K3

2014年4月 8日 (火)

くるくるぱー5

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   下を向いて/歩いていたって見つからない
   探し物は/いつでも 頭の上にある


 いくら上を向いても、「それ」に手が届かないことを自覚すること。
 それを世間では「おとなになった」と呼びます。


 それでも上を向いていること。たとえ手が届かなくても「それ」がそこにあることを喜べること。
 そしてそれに手を伸ばしているこどもたちの、支えになること。
 それが出来なければ、せめてこどもたちの邪魔をせず見守ること。
 それを「成熟する」というのかも知れません。

   落ち込んだら/賑やかなラッパを鳴らすんだ
   宝物は/おそらく がらくたの中だね


 いい年こいてアイドルに入れ込んでいて「成熟」もへったくれもないもんですが、僕にとって彼女たちは高らかに鳴り響くラッパなんです。知らない人からみたら確かにがらくたかも知れませんけどね。


コバヤシカナ大王陛下の偉業に心からの敬意を表します。
 ああ、またシアターに行ってラッパを聞きたくなってきたぞ。

2013年12月31日 (火)

泣きながら微笑んで7

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>彼女の夢が実現する日。「AKBの大島優子」が、「日本の大島優子」になるその日、僕らは去っていく彼女を泣きながら微笑んで送り出さなきゃいけない。彼女もまた、大粒の涙に縁取られた無垢な笑顔を見せてくれるだろう。

 
>彼女のいないAKBに慣れるまでにはずいぶん時間がかかるだろうけど。

-- 

> K3から数年後、大島優子は声帯の手術を受けることになる。
> それまでノドのトラブルが多く、ややかすれた声の上に高音が苦しかった彼女であったが、手術後はずっと澄んだ声を伸びやかに出せるようになった。

 
> でも僕はK3千秋楽の優子さんの、少し無理をして、少しかすれた歌声が大好きだ。
> あの日歌うことの出来なかった最後のひとことを含めて。


 > みなさまよいお年を。


  こう書いたのは、ちょうど2年前の今日のことだった。
  この2年が長かったのか、短かったのか今の僕にはわからない。

  泣きながら微笑んで/あなたを見送りましょう

  その日、去って行く優子さんに対して僕は、約束通り微笑みながら見送ることができるだろうか?

2012年8月27日 (月)

ありがとう

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 K3千秋楽、この日を最後にAKBを去っていったメンバーが2人。
 高田彩奈と今井優。
 この日、シアターではこの2人によるお別れのパフォーマンスが行われた。


 高田彩奈による、「山手線」。
 残念ながらこのすばらしいパフォーマンスは公演DVDに収録されてはいないが、戸賀崎支配人のご好意でその片鱗をうかがうことができる。

 腹筋編背筋編



 そして今井優。
 みずからの作詞作曲による曲、「ありがとう」。
 Team Kのメンバーとして、「PARTYが始まるよ」「青春ガールズ」「脳内パラダイス」の3公演を演じきって去って行く今井が、メンバーとファンに贈ったお別れの曲。

  瞳閉じれば 煌めく想い/どんな毎日も 忘れはしないよ
  1人じゃここまで 歩けなかった
  いつも隣見れば/そこには君が居た

 今井が仲間と歩んだ毎日。3つも公演を演ったのに、この間わずか1年2ヶ月だった。
 

 「ありがとう」。
 そう言い残して今井優はシアターを去った。


--
 

 その後Team AとTeam Kは合流して「ひまわり組」を結成する。
 その時点でTeam Kはなくなってしまった。
 なんで秋元さんはそんなことをするのか。せっかくチームとして団結してやってきたのに、どうしてそれを壊そうとするのか。
 当時そういう声があったに違いない。
 いろいろな「理由」が説明され、忖度され、ささやかれたのだろう。それらはそれなりに頷けるものであっただろう。
 でも僕らはすでにそれら「理由」の根っこにあるものをを知っている。すなわち秋元康先聖先生は、創造者にして破壊者である、ということを。


--


 今日。
 2012年8月27日。
 「グランドオープン」から2455日め。


 「夢の場所」を経て、彼女たちは「最初の場所」に立ち戻ってきた。


 「東京ドームでコンサートをした翌日に、秋葉原の専用劇場で、いつものように公演をする」という「夢の続き」を実現するために。
 AKB48という小さな奇跡。その立ち位置ゼロに立ち続けた、ひとりの小さな女の子にお別れをするために。

  ありがとう そばに居てくれて/ありがとう 今日までの日々
  本当はね 素直に言いたい/誰よりも 大スキだよ

 
 ありがとう、あっちゃん。
 さようなら、あっちゃん。


--
 

 かくしてあっちゃんは去った。
 その後には三度破壊されたAKB48の残骸。
 
 打ちのめされた?

 いやいやなんのなんの。
 確かにジャカルタや上海にはびっくりしたが、多少驚いても途方に暮れるようなヤワなメンやヲタは、おかげさまでもうここにはいませんて。
 ただメンバーの所在を記憶し直すのにポンコツの海馬細胞が多少悲鳴を上げる程度ですよ。 
 破壊こそ創造の母。夢は何度も生まれ変わるさ。

 
 さあもう一度旗を掲げよ、高橋みなみ。
 水と緑があるところならば、僕らはどこへなりとついて行くとも。
 いざ、未来の果実を摘みに行こう。

2012年8月21日 (火)

草原の奇跡

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 ああ、うつし世には憂いがつきものが定めとは言え、何だかなあ。
 いろいろな事情はあるんだろうが、繰り返される愚行というか何というか。
 博多の子たちはよく知らなかったけれど、異動してきた指原先輩を戸惑いながらも受け入れていって、ああ、いい子たちだな、いい流れになってきたな、と思った矢先。


 何があったか知らないし、知りたくもないが、みんなフィクションとリアルをちゃんと区別しようよ。


 かくなる上は是非もなし。
 おーい、みんなー。何やってもいいが、ばれるんじゃねえぞー。
 ずる賢く生き残ってくれー。話はそれからだ。


 僕はもう少し現実から逃避しましょうね。


--
 

 馬鹿げた「ルール」のことなど誰も知らなかった頃。
 アンコール3曲目。K3のレギュラーの演目最後の曲。


 普段の舞台では、秋元(オ)がソロで歌い出すのだが、公演DVDが収録されたK3千秋楽、秋元(オ)センター前方でマイクを持つ野呂はこう呼びかけた。
 

 「最後は、みんなで歌いましょう」。


 2007年6月22日は、たくさんの「最後」がやって来た日だった。


 K3「脳内パラダイス」公演の最後。
 当時にしてみれば、Team Kとしての活動の最後。
 この日を最後にAKBを去っていくメンバー、すなわち今井と高田とともに舞台に立つ最後。
 ひょっとしたら再起出来ないかも知れない、ひょっとしたら梅田とともに立つ舞台の最後。


 いろんな「最後」を胸に抱いてこの「草原の奇跡」は歌われた。

  君に出会えた奇跡/惹かれあった心
  草原に風が吹いた/愛しい人よ

 秋元先生の詞って、ケッコウそらで引用するのがムズカシイんだよね。「何かこんな感じ」ってイメージはあるんだけどいざ言葉にすると出てこないっていうか。だからどんなによく知ってるつもりでも歌詞を見ずに歌うのが難儀だったりする。
 気を悪くしちゃうかもしれないけど、秋元先生の詞って「言葉の直接の力」ってあんまり強くない。それよりは「言葉が描写する情景の力」が強くて、人の心を捉える感じ。
 詩で言ったら叙情でも叙景でもなく、叙事詩、みたいな印象。


 でもそんな中、この歌は歌詞見なくてもバッチリ歌える(と思う。あ、第1スタンザだけね。カラオケ行かないからわかんないけど)。
 「AKBで好きな曲」ではなく「AKBのことよく知らない人に聞かせたい曲」というアンケートを取ったら、上位に来るんじゃないかな。もっと言うと「AKBを喰わず嫌いしている人」に聞いて貰いたい曲。


 イントロはハモンドオルガン(風のシンセでしょうね、やっぱり)。ちょっとだけプロコル・ハルムを思い出す。もっとも歌詞はあんなにピヨピヨじゃなくて、伝えたいのはとてもストレートなメッセージ。


 曰く「君と出会えた奇跡」。


 ただちょっとイメージが結びにくかったのは、なんで「草原」なんだろう、ってことだった。21世紀の日本に住んでいて、「草原で出会う」ってどういうシチュエーション?
 君たちはハイジとペーターか?


 とひっかかるものを持ちつついた時、誰かの言葉が飛び込んできた。
 ブログだったのか、本だったのか。どこで読んだのか、判然としない。もしご存じの方がいらっしゃったら是非ご教示下さい。


 すなわち「草原とはシアターのこと」。


 たったそれだけの見立てをすることで、全てのピースがキレイにはまるように腑に落ちてしまった。

  ここで起きてる奇跡/信じられる強さ
  草原の風の中に/愛しい人よ

  そこで出会ったのはメンバーたち。
 そしてシアターに通い詰めるヲタたち。
 思いつきで、たまたま見かけて、ちょっと勢いで、応募してしまったオーディション。
 まだ名も知られていない彼女たちに、偶然出会ってしまった連中。


 最初はただの偶然の仕業だと思っていたのに。


 「草原の奇跡」とは、シアターで起きている奇跡のこと。


 いろんな記録を読んでいると、このころのシアターはとホント奇跡のような空間だったように思える。ステージと客席を繋ぐ「いくつもの赤い糸」。

草原の奇跡。
公演前にダディさんが提案した「肩組み」が発動した。
終盤、メンバーが横一列になり手を繋いだり、隣りのメンバーの腰に手を回す場面で、客席も隣同士と肩を組み、左右に体を揺らして合唱した。 途中何度か後ろを振り向き、会場全体を確認した。イス席も立ち見席も、ほとんどの人が肩を組んでいたと思う。実に壮観な眺めであった。 すべての列が同一方向ではなく、ある列は左右、ある列は右左といったようにいい感じでバラけていたことが、より感動的なものにしていたと思う。

(中略)
歌終了後の拍手、いつも以上に一段と大きかった。しばらく鳴りやまなかった。
言葉なんて必要のない、感動的な雰囲気が続いた。

 見知らぬ(まあ常連さんは顔見知りだろうが)人々が肩を組んで左右に揺らす様子は、風が吹き抜ける草原の様だったかも知れない。まあ揺れる草と呼ぶほど可憐なものではなかったろうが、確かにそれは奇跡のような光景だったろう。


 僕はなにも体験しなかった昔話を掘り返して、往時をうらやみたいわけではない。いや、そういう気持ちが全く無いわけではないけどさ。もう二度と見ることの出来ないものもあるし。

 
 でもねえ、「奇跡」は今も至る所で起きてるんだよ。
 ただみんななかなかそれに気がつかないだけ。道端に咲く花に、どれほど奇跡が詰まっているか、ボンクラな僕はまだ知らない。


 ただ何かの拍子にYoutubeであの「ジャガジャーン(Dsus4なんですね、石原P)」に見入ってしまったあの日以来、僕にも小さな奇跡がぽつりぽつりと続いてるような気がしないでもない。


 ね、そういうことなんでしょ、秋元先生。


 今日もシアターでは別の奇跡が起きてるってことですよね。

2012年8月17日 (金)

Team K 2nd メドレー

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 ここしばらくいろんなことがありました。
 僕個人的にも、AKB的にも。
 来週から月末にかけてもっといろんなことが起こるのでしょう。前田の卒業お披露目だけで東京ドームコンサートが終わるはずはありません。ひょっとしたら今僕らが知っているAKB自体が無くなってしまうような大激震が起きるのかも知れません。


 忘れられない残暑になるのかな。


 怖いような、わくわくするような。
 

 それを待つちょっとの間、喧噪の2012年夏を離れ、なつかしのK3に帰ることにします。
 そこにはようやく数こそは少なくても、確実に人々の心を掴み始めた彼女たちが、わずかばかりの自信と、はち切れんばかりの不安と、それぞれの夢を抱えて待っていてくれてます。


 2007年。
 その年の末、彼女たちは90秒間だけ紅白歌合戦(NHKのだよ)への出演を果たすことになります。K3はそこから半年も前。


 ねえ、そこにいる君たち。
 もうすぐ君たちは、あの場所に立つんだよ。
 シアターから1830メートル離れているという、憧れのあの場所に。
 ウソ? ウソじゃないさ。
 君たちのいるそこから5年。
 君たちはそれだけのことを、その場所から成し遂げて行ったんだよ。
 ホントさ。


 あと、あっちゃんがね…


 いや、そのお話はまた後にしよう。


 --


 K3も大詰め。
 アンコール1曲目の「花と散れ!」については、もうちょっと触れなければいけないことがあったような気がしたのですが、もうずいぶん遠回りして引っ張ってしまったのでいったんお終いにします。


 で、「Team K 2nd メドレー」。


 そういえば同じ頃やっていたA3「誰かのために」公演でも、アンコールにメドレーが入ってましたね。
 長い長いイントロのあと、「会いたかった」「DMT」「桜の花びらたち」「スカート、ひらり」「AKB48」の5曲を、アレンジとテンポを変え9分ちょいに詰め込んでました。エンディングなんか「AKB48」と「会いたかった」のミックス。


 あれ、カッコよかったっちゃカッコよかった。
 でもAKBにそんなカッコよさはいらない、って空気もあったらしいです。
 そんな難しいことしなくていいから、素直に何曲かやってよ、って。


 よくも悪くも、A3は「何か違うもの、何か新しいもの」を目指したセットリストでした。
 よくも悪くも、そのころTeam AはホントのPioneerだったわけです。


 一方Team K。
 K3のメドレーでは、やっぱり9分弱の尺の中に3曲。A3に比べると欲張っていません。
 「Virgin love」「シンデレラは騙されない」、そしてお待ちかね「転がる石のように」。
 前2曲は「花と散れ!」に続く井上ヨシマサチューン。「転石」は言うまでもなく、今に歌い継がれるTeam Kの独立宣言にしてアンセムです。


 アレンジはほとんど変わってない(よね?)し、わりとたっぷりと歌っています。前2曲はワンハーフ(AメロBメロサビサビ)づつ、「転石」なんか普通にフルコーラス。およそ4分。オリジナルと同じ長さでしょ、これ。


 「何か違うもの、何か新しいもの」ではなく、Team Kらしさを腰をすえて届けようとするメドレーでした。


 意地悪く言えば、新曲2曲書く手間をさぼってK2の人気曲を繋げただけって言えばそれまでなんですけどね。でも現場じゃ高まったろうなあ。「シンデレラ」から「転石」の繋ぎなんか今見てもゾクゾクしちゃうもんね。かわいいかわいい小野のきりりとした表情がしびれる。
 

 公演DVDが収録されたのは千秋楽。
 この後Team KはAと合流してひまわり組となることが決まっていました。もう一度あの場所でTeam Kに会えるって思ってた人は、当時いなかったはずです。


 だからメドレーの最後に響く「We are the Team K」って歌詞は、その日シアターにいた誰もの胸に刺さったことでしょう。


 そこにも、もうすぐ別れが待っていました。

2012年8月11日 (土)

花と散れ!5

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 関係ない話にここまで引っ張られちゃあ「花と散れ!」も迷惑ですわ。
 ぷんすかぷんすか。

-- 


 「みなさんこんばんは。AKB48 Team 4です」。

 
 「僕の太陽」公演で彼女たちがTeam 4と名乗って挨拶をしたのは、2011年10月10日の初日が最初で最後だった、という話。


 現在AKB48の劇場の公演では、チーム名を名乗らないのが「お約束」になっている。
 なぜなら2011年4月8日から、劇場公演は建前上チーム制ではなくなったから。理屈の上ではどの演目をどのチームがやっても構わないし、どのメンバーがどの公演に出てもいい。


 だから最初の挨拶は、たとえ全員研究生であっても「こんばんは、AKB48です」でなければならない。


 これは劇場公演に限らない。
 公演をそのままTDCの舞台に持ってきたという態の、「見逃した君たちへ」。ここでも「お約束」は守られていた。TDCの舞台でチーム名を名乗ったのは栄の3チームだけだった。


「僕の太陽」2回めの公演は初日から5日めの10月15日昼。
 この時彼女たちは「お約束」通り、「こんにちは、AKB48です」とだけ挨拶をした。「Team 4です」とは言わずに。


 つまり初日に「Team 4です」と名乗ったのは、ホントにイレギュラーな出来事だったんだ。
 

 初日、最初のMCを先導したのは、島崎か島田のうち、歌わずに「レッツゴー」だけでオーディションを突破した方(あああああうるせいうるせい、そこまでわかってるんなら島崎でいいだろそうだよぱるるだよ)なのだが、挨拶自体は舞台上の全員がそろって声をあげる。だから事前に「Team 4」と名乗ることはメンバーは承知していたはずだ。挨拶の練習だってしただろう。


 2011年4月以降、「お約束」が出来てから、彼女たちが舞台に立った回数は諸センパイ方よりはるかに多い。「お約束」を知らなかったはずはない。
 それなのにどうして初日の舞台で、彼女たちは「Team 4」と名乗ったのだろう。


 ぽんこつが出ちゃったのか? 
 ぽんこつが出ちゃったフリしてマネしたのか?
 それであとで運営に怒られたのか?


 それとも「初日」だから特別にチームの名を名乗らせて貰ったのか?


 今は理由はわからない。


 ただひとつ思うのは、あの日、高らかにチームを名乗る彼女たちの声は、この上なく晴れやかだった、ということだ。

  走れ!私/全速力で

 
 そう、あの時のステージ、彼女たちは額を輝かせて、全力で走っているように見えた。
 その姿に、僕は参っちゃったんだよなあ。


 いまや本店を見限って博多の人になっちゃった感がなきにしもあらずのメモリストさむさん。
 そのさむさんによる、「僕の太陽」公演初日のレポ。

 パフォーマンスレベルを上げるのはもちろんのことであるが、お客さんに楽しんでもらおうとか、 みんなで1つになっていいステージを作り上げようとか、むしろそういう意識的な部分の方が重要なのかなと思う。 意識レベルの向上ができれば、チーム力の底上げに大きく繋がるんじゃないかなと思う。 まだできたばかりのチーム、始まったばかりの公演なので、長い目で見ないといけないのかもしれないが、 意識面がちょっと気になった。

 僕が心を奪われたTeam 4の初日のステージだったが、見る人が見れば問題は少なくなかったようだ。
 ちなみにさむさんは、彼女たちが「Team 4」を名乗ったことを聞き逃していない。
 ちゃんと

■MC1 (自己紹介)
島崎遥香 「みなさん、こんばんは」
みんなで 「AKB48 チーム4です」客、拍手

ibid

 と記録されている。


 その後も長い目でさむさんは見続けてた。そして2012年3月16日。

 今日は見ていて、最初から疲れていたような子も何人かいたとは言え、 いつも以上に躍動感はなく、振りもバラバラ。この公演の初日よりもクオリティが低いと感じるくらいだった。
  (中略)
 もう50回以上やっているけど、チームとして、あまり変わった感じもしない。 個々に伸びてる子はいるけど、ほとんど伸びを感じない子もいるし、チームとしてはほとんど成長を感じない。
  (中略)
 長い目で見ないといけないのかなと思うのだけれども、悪戦苦闘だったり、もがいてる感といったものはなく、 ただ毎回同じことの繰り返しをしている感じなので、この先もチームとしては変わらないんじゃないかなと思ってしまった。

 うわあ。
 厳しい指摘に反発した「ファン」もいたようだけど、言われるうちが花だったんだよね。「ずっと見てくれる人」「ちゃんと言ってくれる人」がいなくなった組織は(個人も)たいてい潰れちゃう。それはおっさんになるとよくわかるんだが。


 窮状を見かねてカギさんがTeam 4公演を見て曰く。

「バックダンサーとアンダーに慣れ過ぎて『自分たちの』公演という自信や、それどころか当事者意識すら持てずにいるのではないか」

 「みんなで1つになっていいステージを作り上げようという意識」とか、「自分たちの公演という自信や当事者意識」とか、やっぱ方法としてはまずチームでまとまるしかないんだと思うんですよね。


 そう、とどのつまり、彼女たちはチームになっていない。


 よそのチームを支え続けて、どこかのチームに入れるよ、と言われてその気になって、でもこれからは公演はチームごとじゃなくなりました、って言われて、でもやっぱり君たちで新しいチームになってね、ってことになってキャプテンが決まって、でもそのキャプテンがいきなり謹慎して、公演じゃチームを名乗れなくて…。


 「シアターの女神」やってる方が楽しかった、って子もいるんじゃないかな。
 かわいそうな、「うちの子」たち。


 でも「かわいそう」ではもう済まされない時期だぞ。
 

 今から思えば、彼女たちはずっと「Team 4です」って言い続けるべきだったんだ。
 「大人たち」が何て言おうと、「お約束」なんか知ったこっちゃない。
 「あたしたちはTeamだ、Team 4だ」って、叫び続けるべきだったんだ。
 「目撃者」にも「RESET」にも「シアターの女神」にも出続けよう。よそのチームのアンセムだって歌おう。でもあたしたちはTeam 4だ。ここがあたしらの国だ、と。


 あたしらにあたしらのチームのアンセムを歌わせろ、と。


 Team 4っていうか彼女たちって、いい曲貰ってるんだよね。
 「High school days」とか「走れペンギン」とか。
 

 でも一番アンセムに近いのはこれでしょ。

  センター行くぜ~!!

 これなあ、いい歌なんだよなあ。野心満々で。カッコよくて。でも研究生の歌なんだよなあ。
 この現状を抜け出して、どっかのチームにに昇格する、ってテーマだもんなあ。
 何しろ

  ちょっと ライバルを蹴落さなきゃ

ibid

 だもんなあ。
 これ歌ってみんなで力あわせてガンバりましょうってことには、ならねえかとほほ…。
 こんだ出るアルバム、Team 4のアンセムになるような曲は入って… ねえよなあ秋元センセイ。


 アンセムつながりで「花と散れ!」にリンクした? してねえかとほほ…。


PS.
 うおおおお。8月13日「RESET」当たっちゃった!!
 また相笠のキレキレダンスが現場で見られる!! 
 それにしても研究生すげえ使われよう。土曜の2回公演から日曜の博多公演を除いて木曜までずっと研究生の「RESET」。
 セレクションで傷ついた彼女たちをResetするために今イチバン必要なことなんでしょうね。


PPS.
 これを書いたのは、東京ドームコンサートの直前でした。


 2012年8月24日、ドームコンサートの最終日に「再組閣」とTeam4の廃止が発表されました。
 そして同年10月25日、Team 4による「僕の太陽」公演は千秋楽を迎え、「うちの子」たちの夢の王国はひっそりと解散しました。


 千秋楽のその日「Dreamin' girls」をはじめ、あたまの4曲を歌い終えた後、彼女たちはシアターに詰めかけた客とモニターの向こうで彼女たちをじっと見つめる僕らに向かって挨拶の名乗りをあげました。

 
 「みなさんこんばんは。AKB48 Team 4です」と。


 最後の最後に、シアターでの公演ではTeam 名は名乗らないという「お約束」をかなぐり捨て、ひときわ大きな声で。


 「Team 4です」と。

2012年8月 6日 (月)

花と散れ!4

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 んもう「花と散れ!」全然関係ねえじゃん。
 いんだようっせなあ。


 13期そろってもうチーム作っちゃえよ、と言った途端のセレ落ち。
 13期の名前は全部憶えて、顔と一致させてるところでいきなりの5人減。
 北長谷川は個体識別できるようになった途端。
 いろいろ運営の思惑を忖度する向きはあるのだろうが。
 「これがAKBだ」。


 北~。
 同期から「13期生でイチバンダンスが上達した子」に認定された矢先だったのになあ。
 あまりにも踊れないんで、みんなで話し合いになったって。車座の中、みんなの前で一人練習して、それで上達していったんだって。ようやっと仲間から「上手くなったね」って認められて、本人も嬉しそうにしてたのになあ。
 それでもセレ落ち。
 「それがAKBだ」。
 

 --


 なんか前回は重っ苦しい感じになっちゃったよね。
 「傭兵」とか言っちゃったりして。
 中二かお前は。


 事実の誤認について。
 ろくに知識も無いクセに慣れないことするもんじゃないねえ。ちょっと調べりゃすぐわかるじゃんねえ。ごめんなさい。
 

 その1。2011年初頭の「降格構想」について。
 文春の記事だけじゃなくて、ちゃんとオフィシャルのアナウンスもありました。「アンダーメンバー」ってヤツね。厳密には「降格」というより野球の二軍みたいなのを考えていたんですね。


 その2。なかまったーのこと。
 「アンダーメンバー構想」の直後に10期生の仲俣が昇格したんでしたね。確か「早稲田に受かったので昇格ね」という面白い理由でした。だから「9期生の8人」という表現は正確性を欠くこともありました。


 少なくとも震災の前あたりでは、9期生8人(プラス仲俣)がどこか既存のチームに入ることになるだろうってのは、憶測ではなく限りなくオフィシャルな話だったわけです。
 

 研究生がアンダーに出るのは当たり前でも正規メンがアンダーってどうなのよ、って意見が出るだろうってことを織り込んで、「今度っからチームごとの公演じゃないことになりましたから。AKB全体での公演ですから」ってことにしたんだよね、多分。


 いや、それ自体僕はいいと思うんですよ。いろんな演目ができるのはすっごくいいことだと思います。むしろどんどんやりゃいい。むしろ新Team Aのメンが「RESET」や「シアターの女神」やるの見てみたいくらいだもん。原理的にはそれだって「あり」なんでしょ?


 でも実際にはそういうことはなくって、「チームごとではない」の対象は所属未定のメンバーだけでした。
 それでもこの先にはAかKかBに入れると思えば、どこのアンダーも楽しかったでしょう。


 ところが。
 あれこれあって、雲ゆきが怪しくなったのが2011年の春。


  既に昇格している9期生8人(プラス仲俣)を飛び越して11期生の鈴木(紫)がTeam Bに昇格してからすぐ、市川の昇格も発表されました。
 

 それからほどない2011年6月6日。
 TDCで「Team 4」の結成が発表されました。つまりは9期生以下の無所属正規メンバーはAKBどのチームにも行けない、と。


 ええええ? 「アンダーメン」構想は?
 すっかりなかったことになりました。理由?「メンバー全員、一生懸命やっている」からだそうでーす。
 震災の影響だったのか、大人の事情なのか、それはわかんないけど、とにかくそういうこと。
 君子ハ豹変ス。いんだよ細けーこた。


 新チーム創設、という構想自体は昔からあったし、鈴木(紫)が飛び越した辺りで大場あたりはそんな予感してたってんだけど、ねえ、「Aに入りたい」とか広言して身としては複雑でしたよね。
 TDCでのサプライズ発表の瞬間の画を見ると、ほとんど喜色なし。
 

 震える島田か島崎のうちうるせー方。
 なぜか泣き出す伊豆田慰める永尾。
 竹内は呆然。山内は露骨に嫌な顔。 
 微妙な表情は研究生の加藤(玲)。なんだかグロ注意の画像を見ちゃったみたいな顔。「ええ~あたしドロ船に乗るのやだな~」って感じ? 
 あ、やっぱり研究生の阿部一人が場違いにニコニコ。「あ~おめでと~」って感じ。何で9期生の顔が引きつってるのかわかってない。自分がTeam 4に入る可能性もたぶん気づいてない。
 やっぱ面白えなあ、あべま。おつむの中がちょこっと人と違うのね。あべま。


 そして表情の読めない島崎か島田のうちよりポンコツの方。


 やがて観客は「Team 4」のコールを上げはじめる。
 わざわざ元「チーム研究生」の公演を見にTDCにやってきたヲタたちだもの、9期生を中心とする彼女たちが一つにまとまっていられることを喜んだに違いない。


 しかしどうしてもそれに乗ることができないメンバーたち。
 「チーム研究生」の絆は確かに強かった。でも昇格発表から半年。その間彼女たちには「既存チームへの昇格」を、半ば公式に約束されてきた。それがふいに空手形になってしまったんですもの。
 あからさまにがっかりもしますわねえ、それは。


 発足したTeam 4。 
 サプライズの直後、秋元先聖先生は「君たちに可能性を感じるから新チームを作ったんだ」と訓示した由。えーホントそれまじまじ?
 ともあれ新生Team 4は動き出した。


 2011年7月23日、阿部入山の昇格とともにTeam 4のキャプテンに大場美奈を選出。
 島田か島崎のうち意外と女の子っぽい方(ああ、めんどくせいなあ、わかったよ島田だよ島田)がキャプテンになるんだと、周りも本人も思ってたらしくケッコウな動揺が走った。


 でもあたしたちはチームになったんだ。
 みんな大場キャプテンについて行こう。
 とりあえずはアンダー頑張ろう。


 そう自らに言い聞かせてたんだろうね、きっと。
 

 2011年9月2日。
 森杏奈「辞退」。
 腰痛のためだって。腰が治ったら「また戻ってきなさい」って秋元先生は言ってくれたんだって。
 ああ、いったい誰がそんなこと信じるっていうんだ?


 同じ日。


 大場美奈「謹慎&キャプテン辞任」。
 全くオオバカヤロウだった。


 そのわずか2週間後の9月15日、島田は公式ブログで自分たちの公演の演目とスケジュールを知らされた。 


 「僕の太陽」公演は「見逃し」でやってたから、まあ演目はこれになるんだろうなあ、という予想は
立ってただろう。支柱が二本ブチ折れた直後(しかも一本は大黒柱)というタイミングについても、アクシデントだからしょうがないっちゃしょうがない。世の中とは得てしてそういうもの。


 でもあと一月弱で公演やるよって、直接当事者が知らされることなく、ブログで発表ってどーゆーこと?


 あのね、Team 4のみんなね、みんなはまだこどもだから「ものごとって、こういうものなのかなあ」なんて思うかも知れないけどね、それ違いますよ。全然違いますからね。
 こういうこと大人の社会で起きたら、それは発表した方が「舐めてる」ってことですからね。怒ってもいいことなんですよ。
 

 フツウはまず当事者に直接お話しがあります。
 「今は大変な時期かも知れないけど、こういうことになったから全力を尽くすように」って。どんなおざなりな方法でも、アナウンスの前に説明があってしかるべき。
 もちろん演出上の意図で当事者に知らせないこと、「サプライズ」ってやり方をすることはあるけど、これはそうじゃない。
 

 それから約1ヶ月後の2011年10月10日。
 満身創痍のTeam 4による「僕の太陽」公演は初日を迎えた。
 最初のMCの挨拶、マイクを握った島崎遥香と舞台上のメンバーは高らかに声を上げた。


 「みなさんこんばんは。AKB48 Team 4です」。


 公演の挨拶で彼女たちが自らを「Team 4」と名乗るのは、これが最初で最後だった。

2012年7月31日 (火)

花と散れ!3

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 なんかどんどん「花と散れ!」から離れてるような気がする?
 うん。僕もする。
 大丈夫なのかしらん。


 Team についての話の続き。


 --


 2011年の2月には、正規メンバー8人を降格するという憶測が流れました。降格候補の実名までまことしやかに囁かれ、所属未定の昇格組8人との入れ替えが現実味を帯びているかのように見えました。


 そして3月11日。


 先行きがどうなるかわからないほどの大災害。研究生オーディションの真っ最中だった後の12期生岩田は仙台で被災した。
 日本中を不安が覆い、関東から避難する人も少なくなかったのを憶えています。


 AKB劇場は無期限休館。だって電気が来ないんだもの。
 戸賀崎劇場支配人はその日の深夜,「不安な気持ちは、皆一緒だと思います。こんな時だからこそ、一致団結して皆で支え合いましょう!」と呼びかけました。その言葉どおり、地震からわずか3日めの3月14日には、後に「誰かのために」と呼ばれることになるプロジェクトの一環として義捐金募金が開始されました。
 横アリでやるはずだったコンサート「たかみなについて行きます」は中止となり、チャリティー物販会が開かれました。
 3月29日、暗い照明の下、ようやく公演が再開


 この混乱と奮闘の日々の間に「降格」という言葉は霧散したようでした。
 その代わり公演に関する新たな構想が浮上しました。公演再開から10日後の公式発表。

 今までチーム公演、研究生公演という形でのスケジュール発表をしておりましたが4月8日から
AKB48
「目撃者」公演
「RESET」公演
「シアターの女神」公演
SDN48
「誘惑のガーター」公演
の4つの公演をバランス良く行う体制が整いましたことを、ファンの皆様にご報告致します。

AKB48オフィシャルブログ 2011/04/02 【劇場公演について】

 何かを伝えたいのはわかるけど肝心なことは何も伝わらないお馴染みの文章なんですが、要するにそれまではチームごとの公演だったのが、それからはどの演目も「AKB48の公演」になる、ということでした。もちろん「目撃者」公演ならば新Team Aが主体となるのがフツウなんだけれども、極論すれば、新Team Aのメンバーが誰もいない「目撃者」もありだ、ということになります。


 んなバカな。
 でもその後、新Team Bのメンバーが誰もいない「シアターの女神」公演は全くフツウに行われるようになったもんね。


 その結果、2011年4月8日以降AKB48劇場における公演に於いて「チーム」という概念は公式には消滅してしまいました。


 もちろん実態として公演はほぼ新Teamのメンバーを中心に行われているし、チームごとの地方公演もあります。また劇場公演の最中にメンバーがチームの名前に言及すること(典型的には研究生が「チームAさんの公演に出させていただき云々」みたいなの)はよくあるんですけど、「劇場での公演はチーム制ではない」という建前は貫かれています。


 それを端的に表しているのは、劇場公演についての公式ブログの表記と、公演でのメンバーの挨拶です。
 公式ブログでは、「チームA(K、B)公演」というような表記は2011年4月以降なくなりました。また、公演最初の挨拶は、どの公演でも「みなさん、こんばんは。AKB48です」に統一され、チーム名を名乗らなくなりました。


 どちらもちょっとした例外を除いて。


 ブログの表記についての例外は、指原の電撃移籍の発表の中にありました。

 これがAKB48指原莉乃にとって、HKT48移籍前最後のチームA公演となります。

AKB48オフィシャルブログ 2012/06/16 指原莉乃に関しまして


 オフィシャルな文章だったら、ホントは「最後の『目撃者』公演となります」と書かなくてはいけないところでした。実際にはお別れ公演にはならなかったけどね。
 この告知、戸賀崎劇場支配人の、指原に対する万感の思いがこもってます。余談ですけど、「研究生菊地について」と同じくらい胸に迫る文章でした。
 さすがのtgskさんもちょっとコントロールを失っちゃったのかもね。


 挨拶での例外は…、これは後回しにします。


 例外はさておき、「劇場公演の主体はチームではないようにする」というこの「新方式」が打ち出されたのなんでなんでしょう。
 みんな大好きエケペディアがサマライズするところの戸賀崎さんのインタヴューによれば、

新方式での公演となったのは、人気メンバーの外部仕事が多くなり、劇場公演に出る事が出来なくなってしまったから。当初、運営側は「原点回帰」を掲げ、劇場公演を増やすとしていたが、やはりメンバーが揃わなければ劇場公演が行えない。そこでテーマを「12月8日」に変更。その意味は、戸賀崎劇場支配人によると、「まだ誰も知らない子たちが、夢に向かって頑張り続ける場所を作るっていうことが“原点”」。つまり、前田敦子の様な人気メンバーが公演に出るという意味での「12月8日」ではなく、“AKB48劇場”を無名のメンバーが出る場所へと戻すこと。それが「12月8日」という意味。

AKB48Wiki エケペディア 公演

  まあトガちゃんったら、何かを語りたいのはわかるけど、何を語ってるのかはよくわからないってのは、インタヴューでも一緒なのね。


 「組閣」によって刻み込まれた「今私がいるこのチームはずっと続くものではない」という意識。
 いつの間にか立ち消えになった「8人の降格」。
 そして「劇場公演の主体はチームではない」という新構想。

 
 9期生の昇格組8人は、こんな状況で、帰属するチームが未定のままひたすらアンダーを勤め続けていました。
 同じ頃、「不発の最終兵器」奥が卒業しました。
 でも空いた新Team Bのポストを襲ったのは、すでに「昇格」しているはずの9期生の誰でもなく11期研究生(元7期)の鈴木(紫)でした。
 「昇格」したはずなのに、8人はどのチームに属することを許されず、行く先々のチームのアンセムを歌い続けました。


 Aじゃないのに「We're the Team A」と。
 Kじゃないのに「われらがチームK」と。
 Bじゃないのに「結局 誰もみんな チームB推し ですよね?」と。


 その時の彼女たちの気持ちは僕にはわかりません。
 ただこれとよく似た立場の人々は知っています。その集団に帰属しているわけではないが、その集団の旗の下で血みどろになって働く人々。


 彼らは「傭兵」と呼ばれています。

2012年7月28日 (土)

花と散れ!2

words
video 

 かつてTeam Kの「準アンセム」だったこの曲の話のつづきをしようと思ったのですが。考えているうちに「チームとは何か」ってことにぶち当たってしまいました。


--


 あれから気がついたら10日。
 何だかずいぶん昔の話のような気もします。
 僕はホントにあの場所に立っていたのだろうか。
 公演DVDを観る度に、そんな感慨が浮かんできてしまう。だってDVDで見ると、すっごく広いんですもの、ステージ。
 でも、僕が立っていたはずのあの場所は、今から思うと信じられないくらい狭くて、近くて、メンバーのため息すら聞こえるようなところでした。


 「近さ」。


 理屈ではわかっていたつもりだったんですけど、この圧倒的な物理的近さこそが、AKBの力の源泉(であると同時にひとつの限界)だったのだということを、あの時ほど得心したことはありませんでした。
 でもね、もう忘れかけてる。


 ああ、もう一度それを確認に行きたい。


--


 13期生のこと。


 今まであんまし気にしてなかったんです。13期生。
 無意識に光宗バイアス(ろくに実績もないくせに、大人の事情で推されまくりテレビ出まくりやがってふんっ。とかね)があったのかも知れません。
 でも公演で13期の相笠を見て、おおっ、と思った。すげえ、この子、すごいじゃん。


 それからカギさんとかメトロポリス@さんとかが13期の公演のこと書いてるの読んで、おそるおそるオンデマの研究生公演見たんですよ。この間の全員お揃いのヤツ。


 うわあ、参っちゃったなあ。また名前憶えなきゃいけないのかよお。
 もう余分に余ってる海馬の細胞ないんですけど。マジで。Team Eでもう腹みないっぱいごちそうさまだったんですけど。


 あれね、13期生って、倍速クロック(相笠搭載)とまではいかなくても、1.5倍速クロックはみんな標準装備なのね。
 面白えなあ。楽しいなあ。お前らセンパイいないと後先考えなくって、いいな。
 ああ、こいつら見に行きてえ。


 もうお前らTeamなんかどうでもいいよ。
 "The 13th gen from AKB48" でいいよ。
 それでやっちゃえよ。自分らの国作っちゃえよ。傭兵根性が染みついちゃう前に。


 研究生16人ワンセットで採ったってのは、そういうことなんでしょ? 秋元先生。
 最初の「22粒」アゲインってつもりなんでしょ? で、今までのAKBとちょっと違うモンを、と考えてるんでしょ?


 でもねえ、ホントは9期中心でやりたかったんじゃないかな、そういうこと。
 8期の断絶の後、継ぎ足し継ぎ足しじゃなく、まっさらなTeamで、新しいAKB。
 でも横山が出来杉クンだったのと、あれとかこれとかあったのと、あとTeam 4を作る踏ん切りがなかなかつかなかったおかげで、何か思った通りにならなかったんじゃないか、というのはモチロン妄想なのですが。


 そう、忘れているわけではありません。
 大事な「うちの子」たち。Team 4。


--


 「組閣」して「RESET」して、それまでチームで培われてきたものをずたずたにして、それでよかったこと悪かったこといっぱいあったでしょう。
 功罪はまだ定まらないものの、ただひとつ言えること、メンバーの心に刻まれたことが一つ。


 「今私がいるこのチームはずっと続くものではない」。


 いろんな事情で、チームがシャッフルされることって、これから先も当然ある。
 そう考えるとメンバーにとってチームの意味って、以前とはちょっと違って来ちゃったんじゃないかしらん。
 そのせいかどうかわからないけれど、シャッフル後の各新チームに与えられたセットリストには、チーム意識をことさらにかき立てるような曲が用意されていました。


 すなわち新Team Kには「RESET」が、新Bには「チームB推し」。
 そして何よりもかつてはAKBそのものであった「A」にも「Pioneer」が。

  われらがチームK

RESET

 とか

  結局 誰もみんな チームB推し ですよね?

  とか、

  We're the Team A!
  pioneerよ

Pioneer

 こういう新しいアンセムを一緒に歌いでもしないと、新チームはチームとして成り立たないんじゃないか、って危惧が秋元先生あったんでしょう。やっぱチームでまとまってこその成長ですもの。


 当時 Team 4の主力メンバーである9期、10期生も、各チームのアンダーを勤める一方、「チーム研究生」による「研究生公演」として「シアターの女神」公演の舞台に立ち続けていました。


 エラソウに書いてるけど僕ね、この頃研究生のことなんかなんも知らなかったの。だから事実誤認があったらゴメンナサイ。
 でもいろんな人が書いてるのを見てると、研究生公演はたくさんの人の心を掴んでいたみたい。みんな口を揃えて、研究生公演の楽しさを語っていた。

 9期生としての彼女らを僕は09年12月23日に初めて見ました。ヲタク3連番で上手最前列で観たことをなぜか強く記憶しています。
(中略)
楽しかったなぁ。
辞退だろうが謹慎だろうがここまできた道はずっとこれからも色褪せることないし、みんなの記憶に残り続けると思います。

(中略)
楽しかったなぁ。
9期の公演楽しかったなぁ。

(中略)
あんなに9期の公演楽しかったのになぁ。
バカだなぁ、ホントバカ。

楽しかったなぁ。


あい My みぃ+ AKB48峯岸みなみと森杏奈と小林茉里奈とetc
2011/09/03「森杏奈の辞退と大場美奈の謹慎について」
 時間がずっと後になってしまうのだけれど、大場の謹慎と森の「辞退」が決まった時のことです。研究生を愛していたよねたろうさんの愛惜の言葉が胸に刺さります。
 よねたろうさんが見ていた時が「チーム研究生」の最も輝いていた時期だったのかも知れません。


 9期主力メンバー8人の正規メンバーへの昇格が発表されたのは、2010年12月8日、AKB48劇場5周年特別記念公演の場でした。


 当時AKB48には、新Team A、K、Bがあるだけだった。9期生の出来杉クン横山は、2ヶ月早くTeam Kに昇格していました。直前に卒業した小野の後任でした。
 ポストの無いまま、とりあえずの昇格ではあったけど、これで解雇(セレクション落ち)の心配は無くなったし、お小遣い(給料とは言えないよね、きっと)も増えた。何よりも横山のように、いずれはどこかのチームに所属できるはず、と彼女たちは思ったでしょう。


 しかも昇格発表から2ヶ月後の2011年2月には秋元先生が「タルんだメンバー8人を減らす」と発言した記事が文春(おい)に掲載されました。8人が降格され、空いたポストに9期の8人が座る。そりゃ誰でもがそう思うでしょ。


 でも、なかなかそうはならなかった。


 そして訪れた3.11。
 あの日、何もかもがひっくり返ってしまったようでした.。

2012年7月11日 (水)

花と散れ!

words
video

 K3アンコールの1曲目。作曲は井上ヨシマサアニキ。
 この曲の後には「Team K 2nd メドレー」と称して「Virgin love」「シンデレラは騙されない」が続く。どちらもアニキの御作。アニキ3連発。さながらアニキ祭り。


 「Virgin love」はともかく「シンデレラ…」はシングルカットもあり得たんじゃないかってくらい手の込んだ曲だったから、K2だけでお蔵入りしちゃうのはもったいないよね、って気持ちがあったのかも知れません。


 ヨシマサアニキが公演曲を書き始めた頃。


 今でこそ「よすすと言えばAKB、AKBと言えばよすす」であるが、当時はまだたくさんいる作曲家のワンオブゼムだった。


 それよりもちょうど同じ頃、秋元康の長年の盟友である後藤”ゴッキー"次利がAKBに曲を提供しはじめていた。
 A2で「リオの革命」、K3に先立つA3ではセットリスト劈頭の「月見草」と終盤の「月のかたち」。


 秋元後藤ペアと言えば名だたるヒットメーカー。1990年代にとんねるずをスターダムに押し上げた張本人たち。その後藤が曲を提供した。
 それまで秋元っちゃんのアイドル道楽と見られがちだったAKBプロジェクトに、あの「後藤ちゃん」が一枚噛んだってことの意味は大きかったろう。期待や業界の反響も大きかったろう。
 ヒット曲作りのキモを心得ていて気心の知れたゴッキーを重用するという選択肢が、秋元先生にはあったはずだ。


 でも結果的にその後ゴッキーはあまりAKBにからんで来なかった。ロイヤリティの問題だったのか、秋元先生のリテイク要求がうざかったのか。
 Team Aに3曲書いた後、数曲提供しただけで、Team Kには後藤の曲はひとつもない。


 その代わりのK3アニキ祭り。


 今日振り返ってみると、これはAKBが既成のヒットメーカー「ゴッキー」ではなく、若手の挑戦者「よすす」を選んだことを象徴するセトリのようにも見える。
 その選択は、その後のAKBの方向性に大きな影響を与えた。
 今こういう曲を僕らが聴けるのも、そのおかげだ。


 K3に続くA4では祭りどころかアニキ博覧会の様相を呈することになるのはまた別の話。
 この辺のところの話、アニキと石原"三昧"Pとでしゃべって欲しかったなあ。


 さて「花と散れ!」。


 花と散れ、と聞けば誰でもこの歌を思い出すよね?。よねよね? え? 知らない?

  万朶の桜か襟の色/花は吉野に嵐吹く
  大和男子と生まれなば/ 散兵線の花と散れ

 みんな小さい時に歌ったよね? よねよね? え? 歌わない?


 大日本帝国陸軍の精華であり中核であった歩兵科の歌。死を恐れることなく戦う兵士のためのアンセム。
 一応現代語の解釈も書いとく?

  咲き誇っている桜の花のような色の陸軍歩兵の襟章の色
  桜の名所である吉野に嵐が吹いて、咲き誇る花が散るように
  日本の男子と生まれたからには
  歩兵として戦って立派に死ね

 まあ秋元先生だって歌わなかったろうけどね。でも歌の心に通じるものがあるのはわかるでしょう。

  例え 燃え盛る炎の中でも/信じた道を進めよ
  この身が滅んでも/心の形は
  灰になって残るだろう

 たとえ己が滅んでも、信じた道を前進あるのみ。ね、やっぱり「花と散れ」とは「成すべきことを成して潔く死ね」という意味である。


 余談だが「心の形」が「灰になって残るだろう」という表現は、つくづくうまいと思う。
 「身は滅んでも心は残る」というだけならば、わかりやすいがあまりに通俗的だ。
 でも「心の形」ならどうだろう。その人の有りようや志、そういった「その人をその人らしくあらしめたもの」は、たとえその人がいなくなっても残る。
 「ああ、彼だったらこういう時はきっとこうしたね」と。
 また、「心の形」が「灰になって残る」という表現には、不思議なリアリティがある。
 ほんの小一時間前までは冷たく動かなくなっていたとは言え、確かに見知った人の、重みを持った遺体だった。それが荼毘に付されることによって、こんなに軽い骨と灰になってしまうものか。
 それは身内の火葬を体験した者だけが知っているリアリティである。
 おそらく秋元先生も知っているだろう、さっきまで具体性を持っていた遺体が、灰に姿を変えて抽象の世界に旅立つ変化を。残るのは、まさに抽象的な「心の形」である。


 おっと道を外れた。
 「成すべきことを成して潔く死ね」、の話ね。


 秋元康は時折こういう歌を書く。
 それは越えるべき川であったり、

  川を渡れ!/You can do it!

 死に方指南だったりする。

  前に倒れろ!/力尽きても…
  それが正しい死に方だ/生きる者よ

 さらに余談だが、こういった曲を聞くと真っ先に秋元(オ)の顔が浮かぶのは僕だけじゃないはず。


 この曲は、ひとときはK2「転石」に次ぐ、Team Kの準アンセムのような位置づけだった。B1として「青春ガールズ」が選ばれて、「転石」がKだけの歌ではなくなってから特にそうだったようだ。コンサートでは「転石」と抱き合わせで歌われることも多かった(「Die Deutschlandlied」と「Die Fahne hoch」みたいに)。


 残念ながらこの曲は、リクエストアワーでは2008年の74位に顔を出したっきりで、「転石」のような定番曲になることはできなかった。しかしこの曲の「スピリッツ」はその後さまざな曲に受け継がれて行ったような気がする。上にあげた「RIVER」や「ALIVE」だけではなく。

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