single

2016年3月11日 (金)

会いたかった4

5回目の3月11日だ。


 5年前の今日の朝、僕はたまたまこんな写真を撮ったんだ。


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 ごらんの通り空は青く、ペンキ塗り立ての駅舎は白く輝いていた。

 
 ここはゴール。
 髙橋みなみと優子さんが会いたかったセンパイに会えないことを確認したゴールの駅だった。
 2人は電車が走り去ったホームで、ため息をついた。
 僕がAKBにはまりはじめた春だった。
 「会いたかった」というのは「でも会えなかった」をも含んだ歌なんだね、ということをようやく気づいた頃だった。どんなに会いたくても、会えなくなる時が来る。だから会うということは、僕らが普段考えているより、遙かに大切なことなんだ。

 
 暖かかったその日の午後。
 たくさんの水がたくさんの人々を、今生では二度と会えない場所に連れて去ってしまった。

 
 「会いたかった」。
 その日が最後になるのならば、せめてもう一度でもいいから、会いたかった。
 残された人々は、そう念じながら日々の生活を重ねていったに違いない。

--
 
 今日訪れたゴールの駅舎は、5年前とは違って冷たい小雨の降る中、5年分の風雪の跡が刻まれた姿で建っていた。


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 正直、これくらい古ぼけてる方が、ヨソ者からしてみると「らしい」よね。


 5年の月日が流れ、人々は去り、忘れていく。
 傷が癒えるというのは、好むと好まざるとに関わらずそういうことの積み重ねである。


 ああ、AKBも変わったね。
 たまにホームページを覗くと、見知らぬ景色がそこにある。
 聞いたことのない賑やかなメロディーが奏でられているのだろう。
 ああ、変わったのは僕の方かも知れない。
 5年は長いよ。


 でも変わらないこと。
 彼女たちは、今でも会いに行き続けている。
 会いたかった人を失った人々に、会いに行っている。

 
 昨日も、今日も、これからも。 
 その愚直さ。
 その頑固さ。
 その真っ直ぐさ。


 そしてその変わらなさに、今年も心からの敬意を表します。


 (僕だって彼女たちに会いに行きたいんだよ、でも呼ばれないんだよ)

2015年6月 3日 (水)

汚れている真実

words

   目を背けているより
   自分の掌で/酷いものもちゃんと受け止める

 
 42枚目のシングル(メジャー40枚め)。
 血みどろの戦いへの招待券が添付された新曲のタイトルが「僕たちは戦わない」とは、なんとも強烈なアイロニーだ。


 そのアイロニーまみれの「汚れている真実」とは一体なんだろう。


 たとえば、「誰にでもきっとチャンスの順番が来るから、それを待っていつでもセンターに立てるように精進しようぜ」という教えが、実は全くのインチキであったということだろうか。
 それともかつては神や母親に捧げられた誓いが、古ぼけた御幣のようにとっくの昔に捨てられてしまっている、ということだろうか。


 わかってる。
 僕は言っても詮のない嫌味を言っている。
 

 僕はもう大人なんだから、信じたいことを真実だと思えばいいってことくらい知っている。それを否定する不都合なエビデンスが出てきても、少し目を背ければいいだけの話だ。「真実はひとつだ」なんて野暮はいらないし、あからさまな「嘘」だってきれいに磨いて、リボンをかければ「詩的真実」と呼ぶことだってできる。


 何よりもたかが娯楽だ。パスタイムだ。どうしても気に入らなければ、他のことで時間を殺せばいい。
 

 ああ、それでも心の内のガキが叫ぶ。
 俺は信じたい。
 「努力は報われる」と。
 「夢はかなう」と。
 それを信じている、親子ほど年の離れた俺の大事なトモダチの努力が報われ、夢がかなう日が来ると。
 そしてあそこは、今でもそういう場所である、と。


 今や巨大な産業と化したAKB48の片隅で、なんだか場違いのようにひっそりと、でも確かに続いているTeam 8のムーブメント。
 「大人AKB」とか「バイトAKB」とか、うたかたのようだった企画モノの一貫だと思っていたのに、週末限定とは言え着実に歩みを進めていた。「週末ヒロイン」ってこういうことだったのね。


 「汚れている真実」。
 現在最もそこから遠い場所にいるであろうTeam 8のメンバーにこの曲を歌わせるとは、秋元先生もまだAKBという運動体に多少は興味が残っているということでしょうか。


 歌詞はやっつけですよ。
 というか、秋元センセ、コピーしてカットしてペーストして、空いたスペースの前後の調節が終わらないうちに締め切りが来ちゃって、おいまだ直し終わってないよってのに秘書がメールで送っちゃったって感じだよね。

   存在する真実/ずっと避けていたのは

 とくれば、当然その後に「避けていた」理由を述べるでしょ。それがない。

   これからの人生/絶望したくないと思ってた

だって。
 これは「絶望したくないと思ってた」から、避けていた、ってことなのか。それとも「絶望したくないと思ってた」けど「絶望してしまった」のか。 


まあそんなこたどっちでもよろしい。
 大事なのはそれを歌っている彼女たちの方だ。


 「Team 8選抜」は10名。
 僕が呼ばれたPARTYに来ていた横道と永野が選ばれていて、素直に嬉しい。
 どちらも印象に残ったメンバーだった。特に横道。
 言っちゃなんだかちょっと吊り目の、特にべっぴんさんという訳ではない、あの場所ならでは出会い。ステージでの彼女を知らなければ、なぜあの10人に横道が入っているのかを理解するのは難しいだろう。
 その彼女が選ばれたってことは、ちゃんと見ててくれている人がいるってことだ。
 ま、後列だけどね。


 PV。
 学校とおぼしき建物の屋上でのダンスシークエンス、線描で埋められた黒板、雑然とした椅子や机に占領された教室等からは、「軽蔑していた愛情」を思い起こさせる。


 秋元からのまさに自死を選ぼうとしているこどもたちに向けられた直接的なメッセージにはじまる「軽蔑していた愛情」のPVは、いじめ、自殺、満たされない愛情希求等々およそアイドルらしからぬテーマによって満たされていた。今見直しても息が詰まりそうになる(もっともみんな若くてカワイイんだけどね)。


 明らかにその「軽蔑」へのオマージュである「汚れている真実」のPV。
 少女たちの内面では血が流れ、石像の頭は砕かれ、黒板と教室は混乱に満ち、手の汚れはいくら洗っても落ちず、髪は切られ、美しい花は燃やされる。
 彼女たちはほほえみを浮かべ続けてその「真実」を受け入れて行く。


 これって「軽蔑」のわかりやすい絶望感より、よっぽど深い病理だよなあ。
 黒焼きと化したランチを食べる永野を見て、ぎょっとする横道がちょっとした救いになってるよね、というのは贔屓目かしら。それにしても何のメタファーなのかしら、黒いランチ。あれかな、可愛い顔してセリカってケッコウ腹黒じゃんってことかな。


 そしてダンスシーン。
 横道の独壇場だろ悪目立ちしてんだろこりゃと思ったらさにあらず。
 みんな踊れてるんだな。これ見たい。生で見たいよこれ。って、これシアターでやってんじゃんか何やってんだよ俺ちゃんとDMMでいいから確認しろよいや見に行けよすぐ応募しろよ。


 うーん、土曜なら何とかなるかこれ。


 もう「PARTY」の時期は過ぎたのかもしらんね、彼女たちも。


 久しぶりの"Dark side of AKB"。
 というか、これこそがAKB。
 そうですよね? カギさんメトロさん

2014年12月 5日 (金)

マツムラブ3

words


 あーよっしゃいくぞー。


 まだSKE48アップカミング公演@舞浜アンフィシアターのこと。


 おっさんだからタイミングはずれてたかも知れん。だがちゃんと打ったぞ。研究生mix。
 「最強研究生」と叫んだ瞬間、会場は一体となった。
 背筋を走り上がる電流。


 これすげーな。
 すげーよこれ。


 ライブはいろいろ行った。でものっけでこんなに幸せになったライブも珍しい。
 ここに来たみんながみんな、かおたんと研究生たちが好きで好きで仕方ない、じゃなきゃ来ねえよってことが、よーくわかりました


 今村&芝。支配人の候補生&研究生。
 何のこっちゃわからないが、入り口でビラ配ってた。


 TNB画伯。道重の卒コンに向かったTNB画伯。なのに気づいたら舞浜にいたTNB画伯。


 もうおかしくって腹割れそう。おかしくっておかしくって涙が出そうだよ。


 パフォーマンスでは、何と言ってもヘルプメンの斉藤真木子と石田安奈がぶっちぎりだった。
 この公演の主役は松村先輩率いるヒヨッコたちだと判ってはいるのだけれど。
 ダンスのうまさを見る目がある訳ではないが、気がつくと目が捉えているのはこの二人だった。


 斉藤は、激しい。
 お前そんな動きして首が折れないかどうかしてるぞ。
 そう言えば、最初にこの人に出会ってびっくりしたのはTesam Eの「逆上がり」だったっけ。今でも思い出せる、松村先輩が速報で39位に入った幸せな夜のことだ。Team Kとは全く違う、「お前そそれ逆上がりじゃないだろトカチェフだろそれ」みたいな「逆上がり」。


 石田(安)は、つややか。
 ターンして止まった後のスカートのフレアの動きまで美しい。
 いろんなとこで叩かれがちな人という印象が強かったが、この姿を見たら、何で叩かれるのか全然わかんない。


 二人に共通して言えたのは「止まった瞬間の姿の美しさ」。
 動きがすごいのはすぐわかるけど、動から静に移った瞬間のきれいさが段違いだった。
 俺栄のことよくわかんないんだけど、現場ではJとかこの二人より凄いのかな。
 だったら底知れねえな栄。


 研究生たちのこと。


 全てをひとことで言えば、「健気」。
 斉藤石田に比べたら見劣りがするのは仕方ないだろう。
 「Escape」とかさあ、「えずいてるばばあ」は言い得て妙言い過ぎにしても、ほら、「UZA」の島崎のお首カクカクを思い出しちゃったよ。思わず「おいおいぱるるちゃん大丈夫かどっか身体具合悪いのか」って言いたくなるような。あのカクカクかっこよく出来てるのって、優子さんとJくらいだったもんなあ。


 でも研究生があんなに嬉しそうに、一生懸命やってるんだ、そりゃおじさんは感涙のひとしずくもこぼれちゃうさね。そりゃ教えてた「鬼教師」の石田も泣いちゃうよ。 


 あと彼女たちについて感心したのは、みんなちゃんとした話し方が出来ていたこと。
 言葉遣いがどうとか、と言うことじゃない(つーか、間違ってること結構あったよね)。
 うまく言えないけど、たとえば仲良しさんで内輪話をしている風にしゃべっていても、その一方で「パブリック=お客」に聞かせている、という意識が常に働いているという印象だった。
 内輪話は、通じれば楽しいけど通じないと白ける。かと言って誰にでも分かる話は面白くするのが大変だし、よそよそしい。MCでムズカシイのは、内容よりもこういうバランスなんだと思う。
 爆笑の内輪話をしたかと思うと、どこに出しても恥ずかしくない、全くSKEのこと知らない人に聞かせてもちゃんと通じる挨拶ができる「大人」がいつもそばいる、というのはとても大切なことなんだなと思った。
 こういう所は、本店の若い子にも見習って貰いたいところ。でもほら、あそこはお客が甘やかすからなあ(お前もだよ)。
 

 青木。「おしりん」というチャレンジングな二つ名のベビーフェイス。
 チャーミングなんだけどふつー。ふっくらとしたほっぺと唇が可愛いんだけど、ホントにふつー。
 でも時々見せるキリッとした目が魅力的だった。足が短いって言ってたけど、別にそんなこと…やっぱあるかな。
  

 あと松村先輩のヒグラシ。 

   もし私 いなくなれば
   このあたり静かになる

 ホント、先輩がいなくなったら、確かにこの界隈は静かに、そしてさびしくなっちゃうんだろうなあ、と思いました。

2014年12月 1日 (月)

マツムラブ2

words


 SKE48アップカミング公演@舞浜アンフィシアター。


 行きたい行きたい、行こう行こうと思ってて行けなかった、まさに「遠征出来なかった」僕のためのようなプログラム。
 見事当選したものの、実は当日出張仕事が入っていて、時間までに帰ってこられるかヒヤヒヤだった。何とか飛行機が間に合ってくれたのだが、間に合わなくて空席を作ったら、声をかけてくれたRAGUさんはじめ、当たらなかった生粋の栄ヲタのみなさんにあわす顔が無かったところ。よかったよかった。


 羽田から舞浜まで、約20分の道のり。
 オートリピートでずっと流しているのは、松村先生直々の指令による研究生mixの音声。

   おしりん!れおな!わんちゃん!おぎりー! なっきぃ!まぁたん!ゆっぴーーーー!
   さきぽん!ゆめち!かおたん!じゅなぁぁぁぁぁ最強研究生!!!

 あんだよこれぇ。やすす先生だってこんな詰め込み方しないぞぉ。しかもチキショウ、すでに半数近くはもうここにいない子じゃんかよ。おぎりーはケガしちゃうし。
 おじさん泣いちゃうよおじさん。


 さはさりながら、のっけでこれをビシッと決めてかないと関東ヲタの名折れだ。
 だから当選が決まってからドロナワで練習してるの。
 正直言って栄の研究生のこと、僕はよく知らなかったから。


 松村先輩は、繰り返し繰り返し、このmixを覚えてくるように言い続けた。


 「研究生mix」を何度も練習するうちに、不意に気がついた。


 「名前を憶えることは、愛することの入り口」。


 名前を知らない子はそこにいないのも同然。でも名前を憶えただけで、昨日まで何者でもなかった子たちが、生き生きとした存在として目の前に姿を現す。
 かわいいおしりん。目のキリッとしたれおな。わんちゃんおぎりーはもう知ってる。なっきぃは方向音痴なんだ。後藤真由子はもうやめちゃったんだ。ゆっぴーは横浜の子。べっぴんさんのさきぽん。ゆめちはもう昇格してるのね。じゅなはちっちゃい子。


 そうか、松村先輩は、一人でも多くの人に、研究生の名前を憶えて貰おうとしていたんだ。
 より多くの人に名前を憶えて貰って、いつか研究生が高く羽ばたけるようにと。

--


 仕事帰りなのでジャケットにネクタイ。
 堅苦しいけどしょうがない。これが僕の「戦闘着」だもの。
 ポケットに緑白赤のサイリウムとぐるぐる回すためのハンドタオルを忍ばせて、いざ「円形闘技場」に見参。


 車から降りると冷たい雨と風。でも思いの他スーツ姿のおっさんが多いので安心する。
 

 その名の通り、丸いステージ。どこからもよく見える。席は真ん中くらいだけど、遠さは感じない。
 座り心地のいい椅子。
 楽しみだなあ。ワクワクするなあ。


 待ち時間、前日録音されたとおぼしき研究生たちの会話がひとしきり。手持ちぶさたの客にはいいサービスだ。
 それが済むと、SKEの名曲がオルゴールで流れる。バックには蝉の声や海岸のざわつきが聞こえる。夏のBGM。


 なんで「夏」なんだろ。
 目を瞑って聞いていると、僕のSKEとの最初の出会いを思い出す。
 夏。海辺の民家。蝉時雨。目をつぶっているJ。
 立ち上がる入道雲のように昇っていくストリングスのイントロ。不意に走り出すJ。


 そう、「ごめんね、SUMMER」だ。


 僕にとって、SKEは夏。最初から、彼女たちからはAKBとは違う不思議な解放感を感じていた。後先を考えることなく、ただ走りたいから走り続ける少女たち。
 あれからずいぶんたくさんの水が橋の下を流れて行った。


 そうこうする内にやがて時は満ち、辺りは暗くなり。
 オーバーチュアにはmixなし。その代わりコールは強め。
 光の中から飛び出してきたのは我らがかおたん。


 あーよっしゃいくぞー!
 

2014年11月26日 (水)

マツムラブ

words


 AKB界隈では研究生を「R」という文字で表現することがある。
 たとえば「R公演」と言えば、研究生公演のことだ。
 察するに「研究生」の直訳「Researcher」ないしは「Research student」がその由来なのだろう。しかしAKBの研究生は、何かを「Research=研究」しているわけではない。「見習い」「半人前」「修行中」の身である。ここでいう「研究」とは「研修」の意味だ。だから「R」ってのはちょっと実情にあわない。
 だからJKTでは、研究生は「Trainee」、つまり「トレーニング中の人」とよばれる(そいやJKTのDVD買ったらtraineeの誰かの直筆サイン入りカードが入ってたよ)。

   夢見がちな私に/どうかチャンスください
   先輩のことだけを研究ね!

 だが松村香織先輩のことを素直に「Trainee」と呼ぶのは、どうにもはばかられる。紛う事なき研究生なんだけどね。


 本来は正規メンバーに昇格するために切磋琢磨する通過点でしかない「研究生」。
 松村先輩はその地位に自ら(公式にはね。ホントはどうなのかわからない。でも先輩が自分の意思でそう決めた、と言うのだから僕らはそうだと思うべきなんだ)留まることを選んだ。
 すでに「見習い」でも「半人前」でも「修行中」でもない「研究生」。ひょっとしたら、彼女こそホントの研究生、「Researcher」なのかも知れない。


 研究する松村香織。いったい何を?


 AKBという運動体の、本来あるべき姿とは何か。
 たくさんの少女たちとヲタどもの「夢」を、どう叶えていくか。
 夢の代償として傷ついていく魂たちを、どうやって癒していったらいいか。


 本来それを考えるべき太ったおっさんは、どうやらここのところ居眠りをしているらしい。

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 やれやれ、最近そんなことを真剣に考えてるのって、かおたんだけじゃねえの? 
 たとえばこないだの、「新曲PV歴代センターに内田さん呼ばれなかった事件」。
 夢想してみる。松村先輩がその現場にいたら。


 「うっちーさんいないのおかしくないですかー」。
 渋い顔の「大人」たち。
 「いや、ほら、チャン順はミリオンいかなかったから」。
 「えーじゃあ、たかみなさんのセンター曲って、軽蔑ですかー? ミリオンどころか3万いってないですよねー」。 
 「…お前もう帰れ。あとこれぐぐたすに上げるなよ」。
 その夜。
 「上げるなよって言われちゃったんだけど-。やっぱおかしくないですかー」。
 「センターってそんなに軽いもんだったんですかー」。
 「チャン順って、いつかチャンスが来てもいいように、くさらずに普段から自分を磨いて行こう!って曲ですよね-。今のAKBってそれ否定しちゃうんですかねー」。
 炎上炎上炎上…
 

--
 

 ところでこの「マツムラブ」、「歌ネット」「うたまっぷ」「歌詞ナビ」等々、メジャーどころの歌詞検索サイトでは軒並み404を喰らってしまう。まるで自主製作盤なみの扱いだ。
 「SKE初のソロプロジェクト」と大言壮語しておきながら、わざわざ「錦通レコーズ」というインディーレーベルをでっち上げて、しかも枚数限定の販売。普通に販売していたらそこそこの成績でチャートインしてたはずなのに。
 「栄で最初にソロデビューした」のは松村香織だが、「栄で最初にメジャーソロデビュー」するのは別の誰か、ということにしておきたいんじゃないかって邪推したくもなる。


 余談だがこの辺の事情は、本店のソロプロジェクトにちょっと似てる。
 巷間AKB初のソロデビューは板野△ということになっているが、ホントは「大堀めしべ」ことめーたんの「甘い股関節」の方が先だ。作詞作曲は秋元康&後藤次利のゴールデンコンビね。
 ちなみに2番目は増田有華の「Stargazer」だし、3番目は「おぐまなみ」ことまーたんの「かたつむり」だ。
 でもこの3曲は、AKB的にはいつの間にか「なかったこと」にされてしまっている。
 それぞれのリリースは、AKBが広く世の中に認知される前だったし、大堀も増田も奥も、決していわゆる「推され」のメンバーではなかった。だから営業的観点からみたらそれは仕方ないことなのかも知れない。


 その伝で行けば、SKE的にはいつの間にか「マツムラブ」という楽曲がなかったことになってしまっても不思議ではなかった。「大人」たちはきっとそうしたかったんだろう。
 ところがぎっちょんちょん。
 

 SKE「アップカミング公演」のM1。
 SKE48リクエストアワー2014の13位。
 それを歌うご本尊は「総選挙」で堂々の第17位(忌まわしい事件と「交換留学」に伴う大人の事情がなかったら、などと泣き言は言うまい)。


 「大人」たちは目を逸らそうとしているが、嫌でも見ないわけには行かないこの現実。


 何が「どうかチャンスください」だよ。
 口を開けて「チャンス」が落ちてくるのを待っているヒヨッコに紛れて、自分の力でチャンスを狩り取ってくる猛禽類が一羽。


 松村香織。
 ひと呼んでかおたん。
 SKE48終身名誉研究生にして48グループ研究生会会長。


 いったい彼女は何者なのか?


 僕はそれをきちんと語る語彙をいまだ持ち合わせていない。


 ご大層な肩書きも、それが何を意味しているのか僕には全くわからない。


 だが僕は松村先輩が「何者ではないか」はよく知っている。


 まずなによりも、彼女は正規のメンバーではない。
 かと言って、ただの研究生でも、ない。


 「黄金の3期」の中で熾烈なオーディションを勝ち残った理由がそもそもわからない。


 ぱっと見で人々を引きつけるような美人では、ない。
 業界の基準によれば、若くはない。
 美声の持ち主でも、ダンスの名手でもない。スタイルはと言えばゲフンゲフン。
 バラエティ指向はあるのだろうが、自分のフィールドではないところで人を笑わせる術に長けているようでもない。 


 あれだけ「炎上」に見舞われていながら、それを反省をするでもない。かと言って打たれ強い訳では、決してない。


 要するに彼女は古典的な意味でのアイドルではない。


 ないないづくしの否定の積み重ねのその彼岸に、何者かとして傲然と屹立している松村先輩の姿を、僕らは痛快さと少々のおののきを持って見つめている。


--

 舞浜アンフィシアター。
 その語源であるアンフィテアトルムの本来の意味は、「円形闘技場」。
 古代ローマでグラディエーターたちが栄光のために血で血を争った場所だ。 


 2014年11月26日。
 松村先輩はその闘技場に、たった6名の「研究生」とわずかな援軍を率いて立っていた。
 迎え撃つは、血に飢えた関東のヲタども。


 アウェイ。
 知名度の低さ。
 短かかった準備期間。
 ネガティヴな要因?
 いやいや、むしろ条件は整ったと言っていい。
 そうだよね、かおたん。


 それでもかおたんなら、松村香織ならきっと何とかしてくれる。

2014年11月 9日 (日)

明日は明日の君が生まれる5

 words


 NMB48研究生の新公演、最初のユニット曲。
 あのイントロが流れた時、劇場内の反応は薄かった。
 うん、きっとみんなはまだこの曲のことをよく知らないんだろう。


 センターには城ちゃん。
 かつて秋元先聖先生に寵愛され、順風満帆のようだった少女。
 それなのに、またはそれゆえに、みずからその場所から去って行った、元「エース」の城。
 

 電撃的な研究生復帰の背景に何があったのかは知らないけれど、その時以降彼女に吹いている風が暖かいものばかりじゃないだろうってことは想像が付く。
 一度は決まった昇進を自ら辞退するというのは、並大抵の決断じゃない。
 

 明日は明日の君が生まれる。


 そこにいたのは、あの無垢で天真爛漫な城ちゃんじゃなく、「死と再生」というテーマ(まあ勝手に僕がそういってるんだけど)に寄り添おうとする15歳の「女性」だった。
 かつての彼女にすっかり戻ることは無いだろう。でもそれが「生まれ変わった君」ってことなんだよね。


 まあ改善の余地は大なんだけどさ。これからこれから。


Joe


 難波の新しい研究生セットリスト、いいよね。
 野心溢れる「黄金センター」、武闘派の「転石」、反乱軍の決意表明「理不尽ボール」。
 

 誰のチョイスなのか知らないけど、意味深と言えば意味深(難波の劇場にいたヲタの名誉のために付け加えるならば、いきなりにも関わらず「転石」での「気合いだ」コールはキレイに打てていた)。


 この3曲、2、3年ほど前に僕がこのブログで触れたことがあった。今、読み直すとちょっと気恥ずかしいけど、その頃は気恥ずかしさを跳ね返す「熱」があった。僕にも、AKBにも。


 今はどうなんだろう。
 熱が去って行ったのは、僕からなのか、AKBからなのか。
 少なくとも、先聖先生はずいぶん冷めちゃったんじゃないかって気がする。
 

 かつての秋元先生は、こんなことは決して許さなかった。
 

 「歴代センター」が力を合わせてマイクを引き継いでいく。
 そういう演出は悪くはないと思う。


 しかしそこに、内田さんはいなかった。
 運だけで「チャンスの順番」を勝ち取った、ある意味最も当時のAKBらしさを象徴していた内田さんが。


 何でもこの「歴代センター」は、「ミリオンセールを達成した楽曲」のセンターに限定したんだそうだ。
 残念ながら「チャンスの順番」の売り上げは、たったの70万枚でしかなかった。惜しかったっすねー、内田さん。


 ふん。なるほど。


 AKBという運動体の栄光は、もしそういうものが本当にあるというのならば、それは「100万枚以上の売り上げを続けている」ということに依拠している、と言いたいわけだ。
  

 なあそれ、面と向かって、高橋みなみに言えるか?


 そうか、言えるのか。
 今のたかみなは、背負うものが多すぎて、頷くことしかできないのか。


 「ミリオンを達成しなかったから資格無し」というロジックは、単なる言い訳Maybeなのだろう。
 ぶっちゃけ営業的な理由で内田さんをはずしたかった(または彼女がかつてポジションゼロに立ったことがある、ということを誰も思い出さなかった)だけなのだろう。


 何度も書いてきたが、今やAKBのシングルはひとつの「産業」となっている。
「ミリオンセラーを維持するためには、内田は不要」と「大人」達が考えたのならば是非も無い。
 人はメシを喰わなきゃならない。モノを売らなきゃならない。
 内田さんには申し訳ないが、そういうことなら諦めて貰うしか無い。


 だが「内田さんが呼ばれなかったのは、ミリオンを達成しなかったから」という、後付けで醜悪な理由を誰かが得々として掲げるのならば、僕は決してそれを許すことはできない。
 それは人々の心を掴んで振るわせてきた「AKB的な何か」と最も相容れないモノだ。
 かつての秋元先生だったら、絶対に許さなかった。


 こんなことしてちゃダメだよ。ホント。
 こんな理不尽ボールを受け入れちゃダメだ。


2014年5月28日 (水)

涙サプライズ!3

words
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   Happy! Happy birthday/1人きりじゃないんだよ
   つらいことに巡り合ったって/ほら 見回せば
   僕たちがそばにいる

 いろんなことが、ビックリするように変わって行くけれども、変わって行かないこともあります。
 人を傷つけるのも、人を癒すのも、やっぱり人だってことですよね。


 おめでとう、なっちゃん。

2014年5月23日 (金)

ラブラドール・レトリバー

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 アマゾンさん、最近はフラゲしないのよね。
 おかげで速報4票間に合わなかったじゃない。


 最近あんまシングル曲について書いたことなかったし、どうしようか迷ったんだけど書いちゃう。
 38枚め(メジャー36枚め)のこの曲。
 

 基本、僕は他人様の作品をdisることはしないようにしてる。
 モノを作ることで飯を喰っている訳では無いものの、モノを作ることの大変さは想像することが出来る。だから他人が作ったモノをdisるくらいなら無視した方が寝覚めがいいだろうと思っている。


 でもなあ。

 
 やすす、もうちょっとやり方があんじゃないかなあ。
 だってやりゃできるんだもん、やすす。
 ついこないだ「気づいたら片想い」でやって見せたじゃんよ。
 あれかなあ、ほっといても100万行く曲と、刺さんなきゃ先に進めない曲の違いなのかなあ。


 表題曲、「ラブラドール・レトリバー」。
 こういういんちきフレンチポップは嫌いじゃ無い。初期の乃木坂でも散々聞いた。やりようによっては佳曲だったかも知んない。
 でも何だろこの薄っぺらい音は。
 

 まゆゆセンターだってんで、まゆゆヲタ喜んだと思うんだよな。
 喜んで聞いてるのかな、まゆゆヲタ。
 あんまりたくさんパート割りしなきゃなんなかったからかな。


 追記:この後聞き直してみました。「ラブ犬」30回ばかし。
 うーん、悪くないんだけどなあ。ドラムスなんかよく聞くと面白いし。なんだろこのモノ足りない感じは。印象に残らないんだよなあ。
 

 あと「レトリバー」って「レトリーブ(回収する)もの」ってことだよね。これはあれかな、去年時間切れだった中途ハンパな恋を回収して成就させるって歌の内容に掛けてるのかな。
 違うか。
 

 カップリングの「今日までのメロディー」。
 これ優子さんの「卒業ソング」なんじゃないの。
 それなのに何このやっつけ仕事。
 あっちゃん「卒業」の時に注がれた愛が全く無い。あるのは自己愛だけ。

  なんて素敵な歌なんだろう/メッセージが心に沁みる

 これ書いてて、恥ずかしくなかったか、やすす。

  なんてやさしい歌詞なんだろう/自分のこと言われてるようで…

 優子さんもよくガマンして歌ったよなあこれ。「おえっ」ってなんなかったのかなあ。さすが女優だよなあ。


 やすすはやっぱ「出来る子」はあんまし愛せないのかな。愛を注ぐのは「出来ない子」ばかり。あっちゃん然り、指原先輩然り。


 「君はきまぐれ」「愛しきライバル」。
 中学生が聞いて判りやすい詞を書かなきゃなんない事情があるのは知ってる。でもだからと言って中学生の作文でいいってのは中学生をなめすぎだろやすす。

 
 「Bガーデン」。
 「あれだろ、メンバーとヲタはこういうの好きなんだろ」って、メンバーとヲタを見くびった歌詞としか思えない。あ、ちょっとは資料を集めたんだろうけど、自分の目で見てないだろやすす。誰かに聞いたのででっちあげたろやすす。なんだよ、

  【れなちゃん】
  ジャカルタに住んでたの/タイとかオーストラリアにも

 って。あんまし興味ないんだよな。
 JKTヲタに聞かせらんねえぞこれじゃ。


 「ハートの脱出ゲーム」。
 よく判りません。企画モノだということは判りましたけど。


 あとはあれか、ぱるさんと北川の紅白でやったヤツか。
 あれがいっちゃんましかもな。


 あれかなあ、キョウビAKBのCDをマジメに聞く方が悪いって話なのかなあ。
 握手券または生写真&投票券に付属するCDだからこんなもんなんかなあ。 

2014年5月21日 (水)

明日は明日の君が生まれる4

words
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 2014年5月11日。
 HKT48アリーナツアー~可愛い子にはもっと旅をさせよ~。
 場所は名古屋日本ガイシホールだ。
 セットリスト本編を締めくくる25曲目。


 それがこの曲、「明日は明日の君が生まれる」だったということを、僕は松村先輩こと松村香織のGoogle+でコンサートの翌日に知った。

 
 オリジナルの楽曲が少ないこともあって、もともとHKTのコンサートではいろんな曲が歌われる。
 初の単独コンサートであった2013年4月の武道館公演からして、他のAKBグループの曲のみならず、「ライバル」乃木坂46の曲も歌われた。
 グループの曲もシングルカットされた有名曲でもなく、「博多レジェンド」公演とも関係ない公演曲(「渚のCHERRY」とか「逆転王子様」とか「狼とプライド」)がセトリに入っていた。言っちゃ野暮だが、生粋の博多ヲタの、どれくらいのボリュームが「となりのバナナ」知ってんだ?


 グループの曲で盛り上がろうってのならば、知名度の高い曲をやればいい。
 だかHKTははなっからそれをしない道を選んだ。
 

 その背景に、指原先輩こと指原莉乃の存在を考えないわけにはいかないだろう。


 武道館単独公演の時には、指原莉乃はまだ何の役職にもついていなかったので、このセトリにどれだけ彼女が関与していたのかはわからないが、何らかの提案ないし示唆は行っていたのではなかろうか。


 武道館連続公演最終日、指原莉乃は劇場支配人を兼任することになった。
 生粋のドルヲタ指原先輩が権力を握った時、どんなセトリを組むのか。
 答えはすぐに出た。


 2013年年頭から行われた九州ツアー。
 初日、郷里大分で錦を飾った指原先輩の繰り出した頭一発目はモーニング娘。の「ザ☆ピ~ス!」だった。
 ちょっと軽く失神しそうになりますた。だってこの曲、大好きだったんだもん。
 

 その後も忘れ去られ歌われなくなった名曲を次々にセットリストに加えていった。
 「水夫」「RUN RUN RUN」「FIRST LOVE」「君について」「おしめし」「軽蔑」「涙売り」etc etc…
 ヲタの曰く「いらないならHKTが貰う」。
 

 調子に乗った指原先輩。
 ツアー後半のセットリストは、さながらアイドル懐メロ大会だった。松田聖子、Wink、早見優、おニャン子クラブ、キャンディーズ…。


 2013年4月5日。


 AKB48グループ春コン in さいたまスーパーアリーナ~思い出は全部ここに捨てていけ!~HKT単独コンサート。


 本編の8曲目、「呼び捨てファンタジー」、「そばかすのキス」など「その佳曲いらないならHKTが貰った!」ムーヴメントの一環の中、おずおずと目立たないように、そっとこの曲は置かれていた。
 「明日は明日の君が生まれる」。


 歌ったのはトリオではなく、兒玉遥・指原莉乃・宮脇咲良・田島芽瑠・朝長美桜の4人。
 

 その時その場にいた、どれだけの人がこの曲と、それにまつわる物語を知っていただろう。
 いや、今となってはそれはどうでもいいことだろう。たとえ初めて聞いても、この曲は聞く人の心に染み込む。そのコンサートに参加できた幸運な人々の心にもきっと。
 

 そしてそれは一度だけのことではなかった。 


 4月29日からはじまった追加ツアー、セットリスト本編を締めくくる大事な位置。
 初日昼夜、5月2日、5月11日昼夜、今日まで5回のコンサートの全てのその場所で、この曲は歌われ続けた。
 

 それはつまり、HKTは「明日は明日の君が生まれる」を歌い嗣ぐ意思を明らかにしたということだ。
 そしてそれは間違いなく指原莉乃の意思。
 

 指原先輩が中西里菜についてどう思っているのかは分からない。
 ただ分かっているのは、指原先輩と中西が同郷で同じアイドル(松浦亜弥)をリスペクトしていること。
 指原先輩が強烈なドルヲタとして福岡国際会議場でのAKB48初の全国ツアーコンサートに参加した時、そのステージには燦然と中西が立っていたということ(もっとも当時の指原の「推し」は、佐藤であったというのだが。この辺の情報は今やすっかり乃木坂界隈の人となったルーさんによります。余談ですが、ルーさんの記事で指原先輩が参加したおぼしき2007年9月20日、さむさんによればアンコールの発動は慣れない女子高生?だった由。指原?)。
 そして劇場支配人としてHKTがこの歌を歌い嗣ぐことを選んだこと。


 思えば指原莉乃はアイドルとして一度死んだ身だった。
 「指原先輩にとって博多がよき死に場所となりますように」。
 博多への移籍が決まった頃、僕はこう記した。


 確かに彼女は一度死に、見事に生まれ変わった。


 松村香織。
 5月11日のGoogle+に


 「明日は明日の
  君が生まれる

  で本編終了!!!!」


 と記したとき、彼女にはどんな感慨があっただろう。


 2011年12月、すでにAKBにとって「不都合な」人物となっていた中西里菜のことを「だいすきなりなてぃんさん」と呼んではばからず、誇らしげにその卒業コンサートのチケットを掲げた彼女である。


 AKBに憧れ、シアターのあるビルのメイドカフェで働いていた松村先輩である(余談だが、同カフェでは今でも「萌え萌えきゅん」をやっている。というかこっちが先だよね)。


 中西里菜のことを「不都合」と呼んだバランス上、かおたんを「都合が悪い」とするのはさすがにはばかられるが、かおたんだって運営にとっては目の上の吹き出物でしょうな。タンコブとまでは言わないが。


 オトナの事情で葬り去られようとしていた名曲を蘇らせたHKTの(というか指原の)ヲタ魂に、かおたんのヲタ魂が共感し揺さぶれなかったはずはない。


 「ここで、この歌をこうやって歌うことが出来るんだ」って。
 

 松村香織が「アイドルとして一度死んだ」とは決して言うまい。
 てかその前に、果たしてかおたんは通常の意味でのアイドルを生きたことが一度でもあったのか、という根源的な問いが浮かんで来ざるを得ない。松村先輩はアイドルになる前にアイドルを脱構築しちゃってんじゃないのってつくづく思う。


 それでも松村香織の根本には、一個のアイドルと同時に、アイドル愛してやまないヲタが同時に存在している。指原莉乃と同じように。


 指原莉乃と松村香織。


 今日、37thシングルの選抜の座を争う「総選挙」が開幕した。
 前人未踏の連覇を目指す指原莉乃。
 研究生初の選抜入りを狙う松村香織。


 「明日は明日の」君たちが生まれる姿を、僕は今猛烈に見たい。

2014年5月16日 (金)

明日は明日の君が生まれる3

words
video


 しーしーしー。
 奥歯に挟まったモノをブラッシングして来たところ。


 HKTのコンサートのセトリに「明日は明日の君が生まれる」が入っているのを知って思わず書き始めてしまったのだが、やはりこういうところにブチ当たらざるを得ない。


 この曲にまつわる諸般の事情。


 今さら説明するまでもないだろうけど、要は曲の問題じゃなく、この曲を世に出したユニット、「Chocolove from AKB48」の中心メンバーであった中西里菜が問題なのだ。


 中西里菜。


 AKB48のファウンディングメンバーにして、AKBグループにとって最も「不都合」なOG。
 「卒業」後の彼女のキャリアについて、思うところはいろいろあるのだが、それはここでは措く。


 AKBはこれまでのところ彼女の名を抹消するほど狭量になってはいない。
 ただAKBは彼女の名が言及される機会が可及的にゼロであることを望んでいるのは間違いない。そんなAKBの意向に逆らってまでこの曲をかけるメリットを、どのメディアも見出してはいないだろう。


 というわけで、どんなに名曲であっても、現在この曲が公の場で流れることは実質的にはない。
 わずかな例外を除いて。
 

 例外は不意にやってきた。


 最初は2011年7月26日。ラジオから不意打ちのようにこの曲が流れた。イントロを聞いた途端耳を疑った。
 オンエアしたのは佐藤亜美菜。自らの冠番組でだ。


 トリオのメンバーの一人、秋元才加のバースデイにかこつけての選曲だが、それはキレイな化粧をした言い訳Maybeに決まっていた。

  
 それはラジオガールからのギフトだった。


 亜美菜はこの曲と、この曲を歌った中西里菜が大好きだった。
 AKBに入る前、ただのヲタとして佐藤亜美菜はシアターに通い詰めた。ステージにはきらきらと輝く中西里菜がいた。亜美菜の心を鷲づかみにし、揺さぶり、ステージの上へ引っ張り上げた尊敬すべき文字通りの「アイドル」だった。


 自らの名を冠したラジオ番組が始まった時、いつかこの曲を流すことを亜美菜は秘かに期していたのだろう。


 もう一度は2014年1月15日。
 役者はやはり佐藤亜美菜だった。


 場所は佐藤亜美菜の「卒業」公演の舞台。歌ったのは亜美菜自身。
 同期の倉持中田を後ろに引き連れ、もちろん亜美菜は中西パートだ。


 最後の選曲に際して何らかの軋轢や葛藤はあったのだろうと思う。でも亜美菜はシアターを去るに当たっての「わがまま」としてこの曲を歌うことを貫いた。


 「明日は明日の君が生まれる」。


 曲名を告げる時の亜美菜の声は、心なしか緊張に震えているようだった。
 でも、客席からは拍子抜けするほどほとんど反応がなかった。もうこの曲を知り、それを歌った彼女とそこで会ったことのあるヲタは少数派だったのだろう。
 それでも微かに聞こえた「おお」という嘆息は、きっと「事情」を知っている古参のものに違いない。


 誰が何と言おうと、この曲を歌った亜美菜。
 うん。間違いなく佐藤亜美菜は最後まで尊敬措く能わざるヲタだった。


 亜美菜が去り、この曲が歌い嗣がれることはなくなった、と僕は思っていた。


 でもそれは間違いだった。

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