HKT

2014年5月21日 (水)

明日は明日の君が生まれる4

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 2014年5月11日。
 HKT48アリーナツアー~可愛い子にはもっと旅をさせよ~。
 場所は名古屋日本ガイシホールだ。
 セットリスト本編を締めくくる25曲目。


 それがこの曲、「明日は明日の君が生まれる」だったということを、僕は松村先輩こと松村香織のGoogle+でコンサートの翌日に知った。

 
 オリジナルの楽曲が少ないこともあって、もともとHKTのコンサートではいろんな曲が歌われる。
 初の単独コンサートであった2013年4月の武道館公演からして、他のAKBグループの曲のみならず、「ライバル」乃木坂46の曲も歌われた。
 グループの曲もシングルカットされた有名曲でもなく、「博多レジェンド」公演とも関係ない公演曲(「渚のCHERRY」とか「逆転王子様」とか「狼とプライド」)がセトリに入っていた。言っちゃ野暮だが、生粋の博多ヲタの、どれくらいのボリュームが「となりのバナナ」知ってんだ?


 グループの曲で盛り上がろうってのならば、知名度の高い曲をやればいい。
 だかHKTははなっからそれをしない道を選んだ。
 

 その背景に、指原先輩こと指原莉乃の存在を考えないわけにはいかないだろう。


 武道館単独公演の時には、指原莉乃はまだ何の役職にもついていなかったので、このセトリにどれだけ彼女が関与していたのかはわからないが、何らかの提案ないし示唆は行っていたのではなかろうか。


 武道館連続公演最終日、指原莉乃は劇場支配人を兼任することになった。
 生粋のドルヲタ指原先輩が権力を握った時、どんなセトリを組むのか。
 答えはすぐに出た。


 2013年年頭から行われた九州ツアー。
 初日、郷里大分で錦を飾った指原先輩の繰り出した頭一発目はモーニング娘。の「ザ☆ピ~ス!」だった。
 ちょっと軽く失神しそうになりますた。だってこの曲、大好きだったんだもん。
 

 その後も忘れ去られ歌われなくなった名曲を次々にセットリストに加えていった。
 「水夫」「RUN RUN RUN」「FIRST LOVE」「君について」「おしめし」「軽蔑」「涙売り」etc etc…
 ヲタの曰く「いらないならHKTが貰う」。
 

 調子に乗った指原先輩。
 ツアー後半のセットリストは、さながらアイドル懐メロ大会だった。松田聖子、Wink、早見優、おニャン子クラブ、キャンディーズ…。


 2013年4月5日。


 AKB48グループ春コン in さいたまスーパーアリーナ~思い出は全部ここに捨てていけ!~HKT単独コンサート。


 本編の8曲目、「呼び捨てファンタジー」、「そばかすのキス」など「その佳曲いらないならHKTが貰った!」ムーヴメントの一環の中、おずおずと目立たないように、そっとこの曲は置かれていた。
 「明日は明日の君が生まれる」。


 歌ったのはトリオではなく、兒玉遥・指原莉乃・宮脇咲良・田島芽瑠・朝長美桜の4人。
 

 その時その場にいた、どれだけの人がこの曲と、それにまつわる物語を知っていただろう。
 いや、今となってはそれはどうでもいいことだろう。たとえ初めて聞いても、この曲は聞く人の心に染み込む。そのコンサートに参加できた幸運な人々の心にもきっと。
 

 そしてそれは一度だけのことではなかった。 


 4月29日からはじまった追加ツアー、セットリスト本編を締めくくる大事な位置。
 初日昼夜、5月2日、5月11日昼夜、今日まで5回のコンサートの全てのその場所で、この曲は歌われ続けた。
 

 それはつまり、HKTは「明日は明日の君が生まれる」を歌い嗣ぐ意思を明らかにしたということだ。
 そしてそれは間違いなく指原莉乃の意思。
 

 指原先輩が中西里菜についてどう思っているのかは分からない。
 ただ分かっているのは、指原先輩と中西が同郷で同じアイドル(松浦亜弥)をリスペクトしていること。
 指原先輩が強烈なドルヲタとして福岡国際会議場でのAKB48初の全国ツアーコンサートに参加した時、そのステージには燦然と中西が立っていたということ(もっとも当時の指原の「推し」は、佐藤であったというのだが。この辺の情報は今やすっかり乃木坂界隈の人となったルーさんによります。余談ですが、ルーさんの記事で指原先輩が参加したおぼしき2007年9月20日、さむさんによればアンコールの発動は慣れない女子高生?だった由。指原?)。
 そして劇場支配人としてHKTがこの歌を歌い嗣ぐことを選んだこと。


 思えば指原莉乃はアイドルとして一度死んだ身だった。
 「指原先輩にとって博多がよき死に場所となりますように」。
 博多への移籍が決まった頃、僕はこう記した。


 確かに彼女は一度死に、見事に生まれ変わった。


 松村香織。
 5月11日のGoogle+に


 「明日は明日の
  君が生まれる

  で本編終了!!!!」


 と記したとき、彼女にはどんな感慨があっただろう。


 2011年12月、すでにAKBにとって「不都合な」人物となっていた中西里菜のことを「だいすきなりなてぃんさん」と呼んではばからず、誇らしげにその卒業コンサートのチケットを掲げた彼女である。


 AKBに憧れ、シアターのあるビルのメイドカフェで働いていた松村先輩である(余談だが、同カフェでは今でも「萌え萌えきゅん」をやっている。というかこっちが先だよね)。


 中西里菜のことを「不都合」と呼んだバランス上、かおたんを「都合が悪い」とするのはさすがにはばかられるが、かおたんだって運営にとっては目の上の吹き出物でしょうな。タンコブとまでは言わないが。


 オトナの事情で葬り去られようとしていた名曲を蘇らせたHKTの(というか指原の)ヲタ魂に、かおたんのヲタ魂が共感し揺さぶれなかったはずはない。


 「ここで、この歌をこうやって歌うことが出来るんだ」って。
 

 松村香織が「アイドルとして一度死んだ」とは決して言うまい。
 てかその前に、果たしてかおたんは通常の意味でのアイドルを生きたことが一度でもあったのか、という根源的な問いが浮かんで来ざるを得ない。松村先輩はアイドルになる前にアイドルを脱構築しちゃってんじゃないのってつくづく思う。


 それでも松村香織の根本には、一個のアイドルと同時に、アイドル愛してやまないヲタが同時に存在している。指原莉乃と同じように。


 指原莉乃と松村香織。


 今日、37thシングルの選抜の座を争う「総選挙」が開幕した。
 前人未踏の連覇を目指す指原莉乃。
 研究生初の選抜入りを狙う松村香織。


 「明日は明日の」君たちが生まれる姿を、僕は今猛烈に見たい。

2014年5月16日 (金)

明日は明日の君が生まれる3

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 しーしーしー。
 奥歯に挟まったモノをブラッシングして来たところ。


 HKTのコンサートのセトリに「明日は明日の君が生まれる」が入っているのを知って思わず書き始めてしまったのだが、やはりこういうところにブチ当たらざるを得ない。


 この曲にまつわる諸般の事情。


 今さら説明するまでもないだろうけど、要は曲の問題じゃなく、この曲を世に出したユニット、「Chocolove from AKB48」の中心メンバーであった中西里菜が問題なのだ。


 中西里菜。


 AKB48のファウンディングメンバーにして、AKBグループにとって最も「不都合」なOG。
 「卒業」後の彼女のキャリアについて、思うところはいろいろあるのだが、それはここでは措く。


 AKBはこれまでのところ彼女の名を抹消するほど狭量になってはいない。
 ただAKBは彼女の名が言及される機会が可及的にゼロであることを望んでいるのは間違いない。そんなAKBの意向に逆らってまでこの曲をかけるメリットを、どのメディアも見出してはいないだろう。


 というわけで、どんなに名曲であっても、現在この曲が公の場で流れることは実質的にはない。
 わずかな例外を除いて。
 

 例外は不意にやってきた。


 最初は2011年7月26日。ラジオから不意打ちのようにこの曲が流れた。イントロを聞いた途端耳を疑った。
 オンエアしたのは佐藤亜美菜。自らの冠番組でだ。


 トリオのメンバーの一人、秋元才加のバースデイにかこつけての選曲だが、それはキレイな化粧をした言い訳Maybeに決まっていた。

  
 それはラジオガールからのギフトだった。


 亜美菜はこの曲と、この曲を歌った中西里菜が大好きだった。
 AKBに入る前、ただのヲタとして佐藤亜美菜はシアターに通い詰めた。ステージにはきらきらと輝く中西里菜がいた。亜美菜の心を鷲づかみにし、揺さぶり、ステージの上へ引っ張り上げた尊敬すべき文字通りの「アイドル」だった。


 自らの名を冠したラジオ番組が始まった時、いつかこの曲を流すことを亜美菜は秘かに期していたのだろう。


 もう一度は2014年1月15日。
 役者はやはり佐藤亜美菜だった。


 場所は佐藤亜美菜の「卒業」公演の舞台。歌ったのは亜美菜自身。
 同期の倉持中田を後ろに引き連れ、もちろん亜美菜は中西パートだ。


 最後の選曲に際して何らかの軋轢や葛藤はあったのだろうと思う。でも亜美菜はシアターを去るに当たっての「わがまま」としてこの曲を歌うことを貫いた。


 「明日は明日の君が生まれる」。


 曲名を告げる時の亜美菜の声は、心なしか緊張に震えているようだった。
 でも、客席からは拍子抜けするほどほとんど反応がなかった。もうこの曲を知り、それを歌った彼女とそこで会ったことのあるヲタは少数派だったのだろう。
 それでも微かに聞こえた「おお」という嘆息は、きっと「事情」を知っている古参のものに違いない。


 誰が何と言おうと、この曲を歌った亜美菜。
 うん。間違いなく佐藤亜美菜は最後まで尊敬措く能わざるヲタだった。


 亜美菜が去り、この曲が歌い嗣がれることはなくなった、と僕は思っていた。


 でもそれは間違いだった。

2014年5月13日 (火)

明日は明日の君が生まれる2

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 HKTのツアーコンサートで、この曲が歌われたそうだ。
 それも本編最後の曲として。
 現場の写真を見ると、バックスクリーンに歌詞が映し出されている。
 HKTはおろか、厳密にはAKBのものですらないこの曲をよく知っているお客は、今では少数派だろうから、歌詞を見せてくれるのはありがたい。歌詞がとても心に沁みる曲だから。
 そして何よりもHKTがこの曲を大事にしてくれていることが感じられて、僕はとても嬉しい。

 
 この曲は名曲だと、僕は思う。
 AKBにはまりだした数年前に出会って、強く心惹かれた曲だ。その時点ですでに半ば世の中から忘れ去られた曲だったけれど。


 その頃の僕は、迷い込んだ「AKBの森」のあちこちを散策して、昨日はこっちでキレイな泉が見つかった、今日はあっちで見知らぬ花に出会った、とでもいうように毎日宝探しをしている心持ちだった。
 そんな中でもこの曲は、ピカいちの宝だった。
 古参のみなさんにはおなじみの曲でも、新規にファンになった自分が自力でこの曲を見出したことは、ちょっとした自慢でもあった。


 別れの曲だ。それも切なくて苦い別れだ。
 その歌詞はアイドルが歌うには少しヘヴィかも知れないけれど、歌い嗣がれ聞き継がれて行って欲しい曲だと、僕は思う。

 ひょっとしたら若い人々にはぴんと来ないかも知れない。でも年を取って、多くの苦い別れを体験した人には分かると思う。

  明日は明日の君が生まれるよ
  長い夜を越え/陽が昇るように

 経験から言えば、正直なところ明日になっても「明日の君」はたいていの場合生まれない。明日も明後日も、君は今の君と変わらない。


 もっと言えば「長い夜」を越すことすらできないことだってある。その夜はずっとずっと続くかも知れない。「明けない夜はない」というのは、自然現象としては正しいが、比喩としては常に成り立つとは限らない。


 だからこの歌は必ずしも「明日は明日の君が生まれる」という先験的な事実を歌った歌ではない。むしろ「新しい君が生まれて欲しい」という、反実的な願望の歌である。


 そして「明日の君が生まれる」ためには、「今日の君」はいったん死ななければならない。
 そうすることによって初めて、新しい君が生まれる。
 そう、この歌には「死と再生」のテーマが隠されている。


 もちろんホントに死んじゃうわけじゃないよ。
 新しい自己を顕現させるための象徴的な死。
 それは「死ぬほど頑張る」って事かもしれないし、今日の自分を全否定することかもしれない。身を切るようなつらい別れもそうだろう。いずれにせよそこには計り知れない苦痛が伴う。それが再生のための痛み。
 その痛みを知る者だけが明日の君に生まれ変わる。 

 
 ちゃんと仕事をする秋元先生は、こんな世界を僕らに見せてくれるんだよなあ。
 こんな事にも書いたっけ。


 なーんて深読みをしなくたって、この曲は心に沁みる。
 明るくて切ないメロディ、水のような透明なメインボーカル、それを力強く支える二人の声。
 聞いているとこのトリオがAKB最初期のスピンアウトユニットとして選ばれた理由がよく判る。

 
 この歌は、歌い嗣がれ聞かれ継がれるべきだと、僕は思う。
 かつてのリクアワでは、この曲は第8位という高順位を獲得したこともある。それだけの「力」を持った曲だ。


 でもその後、諸般の事情でこの曲が歌われたり、オンエアされることはほぼなくなった。
 この曲を、この曲を歌ったユニットを「なかったこと」にしたい「オトナ」も少なからずいるだろう。


 ああ、どうしても奥歯にモノの挟まった言い方になるな。
 ちょっと頭を冷やした方がいいかも知れない。

2013年5月31日 (金)

PARTYが始まるよ5

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 前々回のエントリー、ちょっとヤな感じしなかった?
 

 だってさあ、せっかく博多の劇場に行ったのにさあ、話すことといったら秋葉原のシアターのことばっかだったじゃん。いけ好かないよねえ、こういう、「本店ヲタ」風を吹かすヤツって。


 でもねえ、あの快適極まりないHKT劇場の席に座って、やたら感動している連れに向かって、どうしても秋葉原のシアターのことを語りたかったのよ。狭っ苦しくて親密なあの空間のことを。


 ま、反対隣のお兄ちゃんが聞いてるかなって意識もあったけどね。ほら、僕も何回か「本店」の公演行ったことあるからさ。


 うわっイヤらしい感じ。
 ゴメンゴメン。今度はちゃーんと博多のみなさんのこと書くからカンベンしてね。


 --


 ダダダダダダダダダダってのはありゃ、マシンガンだよな。そして

   PARTY!

 見事心臓がぶち抜かれましたよ。


 やっぱ生で見る「PARTY!」は楽しかった。
 何と言ってもAKBの原点だもんね「PARTY!」公演。


 中でも後ろから飛び出してくる田島のカワイイこと。
 

 以前にksgkこと大島(涼)を評して「子鹿と言うより子山羊」と書きましたが、こっちは間違いなく「子鹿」。
 すらっと伸びた手足、飛び抜けてべっぴんさん、という訳じゃないんだけど、その表情がたまらなくアトラクティブ。最初おとなしかった連れがみるみる引き込まれていくのが、隣を見るまでもなく判りました。
 うん、確かにこの子は目立つ。
 動きのひとつひとつが丁寧だし。

 
 頭3曲が終わったところで、メンバーはすでに汗だく。
 いいなあいいなあ。これがホントのPARTYなんだなあ。


 正直僕はTeam Hのメンバーの2列目を識別することがかろうじて出来る程度なんです。3列目になるとちょっとアヤシい。ボスとかあおいたんとか、瞬間的には出てこないかもしれません。
 だから研究生はまるでダメ。今回予習する暇もありませんでしたし。

 
 だから研究生で個体識別可能なのは、田島、他店のメンに評判な朝長、松村先輩のおかげで一躍顔が売れた谷くらいでした(谷ってさ、ちょっと宮崎に似てるよね。みゃおをちょっとおへちゃにしたか感じ)。他のみなさんについては、自己紹介のMCを1回聞いたくらいじゃ憶えられませんて。こちとらもう海馬細胞は擦り切れてるんだから。


 朝長。
 確かに可愛らしいっちゃそうなんだが、まあだから何だ、という感じ。
 48グループにおいて、「可愛らしい」なんて属性は後から付いてくりゃいいんだよってのが、どうやら僕の立ち位置みたいです。
 

 谷。
 松村先輩の動画で拝見したときは、余裕のある子かと思ったら、そうでもないのね。何かぎりぎり一杯のところでアレをやっている感じ。村重とは決定的に異なるところ。
 アレ、もうちょっと同僚が拾ってあげなきゃ辛いところがあるなあ。でも拾わないのね研究生の若い子たち。
 若い子って(というか子どもって)残酷だよね。若い子揃いの博多、しかも研究生公演って子どもの楽園みたいでしょ。子どもが権力握ったら恐いぜええ。
 そんなキリングフィールドの中、谷は健気でいじらしかったです。


 その他誰かいるかなあ、と目を泳がせていてら引っかかった(オトナの用語で「場内指名」ってヤツですか?)のが梅本泉。
 ちっちゃな体できびきび動く。
 都築りかちゅうから狂気とダンススキルを引いた感じ(じゃあ何が残るんだ?)。
 連れは田中優香がよかったと言っていました。


 あっという間の2時間、というか1時間40分くらいしかないのね、「PARTY!」公演は。
 最後のあいさつをして、選挙のヴィデオを見て、ハイタッチでお別れ。
 あ、芽瑠ちゃんだけ「握りタッチ」でした。連れは「上に行く者はやっぱ違いますね」と感心しきり。「あの年齢で、『女』なんですねえ」とも。


 いい劇場、楽しい公演でした。とても幸せな気持ちになれた。
 音に聞く「厄介」ヲタもいなかったし。
 また博多に来る機会があったら、是非訪れたいものです…。


 劇場を出ると、男の子が1人。
 劇場公演出演100回となる谷への祝福メッセージを募っていました。
 おお、谷、いいヲタが付いてるじゃないか。 
 「負けるな」。それだけ書いて来ました。
 ホント、負けんなよ。負けなきゃ、いつか勝つから。 

 
 --


 書くかどうか迷って、1回書いて消して、やっぱりまた書くことにしました。
 上の方で、「また博多に来る機会があったら、是非訪れたいものです…。」って書いたでしょ。
 意地悪く言うと「ここに来るために、是非何としても博多に来たい」、という渇望感の種は植え付けられなかったかなあ、ということでもあったんです。
 博多ヲタの人に怒られちゃうかもですね。


 彼女たちからは、ギラギラというかヒリヒリしたものは、あんまり感じなかった。
 それは何か。
 しばらく考えた末に、思いついたのは、それは「野心」の匂いだってこと。 
 どうやら僕は、研究生たちからこぼれる野心の匂いに惹かれ、それを渇望し、それに惑溺しやすい質のようなんです。


 "Ambition should be made of sterner stuff "?
 いえいえ、21世紀のAmbitionは、とてもたおやかなものから出来ています。
 相笠のステップや、西野の指先や、岡田(奈)の眼光や、岩立の発声練習や、あろうことか、こじまこのえくぼなんぞもその構成要素だったりするわけです。
 

 毒のような野心の匂い。
 それは博多の研究生からはあまり立ち上っていなかったように思われます。


 メンバーの平均年齢が若かったせいかもしれません。
 秋葉の子たちのように、身近に「超選抜」「神」がいないからかもしれません。
 自分が立っているこの舞台、ちょっと前に大島優子が立っていた。
 それどころか、今日全国ネットのカメラに抜かれた小嶋陽菜の横で、自分が見切れていた。
 時間にして数分、距離にして数十センチ。
 この状況で野心が燃えたぎらなきゃ、アイドルなんか辞めろってことですよね。


 博多の研究生たちは、ある意味満たされているのかもしれませんね。


 このまま行けば、ほとんどがTeam KIIIのスターティングメンバーになれるのでしょう。
 でもね、そういう予定調和は何かを蝕むような気がします。
 指原先輩が劇場支配人になったのはネタだけではなく、秋元先生が何かを壊したい気持ちの現れにも思えてなりません。
 
 
 博多の子たちよ、願わくは武道館からぴかぴかした野心を持ち帰らんことを。
 松村先輩よろしく!

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