School days

2016年3月11日 (金)

会いたかった4

5回目の3月11日だ。


 5年前の今日の朝、僕はたまたまこんな写真を撮ったんだ。


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 ごらんの通り空は青く、ペンキ塗り立ての駅舎は白く輝いていた。

 
 ここはゴール。
 髙橋みなみと優子さんが会いたかったセンパイに会えないことを確認したゴールの駅だった。
 2人は電車が走り去ったホームで、ため息をついた。
 僕がAKBにはまりはじめた春だった。
 「会いたかった」というのは「でも会えなかった」をも含んだ歌なんだね、ということをようやく気づいた頃だった。どんなに会いたくても、会えなくなる時が来る。だから会うということは、僕らが普段考えているより、遙かに大切なことなんだ。

 
 暖かかったその日の午後。
 たくさんの水がたくさんの人々を、今生では二度と会えない場所に連れて去ってしまった。

 
 「会いたかった」。
 その日が最後になるのならば、せめてもう一度でもいいから、会いたかった。
 残された人々は、そう念じながら日々の生活を重ねていったに違いない。

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 今日訪れたゴールの駅舎は、5年前とは違って冷たい小雨の降る中、5年分の風雪の跡が刻まれた姿で建っていた。


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 正直、これくらい古ぼけてる方が、ヨソ者からしてみると「らしい」よね。


 5年の月日が流れ、人々は去り、忘れていく。
 傷が癒えるというのは、好むと好まざるとに関わらずそういうことの積み重ねである。


 ああ、AKBも変わったね。
 たまにホームページを覗くと、見知らぬ景色がそこにある。
 聞いたことのない賑やかなメロディーが奏でられているのだろう。
 ああ、変わったのは僕の方かも知れない。
 5年は長いよ。


 でも変わらないこと。
 彼女たちは、今でも会いに行き続けている。
 会いたかった人を失った人々に、会いに行っている。

 
 昨日も、今日も、これからも。 
 その愚直さ。
 その頑固さ。
 その真っ直ぐさ。


 そしてその変わらなさに、今年も心からの敬意を表します。


 (僕だって彼女たちに会いに行きたいんだよ、でも呼ばれないんだよ)

2015年12月12日 (土)

Glory days4

words

 青春なんて醜悪な言葉を使いたくはなかった。
 ポール・ニザンに倣うならば、それがひとの一生でいちばん美しい年齢だなどとだれにも言わせまい。
 輝かなければならない理由も、輝くことのできる資質もなかった。
 なんの不自由もなかったけれど。

   もっとじたばたしながら/やりたいことだけやればいい
   失敗したってもう一度やり直そう/何も恐れることはない
   遠まわりでも時間はある

 こんなことを僕に言う人は、その時いなかった。もっともこんなことを言われても、僕は聞く耳を持たなかっただろうけれど。


 眠れぬ夜を過ごす「僕」とその「僕」を励まそうとする「誰か」。
 その「誰か」は、きっと大人になった「僕」に違いない。
 そう確信するのは、これを書いている僕がもうすっかり年を取ったからだろう。僕がちょうどこの歌の「僕」であった頃の亡父の年齢を、今の僕はいつの間に越してしまった。
 世知は十分に積んだが、もう遠回りをする時間は残っていない。


 決して美しくはないし、痛みや苦悩に事欠くことはなかった日々。でも時折奇跡のような朝日を見ることができた。何とかやってこられた。
 今があるのは、その日々のおかげなんだろう。
 それが「栄光の日々」。


 ちなみに僕はKIIの「Glory days」が好きです。自信たっぷりのJではなく、向田のあの細くて危なっかしい声が、この歌には似つかわしく思えて。


--


 磯原。「逆上がり」公演の時にはまるで棒のようだった子が、すっかりチャーミングな女の子になっていました。


 石田。艶やかな立ち姿は、アンフィシアターの時と同じだった。動きは決して激しくないのだけれど(というか全然無理がないので激しく見えないのだろう)、やはりこの人のダンスは綺麗だ。「鏡の中の僕は相変わらず」の所作の優雅なこと。「もっとじたばたしながら」の軽やかなこと。どんなに素早くターンしてもこの人は髪一筋も乱れない。


 荒井。全くの初見だったのだが、その長い手足と激しいダンスに目を奪われた。写真で見ると印象の薄い人なのだが、舞台の上での存在感は抜群だった。
 特に石田と組んだ「Glory days」。石田と対照的に髪を振り乱して全力で踊る姿は圧巻だった。
 栄ヲタは中西の面影を見るんじゃないかしら。


  後藤。ごりさという二つ名に似つかわしくないSKEには稀な(失礼)正統派の美少女。
 松村先輩の同期にしてまだ高校3年生。僕みたいなヨソ者が語るのは畏れ多い人(センパイやぞ!)である上に、いろいろとムズカシい風聞もあるのだが、今日初めて会った後藤は素直にステキでした。
 「雨のピアニスト」での妖艶さや「Innocence」での危うさ。
 今までちゃんと見てなかったけれど、この人の魅力は「嘘つきなダチョウ」とか「逆転王子様」ではなくて、こういうところにあるんじゃないだろうか。
 気がつくとこの人を追っている僕がいました。
 「美しくなったでしょう?
 うん。ぞくっとするほど美しかったよ。


 余談だけど「雨ピ」の後藤の手袋、逆じゃね? 上手の後藤は左手、下手の内山は右手に手袋ってのがお約束だったのでは。


  小石。この人も初見。ぱっと見目立つ感じの人ではない。どんくさいことやBBA(と言っても20歳)なことを歳下のセンパイたちにいじられていた。おっとりとしてちょっと「不思議ちゃん」みたいなポジション。
 ふうん、けっこう歳行ってから入った人なんだねえ、という印象しか残らずに終わると思いきや、終盤の「火曜日の夜、水曜日の夜」。
 「手をつなぎながら」公演としては異色な、Dark side of AKB。
この歌のはらむ虚無感や絶望感は、Team E(というかこの日のメンバーたち)から最も遠いところにあるだろう。たとえば磯原や青木も一生懸命表現をしようとしていたのだが、いかんせん彼女たちの持つ生き生きとした生命感は隠そうとしてもこぼれ出て来てしまう(ちょうど「命の使い道」で西野からこぼれていたように)。
 そりゃあしょうがないことなんだけどさ。
 そんな中、少なくとも僕の目にはたった一人だけこの歌に入り込んでいたのが小石だった。
 心の中に静かな絶望を抱えているような、そんな表情。
 うーん、何者だろうこの人。


 UC公演組のおしりん、れおな、なっきー、それぞれに成長したね-。
 ちょっとやっつけ感想だけど。


--


 お見送りをしてもらって外に出ると、12月にしては寒くない。
 すぐそばのもつ焼き屋に飛び込んでビールをあおりながら、八丁味噌味のコンニャクとさっきまでの陶然とした時間を噛みしめた。ちきちょう、なんてあっという間なんだ。次は…
 おいおい、次もあるのかよ。また来ちゃうのかよ、俺。


 あんまりシアターが呼んでくれないと、栄の子になっちゃうんだからね!

Glory days3

words
Tags:「僕」の歌、School days

   遠い空の裾野から/朝の光が溢れ出す
   Sunrise Sunshine
   ダムの門を開けたように/今、清き水が流れて砂漠の街を満たしてく

 歌い出し。
 この夜明けは、眠ろうとしても眠れずに悶々として過ごした長い夜の果ての光だ。


 明るいメロディーとマスキュリンで華やかな女の子たちのおかげで気がつきにくいけれど、これは決して「明るい青春」のうたではない。そのことは第2スタンザの、

   空しくて切なくてやるせなくて/心の器は空っぽで

 を待つまでもなく「砂漠の街」という言葉に明らかだ。
 全ての「僕」にとってその街は「砂漠」だった。
 

 劣等感と自己嫌悪。それはひ弱な自己愛の裏返し。
 何者かになりたくて仕方ないのに、何者でも無い自分。


 眠れない時間が過ぎ、夜明けの光にやっと仮初めのやすらぎを得たのを思い出す。


 15歳だった。


 何も持っていなかった。有り余る時間だけが味方だったけれど、その時の僕はそれを知らなかった。
 ただ夜明けの光の美しさのおかげで、次の一日を迎える勇気が持てた。
 その光が「希望」という名前であることを知るまでに、まだ幾ばくかの年月が必要だった。


-- 


 新幹線に乗ったら騙されたみたいにあっという間に名古屋到着。
歌の文句の通り地下鉄8番で降りて上がって行くと、もう僕はSKE劇場の前にいた。
 何だよ、もっと早く来りゃよかったじゃんよ。なーんてね。


 ちょいと浮かれてるね、僕。
 そりゃ浮かれもしますよ。久々の公演、しかもお初の劇場なんですもの。
 公演のために買ったベルトを締め直す。
 そうそう、わざわざメタルチェックにひっかからない樹脂製バックルのベルトを買ったんだよね-。8月に。すぐ使うつもりだったんだけどなあ。やっと出番が来たよ。


 なるほど、これがグランドキャニオン。まさにその通り。
 ええ、ええ。もちろん観覧車にも乗りましたとも。おっさん一人で。
 劇場の造作は秋葉よりよっぽど上等だ。ホワイエが狭いのは共通だけど。 


 トリビア。
 栄の抽選のグループ分けって「1~10」「11~20」「21~30」って具合なのね。秋葉だと「10~19」「20~29」ってグループなのに。で、秋葉の抽選だと一桁台は9人「1~9」しかいない。
 だから抽選巡の発表は、「11番から20番」って呼ぶ。秋葉だと「10番台」。
 

 オバチャ、栄版だとちょっと言葉が多い。"Check-it-out!"とか"C'mmon"とか"Hooo!"とか。
 ちなみに難波は"Check-it-out!"の代わりに"Here we go!"で、後ろのの"C'mmon"がない。博多とジャカルタは秋葉とほぼ同じ。


 あとオバチャの時にお客はmix(タイガーファイヤーサイバー…)を打たないのね。その代わりユニゾンの「S-K-E-48」は強め。
 

 Team E。僕が最初に出会った彼女たち。
 思い出す。
 2012年5月、「見逃し公演2@TDCホール」。
  「逆上がり」で号泣してた僕。
 松村先輩の速報39位を聞いて会場を飛び出し、震える指で名前も知らぬ仲間たちに報せを送った幸福な夜。
 

 あれから3年半だ。
 去る人あり、来る人あり、Team の名は同じでもメンバーはずいぶん変わった。
 上野、岩永、金子、小林(亜)、原はもういない。
 今残ってるの、磯原、梅本、木本、酒井くらいか? あの時は斉藤はまだ研究生だった。
 その代わりの新たな出会い。井出、鎌田、それからそれから。
 それに今日は、Team の枠を越えたメンバーがたくさん来ている。何でだろと思ったら、握手会があったんですね。
 おかげで青木や石田にも再会できるわけだ。


 遠方枠のシートは前から4列目。周囲とのクリアランスは秋葉のシアターより広くて快適だ。明るいし。
 見覚えのあるフラッグ。バスケのリングがなかったっけ?
 

 目を瞑って開幕を待つ。
 早く始まって欲しい。でも始まったらあっという間に終わっちゃうから、いつまでもこの時間が続いて欲しい。そんな小さなジレンマの中で懐かしのウエストミンスターの鐘が響いた。  

Glory days2

 words

   はみ出さないようにルールを守って/壁の時計をぼんやり見てる
   水道の水が出しっぱなしで/いつの日か僕だけ溺れそうさ

 Glory days。
 どうしてこれが「栄光の日々」なんだろう。 
 僕はずっとその理由が知りたかったんだ。


--


 もうすぐ終わろうとしている2015年。
 AKBの歩みが始まって、記念すべき10周年であった今年。
 オープン10周年記念祭とか、10周年記念公演とか、それなりの盛り上がりがあった。


 それに敬愛する松村先輩にとっては間違いなくビッグイヤーだった。
 日々届けられる彼女からのメールがそのことを教えてくれた。

 
 でも僕自身のヲタ活動的には最低な年だったかも知れない。
 入れた公演はたったの2回。
 4月以降「俺何かやらかしたっけ?」と自問自答したくなるほど抽選にはじかれ続けた。まあ応募出来るのは月に数回なんだけどさ。


 DMMのオンデマの契約も、諸般の事情で全て解約した。
 新しく発売されるCDも、コンサートDVDも、発売日に届けられることは絶えて無くなった。
 タイトル曲はともかく、カップリングに隠れている名曲を探す楽しみも、今はない。


 何よりもこのブログの更新をほとんどしなかった。


 彼女たちへの愛が失われた?
 もう僕は飽き飽きしまった?


 少なくとも、最近の彼のコトバが胸に響かなくなって来ていることは確かだった。
 わかりやすい説明と繰り返しの説教、またはその両方。
 おっさんにはもううんざりだ。
  

 そんな日々の中でも、毎日届く僕の名を呼び続ける松村先輩からのメールと、月に数回だけのシアターへの応募。それだけが彼女たちの世界と僕をつなぐ細い細い糸だった。
 

 そう言えばこの6月には大阪で仕事があった。その数ヶ月前に予約したホテルは難波にした。仕事の会場からは離れていたんだけど。ひょっとしたらという期待があった。


 その夜、劇場は閉まっていた。みんなは博多へ行っていた。
 僕はグランド花月の横の居酒屋で飲み、たこ焼きを食い、ラーメンをすすり、閉まっている劇場をいつまでも酔眼で眺めていた。


 博多と栄に行く用事は、残念ながら無かった。


 暮れゆく2015年。
 このまま終わってしまうのだろうな、という漠然とした諦念。
 10周年記念の歳末なのに、なんてしけてるんだろう。
 

 そんなある日、ふとしたきっかけで見直した何度目かのUC公演ザ・ファイナル。
 ステージには松村先輩と(元)研究生たちと頼もしき助っ人。


 ちょうど1年前のアンフィシアターでの幸福な時間を思い出す。
 忘れかけていた研究生mixを小声で唱えてみる。「おしりん!れおな!わんちゃん!おぎりー!...」
 名古屋に行く用事はなかったなあ。来年はあるかなあ。


 「用事が無ければ作っちゃえよ」。


 ささやいたのは悪魔だったのか天使だったのか。


 「遠方枠ならずっと先だしスケジュール調整できるんじゃね?」。


 シアターの応募に続いて勢いで押してしまったSKE劇場、「申し込む」のボタン。
 その夜、忘れた頃に栄からの初めてのインヴィテーションがやって来た。
 僕にとって最初の出会いだったTeam E。演目は「手つな」だ。


 なるほど。
 奇跡は起きるものではなく起こすものだって何度もかおたんに教わってたじゃないか。

2014年12月 5日 (金)

マツムラブ3

words


 あーよっしゃいくぞー。


 まだSKE48アップカミング公演@舞浜アンフィシアターのこと。


 おっさんだからタイミングはずれてたかも知れん。だがちゃんと打ったぞ。研究生mix。
 「最強研究生」と叫んだ瞬間、会場は一体となった。
 背筋を走り上がる電流。


 これすげーな。
 すげーよこれ。


 ライブはいろいろ行った。でものっけでこんなに幸せになったライブも珍しい。
 ここに来たみんながみんな、かおたんと研究生たちが好きで好きで仕方ない、じゃなきゃ来ねえよってことが、よーくわかりました


 今村&芝。支配人の候補生&研究生。
 何のこっちゃわからないが、入り口でビラ配ってた。


 TNB画伯。道重の卒コンに向かったTNB画伯。なのに気づいたら舞浜にいたTNB画伯。


 もうおかしくって腹割れそう。おかしくっておかしくって涙が出そうだよ。


 パフォーマンスでは、何と言ってもヘルプメンの斉藤真木子と石田安奈がぶっちぎりだった。
 この公演の主役は松村先輩率いるヒヨッコたちだと判ってはいるのだけれど。
 ダンスのうまさを見る目がある訳ではないが、気がつくと目が捉えているのはこの二人だった。


 斉藤は、激しい。
 お前そんな動きして首が折れないかどうかしてるぞ。
 そう言えば、最初にこの人に出会ってびっくりしたのはTesam Eの「逆上がり」だったっけ。今でも思い出せる、松村先輩が速報で39位に入った幸せな夜のことだ。Team Kとは全く違う、「お前そそれ逆上がりじゃないだろトカチェフだろそれ」みたいな「逆上がり」。


 石田(安)は、つややか。
 ターンして止まった後のスカートのフレアの動きまで美しい。
 いろんなとこで叩かれがちな人という印象が強かったが、この姿を見たら、何で叩かれるのか全然わかんない。


 二人に共通して言えたのは「止まった瞬間の姿の美しさ」。
 動きがすごいのはすぐわかるけど、動から静に移った瞬間のきれいさが段違いだった。
 俺栄のことよくわかんないんだけど、現場ではJとかこの二人より凄いのかな。
 だったら底知れねえな栄。


 研究生たちのこと。


 全てをひとことで言えば、「健気」。
 斉藤石田に比べたら見劣りがするのは仕方ないだろう。
 「Escape」とかさあ、「えずいてるばばあ」は言い得て妙言い過ぎにしても、ほら、「UZA」の島崎のお首カクカクを思い出しちゃったよ。思わず「おいおいぱるるちゃん大丈夫かどっか身体具合悪いのか」って言いたくなるような。あのカクカクかっこよく出来てるのって、優子さんとJくらいだったもんなあ。


 でも研究生があんなに嬉しそうに、一生懸命やってるんだ、そりゃおじさんは感涙のひとしずくもこぼれちゃうさね。そりゃ教えてた「鬼教師」の石田も泣いちゃうよ。 


 あと彼女たちについて感心したのは、みんなちゃんとした話し方が出来ていたこと。
 言葉遣いがどうとか、と言うことじゃない(つーか、間違ってること結構あったよね)。
 うまく言えないけど、たとえば仲良しさんで内輪話をしている風にしゃべっていても、その一方で「パブリック=お客」に聞かせている、という意識が常に働いているという印象だった。
 内輪話は、通じれば楽しいけど通じないと白ける。かと言って誰にでも分かる話は面白くするのが大変だし、よそよそしい。MCでムズカシイのは、内容よりもこういうバランスなんだと思う。
 爆笑の内輪話をしたかと思うと、どこに出しても恥ずかしくない、全くSKEのこと知らない人に聞かせてもちゃんと通じる挨拶ができる「大人」がいつもそばいる、というのはとても大切なことなんだなと思った。
 こういう所は、本店の若い子にも見習って貰いたいところ。でもほら、あそこはお客が甘やかすからなあ(お前もだよ)。
 

 青木。「おしりん」というチャレンジングな二つ名のベビーフェイス。
 チャーミングなんだけどふつー。ふっくらとしたほっぺと唇が可愛いんだけど、ホントにふつー。
 でも時々見せるキリッとした目が魅力的だった。足が短いって言ってたけど、別にそんなこと…やっぱあるかな。
  

 あと松村先輩のヒグラシ。 

   もし私 いなくなれば
   このあたり静かになる

 ホント、先輩がいなくなったら、確かにこの界隈は静かに、そしてさびしくなっちゃうんだろうなあ、と思いました。

2014年12月 1日 (月)

マツムラブ2

words


 SKE48アップカミング公演@舞浜アンフィシアター。


 行きたい行きたい、行こう行こうと思ってて行けなかった、まさに「遠征出来なかった」僕のためのようなプログラム。
 見事当選したものの、実は当日出張仕事が入っていて、時間までに帰ってこられるかヒヤヒヤだった。何とか飛行機が間に合ってくれたのだが、間に合わなくて空席を作ったら、声をかけてくれたRAGUさんはじめ、当たらなかった生粋の栄ヲタのみなさんにあわす顔が無かったところ。よかったよかった。


 羽田から舞浜まで、約20分の道のり。
 オートリピートでずっと流しているのは、松村先生直々の指令による研究生mixの音声。

   おしりん!れおな!わんちゃん!おぎりー! なっきぃ!まぁたん!ゆっぴーーーー!
   さきぽん!ゆめち!かおたん!じゅなぁぁぁぁぁ最強研究生!!!

 あんだよこれぇ。やすす先生だってこんな詰め込み方しないぞぉ。しかもチキショウ、すでに半数近くはもうここにいない子じゃんかよ。おぎりーはケガしちゃうし。
 おじさん泣いちゃうよおじさん。


 さはさりながら、のっけでこれをビシッと決めてかないと関東ヲタの名折れだ。
 だから当選が決まってからドロナワで練習してるの。
 正直言って栄の研究生のこと、僕はよく知らなかったから。


 松村先輩は、繰り返し繰り返し、このmixを覚えてくるように言い続けた。


 「研究生mix」を何度も練習するうちに、不意に気がついた。


 「名前を憶えることは、愛することの入り口」。


 名前を知らない子はそこにいないのも同然。でも名前を憶えただけで、昨日まで何者でもなかった子たちが、生き生きとした存在として目の前に姿を現す。
 かわいいおしりん。目のキリッとしたれおな。わんちゃんおぎりーはもう知ってる。なっきぃは方向音痴なんだ。後藤真由子はもうやめちゃったんだ。ゆっぴーは横浜の子。べっぴんさんのさきぽん。ゆめちはもう昇格してるのね。じゅなはちっちゃい子。


 そうか、松村先輩は、一人でも多くの人に、研究生の名前を憶えて貰おうとしていたんだ。
 より多くの人に名前を憶えて貰って、いつか研究生が高く羽ばたけるようにと。

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 仕事帰りなのでジャケットにネクタイ。
 堅苦しいけどしょうがない。これが僕の「戦闘着」だもの。
 ポケットに緑白赤のサイリウムとぐるぐる回すためのハンドタオルを忍ばせて、いざ「円形闘技場」に見参。


 車から降りると冷たい雨と風。でも思いの他スーツ姿のおっさんが多いので安心する。
 

 その名の通り、丸いステージ。どこからもよく見える。席は真ん中くらいだけど、遠さは感じない。
 座り心地のいい椅子。
 楽しみだなあ。ワクワクするなあ。


 待ち時間、前日録音されたとおぼしき研究生たちの会話がひとしきり。手持ちぶさたの客にはいいサービスだ。
 それが済むと、SKEの名曲がオルゴールで流れる。バックには蝉の声や海岸のざわつきが聞こえる。夏のBGM。


 なんで「夏」なんだろ。
 目を瞑って聞いていると、僕のSKEとの最初の出会いを思い出す。
 夏。海辺の民家。蝉時雨。目をつぶっているJ。
 立ち上がる入道雲のように昇っていくストリングスのイントロ。不意に走り出すJ。


 そう、「ごめんね、SUMMER」だ。


 僕にとって、SKEは夏。最初から、彼女たちからはAKBとは違う不思議な解放感を感じていた。後先を考えることなく、ただ走りたいから走り続ける少女たち。
 あれからずいぶんたくさんの水が橋の下を流れて行った。


 そうこうする内にやがて時は満ち、辺りは暗くなり。
 オーバーチュアにはmixなし。その代わりコールは強め。
 光の中から飛び出してきたのは我らがかおたん。


 あーよっしゃいくぞー!
 

2014年11月26日 (水)

マツムラブ

words


 AKB界隈では研究生を「R」という文字で表現することがある。
 たとえば「R公演」と言えば、研究生公演のことだ。
 察するに「研究生」の直訳「Researcher」ないしは「Research student」がその由来なのだろう。しかしAKBの研究生は、何かを「Research=研究」しているわけではない。「見習い」「半人前」「修行中」の身である。ここでいう「研究」とは「研修」の意味だ。だから「R」ってのはちょっと実情にあわない。
 だからJKTでは、研究生は「Trainee」、つまり「トレーニング中の人」とよばれる(そいやJKTのDVD買ったらtraineeの誰かの直筆サイン入りカードが入ってたよ)。

   夢見がちな私に/どうかチャンスください
   先輩のことだけを研究ね!

 だが松村香織先輩のことを素直に「Trainee」と呼ぶのは、どうにもはばかられる。紛う事なき研究生なんだけどね。


 本来は正規メンバーに昇格するために切磋琢磨する通過点でしかない「研究生」。
 松村先輩はその地位に自ら(公式にはね。ホントはどうなのかわからない。でも先輩が自分の意思でそう決めた、と言うのだから僕らはそうだと思うべきなんだ)留まることを選んだ。
 すでに「見習い」でも「半人前」でも「修行中」でもない「研究生」。ひょっとしたら、彼女こそホントの研究生、「Researcher」なのかも知れない。


 研究する松村香織。いったい何を?


 AKBという運動体の、本来あるべき姿とは何か。
 たくさんの少女たちとヲタどもの「夢」を、どう叶えていくか。
 夢の代償として傷ついていく魂たちを、どうやって癒していったらいいか。


 本来それを考えるべき太ったおっさんは、どうやらここのところ居眠りをしているらしい。

 Photo

 やれやれ、最近そんなことを真剣に考えてるのって、かおたんだけじゃねえの? 
 たとえばこないだの、「新曲PV歴代センターに内田さん呼ばれなかった事件」。
 夢想してみる。松村先輩がその現場にいたら。


 「うっちーさんいないのおかしくないですかー」。
 渋い顔の「大人」たち。
 「いや、ほら、チャン順はミリオンいかなかったから」。
 「えーじゃあ、たかみなさんのセンター曲って、軽蔑ですかー? ミリオンどころか3万いってないですよねー」。 
 「…お前もう帰れ。あとこれぐぐたすに上げるなよ」。
 その夜。
 「上げるなよって言われちゃったんだけど-。やっぱおかしくないですかー」。
 「センターってそんなに軽いもんだったんですかー」。
 「チャン順って、いつかチャンスが来てもいいように、くさらずに普段から自分を磨いて行こう!って曲ですよね-。今のAKBってそれ否定しちゃうんですかねー」。
 炎上炎上炎上…
 

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 ところでこの「マツムラブ」、「歌ネット」「うたまっぷ」「歌詞ナビ」等々、メジャーどころの歌詞検索サイトでは軒並み404を喰らってしまう。まるで自主製作盤なみの扱いだ。
 「SKE初のソロプロジェクト」と大言壮語しておきながら、わざわざ「錦通レコーズ」というインディーレーベルをでっち上げて、しかも枚数限定の販売。普通に販売していたらそこそこの成績でチャートインしてたはずなのに。
 「栄で最初にソロデビューした」のは松村香織だが、「栄で最初にメジャーソロデビュー」するのは別の誰か、ということにしておきたいんじゃないかって邪推したくもなる。


 余談だがこの辺の事情は、本店のソロプロジェクトにちょっと似てる。
 巷間AKB初のソロデビューは板野△ということになっているが、ホントは「大堀めしべ」ことめーたんの「甘い股関節」の方が先だ。作詞作曲は秋元康&後藤次利のゴールデンコンビね。
 ちなみに2番目は増田有華の「Stargazer」だし、3番目は「おぐまなみ」ことまーたんの「かたつむり」だ。
 でもこの3曲は、AKB的にはいつの間にか「なかったこと」にされてしまっている。
 それぞれのリリースは、AKBが広く世の中に認知される前だったし、大堀も増田も奥も、決していわゆる「推され」のメンバーではなかった。だから営業的観点からみたらそれは仕方ないことなのかも知れない。


 その伝で行けば、SKE的にはいつの間にか「マツムラブ」という楽曲がなかったことになってしまっても不思議ではなかった。「大人」たちはきっとそうしたかったんだろう。
 ところがぎっちょんちょん。
 

 SKE「アップカミング公演」のM1。
 SKE48リクエストアワー2014の13位。
 それを歌うご本尊は「総選挙」で堂々の第17位(忌まわしい事件と「交換留学」に伴う大人の事情がなかったら、などと泣き言は言うまい)。


 「大人」たちは目を逸らそうとしているが、嫌でも見ないわけには行かないこの現実。


 何が「どうかチャンスください」だよ。
 口を開けて「チャンス」が落ちてくるのを待っているヒヨッコに紛れて、自分の力でチャンスを狩り取ってくる猛禽類が一羽。


 松村香織。
 ひと呼んでかおたん。
 SKE48終身名誉研究生にして48グループ研究生会会長。


 いったい彼女は何者なのか?


 僕はそれをきちんと語る語彙をいまだ持ち合わせていない。


 ご大層な肩書きも、それが何を意味しているのか僕には全くわからない。


 だが僕は松村先輩が「何者ではないか」はよく知っている。


 まずなによりも、彼女は正規のメンバーではない。
 かと言って、ただの研究生でも、ない。


 「黄金の3期」の中で熾烈なオーディションを勝ち残った理由がそもそもわからない。


 ぱっと見で人々を引きつけるような美人では、ない。
 業界の基準によれば、若くはない。
 美声の持ち主でも、ダンスの名手でもない。スタイルはと言えばゲフンゲフン。
 バラエティ指向はあるのだろうが、自分のフィールドではないところで人を笑わせる術に長けているようでもない。 


 あれだけ「炎上」に見舞われていながら、それを反省をするでもない。かと言って打たれ強い訳では、決してない。


 要するに彼女は古典的な意味でのアイドルではない。


 ないないづくしの否定の積み重ねのその彼岸に、何者かとして傲然と屹立している松村先輩の姿を、僕らは痛快さと少々のおののきを持って見つめている。


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 舞浜アンフィシアター。
 その語源であるアンフィテアトルムの本来の意味は、「円形闘技場」。
 古代ローマでグラディエーターたちが栄光のために血で血を争った場所だ。 


 2014年11月26日。
 松村先輩はその闘技場に、たった6名の「研究生」とわずかな援軍を率いて立っていた。
 迎え撃つは、血に飢えた関東のヲタども。


 アウェイ。
 知名度の低さ。
 短かかった準備期間。
 ネガティヴな要因?
 いやいや、むしろ条件は整ったと言っていい。
 そうだよね、かおたん。


 それでもかおたんなら、松村香織ならきっと何とかしてくれる。

2014年5月28日 (水)

涙サプライズ!3

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video


   Happy! Happy birthday/1人きりじゃないんだよ
   つらいことに巡り合ったって/ほら 見回せば
   僕たちがそばにいる

 いろんなことが、ビックリするように変わって行くけれども、変わって行かないこともあります。
 人を傷つけるのも、人を癒すのも、やっぱり人だってことですよね。


 おめでとう、なっちゃん。

2014年3月18日 (火)

春が来るまで4

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video


 ステージのこと。


 前曲「7時12分」のメンバーがはけると、舞台には黄色い花をまとった2人。あれはタンポポなんでしょうか。背中には羽根も生えてます。可愛らしい衣装。あの羽根、「蜂」説もあるんだけど、チョウチョだよね? 
  

 オリジナルのA4は、大島&星野(念のため今さらだけど大島ってのは大島麻衣のことだよ。優子さんを名指すときは大島(優)または大島優子。佐藤といえば佐藤ゆかり。渡邊はTeam Aの志穂、渡辺は麻友)。大人っぽい「春」なんだけど、この時大島19歳、星野21歳だったんですね。

 
 出だしから大島は涙目。
 収録当日は2007年6月26日。
 A4の千秋楽、Team A最後の日(になるかも知れなかったんですよね、当時は)に加え、大島の親友、星野の「卒業」の日でもありました。
 大島と星野、この2人の絆はとても強くかったそうです。
 この曲、どちらかが公演を休んだ時は代役を立たず、ソロで歌っていたとのこと。大島と星野2人だけの曲を歌うのもこの日が最後でした。


 しかも客席は、この時のために配られたサイリウムで黄色一色。
 そりゃ涙腺も弛みますわね。
 残念ながら公演DVDの歌声は「かぶせ」で、当日の大島の歌声を聞くことはできませんが、大島の名誉のために申し添えるならば「ソロ時、涙声であぶなくなるも、持ち直す」とはメモリスト・さむ氏のお言葉。
 大島、キュートな顔に似合わずハスキーな声です。


 余談ながらこの曲の2人はAKBを辞めた後、2人ともソロで曲を出しました。
 大島の声は伸びやかで張りがあり、星野のそれはしっとりとして心に沁みます。
 この2人のデュエットを生で聴けた人は幸せだよなあ。


 わずか4ヶ月、31回で千秋楽となったオリジナルのA4公演「ただいま 恋愛中」でしたが、ひまわり組公演(H1、H2)が終了した後リバイバルされます。それも約半年で終了しました。


 それから5年後の2013年11月、「ただいま 恋愛中」公演はNMB48 Team BII2として甦ります。
 Team BII、難波ではちょっと影の薄い、でも勢いはあるTeam 。


 「春が来るまで」を歌っているのは、太田夢莉と久代梨奈。
 大島ポジが久代、星野ポジが太田。どちらも1999年生まれだって。A4の千秋楽の時にはまだ小学校1~2年生だった2人です。これを書いている時点で、14~15歳の中学生コンビ。
 それでも結構堂々としているのよ。この2人。
 

 初日からずっと見ています。そうすると情が移るね。
 大島星野には申し訳ないが、僕の頭の中では「春が来るまで」と言ったらもう太田久代だもの(なんだいさっき「この2人のデュエットを生で聴けた人は云々」と言ってたくせに)。


 特に久代。
 ちょっと切れ長の目の、難波には珍しい正統派のべっぴんさん。だからこそ埋没しがちなのかもしれません。


 時々「7時12分」のあっさんポジに入ることがある(そういう時は「春」の星野ポジに研究生の明石奈津子が入り、太田が大島ポジにスライドします)んだけど、そこではふつうにカワイイカワイイお嬢ちゃんで、そんなに心を惹かれることはありません。
 でも「春」の久代はなーんかいいんだよねえ。


 基本は笑顔。
 だいたいは微笑みながら歌っているのですが、要所要所で「切なさ」を表現しようとしています。そう、この歌ってすごく切ない歌なんですよね。しかもそれをあんまり表に出しちゃいけない。


 好きだけど、その気持ちを伝えてはいけない。
 大人にしてみれば、たわいも無い理由なんでしょう。
 でもその時の当人にしてみれば深刻なこと。思春期にはそういうことが山ほどありましたっけ。


 第2スタンザのサビ前、「どこかで会えるかな/山茶花の咲く道で」は久代パート。歌いながら上手側から下手に移動し、太田との位置が入れ替わります。


 その後の「私はきっと」から「微笑みは胸の奥」までは太田パートで、久代は太田の下手側にいます。
 この歌っていない時の久代の表現は、たいていの中継では映っていません。まあ太田のソロパートだからしょうがないんだけどね。


 ただカメラ割り自体は固定されていないようで、時々この場面の久代が見切れていることがあります。
 たとえば2014年1月4日。この日Team BIIは新春特別出張公演と称して、幕張にあるよしもと幕張イオンモール劇場のステージに立ちました。
 そのせいか、いつもの劇場とカメラ割りがずいぶん違っていて、太田パートでの久代の表情がしっかり映っています。
 

 この時の久代。
 最初は微笑みを浮かべているのですが、「微笑みは胸の奥」の歌詞にあわせるかのように次第に笑みが消えていき、切ない表情に変わります。相手に自分の気持ちが伝わってしまわないように、微笑みすら堪えようとする女の子のいじらしさが伝わってきます。
 

  サビの「告白できれば楽なのに」はユニゾン。久代はその一瞬前にマイクを左手から右手に持ちかえます。ですからサビのフリは太田と鏡面対称。サビで鏡面対称にする演出、「禁2」でもありましたね。このさりげないマイク持ちかえるとこを見るのも好きなんですが、やっぱりなかなか映りませんね。あ、2014年1月29日は赤澤久代合同の誕生日イベントでしたので、映ってました。


 サビの直後もいいです。


 「楽なのに」とサビを歌い終わった瞬間、久代はやや下手を見ています。太田パートの「言葉じゃ伝わらない」にあわせて久代は上手を向くのですが、この時の目の表情。
 「残心」という言葉がありますが、下手に心を残しながら、すっと上手に向き直る。はじめ見た時は「うおっ」とか声が出ちゃいましたよ。「何だ今のは」って。
 その直後、もう一度下手に向き直るのですが、この時も上手に心を残した感じ。
 日によっては、ぎりぎりまでためてから断ち切るようにを向くこともあります。


 久代、やるなあ。

 
 相棒の太田はここまでは出来ていない。もうちょっとあっさりしてます。
 もっとも2人とも同じだと暑苦しいかも知れませんが。


 是非下手前方に座って、生で見てみたいなあ、この2人の「春」。

2014年3月10日 (月)

春が来るまで3

words
video

 いやもう、ホント春が来ちゃうね。


 「春が来るまで」で思い出した美しい四重唱のこと。
 「ラ・ボエーム」第3幕の4重唱「さらば甘い目覚めよ」。


 「ラ・ボエーム」。
 オペラなんだけど、わいもないお話と言えばそれまでです。


 19世紀半ばのパリ。
 7月革命で守旧派の王様を追い出してた「市民の王」ルイ・フィリップの治世。ごたごたはあったけど、活気のある時代だったのだろう。
 パリの屋根裏部屋で、若さと才能はあるけどお金と地位はない4人の若者が、その日暮らしだけど明るい生活を送っていた。
 詩人、画家、音楽家、そして哲学者。みごとに世の中の役に立ってないよね、みんな。

 
 ヒロインのミミ、本名はルチア。
 造花作りが本業だというけど、たぶん副業もある。
 「お祈りはするけど、教会のミサにはあんまり行かないの」って、神父様には評判の芳しくない「副業」のせいなんでしょうきっと。ミミって通り名も副業用なのかも知れない。


 詩人のロドルフォとミミがある夜出会い、愛しあう。そして別れ、もう一度会ったときにミミは死ぬ。たったそれだけのお話。あ、画家のマルチェルロとたぶん「副業」が本業のムゼッタがくっついたり離れたりもする。


 ミミは結核を病んでいた。
 ロドルフォはミミよりも先にそれに気づいた。
 当時結核は不治の病、貧乏な自分と一緒にいてはミミの命はあっという間に消え去ってしまう。幸いミミに懸想する金持ちの子爵がいる。自分と別れて、子爵に世話をして貰えば、ミミも少しは永らえることができるかもしれない。


 だからロドルフォはミミに別れを告げる。
 ミミもそれを受け入れる。たぶんそれは自分の命のためではなく、ロドルフォのため。口にはしないけれど、ロドルフォに病をうつさないためかもしれない。


 美しいデュエットのその後ろではマルチェルロとムゼッタが壮絶な罵りあいの末喧嘩別れ。
 「看板絵描き!」
 「マムシ!」
 「ヒキガエル!」
 「鬼ババア!」
 これもまあ、馬鹿馬鹿しいが恋の一幕。

 
 雪の降る中で抱きあうミミとロドルフォ。
 「さようなら、甘い朝の目覚め」とミミ。
 「さようなら、夢のような日々」とロドルフォ。


 でもねえ、もうちょっと、もうちょっとだけ一緒にいようよ。
 せめて、花の季節まで、一緒にいよう。


 冷静に考えてお互いのことを思うなら、さっさと別れた方がいい。
 何しろ二人の住む屋根裏部屋は北風が吹き込んで、ストーブには薪も無い。だからミミのからだを考えて別れるなら今すぐがいい。
 別れられなければ、一緒にいたいならいればいい。ミミの命を縮めることを覚悟しさえすれば恋を全うすることだってできる。


 でも二人の出した結論は、「別れよう、でも春が来るまでは一緒にいよう」だった。
 恋が導くどっちつかずの、愚かな決心。
 でも、誰も笑うことのできない愚かさ。

 
 ミミは歌う。
 「冬が永遠に続けばいいのに」。


 今のこの瞬間が永遠に続けばいいのに。


 人の世に恋がある限り繰り返されてきた、決して叶うことのない願い。

  春がやってくるまで/残ってて
  思いが降り積もる/恋の雪

 時も場所も、そして何より恋の成熟度が全く違うけどね。
 それでも恋は、恋。

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