のたった1枚の図を描くためだけのために
 朝から駆けずり回り
 やっと探し当てたフロッピー数枚に月給の半分を投入し、
 箱いっぱいの卵形のチョコを抱えて歩いた
 あの街に。

 
 気がついたら訪れることの絶えていた
 あの街に新しい種が芽吹いたよと、
 人伝てに聞いたあの街に。
 
 そこに今でも
 夢とひたむきさだけで武装した
 最強の彼女たちがまだいてくれるのというのが
 本当ならば、


 いつか会いに行きましょう。
 アキハバラに。

2011年8月12日 (金)

月見草3

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Tags:N1、恋、季(夏)


 えー、なんで「田中角栄音頭」なのかってことの解説が必要だとのご意見があります。
 というか、「田中角栄って誰?」って話でもありますよね。なにしろこの人が亡くなった日に生まれた赤子が今やTeam 4のメンバーとしてシアターのステージに立っているのだから(中村)。


 まーそのぅ、ある程度以上の年齢の人は、「よっしゃよっしゃ」と聞くとこの人のことを思い出すように教育されているってわけですよ。秋元康だってそのはず。


 とまあ前回はこの曲をくさすようなコトばかり書いてしまいました。
 正直僕もA3を聞くときに飛ばしちゃうこともあった。今でも強いて聞きたくなる曲というわけではない。


 ただステージのパフォーマンスは生を見てみたかったなあ、と思わせる1曲である。
 ひとつには、ヘッドセットを初めて使った曲であったということ。


 これまでA1、A2、K2を見てきてたが、ほとんどの曲ではハンドマイクを使っていた。「マイクを持った手」というのは、まあアイドルの記号のような物ですから。それをどう見せるか、というのも曲の魅力の一つではあります。


 何曲かではスタンドマイクを使っていた。「涙の湘南」「桜の花びらたち(メイン)」「Blue rose」。
いずれも、両手を使ったコリオグラフが印象に残る。「涙」の「ギーラギラギラ」、「桜」のマイクスタンドの前で両手を揃える仕草、そして「Blue rose」の妖艶な手とマイクスタンドキック!
 ただスタンドマイクを使うと、マイクと一定以上の距離を取れなくなるという物理的な制約が生まれる(んー、小耳に挟んだ噂だと、シアターには妖精さんの粉(Pixie dustってヤツだね)が充満していて、マイクからどんなに離れててもちゃんと歌い手さんの声を拾ってくれるってゆうんだけどね)。


 両手がフリーになり、スタンドマイクからの距離の制約からも開放された時、「何か違うもの、何か
新しいもの」が表現できるようになったわけだ。

メンバーが縦横無尽に動き回るうえ、かわるがわるセンターにもやってくる。かつ、フォーメーションも見事。ほんと、ゾクゾクする。
アイドル向上委員会

 DVDで見ても、両手を思いっきり使いながら動き回る、これまでとは違った動きが華やかである。


 特に目を惹くのは峯岸。
 え、昨日もみいちゃんのこと書いて今日もかよ。まあいいじゃん。きっとこれからもっともっと書くこと増えるでぇ。


 センターに立つ峯岸。
 伏せ気味の目。口を動かしてはいるのだけど、あんまり歌ってるように見えない。むしろ歌詞を「唱えている」ようである。
 両手の動きはたおやかで、かつ妖艶。
 左右に伸びる指は、まるでセンターから両翼のメンバーに気を送っているみたいである。
 ターンをする時など、なんか不思議と体重を感じない。「軽やか」って言うのとはちょっと違っていて、上から糸がつってあって、それでひょいっと、くるっと操られているような動き。


 曲調もあるんだろうけど、彼女の動きを見ていると、「観音様」って言葉が浮かんでくる。観音様が手を動かすことが出来たら、あんな風なのかしら、って印象。
 

 「祭り」の中心に「観音様」がいる。そう見立てることもできそうなステージ。


 峯岸観音様。ありがたやありがたや。


 N1。
 

 元気があって大変よろしい。
 でも歌の心からは遠く遠く離れてしまったねえ。


 というか、何もないところに「何か違うもの、何か新しいもの」を作ることは出来ない。それは彼女たちの責任ではない。
 やっぱ最初は「PARTY!」と叫ぶか、「Go! Go! Go! We're crazy girls!」と腕を振り上げさせてあげたかったよなあ。

2011年8月10日 (水)

月見草2

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 いきなりの和太鼓と「ヨッシャ」でひっくり返りそうになった話からですよね、確か。


 確かに「何か違うもの、何か新しいもの」ではあります。


 作曲したのは何と後藤次利。アキモっちゃんゴッキーの黄金コンビ、どちらもカミさんは元おニャン子の爛れた二人組ですね。秋元は後藤夫人に詞を提供し、後藤も秋元夫人に曲を提供している、業界スワッピング仲良しさん。


 その二人が最初に大活躍したのが1980年代半ば。同じ頃若き日の哀川翔アニキとかギバちゃんが一世風靡セピアとして歌っていた「前略、道の上より」にイキフンがクリソツなこの曲。


 「元歌」の作曲って誰だったんだろうと思って調べたらなんと「GOTO」。
 ゴトー?
 なんだ、元歌もゴッキーだったんじゃんか。全然知らなかった。


 「ゴトウさんゴトウさん、ひとつ一世風靡風でヨロシク」と秋元が言ったかどうか知らないが、見事にアイドル版「前略、道の上より」ができあがったワケだ。


 こういうの何て言ったらいいんだろ。
 パクリ、じゃないよね。作曲者同一人物だし。
 使い回し、でもないよね。似てるのはメロディーラインじゃなくて雰囲気だし。


--

通りすがりの道の上/俯くようなその蕾
どこのどなたを待つのやら/空を見上げて…

 「俯」いているはずの蕾が、「空を見上げて」るのはどういうわけだ、という突っ込みはワキに置いておいて。
 歌い始めに「道の上」という単語をあえて使ったのは、秋元による元歌へのリスペクトなのだろう。
 その上で、元歌が「男の人生」を歌っていたのに対し、この曲は「女の恋」を描く。


 元歌では

咲き誇る花は散るからこそに美しい

 といさぎよい。
 一方「月見草」は

このまま抱かれて/散ってくより
朝まで咲いたら/萎みましょう

 「散るより萎む」のが女だと歌っている。


 そう、月見草って夜咲いて、朝がくると散らずに萎んじゃうんだよね。
 こんな感じ
 ぱっと咲いてぱっと散るのはカッコイイけど、それは無責任な男のやり方とでも言いたげ。


 散りさえしなければ、女の恋はいっとき萎んでもいつかもう一度花咲くもの。それが歌のココロでしょうか。


 でもこの歌の歌詞って、あんまり考えて書いてない感じなんだよね。文語風の言葉を使ったりしてそれっぽい雰囲気を出そうとしたせいで、内容があんまし深まらない。

やがて 辺りは暮れなずみ/都の色が溶けて行く
胸の思いは影法師/手を伸ばしてる

 日が傾いて影が伸びるさまと、思いが伸びるをかけるのはいいのだけれど、「やがて…暮れなずみ」はイカン。「暮れなずみ」は「暮れそうで暮れない」様子だから「やがて」「暮れなずむ」は変。


 本当は、「日が暮れかけて辺りが暗くなってくると」という情景を表したかったのだろうが、つい誤用してしまったんでしょう。


 その他にも「花鳥風月」「悠久」「何処(いずこ)」ってアンタそういう言葉使いたかっただけでしょ(花鳥風月は、一世風靡セピアへのリンクを示すサインかもしれないけど、それはイラネ)。


 「美しい」の古語「美し」を使いたいばかりに「美しき姿」(シク活用連体形ですね!)としてみたものの、やっぱりそこだけ悪目立ちしちゃった。
 

 何と言うか、素養が豊かではないのに無理して斯界に足を踏み入れてしまったうような居心地の悪さ、とでもいうか。
 こういう違和感をどう表現したらいいのか、としばし黙考。
 

 そしたらペトリ堂御堂主がばっさり「偽和風、贋江戸」と袈裟懸け。


 お見事なんだけれど、「田中角栄音頭」はヒドス。

2011年8月 9日 (火)

月見草

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 というわけでやっとA3。
 初演は2006年8月20日。A2千秋楽から9日間のインターバルをはさみ、満を持しての開幕。


 A2はについては全体曲よりユニット曲が多く、Team Aの次の方向性を示す意欲的なセットリストとし評価されていた一方、その終盤には 

停滞ムードが漂い、終盤には逆風が吹き荒れ、チーム A 全体がチーム K に追い抜かれた、という話が ( かなり意図的な匂いがするけれども ) 喧伝され、暗雲垂れ込める雰囲気の中で千秋楽を迎えることになってしまった
AKB48をめぐる妄想

 という見解もありました。


 そのような環境で初日を迎えたA3でしたが、その評判は当初はかならずしも芳しいものばかりじゃなかったようです。

おそらく、この 3rd セットリストを機に、チーム K に流れたり、あるいは AKB48 そのものから離れたりするファンが相当数出るだろうと思う
AKB48をめぐる妄想

とか

ゲネプロの感想は、私が知る範囲では「ナシ」のほうが多かったです
AKB48@メモリスト メンバー観察日記

 ということでした。


 もっとも引用した妄想ブログのカギ氏も、メモリストのさむ氏も、「A3は一般の評判はきっとよくないだろうが、自分は好き」というスタンスでした。つまりベテランや見巧者の評価は高い。
 

 そういうセットリストというのは、一長一短があって、ずっと見てる人とかシアターに何回も通う人にとっては飽きの来ない楽曲なんだけど、初心者や一見さんには敷居が高いというか、取っつきにくいと言わざるを得なかったのではないでしょうか。


 A3が初日を迎えた当時、Team Kにとっての初のオリジナルセットリストであるK2「青春ガールズ」が先行して舞台にかかっていました。当時恐らくはある程度意図的に Team K vs. Team Aという構図がつくられていて、「Aを追い越せ」という意識がメンバーにもファンにもあったようです。


 で、K2は日を追って評判がよくなり、ステージも熱がこもっていったようです。
 何たって「We're the Team K!」ですもん。政策としてのナショナリズム高揚と仮想敵の設定は、新興国が先進国をキャッチアップする時だけじゃあないってことだよね。


 K2は、どの曲もわかりやすくキャッチーで、「乗りやすい」曲が多く、初めて見た人も満足して帰れるセットリストでした。

というわけで「青春ガールズ」ようやく観ました。率直に言うと楽しかったです。第一印象は、全体を通して、「パーティが始まるよ」「会いたかった」公演のいいとこ取りのうえで、チームK用にモデファイされてるなあと思いました
アイドル向上委員会

 当時「AKB48と言えば初期メンバーの20(+1)人のこと」「だからTeamKとは書くがTeamAとは書かない」とまで言っていた、わんこ☆そば氏をしてこう言わしめる質の高さ、楽しさだったわけです。


 かく言う僕も、昨日今日とずっとK2を聞いてました。
 というのは、前のエントリーで書いたように、ここしばらくシアターのチケット抽選で勝手にあたふたしていて、とてもA3をあらためて聞いたり書いたりできる状態じゃなかった。結局抽選ははずれて、もとの日々に戻るわけなんだけど、すぐにA3に戻る気にはなれなかったんです。で、聞き慣れてたK2。


 ま、リハビリですわね。


 そうするとK2のよさが実感できました。捨て曲なし。どれも一緒にシングアロング指向で楽しい。


 で、改めて思ったのは、K2というのは、Team Kにとって起承転結の「起」に相当するセットリストだったんだなあってこと。A1「PARTYがはじまるよ」がAKB48というアイドルグループにとって、「起」であったのと同じように。つまりTeam Kは、起承転結の「起」を2回やったわけです。


 ご存じのようにTeam Kは最初に「PARTY」公演をやった。後に秋元康が、ことあるごとにTeam Aと比べられて可哀相だった、と述懐するわけですが(反省するなら行いをあらためろよおっさん、というのは別の話)、その逆風の中、Team Kは鍛えられ、団結し、成長していったのでしょう。


 そして「青春ガールズ」。「PARTY」公演という、ある意味長い助走を経た上での、真のスタート。


 はじめて自前の「挨拶の曲=青春ガールズ」からはじまり、全体曲が続き、ユニット曲は企画たっぷり。後半にはAnthemあり、シングルカットもどきあり、と「PARTY」に似てより進化した構成でした。


  「青春ガールズ」がTeam Kにとっての二度目の「起」であるとすると、A2「会いたかった」はTeam Aにとっては起承転結の「承」のセットリストでした。ユニット曲から入り、全体よりも個を前面に出すような構成を立てるなどA1とは違った仕掛けが取り入れられ、「PARTY」の楽しさを引き継ぎながらも発展させていました。


 このようにしてみると(まあ後知恵ではあるのですが)、A3「誰かのために」は、Team Aにとって「転」に相当するセットリストということになります。前2つとは質もディメンションも異なる変化が必要だったということなのかもしれません。


 何しろお手本や目標はないわけで、文字通り「Pioneer」だったわけですから、何をやったらいいかわからない。でも「今いるその場所に立ち止まる」のだけはいけない、ということはわかっていた。


 何か違うものを。何か新しいものを。
 

 それがA3でした。
 だからこそ「PARTY」や「会いたかった」、「青春ガールズ」に慣れていた聴衆は戸惑ったのでしょう。


 ちなみにこの「転」の後、「結」は来ず(来ちゃ困る)、ずっと「転」が続くことになります。
 起承転転々々…。で、転がりきらないところまで煮詰まったら、Team 自体を壊しちゃうことになるのは、もっとずっと後のオハナシ。


 また、後にTeam Bが最初のセットリストとして「青春ガールズ」を演り、オリジナルが間に合わなかったという事情があったとしても2番目のセットリストとしてA2が選ばれたというのは、「起」「承」の流れを考えるととてもつきづきしいことだった訳です。


 ちなみにちなみに、Team Sの最初のセットリストは順当に「PARTY」だったのだけれど、KIIは「会いたかった」公演が最初だった。
 いきなりユニット曲からはじまるのって大変だったのではないかしらん。お披露目のご挨拶抜きじゃあ客も声を掛けづらかったでしょう(もっともこの頃になるとファンもしっかり予習してましたけどね)。


 はなはだしきはTeam N。
 最初のセットリスト、N1が「会いたかった」になっちゃった。

A-3rd には難しい楽曲しか残っていなかった、と言って良いほどだ。個々の楽曲のハードルが高いので、ハードル走としての流れにならず、1 つ 1 つを走り高跳びで越えていく印象
AKB48をめぐる妄想

 で

渋めな曲ばかりで、会いたかったやパーティが始まるよのような明るくノリのいい曲が皆無
AKB48@メモリスト メンバー観察日記

 なセットリストをTeam Nのデビューに持ってきたのは、何か特別な意図があったのでしょうか。


 いや、意図なんか無いですよね、たぶん。
 だって2つめのセットリストN2は「起」である「青春ガールズ」だし、NMBの研究生公演なんか(NMB研1?)は「PARTY」なんだもん。それでいいんだったらそっちからやってやれよ、って思うよね。


 で、ここまでが前置き。


 その曰く付きの A3劈頭を飾るのがこの「月見草」。
 いきなりの和太鼓、そして「ヨッシャ」という掛け声。
 はじめてDVDで見たときは「ええええええ」と声が出てひっくり返りそうになった。
 なるほど、確かに「高跳び」だわね。

2011年7月12日 (火)

打ち上げ花火

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 前曲が終わってステージではMC、メンバーはその間に浴衣に。
 浴衣で歌う、K2最後の曲。もちろんお約束のアンコールはあるんだけど、正規の曲としてはこれが最後。
 K2がはじまったのが2006年7月で、浴衣姿を披露するにはとてもいい季節だった。浴衣の販売もあったし。当時は浴衣を買うと、メンバーと2ショットでポラ写真がとれたそうな。


 でも浴衣姿で歌ったのはこの曲だけ。アンコールではせっかくの浴衣からTシャツにきがえてしまったのだから、まさにこの曲のためだけの衣装だった。ぜいたくな演出。


 一方B1がはじまったのは2007年4月(8日。48の日、もしくは高橋の誕生日)。浴衣にはちょっぴり早かったのではないかとも思うが、そこはそれ、前例踏襲が厳密なAKB、ちゃんと浴衣で登場。


 でも夏祭りを舞台とした、切ない片思いの「『僕』の歌」を歌い上げるための衣装は、やっぱり浴衣以外にはないよね。


 浴衣姿の少女たち。団扇手にはしゃいだり笑ったり。通常の3倍カワイク見える。デザインは正直アレだけどね…。

なぜだか 僕は 急に/そこにいられなかった
まるで 君に恋をしてたように…

 「まるで」恋なんて気づいてなかったみたいな言い訳Maybeの第1スタンザ。おいおい、俺聞いてないよ。


 ああ、でもとうの昔に恋に落ちていました。気づいていないのはご本人だけ。
 時に恋はこのようにはじまる。
 そういや秋元先生最近も「まるで 愛のように…」ととぼけてみせましたね。それ、愛ですから。


 ちょっと気になってはいたけど、恋だなんて思っていなかった。はじめの頃は天然でホントに気づかない。でもある瞬間から「抑圧」がはじまる。思春期の弱い心を守るために必要な防衛機制。


 こういうのは、やっぱ男の子に多いね。好きなのにいじめちゃうのもその一つかも。その点女の子はむしろ「恋に恋してる」ことがあるよね。理由?… 知ーらない。


 で、夏祭り。
 夜の光の中、君と彼を見かけた瞬間、心の箍がはずれる。洪水のようにあふれだす愛しさ。いや、打ち上げ花火のように、というべきなのかな?

打ち上げ花火は悲しいね/空の彼方
開く花は/静かに消えていく

 始まる前から報われないことが、あらかじめわかっていたかのような片思い。後は静かに消えていくのを待つしかない。


 これが女の子の恋だったら、秋元はむやみやたらと励ますんだけどね。モテない男の子の心情の方がずっとわかってらっしゃる。そう、思春期の男の子の片恋なんて、打ち上げ花火ほどの華やかさも迫力もない。

一人きりで/僕の恋は
まるで 線香花火みたいに

 でもこういう恋はレッスンなんだぞ。
 いかした男になるための大切なレッスン。

夏はいつも 過ぎた後で/大人にしてくれる

 ってね。


 あとこの曲のメロディのこと。
 他の曲とちょっと違う感じがした。イントロから。イントロの三連符四連発三回攻撃でぐっときた。
 サビのあとのCメロ(かな?)もイカす。
 作曲誰? と思って調べたらやっぱり誰? 上杉佳奈さん、全く情報なし。
 誰か知ってます? この人。

2011年7月 2日 (土)

ふしだらな夏2

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 やっぱねえ、やっぱ2来ちゃったねえ。
 だって前回タイトルだけど終わっちゃったもんね。まあそれくらい秀逸なタイトルだというわけでもあるのだが。


 さて、「制御しきれない女の子の好奇心と欲望」+「夏」は、アイドルソングの定番シチュエーションであるのだが、AKBっぽさというか秋元っぽさはどうしても隠せない。
 たとえば

未成年の妄想は/止められないわ
愛の見返り/水着次第と知ってる

 ってとことか。


 経験の浅い女の子の妄想がどんどん膨らんで行っちゃって、「やだ恥ずかしい、見られてる。どうしよう、水着大胆すぎたかしら、でもこうでないと誘ってくれないしドキドキドキ…」って感じ。


 山口百恵が、32年前の秋元康少年に歌いかけた、

誰でも一度だけ経験するのよ
誘惑の甘い罠

 その甘い罠を、すっかりおっさんとなった「永遠の高校生」秋元が全国のヲタ諸君にお裾分け。

天国のドアを開けて/ときめきは 甘美な罠

 百恵ちゃんの時より深刻味は薄れてるけど、少女の好奇心と欲望の強さは30数年前よりずっと強くなっているのかも

してみたい/してみたい
してみたい/ひと夏の経験

 「してみたい」ってのは「したい」よか好奇心のドライブが強い(それがどんなものであるかわからないから体験してみたい)。もうちょっといろんなことを体験して、「それ」をよく知ったお姉さんになったら、たとえば

1秒だけでいいから/失神させてよ

 とか言っちゃうんだよね。


 でも「してみたい」って連発するんじゃないよ、女の子なんだからさ。


 秋元クンは百恵ちゃんから貰った「それ」を後に続く人にナイスパスできたのかしら。


 ステージについて。
 K2の幕開けが2006年の7月8日。小野が「季節が夏ということで南国ムードの・・・」 と前置きして「ふしだらな夏」がはじまる。


 舞台上のメンバーは9名。上手下手に1人ずつ、センターに7人。
 赤いパレオ風のサマードレス。真っ赤な舞台。ラテンのイントロ。
 うん。カッコイイ。


 ラテンだというのはわかるのだが、これがサルサなのかルンバなのかマンボなのか、その辺詳しくないのでよくわからない。たぶんサンバじゃあないんだろう。
 いずれにせよラテンですよラテン。すこし焦れた感じで、(まあぶっちゃけ)性欲に駆られた女の子のじっとしていられない緊迫感も感じられる。


 Team Kは大堀、野呂のビッグ2を筆頭に、お姉さん方中心。と、2011年現在で考えるからアダルトな印象なんだけどさ、開幕当時の年齢、大堀も野呂もまだ22歳。
 秋元大島梅田の昭和トリオだって17歳だったんだ。河西増田にいたっては14歳だもんなあ。平均年齢はやっとこ17歳。


 一方、同じセットリストのTeam Bはさらに若いメンバー。
 B1の開幕が2007年4月だから、アダルトな印象のCinDy、渡邊でもやっと20歳19歳だった。
 菊地渡辺に至っては13歳。平均年齢でも15歳そこそころの「ふしだら」でした。
 そんな子たちに「してみたい」とか「欲しくなる」とか歌わせるなんてアグネス的にどうなのよ。


 でも菊地の「ふしだら」ってなんかいいんだよなあ。センターで歌うところなんか特に。少女じゃなくてカンペキ「おんな」の目をしている。


 この後菊地には過酷な未来が待ちうけている。そんなことを知る由もなく、無心に歌い踊っているから、より彼女の姿に惹かれるのかも知れない。ちょっと嗜虐的だよね、それって。


 その菊地、一昨日18歳になったばかり。何て波瀾万丈な思春期を送っているんだろう。
 頑張ってな、きくぢ。

2011年6月29日 (水)

ふしだらな夏

words
video


 タイトルだけで一発OKって曲があるよね。
 たとえば「星の温度」。片想いをしている女の子の、外からはわからない内に秘めた激しさを、一言で表現して余りがない。お見事。


 K2ではこれ。「ふしだらな夏」。「ふしだら」。最近あんまし使わない言葉で、聞く者が耳をそばだててしまわずにはいられない。
 

 年増の生活指導の先生が、生徒の行状を見てつい口走ってしまいそうな言葉。
 「まあ、なんてふしだらなんでしょう!」。
 でも生徒を非難する先生の声にもじっとりとした汗がまじる。
 暑さのせいだけではなく、生徒の言動を見ているうちに、とっくの昔に飼い慣らしたと思い込んでいた自分のなかの「欲望」が頭をもたげていることに気づいてうろたえる汗。


 そんな大人を横目で見ながら、未成年の少女たちは夏を待ち焦がれる。ふしだらな夏を。


 タイトルはうまいんだけど、この歌い出しはちょっとピントが定まらない感じ。

ふしだらな夏が来る/灼熱の太陽 連れ
そのすべて燃やすように/愛しさを加速させる

 「愛しさを加速させる」では「ふしだら」さが際立たないよね。「ふしだら」って言うと、不特定多数を対象とした恋愛を思い浮かべちゃうのに対し、「愛しさ」はちょっと一途な感じ、一人の人に注ぐ愛情の印象が強い。放縦さ、奔放さが薄れちゃうよね。
 

  「リオの革命」もそんな感じだった。あれもちょっとふしだらな感じで歌いだすんだけど、でも解放しきれないで終っちゃっていた。自由恋愛のへたれっていうか。


 これが秋元康のいっぱいいっぱいなのか、それともAKB仕様なのか。
 まあAKBの世界観だと「言うだけ言うだけ見栄っ張り」がメインストリームであるのは事実だが。
 ホントにふしだらな女の子は、ヲタ諸君の支持は得られないし。


 それはそうと、ホントは夏に「ふしだら」も「品行方正」もへったくれも無いよね。その季節に触発されて「ふしだら」になってしまう少女たちがいるだけなんだもん。


 それをまるで「夏」に責任転嫁しているような言い方。


 理性ではどうにもできない、自分でも手に負えない本能の有り様を、ちょっとネガティブ(つまりは自分でもイケナイってわかっている、なにしろ未成年なんだし)に表現して、かつ「ふしだらですけど何か?」と開き直ってもいる。


 ところでこの歌、アン・ルイスが歌った名曲、「ラ・セゾン」を思い出させる。

La Saison d'amour
言い訳台詞は必要ないわ

 こちらは「La Saison d'amour」(直訳すれば「愛の季節」、要するに発情期)に責任転嫁する歌なのだが、「ふしだらな夏」の後ろめたさがちょっと少ないかな。


 人間もヒトという動物の一種であるからには、種族繁栄のための生殖本能が働く。特定の発情期がないかわりに、年中発情期であるとも言える。
 若いころの恋心のほとんどが、要は性的衝動のあらわれなわけだ。でもそこに非動物的な、というか人間的な「愛」が絡むからおもしろい。時に美しく、時に愚かしい愛。


 余談だがこの曲って作詞「三浦百恵」だったんだねえ。
 三浦百恵、旧姓山口百恵こそ秋元康にとっていわば「アイドルの原点」だった。
 秋元が「目撃」ことはできたけど、「会う」ことはできなかった、永遠の片恋の相手。
 山口百恵というと、やっぱりこの歌

あなたに女の子の一番/大切なものをあげるわ

 「ひと夏の経験」が18歳、思春期の秋元康少年のハートをどう撃ち抜いたのか。


 おっと、タイトルだけでお腹いっぱいになっちゃった。

2011年5月29日 (日)

ビーチサンダル

words
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 K2の2曲目。「Everyday、カチューシャ」のところで触れたばかりの曲だけど。

ラジオから流れてる/あの夏のFavorite song
強い日差しと波の音が/記憶のドアを叩く

 不意に甦るあの夏の思い出。

 思い出が歌と強烈に結びついていることがあって、そのメロディーが流れると、当時のことが目の前に甦ってくる。楽しい思い出ならいいけど苦い記憶のドアが開いちゃうことだってある。頭の鉢が割れちゃうというか。曲には何の責任も無いんだけどさ。「ノルウェイの森」もそんな始まりだっけ。

 この歌の「現在」は、あの夏から何年経っているのだろう。
 秋元康がつねづね力説するように、時間はどんな時もありがたい「消しゴム」だから、季節が何度も過ぎていけば、いつかは「それ」も忘れることができるようになる。
 余談だが、若い頃は体の傷の治りは早く、心の傷の回復は遅い。年を取るとそれが逆になる。
 余談の余談だが、秋元は自分の失敗を忘却する能力に長けている。それが彼の最大の長所かもしれない。
 
 この歌の主人公はあの夏の歌を、いまだに痛み無しに聞くことができない。
 なのに相変わらずハッピーなメロディーだよねえ。日本語を解さない人が聞いたら、幸せなラブソングだと思っちゃうかもだよね(そう思って歌ってるメンバーは、いない、よね? よね? うーん、大丈夫かしら)。
 
 ところで、この曲の主人公って、男の子? 女の子?
 おなじみの「『僕』の歌」の雰囲気がすっごくするんだけど、詞には「僕」という一人称は出てこないんですね。いろいろ考えてみると、これは女の子が主人公であるとした方が落ち着きがよろしい。

 お互いに気になっているんだけど、まだ友達の2人。バスで海に行って、一日遊んでたらもう夕方になっちゃった。日の長い夏、気がついたら結構遅い時間。やばいやばい。
 慌ててバス停に駆け込み、女の子が時刻表を調べている。その表情を見ていたら、急にわき上がった愛しさと衝動。
 不意打ちのようにキスをする男の子。

 これ、衝動でなくて計画的だったら、相当な上級者だよね、Funny faceのフレッド・アステアみたいに。僕こどもの頃これを見て、大人になったらこんな風にいきなりチューができるんだって思って、いいなあ、早く大人になりたいなあ、オードリーみたいなべっぴんさんとチューしたいなーと思ったもんだ。
 
 まあそれは置いておいて、この2人。
何でなのかな? もうちょと寝かして置いてから次の段階に進めばよかったのに、結果論になっちゃうんだけど、うまくいかなかったんだねえ。残念。

うん、そういうことはある。
でもまあ、秋元的に言えば、やらずに後悔するよりやって後悔しろってことなわけだ。

ごめんねと/一言 言い残して
部屋を出た/自分が 許せなかった
ずっと

やっぱりうまくいかなかった恋のほうが、心に刻まれるのは仕方ないことなんだろうね。

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