E4

2015年12月12日 (土)

Glory days4

words

 青春なんて醜悪な言葉を使いたくはなかった。
 ポール・ニザンに倣うならば、それがひとの一生でいちばん美しい年齢だなどとだれにも言わせまい。
 輝かなければならない理由も、輝くことのできる資質もなかった。
 なんの不自由もなかったけれど。

   もっとじたばたしながら/やりたいことだけやればいい
   失敗したってもう一度やり直そう/何も恐れることはない
   遠まわりでも時間はある

 こんなことを僕に言う人は、その時いなかった。もっともこんなことを言われても、僕は聞く耳を持たなかっただろうけれど。


 眠れぬ夜を過ごす「僕」とその「僕」を励まそうとする「誰か」。
 その「誰か」は、きっと大人になった「僕」に違いない。
 そう確信するのは、これを書いている僕がもうすっかり年を取ったからだろう。僕がちょうどこの歌の「僕」であった頃の亡父の年齢を、今の僕はいつの間に越してしまった。
 世知は十分に積んだが、もう遠回りをする時間は残っていない。


 決して美しくはないし、痛みや苦悩に事欠くことはなかった日々。でも時折奇跡のような朝日を見ることができた。何とかやってこられた。
 今があるのは、その日々のおかげなんだろう。
 それが「栄光の日々」。


 ちなみに僕はKIIの「Glory days」が好きです。自信たっぷりのJではなく、向田のあの細くて危なっかしい声が、この歌には似つかわしく思えて。


--


 磯原。「逆上がり」公演の時にはまるで棒のようだった子が、すっかりチャーミングな女の子になっていました。


 石田。艶やかな立ち姿は、アンフィシアターの時と同じだった。動きは決して激しくないのだけれど(というか全然無理がないので激しく見えないのだろう)、やはりこの人のダンスは綺麗だ。「鏡の中の僕は相変わらず」の所作の優雅なこと。「もっとじたばたしながら」の軽やかなこと。どんなに素早くターンしてもこの人は髪一筋も乱れない。


 荒井。全くの初見だったのだが、その長い手足と激しいダンスに目を奪われた。写真で見ると印象の薄い人なのだが、舞台の上での存在感は抜群だった。
 特に石田と組んだ「Glory days」。石田と対照的に髪を振り乱して全力で踊る姿は圧巻だった。
 栄ヲタは中西の面影を見るんじゃないかしら。


  後藤。ごりさという二つ名に似つかわしくないSKEには稀な(失礼)正統派の美少女。
 松村先輩の同期にしてまだ高校3年生。僕みたいなヨソ者が語るのは畏れ多い人(センパイやぞ!)である上に、いろいろとムズカシい風聞もあるのだが、今日初めて会った後藤は素直にステキでした。
 「雨のピアニスト」での妖艶さや「Innocence」での危うさ。
 今までちゃんと見てなかったけれど、この人の魅力は「嘘つきなダチョウ」とか「逆転王子様」ではなくて、こういうところにあるんじゃないだろうか。
 気がつくとこの人を追っている僕がいました。
 「美しくなったでしょう?
 うん。ぞくっとするほど美しかったよ。


 余談だけど「雨ピ」の後藤の手袋、逆じゃね? 上手の後藤は左手、下手の内山は右手に手袋ってのがお約束だったのでは。


  小石。この人も初見。ぱっと見目立つ感じの人ではない。どんくさいことやBBA(と言っても20歳)なことを歳下のセンパイたちにいじられていた。おっとりとしてちょっと「不思議ちゃん」みたいなポジション。
 ふうん、けっこう歳行ってから入った人なんだねえ、という印象しか残らずに終わると思いきや、終盤の「火曜日の夜、水曜日の夜」。
 「手をつなぎながら」公演としては異色な、Dark side of AKB。
この歌のはらむ虚無感や絶望感は、Team E(というかこの日のメンバーたち)から最も遠いところにあるだろう。たとえば磯原や青木も一生懸命表現をしようとしていたのだが、いかんせん彼女たちの持つ生き生きとした生命感は隠そうとしてもこぼれ出て来てしまう(ちょうど「命の使い道」で西野からこぼれていたように)。
 そりゃあしょうがないことなんだけどさ。
 そんな中、少なくとも僕の目にはたった一人だけこの歌に入り込んでいたのが小石だった。
 心の中に静かな絶望を抱えているような、そんな表情。
 うーん、何者だろうこの人。


 UC公演組のおしりん、れおな、なっきー、それぞれに成長したね-。
 ちょっとやっつけ感想だけど。


--


 お見送りをしてもらって外に出ると、12月にしては寒くない。
 すぐそばのもつ焼き屋に飛び込んでビールをあおりながら、八丁味噌味のコンニャクとさっきまでの陶然とした時間を噛みしめた。ちきちょう、なんてあっという間なんだ。次は…
 おいおい、次もあるのかよ。また来ちゃうのかよ、俺。


 あんまりシアターが呼んでくれないと、栄の子になっちゃうんだからね!

Glory days3

words
Tags:「僕」の歌、School days

   遠い空の裾野から/朝の光が溢れ出す
   Sunrise Sunshine
   ダムの門を開けたように/今、清き水が流れて砂漠の街を満たしてく

 歌い出し。
 この夜明けは、眠ろうとしても眠れずに悶々として過ごした長い夜の果ての光だ。


 明るいメロディーとマスキュリンで華やかな女の子たちのおかげで気がつきにくいけれど、これは決して「明るい青春」のうたではない。そのことは第2スタンザの、

   空しくて切なくてやるせなくて/心の器は空っぽで

 を待つまでもなく「砂漠の街」という言葉に明らかだ。
 全ての「僕」にとってその街は「砂漠」だった。
 

 劣等感と自己嫌悪。それはひ弱な自己愛の裏返し。
 何者かになりたくて仕方ないのに、何者でも無い自分。


 眠れない時間が過ぎ、夜明けの光にやっと仮初めのやすらぎを得たのを思い出す。


 15歳だった。


 何も持っていなかった。有り余る時間だけが味方だったけれど、その時の僕はそれを知らなかった。
 ただ夜明けの光の美しさのおかげで、次の一日を迎える勇気が持てた。
 その光が「希望」という名前であることを知るまでに、まだ幾ばくかの年月が必要だった。


-- 


 新幹線に乗ったら騙されたみたいにあっという間に名古屋到着。
歌の文句の通り地下鉄8番で降りて上がって行くと、もう僕はSKE劇場の前にいた。
 何だよ、もっと早く来りゃよかったじゃんよ。なーんてね。


 ちょいと浮かれてるね、僕。
 そりゃ浮かれもしますよ。久々の公演、しかもお初の劇場なんですもの。
 公演のために買ったベルトを締め直す。
 そうそう、わざわざメタルチェックにひっかからない樹脂製バックルのベルトを買ったんだよね-。8月に。すぐ使うつもりだったんだけどなあ。やっと出番が来たよ。


 なるほど、これがグランドキャニオン。まさにその通り。
 ええ、ええ。もちろん観覧車にも乗りましたとも。おっさん一人で。
 劇場の造作は秋葉よりよっぽど上等だ。ホワイエが狭いのは共通だけど。 


 トリビア。
 栄の抽選のグループ分けって「1~10」「11~20」「21~30」って具合なのね。秋葉だと「10~19」「20~29」ってグループなのに。で、秋葉の抽選だと一桁台は9人「1~9」しかいない。
 だから抽選巡の発表は、「11番から20番」って呼ぶ。秋葉だと「10番台」。
 

 オバチャ、栄版だとちょっと言葉が多い。"Check-it-out!"とか"C'mmon"とか"Hooo!"とか。
 ちなみに難波は"Check-it-out!"の代わりに"Here we go!"で、後ろのの"C'mmon"がない。博多とジャカルタは秋葉とほぼ同じ。


 あとオバチャの時にお客はmix(タイガーファイヤーサイバー…)を打たないのね。その代わりユニゾンの「S-K-E-48」は強め。
 

 Team E。僕が最初に出会った彼女たち。
 思い出す。
 2012年5月、「見逃し公演2@TDCホール」。
  「逆上がり」で号泣してた僕。
 松村先輩の速報39位を聞いて会場を飛び出し、震える指で名前も知らぬ仲間たちに報せを送った幸福な夜。
 

 あれから3年半だ。
 去る人あり、来る人あり、Team の名は同じでもメンバーはずいぶん変わった。
 上野、岩永、金子、小林(亜)、原はもういない。
 今残ってるの、磯原、梅本、木本、酒井くらいか? あの時は斉藤はまだ研究生だった。
 その代わりの新たな出会い。井出、鎌田、それからそれから。
 それに今日は、Team の枠を越えたメンバーがたくさん来ている。何でだろと思ったら、握手会があったんですね。
 おかげで青木や石田にも再会できるわけだ。


 遠方枠のシートは前から4列目。周囲とのクリアランスは秋葉のシアターより広くて快適だ。明るいし。
 見覚えのあるフラッグ。バスケのリングがなかったっけ?
 

 目を瞑って開幕を待つ。
 早く始まって欲しい。でも始まったらあっという間に終わっちゃうから、いつまでもこの時間が続いて欲しい。そんな小さなジレンマの中で懐かしのウエストミンスターの鐘が響いた。  

Glory days2

 words

   はみ出さないようにルールを守って/壁の時計をぼんやり見てる
   水道の水が出しっぱなしで/いつの日か僕だけ溺れそうさ

 Glory days。
 どうしてこれが「栄光の日々」なんだろう。 
 僕はずっとその理由が知りたかったんだ。


--


 もうすぐ終わろうとしている2015年。
 AKBの歩みが始まって、記念すべき10周年であった今年。
 オープン10周年記念祭とか、10周年記念公演とか、それなりの盛り上がりがあった。


 それに敬愛する松村先輩にとっては間違いなくビッグイヤーだった。
 日々届けられる彼女からのメールがそのことを教えてくれた。

 
 でも僕自身のヲタ活動的には最低な年だったかも知れない。
 入れた公演はたったの2回。
 4月以降「俺何かやらかしたっけ?」と自問自答したくなるほど抽選にはじかれ続けた。まあ応募出来るのは月に数回なんだけどさ。


 DMMのオンデマの契約も、諸般の事情で全て解約した。
 新しく発売されるCDも、コンサートDVDも、発売日に届けられることは絶えて無くなった。
 タイトル曲はともかく、カップリングに隠れている名曲を探す楽しみも、今はない。


 何よりもこのブログの更新をほとんどしなかった。


 彼女たちへの愛が失われた?
 もう僕は飽き飽きしまった?


 少なくとも、最近の彼のコトバが胸に響かなくなって来ていることは確かだった。
 わかりやすい説明と繰り返しの説教、またはその両方。
 おっさんにはもううんざりだ。
  

 そんな日々の中でも、毎日届く僕の名を呼び続ける松村先輩からのメールと、月に数回だけのシアターへの応募。それだけが彼女たちの世界と僕をつなぐ細い細い糸だった。
 

 そう言えばこの6月には大阪で仕事があった。その数ヶ月前に予約したホテルは難波にした。仕事の会場からは離れていたんだけど。ひょっとしたらという期待があった。


 その夜、劇場は閉まっていた。みんなは博多へ行っていた。
 僕はグランド花月の横の居酒屋で飲み、たこ焼きを食い、ラーメンをすすり、閉まっている劇場をいつまでも酔眼で眺めていた。


 博多と栄に行く用事は、残念ながら無かった。


 暮れゆく2015年。
 このまま終わってしまうのだろうな、という漠然とした諦念。
 10周年記念の歳末なのに、なんてしけてるんだろう。
 

 そんなある日、ふとしたきっかけで見直した何度目かのUC公演ザ・ファイナル。
 ステージには松村先輩と(元)研究生たちと頼もしき助っ人。


 ちょうど1年前のアンフィシアターでの幸福な時間を思い出す。
 忘れかけていた研究生mixを小声で唱えてみる。「おしりん!れおな!わんちゃん!おぎりー!...」
 名古屋に行く用事はなかったなあ。来年はあるかなあ。


 「用事が無ければ作っちゃえよ」。


 ささやいたのは悪魔だったのか天使だったのか。


 「遠方枠ならずっと先だしスケジュール調整できるんじゃね?」。


 シアターの応募に続いて勢いで押してしまったSKE劇場、「申し込む」のボタン。
 その夜、忘れた頃に栄からの初めてのインヴィテーションがやって来た。
 僕にとって最初の出会いだったTeam E。演目は「手つな」だ。


 なるほど。
 奇跡は起きるものではなく起こすものだって何度もかおたんに教わってたじゃないか。

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